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最強職《竜騎士》から初級職《運び屋》になったのに、なぜか勇者達から頼られてます  作者: あまうい白一
第三章

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第10話 伝わっている噂




「そろそろ、今日最後の補給物資が来る頃ね……」


 魔法科学ギルドを取り纏める研究所長、モカ・フェイは神樹の頂上、下層から続く連絡通路の前で物資か、連絡が届くのを待っていた。


 神樹の頂上はかなりの面積を持った広間になっており、端っこに連絡通路として使われている竪穴が空いている。そして反対側には、広間の大部分を占める形で立っている魔法科学ギルドの本拠地、魔法科学研究所があった。

  

 研究所と連絡通路の間に立つ彼女は、落ち着きのない様子で広間をうろうろしながら顔のメガネを触ったり、研究所と通路に対して、交互に視線をやり続けていた。

 

「……今日は本当に、物資を届けられる状況なのかしら」


 落ち着かない気持ちを少しでも発散させるように、モカは一人ぽつりとつぶやく。


 この一か月、神林騎士団には研究所にいる数十人分の物資を毎日持ってきて貰っている。

 

 神樹の監視業務もあるというのに。倉庫街からの物資運搬までやってもらって、騎士団の面々には、特に騎士団長には無理を掛けて申し訳ないと思う。

 しかし、騎士団長からは、

 

『それが役割分担というものです。我々には出来ないことです。だから気にせず。続けて下さい』

 と言われている。 

 そして、今回の異常事態の原因究明と、解決の為の研究には必要な事だ、と感情的に謝りたい気持ちを飲み込む。

 

 ……ウチのギルドの子たちや、追加で迎え入れた研究員も、家に帰ることもなくずっと、対策室にこもっているからね……。

 

 危険だから縄梯子を使って降りてもいい、そうでなくても一時的に宿舎に帰って良いと伝えているのに、神樹を治すまでは帰れないと皆が言う。

 食料を切り詰めて……というか、食事の時間すら惜しむほどに動き回っている。

 

 ギルドの研究員も、騎士団たちも、『普段から神樹から利益を受けているんだから、こういう時くらい頑張って恩返しがしたい』と意気込んでいるくらいだ。

 

 ……降りたらしばらくは戻ってこれない、からね。

 

 掛かっている縄梯子はもう、一本のみなのだ。

 それが使用され続けている以上、降りるのもそうだが、上がって来るのは縄梯子を独占してしまう時間的に、かなり難しい。

 下層にも研究の為のグループを作っており、連絡や情報交換くらいは出来るが、物理的に上がって来れるものは現状、いない位だ。


 ……複数本、縄梯子を掛けようにも、場所を選ばないと擦り切れてしまう所も多いからね……。

 下手に使えばすぐに消耗してしまうし。

 これまでに何度も切れて、命の危険があった。

 スペアは何本か作ってはあるけれども、もっとも安全に使えるのはこの位置にある梯子だけだった。

 

 そして何より、現状の人数であれば、最高効率で研究を進められる為、大勢が樹上に残っていた。

  

 そういった理由もあり、皆が自分の意思で全力を尽くしている。

 ならば自分もまずは謝るよりも、問題を解決する事を優先すべきだ、というのは分かっている。

 ……ただ、騎士団長がふらついてたから、今回の荷物は、別の人に頼んだって緊急念文が来た時は結構、心に来るものがあったわね。

 

 物資を届ける負担が大きいなら、最高効率を捨てて樹上の人数を絞っていくべきだったか。

 

 騎士団長は大丈夫だろうか。

 

 他の人に頼んだ物資は届くんだろうか。

 そもそも、神樹は回復させることが出来るのだろうか。

 

 そんな考えが頭の中でグルグル回り、ふう、とモカが思考を落ち着かせるために息を吐いて空を見上げていた。

 その時だ。

 

 ――ぶわっ、と上から降って来る何かが目に入った。

 

「え?」


 遥か高空にある神樹アルエデンの頂点。

 そこにずっと籠っていたモカからすると、自分の更に頭上から人が来るなど、中々に見慣れない事だった。そして、

 

「いかんいかん。念のためとはいえ、最後の一歩で跳び過ぎた」


 声と共に目の前に降り立ったのは、輸送袋を片手に抱えた、運び屋らしき男性の姿だった。



 神樹アルエデンの連絡通路を抜けた先はかなりと広かった。

 着地する最中に確認したが、眼下には年輪の刻まれた広間があり、奥には大きな建物がある。

 

 ……あれが話に聞いていた魔法科学研究所って奴か。

 

 樹上にあそこまで巨大な物が立っているとは。昇ってみないと分からないモノだ、と思いながら、俺は着地するなり目の前を見た。

 

 そこには人の姿が、一つだけある。


 メガネに白衣を着用し、髪を頭のサイドで丸く纏めた女性だ。

 その胸元には名札があり、『魔法科学ギルド所長:モカ・フェイ』との文字が見えた。

  

「その名札をしてるって事は……君が騎士団の荷物を待っていた、魔法科学ギルドの所長さんで良いのかな?」

 

 問いかけると、眼鏡の奥で目を丸くしていた彼女は、声を詰まらせながらも言葉を返してくる。

「え、ええ。そうだけど、あの、貴方は……?」

「シドニウスに頼まれて下から荷物を届けに来た、運び屋だ」

「……運び屋? あの、本当に? で、でも、どうやって……」

「見ての通り、普通に飛んで来たんだ」

「……え、えっと?」


 モカは首を傾げて、やや呆然としている。

 話もうまく呑み込めていないようだ。

 夕方が近いし、もしかしたら飛んできた姿が見えていなかったのかもしれないな。


「まあ、細かい所はともかく、下からの物資を届けに来たのが本題だし。とりあえず、置かせてくれ。どこに置けばいい?」


 その問いで、モカの表情がやや引き締まった。


「あ、ああ、荷物ね。そう、それが大事よね。えっと、あそこの丸太台の上に置いてくれるかしら」


 指差された先は通路から程近い場所。そこには大きな切り株のような台があった。

 指定があるのはやりやすくて有り難いな、と思いながら、俺は丸太台の前まで行き、


「じゃ、これが騎士団から依頼された荷物だ」


 輸送袋を逆さにして、荷物を降ろしていく。

 大きな食卓を更に何倍にもしたような、それなりに面積のある台なのだが、量が量だけにあっという間にいっぱいになった。


「こ、こんなに一度に運んできたというの……!?」


 モカはそんな声を上げて、驚きと困惑の表情を浮かべているが、俺としても少し困った状況で、

「すまん。ちょっと指定された所に乗り切らないんだけど、下においてもいいか」


 置き場所に困ったので、聞くと、モカは困惑の表情のまま頷いた。


「いえ、その、別にいいけれど、何か特殊なものをもってきたのかしら? いつもは一日分の物資だから、その台の半分くらいで収まるはずなんだけれど」

「ああ、普通の物資を多めに持ってきただけだよ。ただ、これでもまだ半分も出てなくてな。まあ、周りに置かせてもらうよ」


 許可が取れたことだし、俺は荷物の取り出しを再開していく。 

 そして、数十秒かけて出し切るころには、物資は丸太台の外……というか台を埋め尽くすまでに溢れるほどになっていた。

 

「よし、これで全部だ。確認してくれ、モカさん」


 輸送袋を装備し直した俺は、隣でずっとこちらを見ていたモカに言う。

 すると、彼女は荷物と俺を交互に見ながら、ぽつぽつと言葉を零す。


「確かに一週間分の生活物資……だけど、こんな量が入る輸送袋があるなんて。というか、本当にどうやってこんな上まで……」

「さっきも言った通り、下から飛んできただけなんだが……」


 先ほどから、疑問が消えていないようだ。

 さて、どういえば分かって貰えるだろうか、と思っていると、

 

「ぷはー、凄かったぜ」


 胸元からもぞもぞと、デイジーが出てきた。


「親友のスピードも、体温も、心音も、超堪能した! 気持ちよかったぞ、親友!」


 どうやら、かなり興奮している様だ。

 声色も若干高い状態で、興奮のままに俺の胸元で身体をプルプルと震わせている。

  

 表情もかなり楽しそうなものになっていた。

 そんな風に、俺の胸元ではしゃいでいるデイジーの姿を、モカは再び唖然とした表情で見ていて、

 

「え、デイジーさん……?」


 彼女の言葉を聞いたからか、それともはしゃいでいる姿を見られている事を自覚したのか、


「…………こほん。ああ、モカ。久々」


 デイジーは表情と態度を、即座に平静としたものに変えてモカの方を見た。


「え、ええ。数日ぶりね。今まで見たことが無い位はしゃいでいたけれど」

「気にしないでくれ。親友と触れ合っていると気が緩むだけだからな」


 デイジーは、種族的に用心深いせいで、よっぽど付き合いが長い人間以外には少し堅い対応をするけれども。魔法科学ギルドの所長の前でも、それは変わらないようだ。


「そ、そうなの……というか、どうしてデイジーさんもここに」

「どうしてって、見れば分かる通り付いて来たんだ。親友の、運び屋としてのアクセルの仕事ぶりを見たくてな」

「アクセル……というと、貴方はもしかして、『空飛ぶ運び屋のアクセル』さん? 星の都、クレートで話題になっていたっていう」


 俺の名前を聞いたからか、モカはそんな事を言い始めた。

 どうやらクレートで活動していたことは、知られているらしい。


「ああ、同じ職業と名前の別人がいるのでなければ、多分それかな? モカさんも知っていてくれたのだとしたら、有り難い話だが」

「い、いや、有り難いのはこっちというか……。……正直、クレートから遠く離れたこの都市に、なんでいるのとか、どうやってここまで来たのとか、頭が混乱していてよく分からないけれど……。とりあえず、飛ぶようにして、物を運べるっていう噂は本当だって事と、助かったということだけは分かったわ。感謝するわ、アクセルさん……」


 なんだか、疑問の表情が消えたようだ。

 

 ……とりあえず、なんとなく納得してもらえたのかな。

 

 色々と長く話していたから、頭の中で整理がついたのかもしれない。

 ならば、まあ今はそれでいいか、と思っていたら、 


「あの、アクセルさん? この街にはいつ来られた……というか、滞在されるのかしら?」


 そんな声をかけてきた。


「ああ。神林都市には今日来たばかりでな。しばらくは下に街の宿にでも泊まる事にするから、何か依頼があったら言ってくれ」

「分かったわ。――本当にありがとう、アクセルさん。上にいる皆も、口には出さないけど、物資は待ち望んでいたモノだから喜ぶと思うわ……!」

「そう言ってくれると何よりだ。というか、今更だけど、物資は研究所じゃなくて、ここに置きっぱなしでいいんだよな?」

「うん。研究所は今、乱雑に物が置かれちゃっているから、こっちでいいの。ここに物資を配置しておいて、必要な人がとっていく形だから。早速、待っている皆に、物資が来たって伝えに行ってくるわ……!」


 そうして、モカは研究所の方に小走りで向かった。

 微妙にウキウキしている事が分かる足取りを見ると、運んだ甲斐もあったというものだ。


「さて、俺たちも戻るか」

「おうよー。帰りも親友の動き、たっぷり味わうぜ!」


 話しながら、俺は神林都市の下層へ、ゆっくりと降りていく。こうして、とりあえず、神林都市の緊急依頼はこなせたようだった。


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