第35話 side サキ 欲求を満たすために
サキは、自らの魔法で装備した足鎧の感覚を確かめるように、下肢をプラプラと動かす。
「ふむ、やはり、この程度ですか。問題ないですね」
足鎧には傷ひとつないし、足へのダメージも全くない。ならばこの後の行動に支障はないだろう。
「全く、海岸を調べて、あとは港から海を軽く調べればこの観察役も終わりで、ようやくアクセルに全力で抱き着いてお喋りして、匂いを脳に充填できる思ったら……これとは。全く全く」
そこまで言った後でサキは息を吐き、ふふ、と笑う。
「まあ、障害が多いと愛が燃えてくるのでいいですけど。……ともあれ、重傷者はいませんね」
サキは後ろを振り返る。
そこには先ほど海から拾い上げた部隊長がきょとんとした目でこちらを見ていて、
「え……? あの岩を砕いた……?」
完全に呆けているようだった。この場で、ぼーっとされるのは困るので、改めて声を掛ける。
「もしもし? 逃げられますか?」
「あ……は、はい!」
「なら良かった。では、皆さん、出来るだけ急いで退避して行って下さいな。こちらに来るのは全部、砕きますので」
そう言うと、部隊長は勿論、氷の道に立っていた調査員たちも頭を下げてくる。
「す、すみません、勇者様。お言葉に甘えます」
「謝る必要などありません。今は退避する事を優先してください」
「は、はい――ッ勇者様! 上から来てます!!」
話している内に、再び岩の雨が真上から来た。
それに対し、サキは足を振り上げようとしたが、それよりも早く、
「――【エンチャント・ファイアパンチ】(竜炎の拳)!」
上空をかっ跳んできたバーゼリアが、炎で巨大化した拳で、岩石を弾き飛ばした。
「へへ、よそ見していると危ないよ、リズノワール」
そして自分の横に着地したと思ったら、微笑と共にそんな事を言って来た。
「見ずとも迎撃出来ましたから問題ありませんよ、竜王ハイドラ」
「どうかなあ。あ、皆は逃げて逃げてー」
「う、うっす。了解です。お二人とも気を付けて……!」
バーゼリアの言葉に促されて、今度こそ、氷の道にいた船員たちは港の方まで走って逃げていく。とりあえず、海にいる人たちはみな、街に戻せただろう。
……本当ならば私も早く街に戻ってアクセルと会いたいのですがね……。
思いつつもサキは、避難していく人々から視線を、隣に立ったバーゼリアに移す。そして、ぱたぱたと手で自分を扇ぐ。
「しかし全く、熱いですね。汗を掻いてしまいますよ。私は熱い所はあまり得意ではないのですが」
「へえ、そうなんだ。ボクの炎と魔術の勇者の氷は相性が良くないったらありゃしないね。昔から変わらず反発してくるし」
「あら? 私は相性云々で文句はありませんけれどね。ええ、その程度の炎で私の氷は解けませんので」
「……奇遇だね! ボクの炎もその程度の氷では全然、熱が冷めないんだよね!」
二人は笑顔で睨み合ったあとで、ふうと同時に息を吐く。
「お互いの能力に問題が無いと言う事は、今、やる事は一つですね。竜王ハイドラ」
「ああ、一つだね。そこは完全に同意するよ。リズノワール」
そして二人は、前を向く。
サキは足の鎧で凍った海面をぶつけ確かめるようにガンガン、と蹴り。
バーゼリアは炎を纏った両拳を合わせてゴツゴツ、と叩き。
お互いが戦闘の準備を整えた上で、敵と迫りくる岩石弾を見て、歯を見せて笑い
「目の前の、アクセルに会いにいく為の障害を蹴り砕くのみ!」
「目の前の、ご主人のもとにいく為の障害を殴り倒すだけだ!」
唸るように叫びながら。
玄武公から打ち出される弾丸を、サキは氷の靴で、バーゼリアは炎の拳で、次々に砕いていくのだった。




