第32話 元《竜騎士》現《運び屋》 は竜をかる
古龍の片翼を引きちぎりながら着地した後、俺はボロボロになったマリオンとドルトの前に走り寄った。
「……ギリギリ、みたいだが。大丈夫か、二人とも」
「え、ええ、私は、平気よ」
「ワシも、まだ立てる。だが……アクセル君はどうしてここに……!? 君は始原生林にいた筈では……」
「おう。だから、早く戻って来て、戦力を届けに来たんだよ。皆、出てきてくれ」
俺は背中に背負っていた輸送袋の口を開く。すると中から、やや青ざめた顔をしたスターライトの面々が出て来る。
「うう……頭、すげえ、ガンガンするっす……」
「ああ、でもお陰でこんなに早く付けたし、全力疾走するよか、体力が残ってるから、すぐに動けるな……!」
ぐったりしていたのはほんの一瞬で、スターライトの面々は直ぐに気を取り直した。そして、
「ひゃあ?!」
「む、な、何をする……!」
ドルトやマリオンを担ぎ出した。
「向こうに防護壁をあるんで、そっちに避難するんすよ。リーダー、あっちでいいんすよね?」
「おう! じゃあ、打合せ通り俺達は負傷者を掻っ攫ってから、バーゼリアさんに任せて、周辺の防護に入る! 竜に対しては、頼むぜ、アクセルさん!」
「ああ、了解だ。バーゼリアも、大丈夫だな?」
「任せて! ちゃんと守るから!」
そうして古龍から離れていくバーゼリアやスターライトのメンバー、そして、それに担がれたマリオン達を見送った後、俺は古龍へと向き直りながら、輸送袋に手を突っ込む。
取り出すのは、今まで輸送袋の底に眠っていた竜騎士の剣と槍。
家から出る際は常に、入れて持ち歩いていたものだが、
「これで輸送袋の中は、完全に空になったわけで……フルに過去輸送が使えるわけだ」
剣と槍は肩に担い、輸送袋は腰元に付けておく。
その状態で、俺は古龍と相対する。
懐かしい。
そんな思いが頭をよぎった。
古龍の相手をするのは久々だ、と。
「昔と今の俺では職業から立場まで色々と違う訳だが……やる事は変わらないとはな……」
そう、職業は変わっても、今やるべきことは変わらない。
ただ竜騎士の経験を生かして、《運び屋》として使えるものをすべて使い、その仕事をするだけだ。
「そうだ。古龍。俺はお前に、敗北を届けに来たぞ……!」
そして俺は、自らの過去の技を運び出していく。
「過去輸送、【竜剣】(ドラゴンブレイド)……!」
目の前の相手を倒すために。
●
ドルトは、マリオンと共にスターライトの面々に担がれて、戦場から少し離れた高台の広場まで下がっていた。そして、そこでは魔女が巨大な魔法陣を描いていて、
「よし、【防護回復陣地】を張ったからとりあえずは大丈夫なはずよ、リーダー。サブマスターやマリオンさんくらいなら、数分も休めば回復できるわ」
「じゃあ、次は後方の避難している人たちの所だ。一層強めの防護陣地を張るぞ」
「ええ、アクセルさんのお陰で魔力が温存しまくれているからね。念のため半日は持つくらいの、防護魔法陣を作りましょう、リーダー!」
そう言って、スターライトのメンバーは街中を走り出していく。
「それじゃ、バーゼリアさん、ここは頼んだぜ!」
「うん、了解! 二人はボクが守るから、他の皆は頼んだよ」
あとに残ったのは、防護陣地の前で休んでいるドルトとマリオン。
そしてバーゼリアと呼ばれ、明るい声を放っていた金と赤の鱗を持った竜だけだ。
「き、君は、本当にバーゼリア君、なのか?」
竜の名前と、声はドルトにとって良く知っているものであった。
だから問いかけると、赤と金の鱗を持った竜は、優し気な笑みを浮かべて、
「ああ、そうだねえ。この姿だと分からないよね。【変身】っと」
人の姿に戻った。その姿は、確かに自分の知る、アクセルの相棒である少女そのものだった。
そして先ほどの竜の姿を見て、完全に確信に至った。
「なる、ほど。やはり、彼は《不可視の竜騎士》その人であったか。そしてバーゼリア君は、相棒の竜だったのだな」
言うと、バーゼリアは目を丸くした。
「あれ、ドルトのおじさん、ご主人の前の職業知っているんだ」
「勿論だとも。確かめるべきか迷っていただけで、不可視の竜騎士を、知らない筈がない! ……だが……大丈夫なのかね?」
「大丈夫って何が?」
「あ、アクセル君の事だ! 彼は竜騎士なのだろう? 竜の君を駆って戦うのでは、ないのかね?」
その問いかけに、バーゼリアは頬を掻く。
「うーん、ドルトのおじさんは二つ勘違いをしているから訂正するけどね? ……まず第一にご主人は今、《運び屋》だよ」
「な、ならば、尚更共に戦うべきではないのかね?」
彼が竜騎士でないのであれば、一人で古龍と戦うのは無謀だ。
加勢がいるのではないか、とそんな思いを口にすると、バーゼリアは微笑と共に首を横に振った。
「そこがもう一つ、勘違いでね? ご主人は、ボクがいない方が強いよ」
「なん……だと?」
「ほら、向こうを見てよ」
そう言ってバーゼリアが指を向けた先。そこにはアクセルがいた。
縦横無尽に古龍の周辺を飛び回り、長大な剣と槍を手に、古龍の肉体や手足を切り裂いている姿が、そこにはあった。
「な、なんだ、あの速度は……!」
それは、普段、運び屋をやっている時よりも数段早い物。
遠くから見ているのに、目で追いきれないほどの速度で、彼は動いていた。
「あれを見れば分かって貰えると思うけれど、ボクが皆を守りながら動くって作戦になっているのは、こういう戦場でボクがいるとご主人の動きの邪魔になるから、なんだよね」
「竜の君が、邪魔になる、と?」
こちらの問いにバーゼリアは頷く。そんな彼女の視線はアクセルへ注がれていた。その眼には絶対的な安心感が宿っているようで、
「勿論。竜騎士は竜を駆る存在だけど……龍を狩る存在でもあるんだから。今はそのスキルも一部しか使えないけれどね。――それでも、あれくらいの古龍、ご主人の敵じゃないんだ」
●
「オオオオオ!」
「動くなよ。切り辛いだろう」
巨体に纏わりついている俺を振り払おうと、古龍は体を暴れさせる。
だが、その程度で剣筋はぶれることはない。
「【竜爪】」
スキルの威力は、確実に古龍の手足を削ぎ落し、ダメージを与えていた。
身体を血に染めた古龍は憎らし気な視線をこちらに向けていて、
「ぐ、グウウウウウウア!!」
唸り声とともに、巨大な尻尾で薙ぎ払ってくる。
けれども、そんな直線的な攻撃に当たってやる筋合いはない。
俺は飛び上がり、建物の一部を蹴って古龍に近づき、
「――投擲版【竜喰】」
竜騎士のスキルを輸送し、右手の剣を投げつけた。
それだけで、首回りに二連の斬撃が入り、そこを守る鱗を一気に剥がした。
「グ、オオオ……!」
痛みからか古龍は叫び声を上げる。しかし、古龍もされるがままという訳ではないらしく、
「……コアのある首回りの傷は、回復してくるか」
古龍は傷を負っても、体に蓄積した魔力を消耗する事で、鱗や肉体を再生する事が出来る。
そして、この古龍は動物的な勘があるのか。戦争の後遺症で全身が傷だらけだというのに、致命的な負傷は即座に再生していく。
「こいつを殺しきるには、一撃で首回りを吹き飛ばすか、溜めている魔力を使いきらせるか。色々あるんだろうが……」
竜騎士のスキルを単体で使っても、古龍にダメージを与えて削ることは出来る。なので、このまま魔力切れを狙って長期戦を続ける選択肢もある。ただ、
「グルウウウアアアアアアア!」
傷を治した古龍は、使った分の魔力を求めて更に暴れ出す。
……これ以上暴れられて、街を壊されてはたまらないな。
だから決めた。
人を、街を守るためには、短時間でケリをつける。その為にも、
「《運び屋》の過去輸送をフルに使って、倒しきる……!」
今、同時に使える竜騎士のスキルは二つ。ならば、
……その二つを組み合わせて出来る最大威力の技を放つ。
竜騎士時代は何度もやって来たことだ。そうと決まれば、あとはやるだけ。
「【飛竜の翼】(ドラゴン・ブースト)……!」
まず使うのは、己の魔力を体に纏い、数秒の空中機動を可能とするスキルだ。
己の身体から魔力が噴き出し、黒と白の光で出来た翼が背中へ形成される。
まるで人間から竜の翼が生えたような、そんな姿へ変化する。
すると、怒りに染まっていた古龍の目がこちらを視認した。
「ウオ……オ……!」
濃密な魔力に引かれたようだ。
怒りと食い気が混じりあい、大口を開けてこちらに突っ込んでくる。
……ああ、懐かしい。
俺は昔もこうして、古龍を誘って倒していた。
その経験を今も活かせることを有り難く思いながら槍を構え、
「さあ、行くぞ。ブースト……!!」
竜の接近に合わせて、【飛竜の翼】を羽ばたかせ全力で突っ込んだ。
「ォオオオオオ――!」
大口を開ける竜に放つのは、竜騎士時代にも多くの古龍を屠ったスキル。
飛竜の翼で己が身に加速させた後に放つ、竜神の名前を持つ複合技。
「――【竜神の雷】(ドラグニール・ブレイク)」
黒と白の光で出来た翼が輝き、俺は一筋の雷のごとく突き進む。
そして、雷のごとき一撃は、そのまま古龍の頭に突き刺さり、
「――ッ!?」
悲鳴すら上げさせることもなく、古龍の上半身を吹き飛ばした。
コアのあった首元が無くなった事で、古龍の身体は力を失い、
「……」
スキルの衝撃で大きく削れた地面に、どっと倒れ伏した。
それを見届けた俺は、あまりの速度に熱の溜まった身体を手で仰いで冷ましながら、
「ふう……これで、輸送依頼の延長戦は終了だ。きっちり終わって何よりだ」
仕事の終了を報告しに、後方で待っているであろう、マリオンやドルトの下に戻っていくのであった。
ちょっと遅くなりました。そしてちょっと長くなりました。申し訳ありません。
というわけで決着です。
続きは夜に。




