第33話 運び屋、色々と持ち帰る
「おや、お帰り、アクセルさん達。早かったね」
「流石は若手の中でも優秀な冒険者と、アクセルの兄さんだな。調べる範囲は狭いとはいえかなり遠い地点だったのに、一番先に帰って来るとは流石だ」
シルベスタの海賊の宿屋に戻った俺達は、そんな言葉と共にライラックとヴィルヘルムに出迎えられた。
「あはは……そう言ってくれるのは嬉しいけど、私たちの方は大したことがなくて、ほぼほぼアクセルさんが助けてくれたお陰なんだけどね」
「ああ、世界の広さと言うか、見識の狭さを思い知ったぜ……」
セシルとジョージが零した言葉に、ライラックとヴィルヘルムは顔を見合わせたあとで、目を丸くした。
「……行った時はイケイケだった態度が謙虚な方向に変わったもんだが、アクセルさん、何かしたのかい?」
「特に何も。普通に観察役の仕事をしていただけだよ」
そんな俺の言葉に、ライラックは苦笑する。
「成程、アクセルさんが普通にやる中で色々と合ったみたいだね。……まあ、慎重な性格に育つのは良い事だしね。無事に戻って来れて何よりだよ。……で、調査の結果、何か見つかったのかい?」
「ああ、それなりに厄介なものをな」
「厄介なもの……?」
そうやって問いかけられたライラックの言葉に俺は頷いた。ただ、調査の仕事を受けたのは俺ではない。先頭に立って実働した二人がまず話すべきだ、と街に戻る最中に決めていたので、まずセシルが口を開いた。
「魔獣の餌となり得る魔石を海に流している男を見つけたの。しかも魔人を名乗っていたのよ」
「なんだって……?」
その報告に、ライラックの顔色が一気に険しい方向に変わった。
隣にいたヴィルヘルムも、だ。
「……そいつはどこに?」
「ああ、俺が全部捕えているから直ぐに出せるが、ここで大丈夫か?」
「そうさね……。念のため、頑丈な作りにしてある奥の部屋に行こうか」
そんな訳で、宿屋奥にあるライラックの仕事部屋に場所を移してから、俺は輸送袋の中身をテーブルの上に全部出していく。
まずはライラックから受け取っていた消耗品や薬品などを出し切った。その後で、
「……これが魔人が使っていた、魔石成分たっぷりの粉だな」
俺は三つの革袋を取り出した。
それを見て、ライラックは目をひそめた。
「これは……かなり高濃度に精製された魔力だね……。魔獣を引き付ける事も出来るけど、麻薬にも成り得るもんだ」
「へえ、そういうのも分かるのか?」
「昔、取り締まりもやっていたからね。しかし、こんなのをばら撒いてたら、そこら辺の魔獣だって中毒にしちまうレベルさね」
どうやらかなり危険な代物だったらしい。
入り江の洞窟に合ったものを残さず拾ってきて本当に良かった。
そう思いながら、俺は輸送袋に最後まで残していた一つを床に出した。
「――で、そんな危険なものをばら撒いていたのが、コイツだな」
輸送袋からずるりと現れたのは、ロープでぐるぐる巻きにした傷の男だ。まだ気絶から覚めていないらしく、ぐったりとしているが生きてはいる。
「……これが、魔人を名乗っている男ねえ。何か特徴はあったかい?」
男を睨みながら吐かれたライラックの言葉にセシルが応える。
「特徴……と言えるか分からないけれど、魔獣を操ってたわ。それと、殺気もすごかったから戦士としても優秀かも知れない」
「ふむう……なるほど。見た所、魔石の精製技術を持っているようには見えないが。こんなものをどこで手に入れて、何のために使っていたんだろうね」
「そこまでは分からんな。聞く前に意識を刈り取ったから」
「魔人相手なら、それが正しいね。……なら、とりあえず、――尋問しようか」
仕方ない、と吐息しながらライラックは言った。
「尋問って、ライラックがするのか?」
「ああ、アタシの職業は《女将》(ジェネラル)と言ってね。まあ、海賊とかの上位職なわけだが……それ故にスキルも結構強いのが使えるのさ。真実自白(鶴の一声)って言うんだけど、これは、海賊の「脅迫」、上級海賊の「尋問」や「拷問」の更に上級スキルでね。情報をしっかり吐いてもらうのに使われるモノさ」
ライラックは俺達に説明をしながら、傷の男を椅子に座らせて、縛り付けていく。
「そんな結構凄いスキルのネタバラシを俺達にして良いのか?」
「ああ、構わないさ。少なくともここには、アタシの信用したヒトしかいないからね。それに、このスキルの対象になった奴は恐ろしく精神力を消耗するから、身内には使わんしね。攻撃になっちまうからねえ」
はは、と軽く笑いながら言った後で、ライラックの表情は真面目なモノになる。
「まあ、でも……魔人を名乗るコイツになら、使っても問題ないのさ」
その表情には鋭さがあった。宿屋の店主としての表情ではなく、海事ギルドトップとしての顔を言うべきだろうか。
そんな顔つきで、ライラックは魔人を名乗る男の頭を掴む。
「さて、そろそろ少しは起きな」
ライラックがぐいっと男の頭を傾けると、
「う……こ、ここは……」
僅かに傷の男の意識が覚醒し始めたらしい。
目が開き、声が漏れた。
『目が覚めたかい、自称魔人さんよ」
「貴様は……一体……」
ダメージが残っているのか、覚醒は半端なようだ。だが、ライラックはお構いなしに魔人の男に声を掛ける。
「アタシが誰だかどうでもいいのさ。それよりも、アンタがやらかしていたことを聞かせなよ。魔人、とか名乗って変なもんをアタシら海にばらまいてたんだって? 何が狙いさ」
その問いかけに、魔人を名乗る男は口元だけを吊り上げて、
「はは……誰が……話すか。神の……犬め……」
吐き捨てるように言った。そんな男の姿を冷たい視線で一瞥したライラックは、
「否定しないかい。そうか。なら……使うしかないね」
その男の頭をがっしりと掴んだ。
「な、なにを……」
「さあ、アタシの目を見な。……そして、何をしていたか、女将のアタシに聞かせな。――【真実自白】……!」
ライラックが、魔人を名乗る男が目を合わせると、僅かに彼女の目が光った。その一瞬後、男の目がとろん、と力のないモノになる。
「さて、話して貰おうか。アンタは魔人で、良いんだね?」
「はい……オレは魔人衆の一員……だ」
スキルの発動は成功した様で。ライラックの問いかけに、魔人を名乗る男は大人しく答えていく。それを確認して、ライラックは更に問いを重ねていく。
「あの魔石の粉はなんだい?」
「魔獣……特に古代獣用に調整された、精製魔石……」
「古代獣用に……? そんなものを、何故ばら撒いていた。アンタは何をやろうとしてたんだ」
今回聞きたかった本題の部分を問うた。すると魔神を名乗る男は数秒口をパクパクとさせた後、
「シルベスタの埠頭から一キロの位置を狙い、魔獣の動きと潮の流れを使い餌を流し込む。それにより……街と人を食いたがっている玄武公・アルファドの誘致と強化を。そして埠頭周辺から街への襲撃までをつなげる。玄武公は、その力で人や街を粉々に砕いてから餌を飲み込む習性を持つので引き付けはしっかりと行う……探索をかいくぐり、慎重に命を、目的を、果たすために、その後は岩場で待機――」
「なっ……!?」
だっと、滝の様に、情報を吐き出してきた。
そのまま呼吸する事も無く、矢継ぎ早に言葉を絞り出していき、
「――」
そこまで言った段階で、ガクンとこうべを垂れた。
「ちっ……ここで、精神力の限界が来たかい……!」
「……またたたき起こして聞けないのか」
「しばらくは無理さ。精神力が回復するまで起きやしないだろう。誰からの命を受けたとか聞きたかったけど……今の問題はそこじゃない……!」
そんなライラックの言葉に、力強く反応したのはヴィルヘルムだった。
「そうだ。そうだぞ、ライラック。埠頭から一キロ地点に古代獣を引き付けるだと……。おいおい、待ってくれよ……!?」
自分で確かめるように言い直す彼の顔には狼狽が見えた。
「何かあったのか」
「何かも何も、大ありだよ、アクセルの兄さん。だって、そこには今、海底を調査する部隊がいて――魔術の勇者さん達が合流するために向かう予定地点でもあるんだ……!」
と、彼が視線を部屋の窓の外へ送った瞬間。
――ドカン!
という轟音が響き、窓から見える、海の一部が爆発した。
そして、その巨体は現れたのだった。




