第17話 望み
夜の魔法科学ギルドの研究所内。
そこで、モカはギルドメンバーが僅かなざわめきを持って見守る中、実験を行おうとしていた。
目の前には魔法で厳重に密閉された透明な箱がある。
その中に入っているのは、数分前に神樹から採取した、毒の付いた表皮だ。
紫と黒の色が、よどんだ茶色をした樹皮上で蠢いている。
ほぼ生き物と言っていいんじゃないかと思うような、この色の蠢きが毒である。ここ最近、延々と顔を合わせ続けているが、
「さて、今日も、やりましょうか」
その言葉により、周囲のギルドメンバーたちのざわめきが完全に止まる。
機材の音のみが鳴り響く研究所で、モカはその透明な箱の上部を少しだけ空け、手にしていた注射器を近づける。
注射器のシリンダーの中には、黄緑色の液体が入っている。
先ほど作ったばかりの、薬品だ。
神樹上層から抽出したモノ、そして、毒の一部と、アクセルが運んで来てくれた完品の果実から取れた成分を配合して作り上げたものだ。
今まで、こうして解毒薬を試作しては何度も何度も、試してきた。
そして、これまで何度も何度も、この毒が消える事はなかった。
自分達だけでは、毒の蠢きが一瞬、止まるくらいの成果しか出せなかった。デイジーが来てから、そして果実を材料に使う事をしてからは、動きを止める時間が格段に増えた。
そこまで止まりだったのが、今までだ。けれど今回は、
……自分たちが持てる仮説を全て使えて、しかも素材も完璧に取ってきて貰った好条件……。
自分たちが神樹を直そうとして研究してきた事をほぼすべて、費やして作り上げた薬品を使っている。
その期待値はかなりのものだ。それ故に、ギルドメンバーも見守っている。
それを理解したうえで、
「行くわよ」
モカはゆっくりと、注射器の中の液体を、ぽたりと毒に向けて垂らした。
黄緑色の液体は落ちるや否や、即座に樹皮にしみこんでいく。
「どうだ……」
「どうなる……!」
期待に近い、ざわめきがギルドメンバーから再び始まる。
そして、彼らとモカが樹皮を見つめる事、数秒。その変化は現れた。
「……っ、これは……」
紫と黒が混じったうごめきが止まった。
更には色が、薄れていく。
そればかりか、どんどん小さくなり、紫と黒が小さくなっていく。
毒が打ち消されていた。そして、小さくなったまま、大きさは戻らない。
あっという間に、豆粒ほどにまでなる。
それを見て、息を呑んだ。
「抜群の、効果あり……! この薬は、今までのどんな解毒剤よりも、効果が高いわ!」
そんなモカの声に「おお……!」との歓喜に近い声が上がる。
「解毒完了まで、かなり進んだぞ!」
「空飛ぶ運び屋さんのお陰ね……!!」
研究所内部に活気のある声は広がる。
だが、まだ、モカとしては、喜ぶには早かった。
自分達はまだ、この神樹を回復させたわけでもないし、毒だって完全に解毒出来ている訳ではないのだから。ゆえに、
「あと一歩。あと一歩でこの毒は直せるはずよ。だから、このまま進めて行くわよ、皆……!」
「おお……!」
研究員たちの力強い視線と返事を受けながら、モカと魔法科学ギルドによる解毒薬作りは、夜通しで、更に速度を上げて行われていった。




