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最強職《竜騎士》から初級職《運び屋》になったのに、なぜか勇者達から頼られてます  作者: あまうい白一
第二章

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第28話 認識の変わり方

 自分たちを襲う魔獣がいなくなったことに、セシルは安心以上に、驚きを得ていた。それ主に、自分を支えるように立ちながら槍を動かしていたアクセルに対するモノで、


「す、すごいわ、アクセルさん。あの数を一瞬で……っ……!」


 高揚と共に喋ろうとしたら、ズキリ、と腹や腕など複数個所に痛みが来た。

 ジャッカロープの鋭い角や牙で出血している箇所だ。

 戦闘中は気にしないようにしていたが、安心した事で、身体がその負債分を訴えてきたようだ。思わず顔をしかめていると、

 

「ああ、動かなくていい。今、治療するから」


 アクセルが輸送袋を片手に近づいて来た。そして、袋の中から手のひら位の大きさのポーション瓶を取り出すと、


「まず、出血の多い脇腹だな」

 

 栓を抜くなり、こちらの出血個所に全部振りかけてきた。その行為にセシルは目を見開く。


「ちょ、アクセルさん? ポーションをそんなに豪快に使うなんて……ちょっと使えば血を止める位は出来るのに」

「うん? 結構深めの傷だし、これくらい使わないと完全に治らないだろ」

「それはそうだけど……でも……勿体ないんじゃ」

「負傷に勿体ないも何もないだろ。――あと、こっちもな」


 言いながらアクセルがこちらの手首を軽く、つまむように触れてきた。瞬間、


「ひあっ……」


 ビリっとしびれるような痛みが走った。


「やっぱり。変な動きしてるとは思ったが、手首を捻ってるな」


 どうやら痛めていたのは、ジャッカロープに切り裂かれていた箇所だけではないらしい。強引に武器を振り回したことで体に無理が掛かっていたのだろう。

 アクセルに触れられたことで、ようやく気づくとは情けないが、それ以上に、

 

 ……この人は、そんな所まで気付いていたの……?

 

 驚きの方が強かった。これまで観察役と一緒に仕事をした事は何度かあるけれども、こんな人は初めてだ、と、自分の手首をつまむアクセルを眺めていると、 


「まあ、これ位なら、ポーションで治るから良いけど。……もう一個だな」


 そう言ってアクセルは新しいポーションの瓶を取り出し、またもやその全量を手首に振りかけてきた。

 

「え、ちょ、アクセルさん。な、何をしてるの?」

「何って、だから、治療だろ。――おーい、ジョージ少年。君もこっちに来れるか?」

「あ、ああ」


 声を掛けられたジョージは返事をしながら、おずおずと近づいてくる。

 

「ジョージは足と……腰だな。ちょっと待ってろ」 

 

 ジョージの負傷に対しても一か所につき一つずつ、ポーションを使っていく。 

 ポーションによる身体治癒は、その量よって効果が増減する。だから、確かにそちらの方が治りは早いし、確実に治るが、


「あ、あの、アクセルさん? これだけの物資をこんな所で使っちゃっていいの? もうちょっと節約していくべきじゃないかしら。いえ、負傷した身でいうのは、非常に情けないんだけど、この先、この仕事にどれくらいの時間が掛かるか、傷を作るか分からないし。アクセルさんの負担にも直結するし……」


 そこが心配だった。

 まだ、この仕事が始まって数時間も立っていない内から、ポーションを幾つも消費するだなんて、大盤振る舞い過ぎる。

 街に戻れば補給は出来るだろうけれども、この依頼は明日までには終わらせるように伝えられているし、何より来た道を戻って、またここまで来るなんてことになれば余計な時間もかかってしまう。


 だから物資の消耗は出来るだけ抑えて進むのが常識なのに、

 

「うん? さっきから気にしていたのは物資の事だったのか? だとしたら、全然、問題ないぞ。今回使う消耗品は全て、ライラックが用意したものだからな。俺の懐は全く痛まないしな」


 アクセルはそんな答えを返してきた。


「い、いや、そうではなくて。こんな量を使ってしまったら、残ってないのでは」


 そう。普通だったらこんな風に何本も何本も使う事は出来ない。持てる量には限りがあるし、多少の怪我なら我慢するしかない。

 そう思いながら重ねて言った。すると、


「ああ、そこも平気だ。幸いに道具袋が広いんでな。三人で旅をしても一カ月は補給無しでも移動出来るくらいには入れてきたし」


 アクセルは何てことないような口ぶりで、そんな事を言って来た。

 

「え……と? い、一か月分……って、ええと、冗談じゃなく?」


 セシルは彼の発した言葉を反芻して口に出しながら、首を傾げた。自分で言ってもなお、理解が出来なかったからだ。


「冗談を言っても仕方ないだろ。飯も薬も、生活用品も入れてあるよ。……ちょっと多いかもしれないけどな。保険も含めてその位は持たせて貰ったんだ。使わない分は返せばいいしさ」


 輸送袋をぽんぽんと叩きながら言ってくるアクセルに対し、セシルはまず目を丸くした。

 そして自分の隣で話を聞いて、同じく目を丸くしているジョージと顔を合わせてから、 


「あ、あの、待ってくれないアクセルさん。それがちょっとって、まず認識がおかしいわ。ふ、普通の運び屋の輸送袋は、三人で四日間使う分の物資を入れるのが精々なのに……」

「そ、そうだよ。俺が見た中で一番デカイ輸送袋を持ってた奴でも一週間分だったのに、桁が違う……ぜ?」


 例えばポーションの大きさは手のひらで包める程度とはいえ、液体入りの瓶であり、そこそこの幅と重量がある。当然、持ち過ぎれば嵩張って重量は増えるし丁寧に扱わねば割れる。だからこそ、輸送袋を持っている運び屋は非常に有利なのだが、それでも持ち運べる数には限度がある。ある筈なのだ。

 そう思い、ジョージと共に声を震わせるが、アクセルは頬を掻いて首を傾げるだけだった。


「と言われても、持ててるからなあ。……まあ、何にせよ。物資の補給の方は問題ないから気にせず使ってくれ。――んで、治療も終了と」

「え……あ。……ありがとうございます……」


 話している間に、治療が終わったようだ。

 テキパキとしているというか、とても手慣れた処置だった、と薬が塗布された腕を見ていると、

「あとは……そうだな。鎧と服の着替えもしておくといい」

「着替え?!あ、あるの?」


 着替えなんて嵩張るし、普通のサポート役の運び屋さんなら当然切り捨てるもの筆頭だろうに。そう思う間に、アクセルは新しい皮鎧と衣服を取り出していて、


「そりゃ、破けた服よりは防御力あるし、備えておいて損はないからな。君たち二人が使えるサイズのは入れて来てるよ。ついでに……ジョージ少年の武器の柄も欠けてるから、新しいモノに交換したほうがいい」


 その言葉にはっとしたように、ジョージは武器を握りっぱなしだった手を開いていく。すると、確かにアクセルの言う通り、武器の柄は割れていた。

 

「ま、マジだ……!」

「握り手に緩みや破損があると力が伝わりにくいからなあ。新品を出しておくぞ。もしも勿体ないって使い続けるつもりなら止めないけど」

「あ、いえ……し、新品をお願い……し、します」

「はいよー」


 そうして気楽に、それこそ武器庫が近くにあるような感覚で、アクセルはジョージに装備を渡していくのだった。

 


「試し振りは適宜やって、手に慣らしておいてくれ」


 ジョージはそう言われて渡された大剣を握る。

 

 当然ながら先ほど欠けてしまった柄よりもはるかに握りやすい。

 そう、当然の事なのに、

 

 ……夢中になって、冷静さを欠いて、見失っていた。 

 

 油断したばかりか、平常心を失うなど、闘いの場ではあってはならない。

 そんな思いで猛省していると、 

 

 姉がぼーっとした視線を向けていた。


「どうした、姉さん。治療ポーションの麻酔成分がまだ抜けてないのか」

「いや、そうじゃなくて……すごい……経験豊富よ、あの人。タダの運び屋じゃないって分かって、驚いてるの」

「そう、だな。俺達以上に俺たちの事を観察してくれて、しかも、全然油断しないでサポートしてくれてるし……なにより、俺達より明らかに戦闘慣れしているよな……」


 先ほどの動きを見れば、一目瞭然だった。そんなジョージの言葉に、セシルも同意してくる。


「しかもその上、こっちの装備まで万全にしてくれるし……こんな至れりつくせりな環境、初めてだわ」

「ああ、街から離れた先で、物資がふんだんに使える事なんて、無かったもんな……」


 道場を出てからそれなりの期間を冒険者として過ごしたけれども、どんな任務でも使える物資には限りがあった。

 それが当然であり、普通の事であったのだが、

 

「今回の仕事の安心感は半端ないぜ。……もしかして……というか確実に俺達、凄い人にサポートして貰ってる気がするよ……」

「ええ。間違いないわね」


 とジョージが姉と頷き合っていると、


「おーい、二人とも。傷はもう治ったと思うけど、そろそろ出発しなくていいのか?」


 アクセルが手を振りながらそんな声を飛ばしてきた。


「「え?」」

「いや、今回の仕事では君たちが調査機材を持っているんだから、俺が先頭を歩いて進んでも仕方ないしさ。出発を決めるのは君たちだろう」


 言われて、ジョージは自分たちの仕事を思い出した。

 そうだ。まだ、自分たちは調査の場所にすら辿りついていないのだ。


「う、うっす! 今すぐ行きます!」

「うん! 遅れた分、急いで仕事に戻らなきゃ!」


 二人は慌ただしくアクセルの元まで駆け寄り、彼の前に出る。

 するとアクセルは自分たちに付いてくるように歩きだす。そんな彼に対し、セシルは頬を掻きながら顔を向け、 


「……気が抜けていてごめんなさい、アクセルさん。それと、要求してばかりになるけれど、今後も、頼りにさせてもらって、いいかしら?」

「勿論。そういう仕事なんだから。要求とか気にするな」

「あ、ありがとう……!」


 アクセルの返事を聞いたセシルは照れくさそうに微笑みながら、前を向く。そして、同じように苦笑するジョージと共に、セシルは調査目的の場所へと進んでいく。

 自分たちの背後に、どこか暖かで、頼もしい力を感じながら。





「……しかし、ジャッカロープってのは確か、水場の近くに縄張りを持たない筈なんだがな。海岸近くに生息して徒党を組んでいるだなんて、どうなってるんだろうな……」 

 

 

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