第25話 調査地点への道のり
ライラックから調査用にと提供された物資を輸送袋の中に詰め込んだあと。
俺は今回の観察対象でありサポート対象でもある冒険者姉弟二人と共に、水の都シルベスタの北西の細い林道を歩いていた。
普段からあまり人通りも多くない事もあり、凸凹とした道だ。
ここを抜ければ岩場の海岸線ということもあり、周辺には俺の身長位はある大きな岩が転がっている。それに加えて木も密集していて見通しも少し悪かった。
ただ、潮風の匂いは感じられるし、星の都の林道とはまた違った雰囲気の道で、何となくの新鮮さを感じてしまうな、と思いながら歩いていると、
「アクセルさん、体力の消耗の方は大丈夫かしら? さっきから足場が結構悪いけど」
俺の前をジョージと共に歩くセシルが、首を傾げながらそんな事を聞いて来た。
「まあこの位ならな。特に問題ないぞ、セシル」
言うと、彼女は少しだけ目を見開いてから、
「うん……良かった。海事ギルドの頭領さんが言うように、アクセルさんは運び屋として一流の人なのね」
ほっと息を吐くようにして微笑んだ。
「うん? どうして、この会話の流れで、そういう判断が出来るんだ?」
特に何も手伝ってはいないし、何をしたという訳でもないのに。そう思ってセシルに尋ねると、
「だって、体力がそこまで高くない普通の運び屋さんだと、足場も悪い場所を周囲を警戒しながら小一時間も歩き続けてたら、疲労して休憩が必要になるからね。申し訳ないけど、私たち二人は戦闘職だから、そこそこの速さで歩いちゃってるし」
言いながら、セシルは頬を掻いて苦笑する。
「これまで冒険者ギルドで紹介されてサポートとして雇った運び屋さんは皆、この位の時間になると疲労を溜め始めてしまって休憩が必要になる頃合いなのに、アクセルさんは全く顔色が変わってないから。少なくとも今まで私たちが組んできた運び屋さんの中では一番なのよ」
「へー、そうなのか。俺としては、普通に着いていっているだけなんだけどな」
「運び屋さんの休憩が多くない、というだけで、体力が多めな戦闘職の私たちにとっては有り難い事よ、アクセルさん。調査区域に行くまでに日が暮れちゃったら、大変だもの」
言いながらセシルは視線を進行方向に戻した。その上で周囲に視線をやっていきながら歩いていく。隣のジョージもだ。
「そして、ここまでは……まあ、小型の魔獣はいても、強力な魔石や魔獣の類はないわね」
「そりゃそうだろセシル。調査個所はこの先の海岸の岩場なんだから」
「念のためよ。こうして、魔石の探知機も貰ったしね」
セシルは苦笑しながら手首に付けた小さな宝珠を見る。
今回、調査の依頼を受けた冒険者に対してライラックが提供した、強力な魔石があると光り出す特殊な魔道具だ。
それを用いて、今回は調査する事になっているのだが、
「しかし、俺も勇者様に見て欲しかったなあ……」
ジョージは、先ほどから残念を燻らせているらしかった。
「ジョージ。まだ言っているの、アンタ?」
「だってよお。そうそう無いチャンスだったんだぜ……。ウチの道場の流派を見て貰うにもさあ」
「道場の流派? 君たちはどこかの道場出身なのか」
聞くとまずセシルが頷いた。
「ええ、シルベスタの北東にある世界樹の都にグランアブルという武術道場が建っているのだけど、そこでずっと教わって来たのよ。私は槍でジョージは剣を、ね。そこで職業のレベルやランクも上げたのよ」
彼女は肩に担った槍を軽く小突きながら言う。
「へえ、実戦経験はあるのか?」
「勿論。それなりにあるわ。冒険者ギルドには入ったばっかりだけど、世界樹の都からシルベスタに来るまでの平野で何度も魔獣と戦ったし。下級から中級クラスの魔獣を何十体か相手にしたけれど、全て余裕で片付いたわね」
「おお、そりゃあ強いな」
「おいおい、当然の事さ運び屋さん。グランアブル流は大型魔獣ですら狩れるように作られたんだからな」
俺が感嘆の声を上げたら、ジョージは胸を張るようにして言ってきた。
「戦争中にだって活躍した、王都にある騎士団長の一人が開いた流派だからな。戦時中でもバリバリ使えるレベルのモノなんだぜ」
「ほー、かなり実践的なんだな」
「そうだよ。だからこそ、勇者様に見て欲しかったんだけどな。運び屋さんが悪いって訳じゃ、ないんだけどよ……折角のチャンスだったからなあ……」
ジョージは腰の大剣を撫でて言いながら、肩をガックリと落とす。
「ジョージ。アンタはまたそんな事を――」
そんな彼をセシルが半目で諫めようとした。その瞬間、
「――ストップよ、二人とも」
彼女の顔つきが変わった。
いや、彼女だけではなく、ジョージの表情も変わって、目の前を見つめていた。
その二人の視線の先には、
「……あれは、敵対している魔獣よね、ジョージ?」
「ああ、殺気を飛ばして来てやがるな、セシル」
大きな兎型の魔獣の集団が、牙をむき出しにして、威嚇するような姿勢でいたのだ。




