第9話 ダブルアップチャンスの真価
約1時間程忠臣戦隊ニンケンジャーについて語っていた西都会長を応接間へと誘導した私達は、ニンケンレッドのスーツは朝陽さんに渡す事にしたと話す彼を見てなんとも言えない気持ちになっていた。自分も変身したいが……と泣く泣く諦めた感を醸し出していればそうなっても仕方ないと言える。
「まぁ、変身は出来るのは良いんですけどね。忍犬から人の姿に化けて、そこから変身は出来る訳ですし……。」
あらすじから主人公扱いのレッドがまさかの人外というか犬なので少々不安になったが、人間の姿バージョンの変身ポーズもちゃんとあるらしい。ただ、変身アイテムがただの武器に見えるのは気のせいだろうかと思うクナイ型である。配色や装飾が違えば平成7作目ライダーの使っていた武器にも見えるそれを朝陽さんは自分に所有権が確立したのを確認した後、西都会長にも渡して見せた。
「……プレミアムよりも迫力がある気がしますね。しっかりとした重みに説明できそうに無いほど複雑な構造……。まぁ、ダンジョンツリーならこれくらい出てきますよね……。」
「撮影用とはまた違った貫禄ですね。まぁ、この辺りの矛盾は気にしない方が楽ですしね。現実世界由来の物はなぜここから出てきた?なんて物も多いですから。」
実際、世界に数台しか無く廃車にも売却も……ましてや生産もしていないのにも関わらずその車がドロップしたなんて話もあるらしい。この為彼等は気にしていないのだろう。いや、私も気にしないでいるのだが。
「さてと、それでは変身するので少し離れていてくださいよ。それと、この変身が終わったらサッサと帰りますからね!奥様を待たせたら私も大変なんですよ…………いや、本当に奥様のオシオキは怖いんですよ。」
西都会長の奥さんはオシオキと称してゲームのレベル上げ作業をさせたりするらしい。それだけならまだ良いのだがゲームやキャラが圧倒的に多いらしく心を無にしなければやってられないレベルらしい。しかもストーリーを進められないので同じ敵を延々と倒す作業となりまさに苦行であると言える。
「じゃ、やりますので少し離れていてください。攻撃的なエフェクトはありませんでしたが一応お願いします。」
変身中に攻撃してはいけないという謎の心理はあるが、変身中に変身している者が攻撃出来る時もあるのでこの警告には全員従う。ついでに応接間のソファーやらも離してスペースを作っていた。ちなみに応接間によくある様な高級品はこの家には置かれていないのでスペース作りは非常に早く進んでいた。恐らく五分も掛からなかっただろう。
スペースを確認し、ポーズの確認を終えた朝陽さんはクナイを右手で逆手に持ち、持ち手部分を左手に押しつける。ちなみに犬バージョンだと左手で持ち手部分を叩いた後、右足で払ってから持ち手部分を咥えるらしい。
「回転変化の術、ニン・ケン・チェンジ!」
朝陽さんは掛け声の後、左足を軸にして右足で円を描く様に一回転する。その間に赤い風が彼を守るように渦を巻く。ちなみに床にダメージは無い為、完全に演出用であると分かる。そんな赤い風の渦を宙に向けて投げたクナイで切り裂いた朝陽さんは、なぜか大型の四方手裏剣を手に持った状態で佇んでいた。
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは、紅き魂を持ちし忍……ニンケンレッド!」
名乗りの後、手に持っていた四方手裏剣を背中に装着したのだった。それを見て感動している西都会長を見ると、これで変身シーンは終わりなのだろう。ただ、どうも締まらないなぁと思うのは叔父と私だけの共通認識らしい。やはり戦隊名が無いとこれじゃ無い感が凄いのである。
「一応初登場の時のが1番良いと思ったのであの台詞でしたけど……まさか全員分揃えるとか言いませんよね!?他の人達を巻き込んだりはしませんよね!?」
朝陽さんがそのまま変身解除したのを見てガッカリしている西都会長だが、質問には返答しないまま微笑んでいるのを見ると巻き込まれる人物は出てくるだろうなぁと感じるのだった。ただ、朝陽さん曰くニンケンジャーは単独で変身するシーンも多い事から台詞全部を覚えるのは無理だと話していたので、巻き込まれそうになってから逃げる事は可能であるとは思う。そんなどうでも良い事を考えながら私は最後の報酬について相談する。
「で、最後がダブルアップチャンスの報酬で出てきた[特撮]Bランクカタログ75ですね。中身はまだ見てないんですけど……って何驚いてるんですか?」
「い、いやダブルアップの報酬……?それもBランクって……。ちょっと経緯聞いても良いかな?」
叔父がそう聞いてきたので私は[特撮]での経緯を話した。スーパー戦隊に登場したらしき怪人がライダー作品の怪人になっていた事を伝えると、叔父と西都会長は納得していたが、朝陽さんだけは色々と思う事があったようだ。というのもダブルアップチャンスという現象はそれなりに報告されていたらしいが、基本的に離脱する者が多いらしい。
「で、高ランククエストとして新たな葉としてダンジョンツリーに残るんだよ。でも何度か達成した報告はあるんだけど………カタログという形では報告されてないね。基本的にはレアな素材な事が多いんだ。」
叔父がそう説明したが、西都会長や朝陽としては報告されていないだけでクエスト内でカタログが使われたのでは?と感じているらしい。少なくともカタログ自体は発見されているが報酬が選べるだけのアイテムという事で外に出された事は無いという可能性もある訳だ。私の場合、火山というカタログ見ながらのんびりと報酬を選んでいられる場所では無かったのも影響しているからなぁ……。
「取り敢えず中身、見てみますか?」
私がそう言うとダブルアップチャンスに関して考えるのは後回しだという様な表情でカタログの方に集まってきた。ただ、開いた場所が場所だからなのか、将又ランダムで要素が決まっているのかは分からないが……私が欲しいと思えるグッズは載っていなかったのである。
「内容としてはライダー、戦隊物、宇宙戦士系のアイテムが25個ずつか……。」
持ち主である私の意見が優先されるのだろうが、今回のライダー系アイテムで私が欲しいと思える物が無かった。いや、欲しいのは欲しいのだが置き場所や扱いに困る物ばかりなのである。実際、作中で使われたバイクでは年齢的に免許を取るまでに時間が掛かる事もあり除外、電車に関しては置き場所が無いのである。そして残りのアイテムも私が使うことが無いだろうと思えるアイテムばかりだったので叔父か西都会長に譲ろうと思うのだった。
「学園で面倒事に巻き込まれたとき?あぁ、名刺渡しておくから頼りにしてくれて良いよ。」
「私も保証人の様な立場だからね、ある程度の事なら頼ってくれても良いよ。」
何というか言質を取られる様な言動を取られたが、伝手が増えるのは良い事だ。私には扱えないグッズやカタログを手に入れた際に引き取り手として相談する相手にはなるだろう。特に西都会長には戦隊物を引き取って貰えるのでありがたいと思えた。ただ、カタログを賭けてじゃんけんしようとした叔父に電話が掛かってきたのは予想外だった。
「え?いや……その……。うん、うん分かった。また飲み会開くからその時に……。え?世間体も考えて会合と言え?いやでも僕達が出会ったのって特撮ファンの集いの時だったから感覚抜けなくて……。分かった、分かったから!ちゃんとその時に持ってくるから!」
叔父の電話相手を察したのか西都会長はため息をついていた。もしかしたらこうなるかもしれないとあらかじめ予想していたかのように納得した顔であったのだが、叔父は僅かな希望に縋っていたのだろうか?
「……やはり北斗は勘が異常な迄に鋭いよねぇ……。私も協力するから争奪戦に混ぜろ電話してきたよ。カタログの事とかは知らないって言うからなんで電話してきたんだろ……。あっ、飲み会に例の人物について話したいって言ってるから遥も強制参加になってるけど……。」
「何故こんな事になってるんですか?」
「私と東郷の様に、北斗財団会長も特撮ファンなんだよ。宇宙戦士専門に近いけどね……。」
そう聞くと残る南葉財団も特撮なのかと思ったのだが、彼等は機動戦士等のロボアニメにどっぷり浸かっているらしい。特撮作品で有名な大怪獣シリーズはどちらかというと西都会長とその息子数名が担当らしい。ここまでで言えるのはサブカルチャーにどっぷり浸かりすぎでは無いかと言う事だが………逆にこれが無ければ面倒な世界で窮屈に生きるしか無い人生になっていたと語られたので気にしない様にした。作品のファンだからと言ってもあからさまな援助をしている訳では無いらしいので安心しながら私は日程について聞くのだった。
その後は携帯番号などの交換をした後、西都会長と朝陽さん、叔父と供に応接間を元に戻してから見送った。ただ、そんな私と叔父が自室に戻ろうとして呼び止めた人物がいたのである。彼は話に入る間もなくボーッと私達のやり取りを見ていたらしい。
「父さん……それに遥も!一応は日本屈指の財団の一族があんな風に盛り上がらないでください!とゆーか、せめて俺も話の輪に加えてくださいよ!」
彼は叔父の息子の冬護、23歳で大学院に在籍している。研究テーマは数学と言えば聞こえは良いが、実際はシューティングゲーム関連の話に繋がる物なのでサブカルチャーに浸かっているのは間違いない。ちなみに嵌まった理由は美少女だらけの激ムズシューティングゲームである。派生作品と二次創作で本家と全く違うキャラ設定が有名になりつつある為、どの言葉が地雷になるか分からない。
ちなみに私が誘拐されていた間に痛車用のイラストを描き上げる等の趣味があったらしい。本人曰く使いやすい痛車メーカーというフリーソフトがあったので描いてみたとの事。流石に叔父も直接貼る事は許可しなかったが、見せて貰った痛リムジンのデザインは秀逸だったという。
「それはすまなかったから今度何かやれないか調整するよ。あの飲み会には連れて行けないけどね……。あれの存在が漏れると世間的に混乱するから。」
冬護はそれを聞くと、もうそろそろ夕食だから早く来ないと母さんが怒るぞと言って廊下を歩いて行く。そういえばもうそろそろそんな時間だと私と叔父は慌ててお互いの自室に戻り、急いで着替えてから食卓に座るのだった。………その慌てっぷりを見て叔母は何も言わなかったのだけど、また何かしら言われそうだなぁと私と叔父はゲンナリしてしまうのだった。