入学編-4
模擬戦闘が始まって15分が経過した。
市街地エリアで30人の総当たり戦、つまり遭遇戦である。市街地エリアの広さは東京ドーム1個半分の大きさを誇り、ビル等の建物も忠実に再現されているため体感ではもっと広いように感じるだろう。そのため、遭遇する確率は自然と低くなる。
この模擬戦闘では、ペイント弾を使用しているため、着弾した位置がよくわかる。それを利用し、着弾位置によって持ち点から点数が引かれていく。最初の持ち点は全員一律で10点、引かれる点数は急所に近いほど点数が高く設定されている。例えば、頭と心臓の位置が10点、手足が1~3点といった具合である。
低い遭遇率と減点方式のため例年通りであれば、2時間を越える長丁場なのだ。そのため、まだ始まって15分でキルカウントをもらっているのは、よっぽどの不運持ちである。
しかし、今回は違った。たった15分で20名もの生徒にキルカウントが出ているのである。
そんなありえない事をしているのは、他の誰でもない。もちろん仁科藍那だ。
藍那は模擬戦闘が始まって直ぐに、機械と化した。いち早く敵を見つけ倒すようにプログラミングされた戦闘マシーン。差し詰め走る銃座と言って良いだろう。
生徒には目を保護するためのゴーグルは支給されているが、このゴーグルに他の生徒の位置を知らせる機能はもちろんない。にも関わらず、藍那はどこにいるかもわからないクラスメイトを次々と狩っていった。
藍那は子供兵時代に身につけた敵の気配を察知する鋭敏な感覚と正確無比な射撃によって一人で20人にキルカウントを出していたのだ。
藍那は5階建の雑居ビルのような建物の屋上に陣取り、アサルトライフルで狙撃をしていた。アサルトライフルには倍率変更機能の付いていないダットサイトのみが取り付けられている。
藍那がまたもや建物の物陰に隠れている者を発見、何の迷いもなく引き金を引く。弾はターゲットの後頭部に吸い込まれるように着弾し、21人目のキルカウントとなった。
現在に位置から見えるターゲットはもうおらず、場所を変更する必要がある。
藍那はなるべく建物の中を通り、気配を消して移動する。移動中、三方向を高さ2mほどの壁に囲まれた所にいる者を発見した。
前方から攻めれば、最悪の場合銃撃戦となり、自分も被弾するかもしれない。
どうしようかと一瞬迷い、後ろへ回り込むことにする。
何をするか決めれば、即行動に移る。アサルトライフルを置いてハンドガンだけを持ち、パルクールのようにして生徒の背後にある壁の上に立つ。そこから生徒へとびかかりチョークスリーパーをかけ、藍那は相手のホルスターからハンドガンを抜き取る。そのまま、背中からほぼゼロ距離で、心臓の位置に1発撃つ。
22人目のキルカウントであった。
小林静は三方向を壁に囲まれた位置に陣取っていた。
ここならば敵が来るのは前方のみ、壁は2mほどあり狙撃されにくい位置である。ここで前を通った敵に銃撃すれば、確実に倒せるという自分の考えた最強戦法である。
そんなことを考えながら前方のみに集中していると、いきなり背後からチョークスリーパーをかけられた。そして、自分のホルスターから銃が抜かれ、背中に1度痛みが走る。
何が起こったのか分からず混乱していると、左耳のモニタールームにつながっている無線から「キル判定だ。直ちに待合室まで帰ってこい。」と指示が出された。
(待って、私がやられた!?ありえない・・・。だって、三方向壁なのよ・・・?)
混乱しながら前を見ると、目の前に仁科藍那がいた。状況的に見て私を倒したのは彼女だろう。
「どうやって・・・。」
思わず呟くような声で聞いてしまった。
すると、彼女は自分の背後の壁を指差し
「あの壁の上から奇襲しただけよ。」
あまりに短く、それだけを言って横を通り過ぎていく。
「敵が来るのは前方からだけとは限らないわ。一応、全方向に注意をしておくことね。」
藍那から助言をされ、静は敗北感に襲われた。
静を倒し、アサルトライフルを回収して次のターゲットを探す。
移動している最中、少し離れたところで銃声が聞こえた。迷わず銃声の位置へ向かい、正確な射撃で倒す。
いつの間にか藍那を含め残り2人となっている。もちろん、彼女たちはそのことを知らない。
藍那は残りの敵を倒すべくフィールドを走る。しかし、どこからも気配を感じない。藍那は敵の発する殺気を頼りに探す。人間だれしも、他人に銃口を向けるときには殺気が出るものだ。しかし、どこからも殺気が感じ取れない。
(おかしい・・・。何も感じない・・・。)
藍那は若干焦る。そんな時
「藍那さん。無事だったんですね?」
突如、背後から声をかけられた。思わずハンドガンを抜いて、素早く後ろを向く。そこには香奈子が立っていた。
(そんな・・・。私が香奈子の気配を感じられなかったなんて・・・。)
藍那は内心軽く混乱する。
「香奈子・・・よね・・・?」
「そうですよ?あのー、あと何人ぐらい人が残っているんですか?流石に藍那でもわかりませんよね?」
香奈子はいつも通りの調子で藍那に尋ねる。その表情には一切、殺気が感じられない。その表情を見て、藍那は安心する。
(どうやら、香奈子は殺気を発していなかったから、気配を感じられなかったのね・・・。)
「わかるわよ。」
そう言って藍那は香奈子にハンドガンを向ける。
「あ、藍那さん、撃たないでください!!」
香奈子は両手を挙げて降参のポーズをとる。
藍那は相変わらず悪巧みをしているような微笑みを返し、
「香奈子が最後の1人ですよ。」
香奈子の被っているヘルメットに向かって1発撃った。
香奈子にキル判定が入り、石塚の声で模擬戦闘を終えるアナウンスが流れた。
「さあ、香奈子。戻りましょう。」
若干、放心状態の香奈子に声をかける。
「は、はい。って、藍那さん。酷いですよ!!」
我に戻った香奈子に大激怒された。
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待合室に使われている第1講義室に藍那と香奈子が戻ってくると、藍那が先に部屋にいた石塚に苦笑いをしながら「やってくれたな」と言われた。
「私が何かまずいことをしましたか?」
「あのなぁ、一人で自分以外の29人平らげちまったら、訓練にならねーだろうが・・・。」
石塚は額を抑えながら続ける。
「お前が一人で全員やっちまったら、俺はどうやって今回の模擬戦闘の評価をつけりゃいいんだ?ただでさえ、30分で模擬戦終了なんて前代未聞だってのに・・・。」
「それは申し訳ないことをしました。」
「本当に悪いと思ってる?」
「はい。」
「まぁ、いいや。全員よく聞け、今から再度模擬戦をやる。今度はもちろん、こいつを抜いてだから安心しろ。」
こいつとは、当然ながら藍那である。
「というわけで、各自、準備を整えて、さっき使ったゲート前で待機。俺の合図でスタートだ。目安は今から10分後。いいな。各自解散。」
石塚の指示で藍那以外の全員が動き始めた。
10分後、予定外の模擬戦闘2回戦目が開始された。
モニタールームには教官の石塚と予定外の2回戦の元凶となった藍那がいた。
市街地エリアには各所にカメラが設置されており、訓練や模擬戦闘の様子を中継できるようになっている。
モニタールームにある大きなスクリーンには、模擬戦闘の行われている市街地エリアが映し出されている。
模擬戦闘が始まって約30分。断続的な遭遇戦による銃声が聞こえるが、未だにリタイア者は出ていない。
「お前にとっちゃこんな訓練、あくびが出るぐらい退屈だろ?」
じっとモニターを見ていた藍那に石塚がいきなり声を掛ける。
「兵士として実戦を経験している。それも1回や2回なんて生ぬるいもんじゃない。そんな奴が、今日初めて銃を握った素人の相手なんざ簡単すぎだよな?そりゃあ、一方的な狩りになるわけだ。」
藍那はモニターから目を離さず応える。
「そんなことを言ってしまったら、あなたもそうではありませんか?石塚啓吾大佐?」
「おいおい。俺はもう元大佐だぜ?2年前に岸と退役して、それからはずっとここで教官だよ。」
「では、あの内戦後直ぐに退役なされたのですか?」
「まぁ、そうだな。」
「その後にご結婚なされたようですね。」
笑いながら左手の薬指にはまった指輪を見せる。
「1年前にな。」
「それに、少し老けたように感じます。」
「そんなお前は変わんねーな。その目つきと、ありえねーぐらい鋭い気配は変わんねーな。変わったといやぁ、胸、でかくなったんじゃねーか?」
「立派なセクハラ発言ですよ。」
「ハハハ。冗談だよ。大目に見てくれや。」
ハァ、と一息ついて石塚がしみじみと話始める。
「それにしても、人を撃つことしか知らなかった子供が、今は立派な学生か。立派になったもんだ。仁科の奴は元気にしてるか?」
「はい。以前と変わらず元気です。」
「そうか。こんな風に話してると昔を思い出すな。にしても、戦闘技術はあんまりさび付いていないようだな?」
「いえ。自分としては落第点です。なんせ、あの程度の戦闘で疲労を感じてしまいました。明日からトレーニングをしなくてはいけません。」
「そうか・・・。今回の模擬戦の成績的に考えて、お前はこれからの訓練は免除でいいような気もしないでないが、どうする?」
「私一人だけ特別扱いというのは、クラスでの摩擦が生まれますので。免除の件は結構です。」
「そんなこと言ったら、午前中の講習を抜け出したじゃねえか。」
「ですので、これ以上はまずいかと。」
「まぁ、そうだわな。わかった。厳しく指導してやるから覚悟しろよ?」
「よろしくお願いします。」
模擬戦闘2回戦は結局2時間で終了した。
藍那以外の者は、ほぼペイントで汚れている。
「今日は肉体的にも精神的にも疲労している。全員、明日以降の授業に備えてゆっくり休むように。以上。解散。」
石塚の号令で疲れ切った体を引きずって帰路に就いた。
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寮に着くと、直ぐに訓練着の洗濯し、シャワーで汗を流す。
洗い終わった訓練着を干しながら香奈子が藍那に声をかける。
「藍那さん。午前中に銃の携帯が認められているって言ってましたけど、あれって本当なんですか?」
「本当ですよ。まぁ、緊急事態に限るという制限付きではあるけれど。」
「じゃあ、今、銃を持ってたりするんですか?」
「ええ、あるわよ。」
先に干し終わっていた藍那が、自分の荷物を入れているクローゼットの中を探す。そして、小さな黒い箱を取り出し、開けて中身を香奈子に見せる。
「これはグロック17。紛れもない実銃よ。」
香奈子は驚きのあまり少しの間固まっていた。少し時間を置いて、状況の整理がついたのか再起動する。
「本当に持ってたんだ・・・。まさか、他にはありませんよね?」
加奈子は恐る恐るといった様子で尋ねてくる。
「あるわよ。あとはアサルトライフルが1丁とスナイパーライフルが1丁。それと、ナイフが2本ね。」
「いったいどこと戦争するんですか!?」
さも当然といった口調で返してくる藍那へ素早くツッコミを入れてくるあたり、香奈子もだいぶ藍那に慣れてきたようだ。
「?戦争はしないわよ?これはあくまでも自衛用よ?」
完全に自衛の範囲を超えている。
加奈子は藍那の言葉に絶句したが、すぐに再起動した。
「・・・・・。いやいやいや、自衛の域を完全に超えてますよ!」
「そうかしら・・・?」
藍那は心底不思議そうな顔をしている
「そうですよ。それに、ここには警備の軍人さんもいますし、学園は安全じゃないですか?」
藍那は真面目な顔をする。
「香奈子、いい?この世界には絶対に安全なところは存在しないの。」
「それはそうですけど・・・。」
「備えあれが憂いなし、だったわよね?まぁ、そういうことよ。」
「はぁ・・・。まぁ、そうですね・・・。」
藍那の感覚が少しずれていると認識した香奈子は、ため息をついた。
「それよりも、香奈子はどうやって模擬戦中に殺気を消せたの?」
話が変わり、先はどの模擬戦闘の話題になった。
「どういうことですか?」
「他人に銃口を向けたとき、多かれ少なかれ殺気を放ってしまうものよ。私はその殺気を頼りにみんなを探してた。なのに、香奈子からは一切殺気を感じなかった・・・。どうやったの?」
真剣な表情で尋ねてくる藍那に、香奈子は少し困惑する。
「・・・自分でもわかりません。全く意識してませんでしたから。強いて言えば、遭遇を避けて逃げてばっかりだったからかな?」
「そんなことで・・・。」
藍那は信じられないといった様子だ。
香奈子は自分でも良く分からないことなので、半ば強引に話題を変える。
「そうだ!暇な時でいいので、銃の撃ち方とかを教えてください!」
藍那は香奈子の殺気を出さない方法に納得してはいない様子である。
「それはいいけれど・・・。やっぱり納得いかない・・・。まぁいいわ。石塚たい・・・教官も言っていたように、思いのほか疲労しているわ。今日はもうゆっくりして明日に備えたほうがいいわ」
藍那はグロック17をクローゼットにしまう。
「そうですね。夕食まで休息をとりましょう。」
藍那と香奈子は夕飯前の18時まで仮眠をとることにした。
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時刻は20時を迎え、生徒は皆、寮の自室か友人の部屋で過ごしている。そのため、屋外にはほとんど人影がない。
こんな時刻にも関わらず、石塚はとある場所を目指して歩いていた。
2076年になっても喫煙者は一定数存在している。しかし、健康やマナーなどの様々な理由から、とても肩身の狭い思いをしているというのは今と変わらないだろう。
石塚もそんな喫煙者の1人である。
SF学園には区画ごとに1ヶ所ずつ喫煙所が設けられている。しかしながら、喫煙所と喫煙所の間隔がかなり広い。そのため、講義の合間に一服といったことがしにくいのである。
そんな喫煙所事情であるが、教員寮の近くに1ヶ所あるということが唯一の救いだろう。
石塚もそこへ向かっている最中だった。
いつもであればこの時間に喫煙所を利用しているのは石塚1人である。しかし、今日は珍しく先客がいた。
「よお。岸、久しぶりだな。」
石塚は友人に声をかけるように声をかける。
「ん?石塚か。確かに久しぶりだな。」
「お前も相変わらず喫煙者か。健康に悪いから禁煙しろ。」
「お前も相変わらずの喫煙者だろ。他人に言う前に自分がやめろ。」
「ハハハ、まぁ、そうだわな。にしても、葉巻とは渋いねー。」
「今の煙草は加熱式煙草が主流なのに、お前も昔ながらの紙巻き煙草か?」
「このご時世、喫煙者自体が古いんだ。俺はわざわざ新しいもんに手を出したりはしねーよ。」
「まぁ、俺もそうだな。それよりも、仁科藍那がここへ入学してるの、知ってるか?」
岸が面白いものを見つけたような口調で尋ねる。
「知ってるよー。俺の担当の模擬戦闘でひどい目にあったよ。」
「ほお、どんな目に合ったんだ?」
すると、石塚は昼にあった出来事を思い出しながら話し始める。
「藍那の奴、1人でクラスの全員平らげやがった。これじゃ評価のつけようもねーから、予定外の2回戦をやる羽目になったよ。」
話し終わった石塚は、少しげんなりとしているようだった。
「なかなかの目に合ってるな。俺は講習を途中で退出された。」
「え?あの話しってお前のところだったの?」
岸の話に、石塚は驚きをあらわにする。
「普通の学生に混じって、藍那みたいな規格外の奴がいると色々とやりにくいもんだな。」
「そうだよな。他のクラスの奴らにいい影響を及ぼすか、悪影響を及ぼすか、そりゃ様子を見るしかねーからな。」
「たまに自分と比較して、落ち込む生徒がいるからな。なかなか難しいもんだ。」
岸も石塚も教員として、生徒のことを心から心配している。
「それよりよー、明日からまた始まるなぁ?あの年に一度のバカ騒ぎが。」
「そうだな・・・。今年は怪我人が出ないことを祈るしかないな。」
「そういや、お前って射撃部の顧問やってたよな?」
岸は射撃訓練場の教官ということもあり、射撃部の副顧問の仕事も担当している。
「確かにやっているが、それがどうかしたか?」
「いやな、藍那を入部させないのかってな。」
「まぁ、部活を選ぶのはあくまで藍那自身だ。俺からは何も言わないつもりだ。」
「そうか。そんじゃ、そろそろ俺は帰るわ。」
短くなった煙草を灰皿に放り込み、石塚が帰路に着く。
「明日からまた忙しくなるからな。また気が向いたら話そうや。」
手をひらひらと振りながら石塚は帰っていった。
「俺もそろそろ戻るか・・・。」
呟くと、岸も葉巻の火を消して帰路に就いた。