入学編-3
時刻は8時半。2組は第二グラウンドに集合していた。服装はみな訓練着を着用している。
訓練着とは、国防軍でも迷彩服に使用されている丈夫な生地を使用したものである。
「全員集合しましたね?今から射撃訓練場に移動します。私についてきてくださいね。」
担任である小鳥遊の指示に従って、クラスの面々が移動する。
「射撃訓練場ということは、やっぱり銃を使うための講習なんでしょうか?」
若干不安そうに香奈子が藍那に尋ねる。
「たぶんそうでしょうね。しかし、銃を使うということにあまり不安を抱く必要はありませんよ?きちんとした使い方をすれば、あまり危険なものではありません。」
藍那が励ますが、やはり香奈子の不安はぬぐえていないようだ。
第二グラウンドから徒歩で約5分のところに射撃訓練場がある。
訓練場に入ると、白髪の混じった頭の男性がいた。顔には少なくない皺があり、口髭と顎髭は綺麗に切りそろえられている。外見的には還暦に近いような渋い印象を受ける。生徒と同じく訓練着を着ているが、デザインが若干違っているためどうやら教員のようだ。
「私はここまでですので。この後は、射撃訓練場担当の岸先生に引き継いでもらいます。では、岸先生。後はよろしくお願いしますね。」
どうやら、小鳥遊は生徒を案内するためだけだったようだ。
「先ほど紹介を受けた岸だ。一応この射撃訓練場の責任者ということになっている。これから、実銃を使用するための講習を行うので、みな集中して聞くように。」
岸の声は姿に見合った渋いものだった。
「まず、銃とは―――。」
銃の分類、安全装置、分解から組み立て、撃ち方などの事について、細かく説明がされる。しかし、藍那からすれば別段聞く必要を感じさせないものだった。
「―――であるから・・・。そこの生徒。ちゃんと聞いているのか?今後の実弾訓練の時、安全に訓練を行うための講習なんだ。しっかり聞くように。」
自分からすればどうでもいい話だと思い、聞き流していた藍那が岸に注意を受ける。
「先生、先程からお話になっていることは、教本に乗っていることと大差ありません。」
まさか注意した生徒から、反論が返ってくるとは思っていなかった岸は少しぽかんとする。
「それに、私はある程度銃の扱いになれており、所持及び携帯を国家機関から緊急事態の場合に限りますが、許可を得ております。ですので、出来れば退出を認めていただけないかと思います。」
2組の面々は藍那の言葉に岸が激怒するかと思った。しかし、岸は落ち着いた雰囲気で
「いいだろう。しかし、そこにある分解されたハンドガンを組立・射撃し、30m先の的に命中させることが出来たらだ。お前が言うことが本当ならばたやすいだろう?」
と、提案をした。
「了解しました。」
藍那が短く応え、分解された銃が置かれた机の前に立つ。
「ガバメントですか。この銃なら簡単です。」
そうつぶやくと、瞬く間に銃を組み立てる。
その手際の良さに岸は「ほぅ」と感嘆の声を漏らす。
「岸教諭、弾をいただけないでしょうか?」
「いいだろう。」
実弾を保管している棚のカギを開け、3発の銃弾を取り出す。
「弾は3発だ。」
「十分です。」
短い会話の後、藍那は弾マガジンに詰め射撃場へ向かう。そして、30m先の的に向かって、3度引き金を引く。
3回の銃声とともに打ち出された弾は、的の中心付近を打ち抜いた。
岸は機械を操作し、的を近くに移動させ着弾点を確認する。弾は中心から誤差10㎝以内にあたっている。
「・・・いい腕だ。」
岸は的を見ながらしみじみと言う。
「退出を許可する。昼からの講義は1時半より、第3特別訓練場だ。遅れるなよ?」
「はい。ありがとうございます。」
藍那は岸に一礼し、射撃場を後にした。
「よーし。まぁ、射撃のデモンストレーションはこんな感じだ。講習を再開するぞ?」
岸は何事もなかったように、講習を再開した。
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藍那は射撃場から退出した後、SF訓練場へ向かっていた。
昨日の最後にはSF操作のコツを少し掴めて、卵の殻と同じ硬さのボールを割らずに摘まめていた。しかし、それはあくまで感覚を掴めてきたというだけであって、その感覚をものにしたとは言えない。そのため、藍那は講習を途中退出し、自主練習に向かっていた。
藍那が歩きながら、ふと腕時計で時刻を確認する。
(まだ9時半。昼からの講義は1時半からだから、11時半に終わればちょうどいいぐらいね。)
そんなことを考えつつ歩いていると、SF訓練場に到着した。
SF訓練場は地下1階、地上3階のなかなか大きい建物である。地上部分は主にSFの操作訓練を行う設備があり、地下には格闘訓練にも対応した広い空間がある。
藍那はSFの貸し出してもらうべく、受付に行く。
「あの。SFの訓練をしたいのですが、貸し出してもらえますか?」
受付兼警備員の男性に声をかける。
「訓練のメニューは?」
「まだSFの感覚をつかめていないので、ボールを摘まむ基礎訓練です。」
「基礎訓練ってことは・・・、君、新入生だよね?今の時間、銃の講習やってるはずだけど、君は何でここにいるの?入学早々さぼり?」
「いえ。さぼりではありません。きちんと教諭の了解を得ております。」
「本当に?」
「ええ。確認していただいても構いません。担当教諭は第二射撃訓練場担当の岸教諭です。」
「分かった。確認してくるから、少し待ってね。」
「分かりました。」
事務室の奥に受付の男が消えていった。
数分後、男性が帰って来た。
「確認とれたよ。疑って悪かったね。で、基礎訓練だったよね?場所は2階の204号室。貸し出しSFは初風の067番機を使用してくれ。これが部屋のキーカードで、こっちがSFの起動キーカードね。訓練が終わったら、またここに返しに来てね。では、頑張ってね。」
受付の男から2つのキーカードを受け取る。
「ありがとうございます。」
藍那は小さくお辞儀をし、2階への階段に向かって歩き始めた。
再び腕時計で時刻を確認する。
(あと少しで9時45分。思いのほか時間がかかってしまったわ。)
足早に訓練室へ向かう。
カードキーで開錠し訓練室に入る。訓練機を起動させ、訓練着の下にあらかじめ着ていたSFスーツ姿となり、自主訓練を開始した。
その頃、射撃訓練場では実技講習へと移っていた。
皆、銃の分解組立から射撃訓練を2つの班に分けて行っていた。皆真剣に作業に取り組んでいた。
射撃訓練を行っている者たちからは、「あれー、的に当たんない・・・。」や「仁科さんはあんなに簡単そうにやってたのに・・・。」といった声が聞こえる。
「どうだ?銃ってのは意外に難しいだろ?1日2日で上達するもんじゃないから、こつこつ地道に練習していくしかないぞ?」
担当の岸が生徒を励ましながら、訓練を行っていた。
一方で銃の分解組立の練習を行っている班は、マニュアル本が配られていた。やはりマニュアルを見ながら作業しても、慣れない作業であるのでスムーズにいかない。そのため、皆黙々と作業に取り組んでいた。
分解組立の実習を行っている生徒の中に、クラスの委員長を務めている小林静がいる。静は腰のあたりまである黒髪をカントリースタイル・ツインテールにしている、少しツンとした雰囲気の少女である。
銃の分解組立という地味な作業のストレスでイライラしたのか、静が途中退出した藍那に対し怒り始めた。
「仁科さんって、どういうつもりなんですか?」
「どうっていうと?」
静と同室者の佐々木七海が応える。
七海は淵の細い眼鏡をかけた、赤い髪の少女である。髪は肩の辺りまで伸ばしており、少し長めの前髪をヘアピンで留めている。
「自分は周りの人たちと違うっていうような行動よ!ああいった行動はクラスの輪を乱すからやめてもらいたいものよ。」
「でも凄かったよね・・・。私じゃあ無理だよ。静もあんなに簡単に出来ないでしょう?」
「ええ、まず無理ね。銃の組立だけでこんな手間取っている私じゃあ、絶対に無理。」
「そうよね。やっぱり、仁科さんにはこの講習、必要ないんじゃない?」
「あなたまで・・・。そうやって認めてしまったら、これからも勝手な行動に出る人たちを容認してしまうでしょう!」
「ごめんごめん。まぁ、そうよね・・・。だったら、直接言ってみたら?席近いんだし。」
「そうするわ。」
「まず私達は、仁科さんに追いつけるように頑張ろう!」
再び七海が作業に戻り、静も七海にならい作業へ戻った。
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時刻は11時半となり、藍那は自主訓練を終えて片づけをし、受付にカードキーを返却した。
(少し早めに昼食にしようか。今の時間だと購買もすいているでしょうし。)
昼食を購入すべく、自分達の女子寮一階の購買へ向かった。
いつもと同じく昼食はレーションであった。
レーションを食べ終え、時計を確認する。時刻は12時15分。次の第3特別訓練場へ移動する前に行っておきたいところがあるため、少し早いが移動することにした。
藍那は第二射撃訓練場に併設されている教官室に来ていた。扉を3度ノックし、
「仁科藍那です。入室してもよろしいでしょうか?」
と、尋ねる。
「どうぞ。」
入室許可の返答はすぐに帰ってきた。
「失礼します。」
藍那が部屋の扉を開ける。部屋には日替わり弁当を食べている岸がいた。
「すみません。お食事中でしたか。」
「いや、かまわんぞ。」
藍那は岸のもとまで行き、頭を下げ謝罪する。
「先ほどは大変失礼な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。」
岸は手を振って応える。
「まぁ、お前には退屈な話だっただろうな。今更銃のことについて説明を受ける必要はないよな。」
「・・・はい。」
「それで、講習を抜け出して、SFの自主訓練をやってたのか?驚いたぞ。いきなりSF訓練場の受付から、「目つきの悪い不愛想な生徒が来て、講習を退出する許可をもらったって言うのだが、それは本当か?」って連絡してきたんだからな。」
「それは、ご迷惑をお掛けしました。」
「いや、いいんだ。それにしても、その目つきはあの時から変わらんな。一目でお前ってわかったぞ。」
「そういう貴方も以前とあまりお変わりありませんね。岸明雄大佐。」
「大佐はやめてくれ。もう俺は退役した身だ。今はただのSF学園の教官の1人だよ。それよりも、右肩は大丈夫か?」
「はい。全く問題ありません。貴方に撃たれた傷跡は残っていますが、以前の状態と差異はありません。」
「そうか・・・。それは良かった。」
「どうなされたのですか?肩の傷のことは、2年以上前のことでしょう?」
「いやな、思いのほか的の中心から離れた所に当たっていたんでな。もしかしたら、あの時の傷が後遺症となっているんじゃないかと思って、少し心配していたんだよ。」
「そうだったのですね。中心を外したには、単純に今の私の実力です。なんせ、平和な日本では、撃つ機会は極めて少ないですから。」
「それもそうか。そろそろ移動した方がいい時間だ。気が向いたらまた遊びに来い。」
「はい。それでは、失礼します。」
岸との会話を終え、藍那は第3特別訓練場へ向けて移動し始めた。
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藍那が第3特別訓練場へ到着したのは1時を少し過ぎた頃であった。
特別訓練場のエントランスには、2組の生徒が数人いた。藍那はその中に見知った顔を発見する。相手も藍那を発見した様で、駆け寄ってきた。
「藍那さん。心配しましたよ。今までの何やってたんですか!?」
「講習を途中退出した後は、SFの自主訓練をやっていたわ。それより、香奈子は随分と速いのね。」
「ええ、購買が空いていたから。って、そんなことより、昼からの講義にも来ないんじゃないかって、本当に心配したんですからね!」
いきなり香奈子に詰め寄られ、藍那は少し困惑する。
「そう、それはごめんなさいね。さすがに無断欠席はしないわ。」
「そうですよね・・・。でもですよ!いきなり講師の先生にと移出してもいいかなんて―――」
「香奈子も講習の後、実際に銃を撃ったの?」
このままでは埒が明かないと判断し、強引に話題を変える。
「撃ちました。物凄く難しかったです。」
「やっぱり、初めてだからハンドガンだけ?」
「いいえ、アサルトライフルっていうんですか?大きいサイズの銃も撃ちました。」
「そうなの。流石は軍の管轄といったところね。」
「はい。それにしても、やっぱり藍那さんは凄いですね。私、なかなか的に当てれませんでした。それなのに、藍那さんはあんな簡単そうに・・・。」
「まぁ、私の場合は経験があったから。香奈子もすぐに上達するわ。」
「そうですね。何か銃を撃つときのコツとかってありますか?」
「あなたの射撃を実際に見てないから、何とも言えないわ」
「そうですよね。また教えてくださいね。」
「もちろんよ。」
会話をしているうちに人もだいぶ集まってきている。
「2組の生徒は第1講義室に集まってください。」
アナウンスがかかり、生徒たちが移動を始める。
「私たちも行きましょう。」
藍那は香奈子に手を引かれるような形で、移動を始めた。
講義開始時刻である13時半を迎え、講義室に2組のメンバーは着席して待っている。
少しして講師と思われる壮年の男性が入ってきた。年齢は40代かそれ以上で、刈り上げたほぼ白髪の頭と白髪交じりの無精ひげが特徴の男性だ。
「みんな集まってるか?午前中の講習を途中退出した不良娘がいたそうだが、ちゃんと来てるかー?おっと、俺はこの第3特別訓練場の担当教官の1人の石塚啓吾だ。よろしく。」
石塚は飄々とした口調で「実にオッサンくさい」といった印象を受ける。
「早速だが、講義の説明を始めるぞ。残念ながらあまり時間が無いから、手短に説明するぞ。質問や聞き逃しは後でまとめて受けるから、まず一通り聞いてくれ。」
石塚が一通り見渡し、説明を始める。
「簡単に説明すると、模擬戦闘をやってもらう。」
石塚の言葉に「「「えぇぇぇ!!!」」」と声が上がる。
「まぁ、聞けって。使うのは実銃だが、弾は訓練用のペイント弾だ。撃ち方は午前中に習っただろ?場所はこの訓練場の市街地エリア。同時に訓練を開始して、総当たりのバトルロワイアルだ。時間は今から移動して、30分後に開始。終了は残り1人になるまでだ。質問は?」
小林が手を挙げて質問する。
「1つよろしいでしょうか。この訓練の目的は何なのでしょうか?」
「目的としては、この訓練場の使用方法を学んでもらうのと、入学早々のお前たちの実力測定だ。」
SF学園では、実技の上達度合を図るために、学期はじめに実力測定として実技演習を行う。今回の模擬戦闘もその一環なのである。
「ありがとうございました。」
「他には無いか?」
藍那が挙手する。
「おお、不良娘か。なんだ?」
「今回使用する銃はなんでしょうか?」
「ハンドガンがM1911A1通称『ガバメント』、アサルトがM4A1カービンだ。アンダーバレル装着の武装は無し、フォアグリップと各種スコープの装着は各自自由だ。」
「わかりました。ありがとうございます。」
「他に質問は無いか?」
手は上がらなかった。
「よし、じゃあ、全員ついてこい。」
石塚を先頭にして、市街地エリアに向かって移動する。
「ど、ど、どうしましょう!!??」
いきなり香奈子が藍那に泣きつく。
「香奈子。まず落ち着いて。今回はあくまで模擬戦闘。当たったら痛いとは思うけれど、死にはしないわ。」
「そういう問題じゃないですよ!!」
「・・・?どういう問題?」
「当てれる気がしないですよ・・・。」
「大丈夫ですよ。あくまでも実力測定の一環。少々成績が悪くても問題はないわ。それに、まぐれでいい結果が出るかもしれないわよ。ビギナーズラックというやつね。まぁ、装備品についての解説ぐらいはするわ。」
「藍那さん!私を守りながら戦ってください!」
香奈子が懇願する。その懇願に藍那が微笑む。微笑むと言っても、藍那は目つきの悪さで悪事をたくらむような表情になってしまっているが・・・。
「嫌です。」
一言で香奈子の懇願を切り捨てた。
「そんなぁ・・・。」
「さあ、早くいかないとおいていくわよ。」
「まっでーー!酷いでずよーー!待っでぐだざーい!!」
スタスタと歩調を速める藍那を半泣き状態の香奈子が追いかけていった。