第34話 side 調査ポイント
「なんだこいつは!?」
盛り上がった海面を切り裂くように現れた、巨大な岩礁。
――いや、岩礁を背負って動く巨大な亀の様な姿に、調査船に乗っていた海事ギルドの部隊長は声を荒げていた。
そしてそんな声に反応するのは、同じく調査船に乗っていた老練のギルド職員で、
「わ、ワシは、知ってるぞ! こいつは、魔王戦争時、海で人を食いまくりやがった古代種、玄武公だ……!! ワシの師匠も食いやがったんだ!」
「古代種ってことは、やべえ魔獣じゃねえか……! 岩礁だと思っていたのが甲羅だってのかよ。ふざけてやがる……!」
岩礁を背負った亀、と言い表す事は出来るが、これだけ巨大だと島が動いているようにも見える。それくらいの大きさなのだ。
……だが、分かればやりようはある。
巨大な魔獣が相手だろうが、相手が分かれば対処に動ける。
調査船とはいえ、相応の攻撃力は備えているのだ、と部隊長は周りの部下に指示を出す。
「岩礁砕き、用意! 重たそうな甲羅を削ってやれ!」
「い、イエッサー!」
指示によって用意されるのは銛を装填した大砲――岩礁砕きだ。
元は捕鯨用の大砲を改造したもので、打ちだされるのは鉄の柱の様な銛だ。
先端や返しには魔術爆薬が仕込んであり、岩礁に食い込ませた後に起爆する事で、破砕を楽にすることができる。そして勿論、魔獣への武器として使う事も可能で、
「撃て!!」
用意されるや否や、岩礁砕きの一撃は、即座に玄武公の体目掛けて放たれた。
岩を確実に砕くため、上級魔法に匹敵する威力を持ったその一発は、加速と共に玄武公の背中に向かい、そして、
――ガキン。
と、鈍い音だけを立てて、玄武公の甲羅に弾かれた。
「……な、んだと?」
あまりにあっさりこちらの武装を跳ね除けられたことで、部隊長は数瞬、動きを止めた。
「た、隊長……。岩礁砕きは、鉄より硬い皮膚を持つ鉄鋼獣すら余裕で貫く筈じゃ……」
「上級魔法レベルの威力があるのに、効かない……? 本当に生き物なのか、アイツは……!?」
船員たちは、その光景にざわめき始める。しかし、
「く……まだだ! あれだけの威力があれば絶対に効いているはずだ! 同じ個所に攻撃を集中させ続けるんだ! 魔法も追加しろ! こいつは……街に向かっているんだぞ!」
部隊長の檄により、はっとした船員たちは再び動き始める。
のろのろとした動きをしながらも、確かにこの玄武公は街に近づいている。それは街を危険にさらす行為だ。絶対に追い払わねば、と、
「アイスピラー!!」
調査船に乗っていた中級魔法使いが、船のヘリから氷の杭を放つ。
海の大型魔獣ならたやすく貫く威力の杭だが、
「……」
しかし、これもまた弾かれた。岩礁砕きを更に同じ個所に打ち込んでも、やはり、その岩の様な甲羅を砕くことは出来なかった。
「くそ、なんだあの堅さは!」
そんな結果に、ドン、と船の柱を叩きながら部隊長は歯噛みしていると、
「な、なんだ! 玄武公の甲羅、何かもぞもぞ動いてるぞ」
誰かがそう叫んだ。刹那、
「……!!!!!」
玄武公がうなりをあげ、甲羅の数か所に魔法陣か浮かび上がった。そして、
――ドン
という轟音と共に、岩石が放たれた。
高速の弾丸として。数メートル以上の岩が幾つも飛んでくる。
「はっ!?」
突然の出来事に、部隊長の思考は一瞬、凍った。しかし、
「――やばい全力で……防御を!」
すぐさま我を取り戻した部隊長は、防御魔法の指示を出す。
「ウォーターシールド!」
「エアディフェンスウォール!」
その指示に従い、魔法使いたちが防御魔法を行使した。
中級以上の、強力な防護だ。発動と展開は間に合い、船を水と空気の防護壁が覆った。しかし、
「――」
その防護は一秒と持つ事も無く破られ、降り注ぐ岩石弾は調査船に直撃し、完膚なきまで船を破砕し、乗組員を吹き飛ばした。
「がぼっ……!?」
衝撃で船から投げ出される形になった部隊長は、周りの船員と共に、海中に叩きこまれた。
更に、海の中でも吹き飛ばされた勢いは残っており、グルグルと海中で体を回され、頭を揺らされる。
そして、ようやく体が止まった後、部隊長は目を開けて、海中を見る。
しかし、どっちが海上か海底か分からない
……ぐ……頭を揺らされ過ぎたか。
早く浮かび上がらなければ。このままでは、溺れてしまう。いや、それよりも早く玄武公に食われるかもしれない。
早く海上に上がって、周りがどうなっているか確認しなければならないのに、と焦り、混乱で頭を一杯にしてもがいていた、その時だ。
「ぇ……?」
水の中にいきなり氷の柱が出来た。
そのまま柱は自分の体を押し上げていき、それに加えて何やら背中に力を感じるかと思ったら、
「よいしょ――っと」
自分の体が一気に引っ張り上げられ、気付いた時にはザパアっと音を立てて、海上に出来た氷の上に座らせられていた。
そして自分の目の前には、凍った海の上に立つ、恐らく自分を引き上げてくれたであろう黒髪の少女がいた。
「げほっ……ここは……っ貴方は魔術の勇者様……?」
「ええ。そうですよ。そして……確か、貴方は、合流する予定だった調査船の隊長でしたね?」
「あ、は、はい」
今回、調査に出る前、簡単に魔術の勇者達と挨拶した。それだけで彼女はこちらの顔を覚えていたようだ。
「って、そうだ。調査船の皆は……。玄武公にやられて、落ちた筈……」
「ああ、それなら、向こうを見て下さい」
と、魔術の勇者に指を刺された先の海上。そこには、氷で出来た港と繋がる広い道が出来ており、更には、
「皆……いる?」
先ほどまで共に戦っていた船員が、ずぶ濡れ状態ではあるものの、引き上げられていた。
そして引き上げを行ってくれたのは魔術の勇者だけではないらしく、
「リズノワールー。とりあえず、こっちに落ちた人は全員拾ったよ」
赤い髪をした運び屋とコンビを組んでいる女性が、その船員たちの前に立って手を振っていた。
「そうですか。私の方も……感知している範囲では全員拾いましたが……。調査隊長さん、海から拾い上げた人を合わせて、調査隊メンバーはこれで全部ですか?」
「あ、ああ。25人……全員、いる……な」
まだ少しぼーっとしている頭を頬を叩くことで覚醒させた部隊長は、船にいた全員が助かっていた事を魔術の勇者に報告する。
すると彼女は静かに頷いて、
「そうですか。では、港の方へに避難するとしましょう。アレが……玄武公がこちらに来ていますし、暴れる準備も万全の様なので」
彼女の視線の先を見る。
するとそこには、甲羅の岩石部分に魔法陣を展開し、弾丸として打ち出している玄武公がいた。
岩石は打ち出した傍から再生成されているようで、打ちだした傍から装填されて、また発射される。その結果が、海に降り注ぐ岩の雨だ。
「ひ、避難って……こ、これから、どうやって……?!」
一つが数メートルを超える岩石が、拘束で雨あられのように降る中だ。
先程は運よく直撃した者はいなかったが、ヒトが当たれば一たまりもないというのに。
「こんなの、避けながら逃げるなんて、無理だ……!」
当たらない事を祈って走れと言っているのだろうか。そう思って、足を震わせていると、
「避ける? なぜ、そんな事をする必要があるんですか」
目の前で魔術の勇者が首を傾げた。
「何を言って――って、勇者様! 後ろ!」
そうしているうちに、岩の雨がこちらにも来た。大きな影が自分と勇者を押し潰そうと振って来る。そして――
「――【ドレスアップ・アイスグリーブ】(氷結の鎧靴)」
魔術の勇者の、白く光る鎧を装備した足の一蹴りで、岩石弾は砕かれた。




