第30話 思わぬ接敵
セシルはジョージと共に、ゆっくりと入り江にいる人影に、背後から近づいていた。
人影の傍らには大きな革袋があった。
その袋の中に手を突っ込んで、キラキラと紫色に光る粉上の物を振りまいている。その粉と海が接した瞬間、どす黒い色に変わっているのが分かった。
宝珠の反応を信じれば、あの粉は魔石由来の成分が使われているのだが、
……海の色が変わる魔石の粉なんて聞いた事はないんだけど……
とはいえ、ふんだんに魔力が含まれた物質であることは間違いない。
……こんな街に近い地点でそんな物体を撒くなんて、何を考えているのかしら……。
素材を集めるために、純度の低い魔石の粉を使って魔獣をおびき寄せて狩猟をする方法は確かにある。
しかし、普通は街から遠く離れた場所でやらねばならぬことで、もしも街の近くで行えば警護隊にしょっ引かれる事案でもある。
現に今回も街に魔獣の被害が出て、ギルドや冒険者まで出張る事になったのだから、少しは考えて動いてほしい、と怒りすら浮かんでくる。
……まだこちらには気づいていないのだし、このまま不意をついて問いかけて、問い詰めるべきかしらね。
ジョージと自分が隊列を組めば、そう簡単に逃がすことも無いだろうし、と考えながら、セシルは入り江の中央に向かって歩き、
「ちょっと、そこの人。こんな所で何をして――」
問いかけの声を発した。その瞬間だ。
「――っ、止まれ、姉さん……!」
ジョージが強めに声を発し、セシルの身をその手で止めた。
折角ここまで静かに近づいたのに何を、と思うも、セシルはすぐに彼の意図に気付く。
自分達が歩こうとしていた先の岩交じりの砂地。そこにはついさっき苦汁を味あわされた兎型の魔獣が潜んでいたのだから。
「こいつらは……また、ジャッカロープ」
岩で隠れて遠目からは見えなかったが、確かにいる。しかも、何やら地面からモノを拾って、口を動かしている。
何かを食べているようだ、と先ほどの経験を活かし、魔獣を慎重に観察しようしたセシルは、
「ッ……!」
息をのんだ。何故なら、
「ま、待って、ジョージ。あれって、ジャッカロープ達が食べているのって……!?」
「食べているのは、人の……指?」
ジャッカロープ達が食んでいるのは、明らかに人の一部だったからだ。
ジョージもそれに気づいたのか、思わず動揺してしまい、声が上ずる。
そして、流石に騒がしくし過ぎたようで、
「――ああん? なんだ、お前ら。どっから来た」
入り江の男が、こちらに気付いて振り向いた。
顔に大きな傷跡のある男だった。いや、注目すべきは、顔の傷だけではなくその行為で、
「こいつ……魔獣に、人を食わせてやがる……!?」
片手で紫色の粉をまき散らしながら。
もう一方の手で、上半身がなくなった人の躯を、ジャッカロープや水辺の魔獣に食ませている男が、そこにいたのだ。




