第2話 転校生の正体を私だけが知っている
普通の学校と大した違いの無い教室で私は黒板に自分の名前を書く。こうしなければならないのは教師が書き間違える可能性があるからだという。まぁ、私の遥という名前もメジャーな漢字がもう一つあるタイプなので仕方ないとは思う。
「……東郷 遥、よろしく頼む。」
私は今、窮地に立たされている。こーゆー時のテンプレは知り合いが同じクラスにいて緊張感が解ける筈なんだ。だがしかし、智夏はこの教室にいない。悲しい事に彼女は女性特有の日になってしまい、急遽学校を休む事にしたらしい。ちなみに私は改造された際に生理が一生来ないようにされてしまっているらしく、誘拐されてから一度も来た事が無いのである。
「……このクラスの東郷さんと同じ苗字ですが、東郷財団の関係者ですか?」
緊張して何も喋らない私を気遣ったのか担任が質問してくる。しかしその質問じゃ無くても良かったと感じてしまうのは私だけだろうか。普通なら彼氏彼女とか好きな食べ物等の当たり障りの無い事で場を……って、そーいやここお嬢様やお坊ちゃんしかいないんだった。それか成績優秀組かスポーツ特待生のどっちかしかいないのでテンプレで収まりきらないのは分かりきった事だった。
「……一応、現会長の姪に当たるな。最も、財団一族としての地位は無いけどな。強いて言うなら現会長の娘の友人レベルってとこか?」
東郷財団とは元号が変わる前というかダンジョンツリーが出てくるまでの間、日本で有力な財団をまとめた四方財家の一つだ。四方という名のように東郷、西都、南葉、北斗と東西南北という事で四方である。まぁ、ダンジョンツリーが出来た後は十二星宮と呼ばれる十二の財団が出現したらしいが、呼ばれ始めたのは最近らしい。
東郷家の現会長は叔父だが、私が誘拐される前は父方の祖父が会長を務めていた。理事長として勤めていた叔父とのらりくらりと冒険者業をしており財団に関わらなかった父であるが、一応娘同士なのもあって友人程度の付き合いはしていた。必ずしも親友では無く友人であるので私を政略かなんかに利用する事は出来ないだろう。遺産も入ってこない立場だしな。
「確かに東郷家の会長に隠し子がいるなんて噂も無いからなぁ……。」
隠し子では無いがライダーの素晴らしさを布教された事、叔父の子供達はライダーにそこまでのめり込まなかった事から実の子供同然の扱いを受けた時はあったので隠し子と疑われても仕方ないかもしれない。当時はライダーグッズで遊んで貰ったりだとかイベントに一緒に行こうなんて約束もしていたくらいだが、叔父が会長になればそんな付き合いもできないだろう。
取り敢えず私は用意されていた席に座る。窓際の1番後ろの席であり、右隣にはサポート役として智夏の席がある。最も今日は休みの為、空席となっているのだが。ただこの教室では私の事に関しては特に気にならないらしく質問攻めに遭うことは無かった。
「さて、今年はGW明けに出席してくれる子が多くて良かったわ。なんせ去年や一昨年は海外旅行の時差で遅刻してくる子もいれば、旅行の日程が長くなって何日か休む子がいたのよ。」
担任教師はあの頃は新任だった為、余計にパニックになってしまったと肩をすくめる。しかし当時の事を思い出したのか声のトーンが低くなった為、まだダメージは癒えきっていないのだろう。そう思いつつ私は授業を受ける。
「なんか見られてる感覚あるけど気にしない方が良いか……?」
午前中の授業の間、何かがこちらに飛んできては軽く弾いている感覚がする。一応自分にとっては無害なので気にしていないのだが、教師や前の席にいる生徒達が顔を歪ませているのが理解できない。しかし気にしない方が楽に生きれると感じた私は彼等の事を無視しておくのだった。
「……今日の数学はここまでだ。午後の最初の授業は体育だから遅れないように。」
午前中の授業が終わった瞬間、生徒達は教室の外へと向かう。これは智夏に説明されていたので分かるのだが、全員が出ていった為に弁当派は1人もいないのだなと感じるのだった。しかし給食ばかりだった私がいきなり教室で弁当とは……と思いつつ大型の弁当箱を開ける。二段型の弁当箱を机に置くと机の殆どを占領するサイズと量が多いが、これくらいが私の適量なのである。
「……まだ最新のライダーは見れてないんだけどなぁ……。」
そう呟きながらチーズとイラスト付きのウインナーを食べる。それ以外は一般的な具材ばかりなので名残惜しさも無くバクバクと食べていく。ただどれもこれも手作りという事で怖じ気づきそうになったけどなぁ………冷凍食品でも良いからと言ったのだが、どうせ沢山作るからと押し切られてしまったのだ。
「……弁当箱も新調して貰ったし、仕方ないか。」
弁当箱のデザインはシンプルで、ライダー達のエンブレムが記載されているだけなのである。まぁ、高校生になって実写画像付きの弁当箱は抵抗があったからな……。お嬢様、お坊ちゃん高校の中であからさまなキャラ弁当箱を使う度胸は身についていないのだ。そんなこんなで昼食を食べ終えた私は更衣室へと向かうのだった。
「………やはりなんか見られてる気はしたが…?変な感じだなぁ。」
まぁ、体育はクラス合同の為不審者と思われた可能性もあるので特に気にしなかった。ただ、この学園生活はなんとも居心地が悪い。私が話し掛けないからかもしれないが誰も興味を示さないのである。いや、興味を持たれても困るのだけど。
その後、私は1人だけ体力測定をやらされた後にクラス合同でやっていたバスケに混ざっていった。しかし最近のバスケはゴールが高く設定されているのだなと思いながらシュートを決めていく。試合展開は私のいたチームが優勢となり、チャージを躱しながら最後のスリーポイントが決まった所で授業は終わった。
「バスケ部に興味ない?」
「いや、今は部活やっている暇が無いんだ。」
「そうか~。まぁ、気が向いたらリベンジさせてよ。」
別のクラスらしき活発系少女がニカッとした笑顔で勧誘してきた事以外は特に何も無く授業は終わる。だが、何かで見られている感触が非常に嫌らしいと感じた。まぁ、そんな事を気にしていたら負けだろうし、どうせ自意識過剰なだけなのだから気にせずに残りの授業も終えた。
「さてと、攻略者研修に行ってさっさと資格取りますか。」
私は今日休みの智夏に届けるプリントを預かった後、攻略者研修の行われているらしい教室へと向かうのだった。その頃になると、何か見られている感覚が無くなったので自意識過剰が過ぎたなと反省しつつ、目的の教室へと辿り着いたのだった。
…………南葉 三千代視点…………
GW明けにいきなりやってきた転校生、東郷 遥という少女を見て最初に思ったのは「謎」だった。東郷家には隠し子の様な少女がいたという噂があったのは覚えている。東郷 智夏とも仲が良かった様に語られる隠し子的な少女の正体は、現会長の姪である彼女で間違いないのだろう。
しかし、彼女の正体は謎のままだ。なぜ今頃になってこの世界に入ってきたのかという事である。私の従姉妹達は同じ南葉という苗字ならば関連会社の重役や理事会の一員になる可能性も高い為、社交界には顔を出していた。しかし彼女は東郷家が出席しているパーティーでも見た事が無い。
「……それに、〖鑑定〗も効きませんからね。恐らくレベルの高い先生方の物も弾いているのでしょう。本人は無自覚なので余計に気になりますね。」
東郷家と繋がりを持ちたい、弱みを握りたいと思っているクラスメイトの一部の方々は何度も繰り返し使用しているようです。まぁ、元々ダンジョン内のモンスターに特化したスキルなのですから仕方ないと割り振るしかないと思いつつ、私は授業に集中するのでした。
昼休みになり学食へと向かう方々が多い中、彼女だけが机に大きな弁当箱を取り出しました。正直中身が気になりましたが早くしなければ学食の人気メニューが売り切れになってしまうと思い、私は教室を後にします。ここで同じ東郷家の智夏さんがいれば色々と話を聞けたりしたのでしょうが、生憎と今日は休んでおられるのでしかたありません。
学食の人気メニューであるすき焼きうどん定食を軽く平らげてから食休めをした私は更衣室へと向かいました。体育の授業の中で彼女の身体能力はどうなっているのかとそわそわしながら体育館へ行きました。まぁ、彼女は外で行う体力測定を終えてから戻ってきたのですけどね………。しかし攻略者15000メートル走を授業時間が余るレベルで走りきる脚力から本当に何者なのかと問い詰めたくなります。
さて、最後の最後に彼女が参加したバスケですが……相手チームが全員攻略者であるにも関わらず圧倒的な展開を見せていました。バスケ部期待のエースの方も勧誘しちゃってますからね……。本当に彼女の謎を解かなければいけないような……と思いつつ私は今日帰ったら何のプラモを作ろうかと悩むのでした。
…………補足説明…………
ダンジョンツリーが出現し、法整備が整っていなかった頃は身体能力が高くなった攻略者によりプロスポーツや高校の部活等に影響が出始めた。その事から体力測定やスポーツに関しても基準が高くなった。
この影響は体力測定にも大きく反映されており持久力の測定も男子20000メートル、女子15000メートルとなっており一般人にも同様のテストが行われる為、高校生になれば攻略者になろうという者が増えている。
スポーツではボールやバット、ラケット等の道具類に関しての見直しが行われ、体育館やグラウンドにダンジョン素材の衝撃吸収剤等の設備を設置する義務が出来た。プロスポーツの場合は観客席を基準以上の魔導具で保護しなければならない義務も存在している。