第18話 輸送の難題
朝、魔法科学ギルドの一室で、モカはシドニウスと会談を行っていた。
「解毒方法を見つけたとは、本当ですか?」
「ああ。解毒薬の作成には一応、成功したからね」
そんなモカの台詞に、テーブルの向かいに座るシドニウスの目の色が変わった。
「そ、それは、素晴らしいじゃないですか! 早速、その薬で神樹を回復させましょう!」
シドニウスは興奮している。
長い間悩まされ続けた問題が解決しようというのだから、その気持ちは分かる。
けれど、モカとしては、到底喜べるものじゃなかった。なにせ、
「でもね、問題があるの」
実験のあと、毒を根治させる薬品の完成までは早かった。
それはもう、デイジーを樹上に呼んで、ほぼ一日で作成できた。
仮説が殆ど正しかったのだから、あとはやり方さえ調整すればすぐに出来上がるものだったからだ。
そして、その時は魔法科学ギルドのメンバーも希望を持っていた物だ。
その後で、絶望に叩き落されたが。
「そっちの報告書を読んでくれれば分かるわ。……コスモスさんと一緒に作ったモノだから、一応、あの方との共通見解になるわね」
モカはそう言って、テーブルに置いた紙束を指差す。
シドニウスは首を傾げながらも、それを開き、見て、
「……なるほど」
天を仰いで、深く、息を吐いた。
「これは……確かに……大問題が、ありますね」
彼でも見れば分かるほどの問題が、残されていたのだ。
「でしょう? 物理的に、こんな問題が起きるなんて思わなかったわ」
「そうですね。これは確かに――む?」
と、そこまで言った後で、シドニウスは眉をひそめた。
「――ここの最後に。『アクセルに相談をすれば、成功の可能性アリ』と書かれているのは……デイジー殿のお言葉ですか?」
「ああ、そうね。でも、私もグランツさんに言うべきだ、と思ったのは間違いないわね」
この問題を解決するとしたら、アクセルや、勇者たちのような英雄しかいないと。
そんなこちらの言葉にシドニウスも頷く。
「私も同意。彼らでも難しいかもしれませんが。でも、ここまで来たんです。神樹を直す、あと一歩まで。なら、何でもやってみるべきですし」
「そうね。ただ、私たちも彼らにおんぶに抱っこでいるわけにはいかないから、出来ることとやれる事を考え出して。その上で今日の昼過ぎにでも会議を開いて、アクセルさんたちに話を聞いて貰おうと思うわ。コスモスさんも、グランツさんに会議に誘ってくれると言っていたし」
「ですね。会議については私の方からも提案しておきます。……あと少しまで来たのは事実ですし。頑張りましょう、モカさん」
「ええ。本当に。最後のひと踏ん張り、しましょう」
●
その日の昼過ぎ。
シドニウスとデイジーから樹上で話があると言われた俺は、サキやバーゼリア達と共に、魔法科学ギルドの一室にいた。
円卓の置かれた広い部屋だ。そこには今、モカやシドニウスだけではなく、数人のギルドメンバーやら騎士団もいた。
そんな中で、まずモカがこちらに向けて軽く会釈をしてくる。
「今日は、ギルドと騎士団の会議に、来てくれて有り難うね、グランツさん達」
「ああ、まあ、別に来るのはいいんだけどさ。……何か、あったのか?」
この部屋に入るなり、シドニウスやモカは深刻そうな顔をしていたし。
ここにいる幾人かの騎士団やギルドのメンバーたちも、だ。
……何か良くない事でもあったんだろうってのは分かるけどな。
その中でデイジーだけは、平然とした表情ではある。だからか、デイジーが告げてくる。
「昨日、神樹に効く解毒薬を作ったんだけどな。ちょっと、厄介な事態になっちまっているんだ、親友」
「え、解毒薬が作れたのに、厄介な事がまた出来たのか?」
俺の問いかけに、デイジーは勿論、モカやシドニウス達も頷いた。
そして、その流れのまま、
「まず、これを見てほしいの」
モカが俺の前に、一つの透明なケースを見せてくる。
中に入っているのは、新緑色の液体が入った、短銃型の注射器だ。
「これが、私たちが研究の末に作り上げた解毒薬よ。これを、神樹に打ち込めば、毒を消し去る事が出来るわ」
「おお、そりゃ凄いじゃないか」
「ええ、アクセルさん達のお陰で凄い物が出来たわ。……使えるかどうかは、別だったんだけどね」
「え、どういうことだ?」
「とりあえず、順番に説明させて貰うわね」
言っている意味が掴めないんだが、と問いかけると、モカはもう一つの透明なケースを出してきた。
黒と紫色がこびりついた樹皮のようなモノが入っている。
「これが、今回神樹を弱らせている毒、なんだけれどね? 完全な解毒薬を作成するには、この毒から成分を抽出して、薬液に混ぜ込む必要があるんだけどね。この毒が、とっても厄介な特性を持っていたの。……自律的に変性を繰り返すっていう特性をね」
「変性……って、成分が変わる事だよな? ウイルス系のスライムみたいだな」
「そうね。だから解毒薬を打ち込む前に、変性されてしまったら、その解毒薬は完全に効果を発揮しないの。そして、完全じゃなくなった薬だと、打ち込んでも根治出来なくて、毒は再び増殖して、神樹を犯し始めるのよ」
そう言った後、モカは毒含まれた樹皮を指差す。
「この毒が変性するのは三分おき。つまり、三分で、薬は意味のない物になるわ」
「え、三分って……薬を作る時間、あるの?」
バーゼリアが問いかける。その気持ちも分かる。成分を抽出したりとか、話を聞いている限りではかなり時間が掛かりそうなのだし。そんな問いに対し、答えたのはデイジーで、
「そこはオレが何とかしたぜ!」
デイジーは俺の方にとてとてと近寄りながら言ってくる。
「ええ。お陰様でね。最初は、薬を作るのに全部で十五分掛かっていたんだけど……コスモスさんが協力してくれて、徹底的な効率化と機材の改造をして、一分で作成できるまでになったわ」
「おお、すげえなデイジー」
こちらの知らないところで、そんな活躍をしていたとは、と俺はデイジーを撫でる。すると、
「えへへー。いやあ、こういうご褒美を期待すれば、オレは何でもできるさ」
嬉しそうな表情で言ってくる。撫でるだけで問題が解決できるならいくらでも撫でよう。そこまでご褒美になるんだろうか、とは思うが。
そんな風に考えながら撫でを続行していると、モカが苦笑してデイジーの方を見た。。
「本当に、ね。コスモスさんは凄かったわ。同じ研究職としては見習うべき点が多すぎて、取っても勉強になったわ」
「いやいや、薬の設計図さえあれば、時間の短縮位は楽なもんさ。一から作るんじゃなくて、ただ改良点を漁っていけばいいだけだからな」
「研究職としては、それが凄まじい事なのだけれども……まあ、ともあれ、そういうわけで、時間は短縮されたわ。――でもね。薬を作る時間が大丈夫になっても、まだ問題があるの」
「まだ、あるのか」
「むしろここからが本題よ」
そう言って、モカは部屋に備え付けられた窓の外を見た。
そちらには良い景色が広がっているが、
「この神樹はこの通り、背が高くて巨大でしょう。だから、一か所に解毒剤を打っただけじゃ、全身に届かないのよ。打った瞬間に高速で浸透するような薬を作った上で、試算したのだけれど……頂上部で一か所、根っこ側に二か所の合計三地点に打ち込む必要があったわ」
その言葉に、デイジーも頷く。
「そうだな。三か所にポイントに打ち込めれば、例え、時間ぎりぎりでも、絶対に解毒出来る。それだけは確実だって試算が出たんだ」
「三箇所って……それ、間に合わなくないか?」
毒の変性開始から即座に作り始めて、一分。
もう一本作って、一分。
更にもう一本作り終えた時には、時間切れになる。
「ああ、親友の言う通りだな。オレが頑張っても、魔法科学ギルドの人たちが頑張っても、薬を作る速度をそれ以上はやめる事は出来なかったし」
そう言ってから、ただ、とデイジーは言葉を繋げた。
「ただ……その代わり、薬作成機をもう一基、頑張って増やしたんだよ」
「うん? どういうことだ?」
答えたのはデイジーではなく、モカだった。
「コスモスさんが下層のラボを分解して、その材料で上層の作成機と全く同じものに再構築してくれたおかげで一度に二本作れるようになったのよ」
「下から抽出できる素材じゃ薬が作れなかったからな。再利用出来て良かったぜ」
「え、下じゃ作れないのか」
「取れる素材も抽出物質も違うからな。上の素材を下に持っていったら鮮度も落ちて、薬の成分も変わっちまってな。上でしか絶対に作れないんだ」
だから下のラボを心置きなく分解して、構築し直せたんだけどな、とデイジーは頬を掻きながら言う。
「とはいえ。もう作成機を構築できる資材なくなったから、一度に二本が限界なのさ」
「ええ。でもコスモスさんの協力は凄く助かるの。コスモスさんの協力のお陰で、これで一度に二本が作れるようになったから。これでまた問題の一つは解決できたんだけど、結局、ハードルは残り一か所、残ってしまっているのよね……。三分間……もしくは、二分間で、どうやって、下層にある根に、打ち込むか、という課題が」




