第6話 水の都の空を駆ける初仕事
水の都の宿屋で一夜を過ごした俺は早朝、バーゼリアと共に街中の散歩に出ていた。
この街に何日間滞在するとしても、この街でどんな仕事をするとしても、道や構造を覚えておいて損はない。
そう思いながら、俺は手元にある地図を手に、街を回っていた。
「今朝、頭領さんから街の地図をもらえて助かったね」
「ああ、それと昨日の宿泊料金を無料にしてくれるとは、朝から驚いたよ」
朝、宿泊料金と食事代を支払おうとしたら、ライラックは『お近付きの印のサービスだよ!』と言って突っ返してきたのだ。
「まあ、有り難いが、いつかは恩返しさせてもらいたい所だな」
「そうだねえ。ご飯も量が沢山で美味しかったし、部屋もすごく使いやすかったしね」
そんなことを話しながら、俺は宿屋からそう遠くない地点にある高台に行き、そこで周囲を見渡す。
「星の都とは違って、街中に川が通ってるんだねえ。皆、船で移動しているみたい」
街の中央付近を通っている川の水面を指さしながらバーゼリアは言った。
朝日が眩く光る綺麗な川だ。早朝であるが、人を乗せた船が何隻か動いている。
……船での移動が基本なのか。
ただ、川幅としては数メートルも無いので、跳び越える事は余裕で出来そうではある。
こうなると星の都以上にジャンプでの移動は、増えそうだなと、川と船の行き先を追っていくと、
……あれが港、か。
遠くに大きな港が見えた。
巨大な帆船が停留している。
船体には『定期便』と大きな文字が書かれており、荷物がいくらか運び込まれているのが見えた。
……そうだよなあ。ああいう輸送の仕方もあるんだよな。
本当に物の運び方はいろいろあるよなあ、と考えながら散歩を終えて宿屋の部屋に帰ろうしたのだが、
「全く、定期船への積忘れなんて初歩的なミスを……。毎度、確認しろっていっているだろう?」
「すいやせん、カシラ……」
入り口の扉を開けるなり、そんな声が聞こえた。
見れば宿屋のカウンターの横に金属のコンテナが置かれており、しょんぼりしている男と、眉をひそめたライラックがいた。
そしてライラックは俺が入ってきたことに気づいたらしく、苦笑しながらこちらを見てきた。
「ああ、アクセルさん。変なところを見せちまったね。朝から御免よ」
「いや、別にいいんだけど。……因みにお節介かもしれないが、まだでかい帆船は港にいたから、急げば間に合うんじゃないか?」
先ほど見た光景を伝えると、ライラックは首を横に振った。。
「情報ありがとうよ。でも、ここから港まで、ウチの最速の持ち手でも二十分はかかる。しかも、こんな重たいものを持ったら、もっと時間がかかるんだ」
ライラックはコンテナを足で軽く押した。ズズと、重そうなものが引きずられるような音が響く。確かに結構な重量があるようだ。
「だのに、定期船の出航まで残り一〇分ときたら、もう間に合わんさ。あの船はアタシが連絡しても、絶対に出航時刻を遅らせたりしてくれない類の船だしな」
ふう、と諦めの息を吐くライラックだが、
「あ、でも、一〇分はあるんなら、俺が定期船まで運んでこようか?
宿泊料金をサービスしてもらったことだし、こちらも恩を返そう。そう思っての提案だったのだが、
「うん?」
首を傾げられてしまった。
「もちろん、荷財の受付が出港ギリギリまで行われているなら、だけれどもな。もう締め切られてるなら、さすがにキツイけど」
「い、いや、それは大丈夫だけれどもさ。荷物には魔法印が付いているから、見せればすぐに受け入れてくれるだろうけれど……」
「そうか。なら行けるな」
届ければ良いだけならば、簡単だ。そう思っての言葉だったのだが、
「い、いやいやいや! 待ってくれ! これだけ川と水場で道が途切れた町で、あそこに行くには、どれだけ急いでも二十分は掛かるのに、どうやって……」
「大丈夫だ。直線距離なら、五分あればお釣りが来る。この街での移動感覚も掴んでおきたいから。一丁やらせてくれると助かるんだけど」
そう言うと、ライラックはううん……と悩みの表情を浮かべたあとで、
「ま、まあ、アクセルさんがそういうなら、任せるが……。無理はしないでおくれよ? もしもサービスのお礼に無茶しようっていうんなら、アタシらは大丈夫なんだから」
「ああ、了解。バーゼリアはどうする?」
「ボクもついていくよー」
「よし、じゃあ、一緒に行くか」
そう言って、ライラックから荷物の積み込み依頼書と、金属のコンテナを受け取り、輸送袋にスライドさせるように入れた俺は、
「じゃ、無茶しない速度で、出発するぞ」
宿屋の前に出て、一気に跳躍する。
その跳躍で川を飛び越えて、屋根へと着地し、さらに一直線に港へ走る。
潮風対策のためか、屋根には強固な魔法防護がかかっており、自分の走り程度で壊れるほど柔らかくはない。だから安心して加速できる、とそのまま飛ぶように走り、
「――ふう、到着」
バーゼリアと共に一息で、港の帆船前に着地した。
「な、なんだ、貴様らは……!?」
空から降ってきたからか、帆船前にいた乗組員が警戒の目を向けてくる。
「ああ、怪しいもんじゃない。海事ギルドから荷物の輸送に来た運び屋だ。まだ、荷物の受付は終わってないよな?」
だから、目的を話すと、乗組員の目つきがいぶかしむようなものになった
「か、海事ギルドの荷材、だと?」
「うん。これこれ」
俺が輸送袋から金属のコンテナと依頼書を取り出してみせると、乗組員の目つきから警戒がゆるんだ。
「む……確かにこれは海事ギルドの魔法印と、頭領のサイン……だな。少々、確認させてもらうぞ?」
そして金属のコンテナに触れて何やら確かめること数秒で、乗組員の目つきから完全に訝しみが消えた。
「うむ。偽造はないな。確かに海事ギルドの魔法印だ。これも追加で船に積み込めばいいのだな?」
「ああ。お願いできるか? あと受領印も」
言いながら依頼書を渡すと、乗組員は魔力を発するペンで、さらさらっとサインをしてから返してきた。
「では、その荷物を受け取ろう」
「ああ、頼むわ。結構重いから気をつけてな」
「重い? なあに、初級職の君が持てるのだから、《上級漁師》の俺が持てないハズは――ぐお?!」
上級漁師に金属のコンテナを乗せた瞬間、一気に腰が落ちた。
「ぬ……お、重い……!?」
「だから言ったじゃないか。手伝うよ」
「う、うむ。す、すまない、運び屋殿……」
そうして乗組員の腰を気遣いながら荷物を帆船に積み込み終えて、数分ののち、定期船は出航した。
「助かったぜー、運び屋殿ー!」
荷物運びを手伝った乗組員が礼と共に手を振ってくるのを見つつ、
……水の都でも、星の都での経験を生かして仕事が出来そうで何よりだな。
などと思いながら、俺は海賊の宿屋まで戻っていく。
●
ライラックは海賊の宿屋で、窓の外を眺めていた。
……大丈夫かねえ、アクセルさん。無茶しないといいんだけど……。
仕事を頼んだのはこちらだけれども、あれだけの重い荷物を抱えさせて、無茶な移動をさせているのだ。
……マリオンからはとんでもない力と速度の運び屋だってのは聞いているけれどさ……。
確かにあのコンテナを軽々と持ち上げたのは驚いたが、それでもこの街に来たばかりの人だ。どうしても心配が先に来るなあと思っていると、
「ああ……、定期船、出航しちまいましたね」
ギルドメンバーの一人が窓の外を双眼鏡で眺めながらそう言った。
定刻通り。遅れることなく出航された。
アクセルは先ほど出て行ったばかりだというのに。
「……さすがに無理だったかなあ」
思わず呟いていると、宿屋の入り口から声が聞こえた。
「何が無理だって?」
「いや、アクセルさんが荷物を届けるのは無理――って、うん?!」
声に返答しながら顔を向けると、そこにはアクセルがいた。
その後ろには汗をかいて、座り込んでいるバーゼリアもいる。
「アクセルさんとバーゼリアさん? どうしてここに!?」
「いや、荷物はきっちり届けてきたから戻ってきたんだけど」
「「はい!?」」
思わずギルドメンバーの一人と声がそろってしまう。
まだ、出発してから一〇分そこらだというのに。
そんな驚愕の雰囲気の中でもアクセルは気にすることなく輸送袋の中に手を突っ込み、
「じゃ、これ受領印な」
差し出された依頼書を、ギルドメンバーと共に見る。するとそこには、
「か、カシラ。これ、確かに、あの定期船のサインです……」
「ああ、その船員しか書けない魔法サインだ。本当に、あそこまで行ってきたのか」
このサインがあるということは、荷物が確実に積み込まれたということだ。
あの帆船に取り付けられた魔法装置の力場内で、決まった道具を使わないと、このサインは書けないのだから。
「……はは、こりゃマリオンの話以上だ」
ライラックは思わず笑う。
マリオンから昨日一晩、話を聞かされていた。熱に浮かれたように話してくる彼女の言葉を疑いはしなかったが、少し信じきれない部分はあった。でも、
……マリオンがお熱になるのは当然さ。こんな想像を超えるような人なんだから。
そんな思いと共に頭を下げる。
「アクセルさん、バーゼリアさん。アタシらを助けてくれて、ありがとうよ」
「いいって。俺がやりたいって言ったことなんだから」
「ボクはご主人に付いていっただけだから気にしないでー」
「ふふ、そう気軽に言ってくれると、助かるけどね。……よし、アタシもアクセルさんに奢りたいから、朝飯じゃんじゃん作って奢るからね!」
ライラックの言葉に、アクセルとバーゼリアは嬉しそうに笑った。
「おお、マジか。ありがとうよ!」
「わあい。ボクおなかペコペコだったから助かるー」
「二人ともがっつり食べて行ってくんな!」
そしてライラックは、朝食を作る手に力と感謝を込めていくのだった。
最強職《竜騎士》から初級職《運び屋》ですが、いつの間にか連載して40話を越えていました!
これからもペースを保って50話、60話と目指して頑張って書いていこうと思います。




