第11話 怒髪天の智夏と叔母
飲み会から帰った私達を待っていたのは、予想通りに仁王立ちをしていた叔母と智夏だった。叔母としては私を飲み会に連れて行った事に関して怒っており、智夏は用事が飲み会だった事に怒っているのだろう。
「本当の事を言っていたら行かせてくれたのか?」
「そんな訳ないでしょ。大人との飲み会なんて何があるか分からないのに……。それに、せっかく準備したデザートも食べないで寝ちゃうし……。だから今日から1週間、お弁当は作ってあげないし、台所にも立たせないからね!土日のお昼ご飯も遥とお父さんのは作ってあげないから!お手伝いの人やお母さんも納得してるからね!」
そんな訳で私は自分で弁当を作る事すら出来ない為、学園のある日は学食、土日の昼は外食を取らなければならなくなった。この為、今日の午前授業が終了した時にダッシュで学食まで向かうのだった。ただし、他の生徒達が扉に詰まって邪魔だったのでスタートが遅れてしまい、学食に着く頃には長蛇の列が出来ていたのだった。
「次の時間は体育では無いし、メニューの方向性は決めておくかな。」
育ち盛りが多いからかお上品に味を追求した量の少ないコース料理よりも、万人受けする大盛りにしても問題ない料理が多い。まぁ、昼休憩はそこまで長くないので調理時間を極力短く出来る様にしているのだろう。そう思いつつ私は色々と頼んでみるのだった。
「おばちゃん、餡掛けチャーハン大盛りと鶏皮餃子。それに塩ラーメンにコーンサラダ、ミニチョコバナナパフェお願いします。」
「あいよ!じゃああそこで待っておいてくれよ。」
攻略者という概念が登場してから女性でもがっつり食べる事が認知されている事、消費カロリーが激しい事も分かっているのかおばちゃんは何も言わなかった。心配しているのはテーブルまで持って行けるかどうかだろう。まぁ、これに関しては〖鑑定〗や〖鑑定EX〗と違って使用を禁止されていない〖収納EX〗を使う。あくまでこれは一部の場所での使用が禁止されているだけで、今のような状況なら使っても良い。……単純に窃盗に使わなければどうにかなると思って貰えれば良いだろう。
ちなみに智夏は弁当派なので私とは別行動であるので席を取って貰っている訳では無い。なので私は空いてる席に目星を付けておく事にした。ただ、地雷になりそうな丸テーブルは避けておこうと思える。あそこに座っているのは星宮の関係者達だったり、四方財団の関係者達の子供だったりするのだ。私の場合は叔父に保証人になってもらっているだけの立場なので堂々とそこに行く真似はしない。
その様に考えた結果、私は長テーブルの端っこの席に向かう。そこには誰かがキープしている訳でも無く、友人が後から座るという事も無いようだった。一応確認しているので後から文句は言われないだろうと思いつつ、私は塩ラーメンβと鶏皮餃子をトレイに置いて手を合わせた。そして小さくいただきますと呟いてから食べ始める。すると、予想以上に美味だった事から塩ラーメンをほんの数分で食べきってしまった。
「……しまった、バターが無ければいけなかったんだ……。」
ラーメンにコーンを入れる際にはバターも必要だとあれほど……とは思ったので仕方なくコーンサラダとして食べる。イメージとしては揚げ物系ファストフードチェーンで売られているコーンサラダと考えて貰うと良い。ただ、たまにコーンサラダだけ置いてない店があるんだよなぁ………と思ってしまう。
野暮な事を考えながらコーンサラダを鶏皮餃子と合わせて完食したのでそのまま餡掛けチャーハンを平らげていき、最後にミニチョコパフェに舌鼓を打つ。その様子を見ていた他の者達は早食いすぎやしないかという目で見られているが気にしないでおこう。それよりも明日はどんなメニューを選ぶか……と考えるのだった。
「台所すら使わせて貰えないのが痛いんだよな。自分で弁当くらい作れるってのに。」
あの自由奔放過ぎた両親の元で生き残るためには自炊を覚えるしか無かった。それも、ライダーグッズの為に金も使うので節約もしなければならない。こんな環境で暮らしていたが、流石に台所が使えなければ何も出来ない。精々カップ麺を買ってきてお湯を調達するくらいしか出来ないだろう。
「これくらいの罰なら苦行にならないな。」
教室に戻りながらそう呟いていると、後ろからポンと肩を叩かれる。誰だろうかと思い振り返ると、そこにはゆらゆらと髪を立たせた智夏がいた。どうやら罰が苦行では無いという発言から反省していないと思われた様だ。いや、弁当も確かに美味いが学食を利用しても迷宮口座には金が残っているからな……。
「無駄遣いは駄目だよ、遥。それに栄養バランスもちゃんと考えて注文した方が………。」
「いや、自分で稼いだ金で充分事足り……って、なんで怒るんだよ……。弁当が嫌になった訳じゃ無いからな?学食に乗り換えようとか思ってないんだからな!?」
罰の期間が終わっても学食に行くという事にはならないと伝えると上機嫌になった智夏を見て私はホッとため息をついた。ただ、迷宮口座にお金があるという事については納得していない様にも見える。まぁ、暫くの間ダンジョンツリーにすら潜っていないので仕方ないとは思うが……スタイルが色々違うからな、うん。
ただ、クラスメイト達に対してすり寄ってきそうな面倒な情報を与えないために夕食時に話す事となったのだった。いや、〖鑑定EX〗的な感覚が未だに感じられるからな……。私が直接訴えると面倒な事で時間を取られそうなので、攻略者研修を受けた教師に相談したのだが……未だに解決していないのである。もしかしたら私がソロでガメライオスを討伐した的な情報か迷宮口座に9000億あるという噂でも聞いたのだろうかは知らないがマークしなくても良いんじゃ無いかと思えてしまうのだった。
そんなこんなで東郷家の夕食で私は智夏に一般的な攻略者の資金運用についての説明を受ける。これまで私は忘れていた。攻略者になるには16歳以上……高校生にならなければならず、私と同い年である智夏は攻略者歴1ヶ月だという事を、それはもうすっぱりと。多分改造人間になって感覚がおかしくなっていたのかもしれない。あの教師にオススメされた[竜泉]も本来は兎サイズのドラゴンを狩るというのが前提だったそうだ。私の倒したガメライオスの半分のサイズでも初心者が倒せる筈の無いモンスターである事は叔母からも言われた。完全に叔父と私の感覚が狂っていたようだなぁと感じてしまう。
「最初に借金か親に金を出して貰うなりして武器防具、アイテムを揃えてから、複数人でパーティを組むか、弱いモンスターから叩いていくのが普通なの。」
「成る程。私の場合は武器や防具いらなかったし、逃避玉も貰ってたからな。最初のクエストの時うっかり鞄の中に入れっぱなしだったけど。」
いや、なんでそんな危険な事をって顔されてもその時は素で忘れてたし……。そもそもクエストってテキトーに取るのが主流じゃ無いの?と質問すると、それもセオリーから外れているらしい。クエストは枝の先の方に行くにつれて難易度が低くなるという法則があるらしく、テキトーに取るにしても基準がしっかりしていなければならなかったのだという。
「で、クエスト報酬もパーティを組んでいれば山分けになるし、武器もメンテナンスしなければならない事が多いのよ?正直言って1人当たり100万稼げたとしても手元に残るのは2~3万くらいよ。」
「そこまでじゃないだろ流石に……。下手したら新しい武器を買った方が効率よくなるんじゃないか?」
私のその一言は真面目に新人攻略者をやってきた智夏が豪勢なテーブルでちゃぶ台返ししようとする程不謹慎だったらしい。ただ、弁明させて欲しい。私の攻略者としての常識は殆ど10年前で止まっているし、攻略者研修でもそこまでの事は言われていない。武器・防具はメンテナンスを欠かさず行う事以外に何も言われていない私にどうしろと言うんだと思いながら智夏を宥めるのであった。
「………言っておくけど、私の使ってる真鋼の槍は新品で2000万よ?で、メンテナンス費は酷い時で50万。そこに防具メンテナンス費の最低30万に逃避玉やポーションなんかのアイテム揃える費用からして新しいのに切り替えるなんてそうそう出来ないわよ。」
「なんか思ってたより高いな。それに質の良い武器じゃないか?普通の初心者は鉄のナイフとかじゃ無かったっけ?」
「中級の素材を消費しないといけないし、若者を死なせないためって事で初回に限り割り引き価格で提供されるんだよ。あくまで武器だけで、防具はこれまでの初心者用鎧に毛が生えた程度だけど。」
高校生から攻略者になれる事で、ダンジョンツリーが誕生してから暫くは新人が新人の枠を超える前に死亡する事案が増えた為、学生に限り初回限定で新品価格から7割引で武器を買える様になったそうだ。これで死亡者は激減したのだが……代わりに調子に乗ってしまう攻略者が続出したらしい。
「智夏も遥も面倒事にはあまり巻き込まれないように注意しなさい。特に智夏はパーティの子達と喧嘩しないように。四方財団や星宮の子達もいるから特に気をつけなさい。遥は……変な奴等に絡まれない様に努力しなさい。」
叔母さんの一言に智夏と2人で頷いた後、私は明日はダンジョンツリーに行かせて貰おうと思いながら眠るのだった。……いや、少し気になるので[天鈴]に行ってみようと思う。そうすれば智夏の機嫌も元に戻るだろうとも期待するのであった。