第23話 本性 1
大爆発が起き、紫色の煙が辺りにまき散らされる中、モカは前方から目を離さずに、声を飛ばした。
「気を付けて、シドニウスさん!」
「分かっています! 戦闘用意! ――動けないモノは後方に下げよ!」
その声に従って、爆発で吹き飛ばされなかった騎士団員たちが武器を構え始める。
その音を聞いてからシドニウスは、こちらに声を掛けてくる。
「大丈夫ですか。モカ殿」
「ああ、どうにか、ね。戦える位の足は残せたわ……」
お互い、咄嗟に魔法やスキルで防御はしたものの、爆風による火傷を幾らか追っていた。
しかし、動けない程ではない。
警戒して、戦えない訳ではない。
そんな状態で、モカは前を見続けていた。
紫色の煙の中、揺らめく一つの影を。
「……【転身解除】」
その影から一つ声が響くと同時、煙が張れた。
するとそこには、白衣を纏っていたベインではなく、
「ああ、久しぶりの外だ。懐かしいな」
虎のような頭と、手足を持った人型の生物がいた。
見た目は虎型の獣人に近い。
が、その身は、三メートル近い巨体となっている。
また、着用していた白衣はいつの間にか、色合いが反転しており、更には豪奢な軽装鎧となって彼の身を覆っていた。更に特筆すべきは、その背中に見えるサソリの様な尻尾だ。
明らかに人外が持っている尻尾。それを振りながら、眠たげにベインは伸びをする。
「トリガーが発動してくれたのは良いが、やる事が少し多いな。まあ、一つ一つやっていくか」
とぼやく彼の顔の横に、
「――」
ブ、とペネトレイトビートルがやってきて、止まった。
それを見て、ベインは、口を開く。
「ああ、貴様達は予定通り、上で科学魔法ギルドの相手をしていろ。……なあに、人員的に貴様達だけで勝てないだろうが、ワタシが行けば終わる話だ。それまでの時間を稼いでいるがいい」
その様子を見て、モカ達は、眉をひそめた。
「魔獣と話している……? ベイン、貴方は一体……!」
「その姿といい、普通の獣人ではない……。まさか魔獣……いや、魔人か……!?」
そんなこちらの発言に、ベインは細めた目を向けてくる。
「おいおい、モカ所長。それに騎士団長。ただの魔獣や魔人と一緒にされるのは心外だな。ワタシは古代種の力を得た、真なる魔人。魔人・憑虎君ベインだとも」
名を誇るかのようにベインは、憑虎君は言ってくる。
「魔人ですって……? ベイン……貴方にも記憶検査薬で調査したのに……」
記憶検査薬は、魔法科学ギルドが作った秘薬の一つだ。
検査薬を飲んで貰った後、特殊な感応紙に触れて貰う。そうする事で、その人が持つ特定のキーワードに関係する記憶が自動的に書きだされる。そういう仕組みだ。
そして今回、外部から研究員を招き入れるにあたって、魔人や魔獣についての記憶について調査させて貰った。その中にベインだっていた。なのに、
「どうやって本性を隠して潜り込んだの……」
歯噛みしながら言うと、ベインは、ふん、鼻で笑った。
「大切な道具を消費して、手間暇をかけて念入りに記憶を移管し続けたのでな。それ位は出来るさ。――全く、モカ所長、貴様には苦労させられたよ。外部から来たものには常に目付として、元からギルド職員だった者を同行させてくるのだから」
ベインのセリフに、モカは眉をひそめる。
そう、外部から来た人たちには一人一人、自分の信頼できる研究員を付けて動いて貰っていた。
目的の半分は、この地での研究をスムーズに進めるため。もう半分は、念のためのお目付け役だ。平時ではないのだから、申し訳ないがそれくらいはさせて貰った。
それを目の前の男は分かっていたらしい。
「記憶がないワタシが、調薬などできっちり優秀な成果を出しているというのに、監視は解かず、更には、呼んでほしくない面倒な奴らまで呼び寄せてくれた。……貴様たちがいなければ、二週間前には、神樹を滅ぼせていたというのに。貴様らが、延命としては最善手ばかり選ぶせいで、錬成の勇者が間に合う始末だ。そればかりか、このような解決に至るとは。憎たらしいほど優秀で運が良かったよ、貴様らは!」
言葉を吐き捨てるように長々と言った後、ふう、とベインは息を吐く。
「本当に貴様らには手間取った……が、その苦労と苛立ちを、今この手で晴らせると思うと、まあ、今となっては悪くはないな。故に――我が毒を再び喰らえ。【プラークタイガー召喚】」
ベインが手を掲げ、言葉を唱えた瞬間、
――ボコッ
と、地面から紫色の泡が湧き出た。
ボコボコと泡はどんどん多くなり、集まり、一つの姿を作り上げた。
巨大な虎の姿を、だ。
それが二匹分生まれた。そして紫色をした虎の目に光が宿り、
「グル……」
唸りと共に、動き出していく。
●
「魔獣を召喚したの……ですか」
シドニウスはいきなり目の前に現れた獣を見て、推察の結果を呟いた。
すると、隣のモカが頷いた。
「そうね。でも、そこら辺にいる様な奴じゃないというか、毒の香りがするわね……!」
「無論だ。こやつらは、ワタシが作り上げた特別な存在でな。……それなりに、強力だぞ」
憑虎君ベインの言葉に押されるようにして、毒の獣は、その眼をこちらに向けた。そして、
「グルアッ!」
一息に、跳びかかってきた。
人間よりも巨大な虎の、鋭い爪と太い腕による一撃だ。
「――ッ!」
シドニウスはとっさに剣を構えて、その腕を切り落とそうと下。が、
「――ぐ」
切れない。刃が止まり、攻撃を受け止めた形にされた。
そして、止めただけで数メートル、押し飛ばされた。
「りょ、膂力が凄まじい……ですね」
こちらも、鎧を装備していて、それなりの重さがあるというのに。
軽々と、片腕による一撃だというのに、数メートル分、地面に足を擦ることになった。
それを見て、ほほう、と憑虎君は笑う。
「流石、騎士団長。受け止められる力があるとは。神樹を回復させるために走り回った疲労があると思ったが、流石は戦争帰り。やるようだ」
言葉には褒めるというよりも、嘲笑が混じっていた。
そうだ。こいつはこちらの事を知っているのだ。
そう言う意味でも厄介だ、と眉をひそめようとした、その瞬間、
「ごほっ……」
シドニウスは血を吐いた。
見れば、自分の手には、蠢く紫色の液体が付着して、紋様を作っていた。
「これは……防御したのに毒を、喰らったのか……」
飛沫さえもあびないようにしたのに。いつの間に。そう思っていると、
「ッ……見せて、シドニウスさん! 【対毒分析】……!」
こちらの言葉を聞いてモカが駆け寄ってくる。
そして、スキルを活用して、紫色の紋様を見ただけで、毒を分析した様で、
「この毒は……出血性の、細胞を壊す毒ね……。まさかと思っていたけど、あの獣は、近くにいるだけで、毒を感染させてくるみたい……!」
そんな答えを言ってくる。
彼女の分析結果を聞いて、楽しそうに憑虎君は笑う。
「くく、そうだな、モカ所長。貴様ならそれに気付くよな。ワタシの可愛いのプラークタイガーの毒性について。何せ、神樹の毒に近しいのだから」
「確かにね。でも、これなら解毒ポーションで何とかなりそうな気が――」
そんなモカが言おうとした言葉を上塗りするように、
「ぐあああああ」
叫び声が響いた。
発生源は、もう一匹のプラークタイガーが行った方向だ。
見れば団員の一人が攻撃を受けきれなかったようで、虎の爪で足を引っかかれていた。
傷の深さで言えば掠っただけ。しかし、
「足が、足の肉が……!」
布が破けて見えるその肌は爛れて、びくびくと痙攣していた。
そればかりか、毒が付着した箇所からは煙が出ており、肉が溶けている箇所もある。
そして、付着した毒はじわじわと、今もなお、その足を侵食していた。
「一撃でそんなに……解毒ポーションを使え!」
シドニウスの声に従い、団員の一人が配給している解毒ポーションを負傷者にぶっかけた。
しかし、
「――き、効かない!?」
毒の浸食は止まらない。
足を溶かし続けていた。
「救護部隊員、診てやれ!!」
即座に団員の中で救護部隊に所属する者達に行かせる。
「駄目です! 呑ませて、浴びせているのに、なんで、消えねえ……!」
そして出た結論がそれだった。
何度飲ませても、ポーションでは、治らない。
「ど、どうして……。この毒性なら治る筈なのに……」
モカは焦りの表情を浮かべていた。
彼女の毒分析スキルはかなりのものなのに。それを間違うとは、何かがおかしい。
そう思って、憑虎君を見ると、
「くく、当然だろう。ワタシが健在なのだ。ワタシの影響下で毒は強化される以上、ポーション程度で治せんさ」
そんな事を言い放ってきた。更には、そうして喋っている間にも、
「うわあああああ!!!」
騎士団のメンバーは、プラークタイガーの手により、何人もが毒を受け、倒れていた。
しかも、猛攻はそれで止まらない。
「調子が良くて何よりだ。追加でもう一匹行こうか」
憑虎君が指を打ち鳴らす。
それだけでもう一匹が生まれ、合計、三匹になった。
「ふう……ふ……」
それを見て、シドニウスは落ち着きの為の呼吸をして、
「モカさん。私が足止めをしますから、ここから離れて、救援要請と救護をお願いします」
戦力差を分析したうえで、判断して告げた。
既に騎士団の何人もがやられている以上、自分達だけでどうにかできるとは思っていない。
出来る事と言えば、時間稼ぎ位だろうか。
だから、他の役割をモカに頼んだ。
すると、彼女は数瞬ためらった後、しかし、
「――分かったわ。直ぐに、王都と近隣都市に緊急念文を送るわ! その後で、戦力を集めて、援護に戻るから、絶対に、生きていてよ……!」
冷静に判断をしてくれたようで。彼女は、この場から走り出した。
感情的ではなく、正しい行動をしてくれたことに喜びを得つつ、
「了解ですとも……!」
彼女の期待に答える為に、シドニウスは身体に力をみなぎらせる。
「ふむ、一人を離脱させるのに犠牲になるか」
「犠牲になるつもりはありませんけどね。しかし、街の為を考えたら、これが一番なので」
「そうか。では、その一番良い方法で、死ぬと良い」
そんな憑虎君の言葉に従ってか、二体のプラークタイガーが一気に来る。
全員で、大きな腕を振り上げて、こちらを切り裂こうとしてくる。だが、
「くう……!」
それら全てを、シドニウスは再び受け止めた。
……受ける事に徹底すれば、まだやれる……!
攻撃は最小限にし、防御主体に立ち回る。そして隙を見て、どうにか倒せればいい。そう思っていた。
「ほう、まだやれるか。本当に素晴らしいな、騎士団長。だが……」
「っ……ふ……?!」
急にめまいが来て、膝をついた。
「今度のは神経毒も足されているぞ」
手が震え、剣が握れなくなった。
視界も、ぶれてくる。
「は……っは……」
息をするだけで、精一杯だった。
背後を見れば、起き上がっているのは、自分だけだった。
ここにいた皆は、毒を受けて、倒れ伏している。
どうやら、耐え切れなかったようだ。
「では、この場は終わりにするか。――プラークタイガー、食い殺せ」
憑虎君の顔から笑みが消え、プラークタイガーの一匹に雑に命令を下した。
そして、その一匹がこちらに来て、口を大きく開けた。
その瞬間。
「【錬成:大地からの金属杭】!」
後ろから伸びてきた極太の杭に、毒の獣は貫かれた。
突然の、背後からの攻撃。
何だと思って見れば、そこには、
「え……あ……デイジー殿……?」
「問題が解決したと思ったら、今度はヤバそうな魔獣がいるとはなあ……。結構修羅場だぞ、親友」
「ああ、そうみたいだな」
デイジーやアクセルを含め、神樹を回復させてくれた勇者達が総出で、そこにいたのだ。
明日の11/21に竜騎士運び屋の3巻が発売されます!
今回も書き下ろし、頑張りました! 書店でお見かけの際には、是非お手に取って頂ければ嬉しいです。
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