第11話 二種類の休息
『ここが、私たち騎士団が贔屓にしている宿です。この街では随一の食事の味と寝心地を誇る店ですので、是非お使いください。支払いはこちらで済ませておきました』
という言葉と共に、シドニウスから神林都市の宿屋に招待された俺は、バーゼリアやサキ、デイジーと共に大きな一室にいた。
広いだけではなく、調度品もベッドも上質な部屋だ。
「こりゃあ、過ごしやすそうだな」
「だねえ。わあ、ベッドもふかふかだよー。ご主人、あとで一緒に寝ようー」
「お風呂場も広いですね。アクセルと密着して入れないくらいの広さなのが、良し悪しというところですが。ともあれ、あとで一緒に入りましょう、アクセル」
バーゼリアとサキはほぼ同時にそれぞれの感想を言い合った後で、お互いに視線を合わせ始めた。微妙に火の粉と氷の結晶が舞っている気もする。
「この二人は毎度毎度仲がいいなあ、親友」
先ほどから胸元に収まったままのデイジーの言葉に俺も頷く。
好きにさせておけば、そのうち収まっているだろう。ただ、念のため、この後の予定を言っておこう、と、
「もうちょっとしたら、シドニウスと食事することになっているんだから、程々にしておくんだぞー」
「……ああ、そういえば、騎士団長さんから、向かいの飲食店を紹介されていましたね」
告げると、気が逸れたのか、サキがこちらを見て言葉を返してきた。
そう、この宿を案内してくれる時に騎士団長の方から、食事でもどうかと誘われたのだ。
ギルドの人達や騎士団の方は結構大変そうなのに、色々と気遣ってくれているようだ。正直、自分達だけゆったりしてしまっていいんだろうかと思ったが、
『お客人に肉体的な苦労だけでなく、精神的な抑制を強いては、それこそ本末転倒ですから。神林都市の住人と同じように、アクセル殿達も、存分にこの街を楽しんでくださればと。――それと、部下に休めと言われたので。今日は食事の時間だけ、ちょっとだけ良い物を食べようかと思いまして。当然、お代はこちらが持ちますが、アクセル殿にもお付き合いして頂ければ嬉しいです』
とのことだ。
そういう事なら、ゆったりと楽しむことこそ、頑張ってる彼らに対する礼儀だろうと思うので、楽しもうと貰っている。
俺が美味い食事に付き合うという名目で、騎士団長が休めるというのならば、両者にとっていいことだし。
「そうですね。ならば、今は食事に行く用意をしますか。みっともない格好でいってはアクセルに恥をかかせてしまいますし」
「むう、悔しいけど同意だよ。ちゃんと準備しなきゃ……」
と、二人そろって何やら衣服の整え始めた。
何というか、微妙に似た者同士だ、と思いながら二人を見ていると、
「んおー、親友。胸が、なんか光ってるぜ」
デイジーが肩まで登ってきて、ツンツンと俺の頬をついてきた。
言われて視線を下に落とすと、確かに白色の光が見える。
「これ、俺みたいに宝石でも付けてるのか?」
デイジーは自分の胸元の青い宝石を見せながら言ってくるけれども、俺はそういう装備はしていない。ただ、この光の正体は見覚えがあり、
「……これは……」
俺は胸元のポケットにしまっていた一枚の紙――スキル表を取り出す。思った通り光っていたのは、スキル表で、
【規定輸送高低差突破完了 条件達成 ――《運び屋》レベルアップ】
【スキル取得。輸送袋グレードEX1.9 拡張性200%アップ】
と、光の文字が記載されていた。
「うん。レベルアップしてるわ」
運び屋としてのレベルが上がっていたようだ。
そんな俺の報告を聞いて、
「やっぱりご主人のレベルアップ速度は凄まじいねー。もうここまで上がるなんて」
「アクセルのレベルアップはシルベスタに行く最中にも発生したと聞きましたが。なるほど。確かにハイペースですね」
バーゼリアやサキは嬉しそうな表情で言ってくる。
「そうか? 結構、前のレベルアップから時間は経った気はするんだけどな」
「いやいや、以前から数日しかたっていないのでしょう? いくら運び屋とはいえ、そんなペースで上がったら、すぐにみんな高レベルになってしまいますよ」
「へー、親友はそんな速度でレベルを上げてるのか。しかも、あれだけ入ってた輸送袋がまた、更に入るようになるのかよ。半端ねえな、親友」
「まあ、有り難い話だな。今まで以上に、仕事の幅が増えそうだし」
何かを輸送するという仕事で、入れられる容量が大きければそれだけ、色々な事が出来るようになるだろう。
だからレベルが上がる度に、やれるが増えていくと思うと、ちょっとしたワクワク感もある。これも運び屋になった醍醐味かもしれない、と思っていると、
「おーし、親友の仕事っぷりを見せられると、俺も自分のラボで頑張らなきゃなあって気持ちになってきたぜ」
デイジーがフルフルと体を震わしながら、そんな事を言ってきた。
「自分のラボ?」
「ああ。神樹の麓の廃屋を利用してな。解毒のためには、上下二か所に研究施設があった方が良いってことで、俺だけの研究所として錬成したんだよ。上の研究所まで一々行くのは大変だし、神樹の根と頂上付近では採取できる素材や物質が違うしな」
デイジーは窓の外に見える神樹の根元付近を差しながら言う。あの辺りに俺のラボがあるんだ、とも。
「へえ、デイジーのことだから、またいろいろな道具を錬成して、使ってるんだろうな」
「おうよ。今度、時間のある時、オレの仕事っぷりも見に来てくれよ、親友」
「そうだな。行かせてもらうか」
などとデイジーと話していたら、
「ご主人、準備オッケーだよ!」
「私も、問題なくいけます」
すっかり身なりを綺麗に整えたバーゼリアとサキが、近寄りながら言ってきた。
「ふむ。俺の方も、とりあえずスキル表の発光がひと段落したし。――飯に行くか」
そして、俺達は神林都市での初めての夕食へと向かうのだった。
●
暗闇の中、一つの円卓が置かれている。
その一席に、一人の男が目を瞑って座っていた。
「もしもし。聞こえているか、魔人・憑虎君」
その声に、憑虎君と呼ばれた男は目を開ける。
「聞こえている。そして、今回も魔法的に意識を飛ばしての会合だ。……傍受の心配はない。安心して姿を現せ」
言うと、その言葉に呼応するように、円卓の向かい側に姿が現れた。
出てくるのは黒い靄のような姿だ。
不定形で人のようにも、獣のようにも見える。
「交信は数週ぶりだが、神樹の討伐計画は順調か?」
その人型の黒い靄は、現れるなり、人間の顔らしき部分を憑虎君に向け、問うてくる。
それに対して、憑虎君は首を縦に振って言葉を返す。
「ああ。……魔法科学ギルドの所長に、錬成の勇者を呼ばれたときは少々、面倒だと思ったがな」
こちらの言葉に、黒い人型の靄は、目であろう部分を見開いた。
「なるほど。連絡魔法の消耗度故に、あまり頻繁にキミと会合は出来ぬとはいえ、前回よりも大変そうな事態になっておるな」
「最速で行えても週に一度が限界だからな。まあ、余剰分の魔力を溜めて行っているんだ、仕方あるまい。お互いにやる事はあるのだしな」
情報の鮮度に差があるのは仕方ない。
それを埋め合わせるための交信であるのだし。
黒い靄にそう言った後、しかし憑虎君は、とはいえ大変なのは事実だ、とぼやき、虚空を見上げた。
「実際に、錬成の勇者は毒の探知から解析まで行って、ギルドに多大な貢献をしていやがる。解析スキルや、分解魔法、錬成魔法を厄介にも使いこなしているからな。魔法科学ギルドだけであれば進まなかった解毒作業を凄まじい速度で進展させていくとは……全く、忌々しい神の使途だ」
憑虎君は、ふう、と吐息する。
「お陰でワタシも動く必要が出来てしまったしな。まあ、既に対策は仕込んである。戦闘になったとしても、錬成の勇者については打ち破れる」
「ふむ、なるほどな。その辺りは憑虎君、キミの力を信用しているから良い。……ただ、もう一つ、こちらで仕入れた情報があるのだが……例の『空飛ぶ運び屋』の件、知っているか?」
黒い靄の問いかけに対し、憑虎君は頷きを返す。
勿論。知らない訳がなかった。
「ああ、竜騎士の勇者の名を持った運び屋だろう。これまでワタシ達の同胞を二回も倒したという。そして、勇者と共にパーティーを組んでいるという」
「そうだ。そやつが神林都市に行っているとの情報を掴んだ」
「だろうな。実際に、来ているようだ。空飛ぶ運び屋という、大層な名を持った輩が」
憑虎君の返答に、黒い靄は首をすくめた。
「……もう、着いているのか。予想以上に動きが早いな」
「ああ。何やら魔法科学ギルドの所長によると、さっそく物資を運んで来たらしい。神樹の上層に行く道を腐らせてやったから。運び屋風情では運べない筈と思っていたのだがな」
「ほう……? それまたどうやって」
「さてな。話を集めた所、勇者と共に、よく分からない方法で上がって来たようだ。薄闇に紛れていたからか、実際に運び屋単体で上がってくる姿を見た者は、話を聞いた中にはいなかった。全く、人間どもはこれだから使えない」
「……ふむ。それでも、いきなり活動を開始してきたのは間違いないようだな。脅威はありそうか?」
自分たちの同胞であり、強大な力を持った古代種たちを滅した存在だからか。黒い靄が不安を抱いているのが憑虎君には感じられた。けれど、
「基本的には、問題はないと思っている」
憑虎君は自信を持って言った。
「その根拠は?」
「どうにも、その運び屋の活動力はな。仲間の勇者たちの力によるところが大きそうなのでな。今回の輸送の方法も、推測は出来ている。恐らく、竜の力を借りているだけだろう、とな。ただの運び屋が、神樹の上にモノを運ぶとしたら、その位しかあるまい」
「ああ、なるほどな。竜王の絶大な力を借りれば当然、可能か」
樹上まで数百メートルの高さがある。それをただの運び屋が、何もなしに上がって来れるはずがない。ならば別解があるのだ。
そう思って憑虎君は推測した。
「不可視の竜騎士が飼っていた竜ならば、外側を飛行し、物資を届けるなど容易だろうし。人型だとしても、その体力で強引に登り切ったなど、竜の力を使えば、いくらでも方法は考えられるしな。恐らくだが、空飛ぶ運び屋、の名前も、その竜を引き連れているから付いたものだろう」
だとするならば、今までの偉業にも合理的な説明が付く。
今までの空飛ぶ運び屋が行ったとされる業績は、『運び屋がいるパーティー』の仕業なのだと考えれば合点がいく。
「古代種を倒したというのも、勇者たちの力による物が大きい、と捉えるのが自然だ。……まあ、超人的な勇者達とパーティーを組み、協力出来ているという時点で、運び屋アクセルがやり手であることは、確かだろうがな」
「違いない。警戒はしておいて損はないな」
そう、何を言っても、勇者たちが共に行動をしているという事実は変わらないのだ。それだけで注意に値する人物であることは間違いない。
「……だがもう、毒が効いて神樹があの状態になっているのだ。竜王の羽ばたきともなれば、その衝撃は甚大で、弱った神樹には相応のダメージが入る。羽ばたく度に、自分から神樹の寿命を縮めるだけだと、そう多くは耐えられんことだと分かるだろう」
奴らが優秀だからこそ、早々に活動は出来なくなるだろう、と思いながら憑虎君は黒い靄に告げる。
「まあ、そういうことでな。幾ら運び屋がやり手であろうと、勇者の活動を封じてしまえば基本的に、問題はないと思える」
それにだ、と憑虎君は一言付け加える。
「もしも、仮に、万一、億が一。同胞を――古代種を葬るほどの奥の手を、運び屋が単体で持っている可能性もあるだろうが、ワタシの毒には通じないさ。あり得ない事だが、ワタシを見つけ出して攻撃した場合でも、神樹の毒には何の影響もない。あれは、ワタシが作った中でも、かなり特殊な自立型の毒にしてあるからな
そこまで言ってから憑虎君は苦笑する。
「そもそもワタシはこの地で無敵だから、念を入れ過ぎだとは思うが」
「ああ、キミは確かにそうだな。だからこそ、神樹討伐に赴いているのだし」
「そういうことだ。もしも勇者たちと戦闘になった時でも油断せずに圧殺できる」
準備は万全にしてきた。魔王戦争が始まった頃から今まで、長い間掛けてきたモノが、しっかり自分の中にある、と憑虎君は自分の手を眺めながら言う。
「キミは特殊だからな。その言葉も信用できるよ。……しかし、見つけ出されるという可能性の話だが、そこまで深く、人の群れに紛れ込んで大丈夫か?」
「そこも平気だ。何せ完品の状態では最早、世界に十と残存していない、魔獣王の秘宝まで消費しているのだ。ワタシが神にこびへつらう人間に混じっている事を思い返すたびに、悪寒を感じるのを除けば、対策は万全と言えるさ。……それに、もしもの時のトリガーも設定してある」
「トリガー? 何かの魔法か」
苦虫をかみつぶしたような表情をしながら、憑虎君は言う。
「いや、秘宝に付いている機能でな。考えたくもない、起きて欲しくない出来事であるが、もしもそれが発生した場合は、自動でコトを起こすモノだ。そういう保険だ」
「それはまた、手が込んだ事をしているな」
「油断はしていない、と言っただろう? 神が地上に下ろした忌まわしき神樹を討伐出来る折角の機会なのだから、やれる事はやるさ」
仕損じる気は更々ない。
「流石に、今回の神樹討伐には、気合の入り方が違う、ということか」
「ああ。失敗はあり得ない。たとえ、勇者たちがいても、大層な名を持つ運び屋がいても、何かしら力を持っていたとしても、この地でワタシは無敵だ。だから――ワタシの丹精込めた病毒で、神樹が打ち倒れるのを、楽しみにしていると良い」
その言葉を最後に、憑虎君と黒い靄の会話は終わり、二人の姿は闇の中に溶けていくのだった。




