第33話 《竜騎士》から一人前の《運び屋》に
竜騎士のスキルを解除し古龍の残骸を輸送袋に回収した俺は、戦場の後方にあった高台を目指していた。
事前の作戦会議で、俺達が駆けつけた時に戦場にいる負傷者はそこに集めるという手筈になっていた。ちゃんとその通りに上手く行っただろうか、と思っていたら、
「アクセルさーん!」
高台の方から身体の各所に包帯を巻いたマリオンが走って来た。
「おお、マリオンか。龍と戦った後にそんなに走って傷は大丈夫なのか?」
「え、ええ。傷は浅かったし、もうスターライトの人たちから応急処置を受けたから。カウフマンさんも向こうにいるわよ」
そう言って彼女は、自らが走ってきた方向に目をやる。
そこには、上半身を包帯でグルグルに巻かれたドルトや、そんな彼を治療しているスターライトの面々が歩いてきていた。
皆、思いっきり手を振ってきている。顔には疲労の色が見られるが、元気そうではある。
「とりあえず、無事なようで何よりだな」
「本当にね。犠牲者がゼロで済んだのは、貴方のお陰よ、アクセルさん。ありがとう」
そう言ってマリオンは頭を下げる。その後で、
「あと、これ。さっき、ここに来る途中で回収して置いたわ。異常な程の力を感じるけど……アクセルさんのでしょ」
彼女はひと振りの剣の柄を御状箱から取り出して来る。
それは、俺が先ほど投擲した竜騎士の剣だ。
「おお、ありがとう。あとあと回収しようと思ってたけど、拾ってくれて助かった」
俺は彼女の手からその剣を受け取ろうとして、
「……」
マリオンが俺を見ながら数秒、躊躇うように口をもごもごと動かしている事に気づいた。
「あれ? どうした?」
「いや、その、アクセルさんはやっぱり《不可視の竜騎士》だったのねって思って。今まで確認し辛かったんだけどあの動きを見たらもう、本物なんだなって。……どうして《運び屋》になったのかは私からすると、全然分からないのだけれど……」
そんな風に彼女は、やや緊張した面持ちで言ってくる。
何を緊張しているのか分からないけれども、とりあえず俺は剣を受けとりながら、
「いやあ、説明は難しいんだけどさ。とりあえず、俺は魔王を倒した後に、竜騎士を辞めざるを得ない状態になって普通に転職しただけだぞ」
マリオンの質問に対して、普通に答えた。すると、
「え……?」
目を思いっきり見開かれた。
「あれ? 何か変な事言ったか?」
普通に転職した事を話しただけだのに。どうしてこんなに愕然とされているんだろう。そう思っていたら、
「あ、あのね、アクセルさん。聞いた私が言うのも何だけれど、――そんなに重要そうな過去なのに軽く話しすぎじゃないかしら!?」
かなり大きな声で言われてしまった。
「聞かれたから答えただけなんだけど。些細な事実なんだし」
ステータスをばらした訳でもないし、重要なことやマナー違反になる事は言っていないのだし。なぜここまで戸惑われるのか。
「些細って……普通は、そんなに最上級職を辞めた事は話せないものなのよ!?」
「え、そうなのか?」
聞かれるまでは大っぴらに話すような事でもないとは思うけれど。
ピンポイントで問いかけられたら気軽に喋れる程度の話題なんじゃないのか。
そう言ったら、
「話題の重さに、こうまで認識の違いがあるとはね。……うん、アクセルさんの前向きな性格なら、仕事中にでももっと気楽に真っ直ぐに疑問を尋ねておくべきだったわ」
思いっきり肩を落とした後で、マリオンは、ふう、と深く吐息した。
そしてすっきりした表情で俺の顔を見上げて来る。
「……まあ、そうね。アクセルさんが不可視の竜騎士であっても、そうでなかったとしても、私たちにとっては、《運び屋》のアクセルさんなんだから。些細な事でも、間違ってないわね」
どうやら気を取り直したようだ。まあ、落ち込まれたままだと喋り辛いので俺としてもこちらの方が有り難い。
「って、そうだ。《運び屋》と言えばさ、俺の今回の仕事って最終研修だったんだよな? 仕事は経験出来て有り難かったけど、イレギュラー多すぎるんだが……成功でいいのかな?」
本来の依頼は大型魔獣退治のサポーター役というもので、実際大型魔獣は消えたので目的は達した訳だが、きちんと輸送職の仕事を果たせたのかは微妙に分かり辛い。
そう思って尋ねたら、
「ふふ、竜を倒しておきながらそこを気にするなんて。アクセルさんは輸送職として真面目なのね」
「そりゃまあ、今の俺は《運び屋》だからな。街と人が無事に済んだのなら、そこも気にするさ」
そう答えると、マリオンは力の抜けたような笑みを浮かべた後で、大きく首を縦に振った。
「勿論、大成功よ。治療中にスターライトの人たちからも話を聞いたけどね、アクセルさんの働きに対してそれ以外の評価はあり得ないわ」
「おお、そうか」
異常事態は多かったものの、どうにか運び屋の最後の研修は成功させられたようで良かった。そう思っていたら、マリオンが懐から一つの指輪を取り出して、
「はい、アクセルさんにプレゼント。S級ギルド『サジタリウス』の認定指輪よ」
「認定指輪?」
「ええ。私たちS級輸送ギルド『サジタリウス』が実力を認めた、一人前の個人輸送職に渡すものよ。……とんでもなく強いアクセルさんの実力を、一人前と評したり、私たちが認めるっていうのも変な話だけれどね」
悪戯っぽく笑った後で、しかし真面目な表情でマリオンは指輪を見つめる。
「でも、それがあれば、貴方の輸送能力は疑われないから。今後、アクセルさんがどう動くのかは分からないけれど、後ろ立てにでも使ってよ」
「そんな良い物を、貰っちまっていいのか?」
俺の問いかけに、マリオンは嬉しそうな表情で応える。
「当然よ! 研修卒業おめでとう、アクセルさん。貴方はもう、独り立ちできるほどの立派な輸送職なんだから」
こうして、俺は輸送職として一段、独り立ちが出来る位には成長できたようである。
そして転職当初からの目標である、旅をしながらの生活に、非常に大きく近づいたのだった。
あと一話で一章は終了かな、と。
続きは明日に。




