第10話 居酒屋ぱん爺にて
私が攻略者になってから5日が経過した。ダンジョンツリー以外に特に散策していない事を智夏に伝えると彼女は放課後に色々な場所に連れ出してくれたのだった。ちなみに智夏は攻略者の資格は持っているが私の様に〖収納EX〗を持っている訳でも無いので休日に友人達と[天鈴]というダンジョンツリーに武器を預けて拠点にしてクエストに潜っているらしく、放課後は門限を守りつつ遊んでいたりするらしい。
私もパーティに誘われはしたが断っておいた。私のただ敵を倒す為に行動するスタイルと、彼女達のチームワークを重視した連携重視のスタイルではどうやっても調和する気がしなかったので仕方ないだろう。智夏はガッカリしていたが彼女のパーティメンバーはなんとなくではあるが納得していた様子だ。
「あっ、今日は私用事あるから一緒に帰れないから。」
「えっ………い、いや遥も自分の時間が欲しいよね?ゴメンね色々と付き合わせちゃって。」
まぁ、誘拐されていた間は出来なかった事を多く体験できたのは良い事なのだろうが、ダンジョンツリーに行けなかったので何かと言われそうだ。実際、5日間の間放課後はカラオケやらショッピングやスイーツ、ゲーセン等に行かされていたからな……。土日は友人宅でゲーム大会と勉強会というのもあり体が鈍ってないか心配になってくる。
これ以上は自由にさせてくれと冷たい言葉は言わないが、今日は四方財団の内三人の会長達が開く飲み会……いや、会合があると連絡されていたので用事は出来ている。ただ[特撮]に向かう事は用事にさせてくれないのが辛いところだ。一緒に潜るなんて事にならないのが唯一の救いなのだけど。
「……制服も着替えてラフな恰好になったから問題ないか。」
流石に学生服で来る訳にもいかなかったのでジーパンやカッターシャツという無難な服を選んだのである。まぁ、他の三人もかしこまった恰好では来ないと話していたので問題ないはずだ。そう思いつつ目的の居酒屋であるぱん爺の前で待つ。そうすると私と似たような姿の叔父と西都会長、そして北斗会長らしき男達がこちらに来ていた。堅苦しい高級スーツでは無くジャンパーにチノパンといった飲み会に行くおっさん達をイメージしている様な服装なので安心してしまう。
「初めまして……だな。俺は北斗 進という。これから長い付き合いになるからよろしく頼む。」
北斗会長は他の二人とあまり変わらないおっさん的な雰囲気を醸し出していた。ただ叔父と西都会長が穏やかな雰囲気を出しているのに対し、北斗会長は少々尖ったおっさんという感じだ。あくまで平常時の話なので仕事の時には切り替わっているのだろうと思えた。まぁ、彼はなるべくして会長になった男らしくなんとなく会長を押しつけられた様な2人と違うのは仕方ないのだろう。
「団体名:秘密結社で登録した者です。」
「お待ちしておりました、それでは5番の個室へとお入りください。」
一応極秘事項もある為か、奥にある個室へと通される。個室の中は元々は大きなテーブルに椅子が10並べられており、大人数の客か豪勢に食べる客を想定しているのだろうか?そう思いながら辺りを見回すと、この個室の異様さが分かる。
まず、ドリンクバーが付いている事だ。後で知る事になるのだが客が来る前に補充というか中身を交換しており、満タンの状態からスタートするので無くなる心配はあまりしなくても良いらしい。ここまでなら分かるのだがさらに個室トイレが付いているのは何故かと感じてしまう。ただ、扉が開くのが注文を受け取る時だけという事が内緒話をする為には最適な環境なので気にしないでおいた。
「取り敢えず先にカタログについての処遇を決めさせて貰う。今回は善意で譲って貰うも同然だからな。次回からはある程度の金を支払わせて貰う用にする。これは分かっているな?少なくとも何かと交換で手に入れる事だ。」
北斗会長はそう言いながら名刺と電話番号の書かれた紙を渡してきたので私はそれを受け取った。一応これで交換条件は揃った。問題なのはこのカタログを誰が受け取るかという事で……3人は本気でジャンケンをしていた。それはもう、ジャンケンが殺人拳として突き出されている様な感覚になる程、一発一発に力が込められている。
ジャンケンは計6回のあいこを経た後、北斗会長が勝利していたので私はカタログを渡す。それを〖収納EX〗らしきスキルで仕舞った後、北斗会長は長い息をついた。流石に殺気を放つ勢いでジャンケンをしていたら疲弊するだろうと思ったが、彼にとっては自分の勘がここまで外れなかった事に安堵していたらしい。
「あの時に電話していなければ手に入らなかった物だからな。これで出すアイテムは大事に飾らせて貰う。」
北斗会長はそう言いながら、あの時に電話を掛けていなかったらという事を私に話していた。まぁ、電話が無ければこの争奪戦にすら参加できていないのだから仕方ないのだろう。ただ、この後そのまま飲み会に突入する訳では無く、いくつか話をする事になっていた。
「最初にダブルアップチャンスに関しての情報収集だな。これは獅子裂家と合同で調査した結果、ダブルアップチャンスを達成してカタログを手に入れた者の話を聞けた。ただ現実世界の物では無く、そのモンスターの素材や武器ばかりだったらしい。」
「つまり、現実世界由来の商品が詰まったカタログは出てきていないと。」
「そうだね。そしてカタログの商品も多くて30、少ないと10程だったらしい。ただこれは共通誓約等の難易度が関わっていると推測された。まぁ、概ね事実だと思うよ。」
ただ、一般的なカタログの扱いは手に入れた攻略者に委ねられるらしい。ある程度の報告義務は付くだろうが、何がメインだったかが記録されるだけだというので気にしないでおく。
「で、これは終わった話だが[竜泉]の攻略者から訴訟を受けかけていたよ。賠償額が不当だからと言う理由で………まぁ、あの壺の値段を入れてなかったので逆に増える可能性もあると紗反家が報告したから取り下げになったってさ。」
出席しろとか言われていたら時間や信頼的にヤバさに拍車が掛かったかもしれないが、出席云々の話になる前に終わらせて貰えてありがたいなと感じてしまう。ただ、壺代は私が関わり合いたくないという理由で突っぱねていた事により賠償に入らず直接[竜泉]の予算に組み込まれる形になったらしいので早めに撤退して正解だったと感じるのであった。
「………最後に[特撮]に変身アイテムが持ち込めるか否かについてやってみたけど……結果は可能だった。まぁ、変身して身体能力が上がっていても殆ど素手で闘わないと行けないのは厳しい上に、武器を持たずに闘うスタイルの者が少ないからね……。」
「武器を使えば初心者でもダメージを与えられるからな。武器が無いと戦えないという先入観が出来やすくなっちまってる。最近のゲームも素手で闘わせない事多いからな……。」
某狩りゲームも武器を持たないままクエストに行くことは出来ない。防具無しの裸縛りであり、本当の無手で行く事は出来ないのである。ネコでプレイする時も装備無し表示でも武器なのか分からない棒を持って行くのでアクション系では無手プレイは出来ない。RPGでは可能だが無手のイメージアップにはならないだろう。
「だから変身アイテムを手に入れたら討伐隊メンバーに配っておきたいんだよね。訓練すればどうにかなるレベルの攻略者はまだいる訳だし。」
「分かりました。ただ、ライダー系は極力破損させないようにしてくださいよ?」
そんな会話の後、一旦休憩という事で注文を入れる。主にフライドポテトや鶏の唐揚げ、スティックサラダや鱈の天ぷら、だし巻きタマゴに春巻き、エビチリやとん平焼き等多種多様な料理がワゴンで運ばれてきた後、瞬く間にテーブルに並べられていったのだった。
「そういえば私からも話があるんだった。」
鱈の天ぷらをそのままつまみながら私はある事について話そうとする。ちなみに、私が改造人間的な事が出来るのを叔父以外の2人も知っている。これは叔父が単純に自慢したかったのもあるが、私を誘拐した組織を誰が協力していたか心当たりが無いかと聞いていたからである。
というのも私が発現したモンスターの内何体かは討伐報告がされていないモンスターだったからだ。それに加え、あの組織を最低6年間維持出来るほどの資金源も不明なままなのだ。叔父は2人に話を聞いたらしいが、改造するにも方向性が違う為あっさりと関与は否定された為、謎が深まるばかりだったのである。
「多分だけど、私を改造人間にした黒幕は捕まってないと思う。ただ、黒幕の正体を私も知らないんだ。多分本人に会ったら思い出すレベルの記憶しか無い。」
3人はそれを聞くと箸を落としかけたりとそれなりに動揺していた。少なくとも実験に関与していた者達は捕まっている筈だと思っていたのに、黒幕だけ逃げ延びていた事がどうしても信じられないのであろう。だが私としては逮捕された連中の中に改造手術を成功させた科学者がいると思えなかったのである。
「そう言われてみれば、黒幕はまだ何処かに潜んでいる可能性は出てくるな。あの研究者達はどちらかというとデータ収集を主に行うタイプだからな……。」
実際、研究には創造と観察の2つが存在するという考えがある。私の体で例えれば改造手術を行うのは創造、モンスターの遺伝子を取り込ませていくのは観察となる。つまり、あの科学者達に改造手術を成功させろと言っても彼等は完璧に熟す事は出来ないだろう。実際、検体を増やそうとして失敗しているからなぁ…。
「四方財団関係でも無ければ星宮の者達も心当たりが無いと言っているからね……。もしかしたら中財閥時代の者達かもしれないけどねぇ……。資産だけはまだ残している訳だし。」
「可能性はある。だが中財閥はとっくの昔に廃れているからな……それに、後続と呼ばれる四方財団への怨恨なら跡取りでも無い子供を誘拐する必要も無いだろう。それに加え、誘拐した後の脅迫電話も無かったわけだしな。」
それに加えて、私をスパイ兵器として送り込ませるなんて事も目的では無いだろう。そうで無ければ6年間の間に洗脳手術を行わなかった事が説明できない。実際、初代ライダーの改造手術は1週間程度で終わる。少なくとも私の様な長期間じっくりとしていないのである。元々使い捨てのスペックだったのか、それとも幹部級に改造されていたかどうかは分からないのだけどね。
「まぁ、黒幕に関しては今は気にしなくても良いと思う。私みたいな改造人間増やしているか、それともまた別の物を創造しているかのどちらかだな。」
そう言い切って私は食事に戻る。少なくとも黒幕があの施設から去ったのは誘拐されてから手術が終わった後くらいだろう。その後3年くらいは様子見に来ていた気もするが、飽きたのか興味が別の方向に向いたのか、来なくなったと記憶している。恐らく死んでいないかを確認しに来たレベルだろうなと思うほどの訪問頻度である。
「……まぁ、力をコントロール出来るなら問題は無いか。ただ、この組織に協力していた攻略者がいないかは探しておく。何かしらの陰謀もあるかもしれないからな。」
ダンジョンツリーに潜れなかった事によるフラストレーションと供に貯め込んでいたモヤモヤが晴らせた為、私は満足しつつ飲み会へと移行するのだった。ただ、叔父以外の2人が宇宙戦士物と戦隊物を布教しようと話をしており、飲み会を楽しむ事は出来た。まだ帰らないの?という電話が奥さん(私の場合は智夏)から掛かってくるまでは。
「「「「帰るか………。」」」」
西都会長と北斗会長と別れた後、カタログや報酬を手に入れたら、また似たような飲みか……ゲフンゲフン。会合を開こうという提案に頷きつつ、私と叔父は玄関で仁王立ちして待っているであろう叔母と智夏に脅えつつ帰路に付くのであった。