他人の空似
高井くんと上橋くんは、「他人のそら似」の見本だ。
長丸い顔に、細いタレ目とメガネ。柔道一直線な体型を学ランに包んだら、担任教師から親友までもが、一度は間違う。
ある日、英語の教師が二人に言った。
「おまえら、実は双子でしたとかいうんじゃないだろうな」
高井くんと上橋くんは、顔を見合わせ、お互い、見えないキズに触られた瞬間の顔になる。
「あ、いや、実はちょっと」と、高井くんが答えた。
「内緒にしてたんですけど、事情があるっつーか」と、上橋くんが続ける。
「そ、そうか、いや、すまん」
教師は、詫びの言葉とともに、慌てて片手を上げた。
すたこらと廊下を去ってゆく教師の後ろ姿を見ながら、ふたりはもう一度、顔を見合わせる。
今度は、にんまりとした顔で。
「センセー騙すなよ、悪いヤツ」
上橋くんが、高井くんを肘でつついた。
「すぐ嘘だってわかるって」
高井くんも、つつき返す。
ふたりの笑い声がリンクした。
放課後――
校長室では、緊急に招集された研究機関の職員が、校長、教頭と額を突き合わせていた。
「これはヒジョーにマズイです」と、研究機関の職員が眉をひそめる。
「彼らはいつ、事情を知ったのでしょうか」
「私たちも彼らのご両親も、機密に関する内容は一切表に出ないよう、それは厳重な管理を、はぁ」
校長が、額の汗をハンカチで拭った。
上橋くんが、100人近い死者を出した列車事故から奇跡の生還を遂げたのは、10歳の時だった。
折り重なる遺体や電車の残骸の中、彼は、右手をもぎとられた状態で救出された。何とか一命を取り留めたが、右手は、必死の捜索にもかかわらず、ついに発見されなかった。
右手を失った少年の将来を憂いた、その翌日――
上橋くんが発見されたのと同じ車両から、少年がもう1人救出された。
誰もが驚いた。
なぜなら、少年は「上橋くんの等身大コピー」だったから。
もちろん上橋くんには、一卵性双生児の兄弟などいない。
その少年は、事故のせいで記憶を完全に失っており、しかも誰からの身元照会もなく、名前すらわからない。
同じ頃、上橋くんが入院する病院でも、上を下への大騒ぎとなっていた。
上橋くんに、完全無欠な右手が生えていたのだ――
二人は、体の隅々まで研究された。
そうして半年後、上橋くんは、「等身大コピー少年」の存在を知らされることなく、普通の小学生の生活に戻った。
もう一人の上橋くんは、同じ事故で子どもを亡くした、高井さん夫妻の申し出により、養子として引き取られた。
この時の調査結果全ては、国家機密並みの極秘事項として、封印されている――
「プラナリアの再生能力を持つ少年、ですか」
教頭が、ため息とともに呟く。研究機関職員は、今後の対策を確認して帰った後だ。
「入学式の翌日、あの連中が乗り込んでくるまでは、単なる『他人の空似』だと思っていたがなぁ。なんで、よりによって同じ学校へ来たのやら」
校長も、教頭と同じ種類のため息をついた。
「まぁ、元は同じ人間だったわけですから、志望するものが同じでもおかしくないということでしょうか」
その頃、職員室の電話が激しく鳴り、そばにいた教師が受話器を取り上げ、「はい、○△高校ですが」と決まり文句で応対した。
受話器の向こうから、ノイズ混じりの緊迫した声が告げる。
「こちら○×警察ですが、そちらの生徒とおぼしき少年が、爆発事故で重傷を……あ、名前は高井……えぇ、左手の指を三本吹き飛ばされまして、現在病院へ搬送中です――」
〈了〉
私の弟と、弟の親友Iくんに捧げます。
この二人は、高校時代、友人や先生ばかりではなく、私の親にまで間違えられたというほどの、そっくりさんでした。
ちなみに、正真正銘「他人の空似」。
何の秘密もありません。
――ないよねぇ、ね。