第31話 side マリオン 星の都を守る者
マリオンたちは、星の都を襲撃して来た古龍と相対し、その足止めには成功していた。ただ、その被害は甚大で、
「……全く、反則、よね」
マリオンは膝をついて、血の混じった深い呼吸をしながらそう零した。
彼女の身体には、古龍の硬い鱗でえぐられたような傷跡が付いている。
「大きくて、堅くて、素早くて。それでいて動物的に頭も回るだなんて。本当に、単純に強すぎるわよ……」
マリオンは口の中に溜まった血を吐き捨てながら、先ほど尻尾で打撃をしてきた古龍を見上げる。
「グアアアアア!!」
古龍はいまだに、その巨体が持つ尻尾と翼を勢いよく振り回していた。そして破壊した星の都の建造物や、零れ落ちた戦闘職の装備や身体の一部を食らっている。
……まだ死人が出ていないのは、本当に奇跡、よね。
戦闘が開始して数分の内に、動けるものは自分を含めて数人までに減らされていた。
首元にある逆鱗を狙おうとしたものは、古龍の尻尾や翼によって打ち払われ、胴体を狙ったものはその爪と牙によって体を引き裂かれた。
そんな風に戦闘職の中には重傷を負うものはいたが、死ぬ前に自分たちサポーターが回収した。
自分たちの背後にある救護部隊に預けてあるので、とりあえずは死にはしない。手足を失っても、ある程度なら薬でどうにかなる。
人的損失はどうにか、ギリギリのラインで避けられている。ただ、
……このまま私たちの所が突破されると、後ろの救護部隊や、避難している住民たちもやられるわ……。
魔力の豊富な者がこちらにいれば、古龍はそれを狙って食べようとしてくる。
敵意を避けるスキルは使えないが、戦線を保ち続ければ足止めくらいは出来る筈、と思っていると、
「やあ、マリオン君。動けそうなのは、ワシたちだけに、なったな」
後方から、ふらふらとした足取りで、ドルトが歩いて来た。
「大丈夫、カウフマンさん。さっき、古龍の顎先を殴ろうとして吹っ飛ばされてたけど」
「なあに、片腕と脇腹が折れただけだ。もう一方の手がある」
そう言ってドルトは、曲がっていない方の腕で拳を握る。
彼も彼で満身創痍だった。
「マリオン君こそ、大丈夫かね? 既に足元がふらついているが。先ほど、戦闘職の回収中に流れ弾……というか流れ尻尾を食らっただろう? 良ければ、下がっても良いのだぞ? ギルドの代表という大切な身体なのだから」
ドルトの言葉に、マリオンは苦笑して言葉を返す。
「そうしたいけど、まだよ。避難しきれていない住民は背後にいるんだし、英雄たちが来るまで引きつけ続けなきゃ。それにこの街も、人の命と同じくらい大事なんだから」
街の中央部はすでに破壊されている。
しかし、そこ以外は今のところ、蹂躙されていない。
それもこれも今まで戦闘職達と共に、古龍を引き付け、逆鱗や頭部を狙って怯ませ、足止めを続けたからだ。
「ギルドの代表として、出来るだけ守らないと。ここまで来て、逃げるわけには行かないわ」
「ふふ、そうだな。ワシも同感だ。ギルドの副長として意地がある。引く訳にはいかん」
言いながらマリオンは短剣を、ドルトは鉄拳を構え直す。
「鱗の守っていない所ならば、私たちの武器でも通るんだから。出来るだけ削るわよ、カウフマンさん!」
「ああ……!」
そうして、再び二人が、古龍に向かおうとした。
それとほぼ同時だった。
「グオオ……!」
古龍の顔が素早く動いた。
目線が向けられるのは、自分たちの背後。
戦闘の出来ない人々がいるであろう、地点だ。
そちらを見るや否や、大きく翼を広げた。
「まさか、狙いを変えて飛んでいく気?!」
「いかん! 止めねば!」
マリオンはドルトと共に、古龍に走り向かった。だが、それよりも早く、
「グオオオオオオオオオオ!」
体を回転させ、翼を大きく地面に叩き付けてきた。
邪魔だと言わんばかりに、翼と風圧でこちらを押しつぶすような、そんな一撃に、
「……!?」
「ぬおお……!!」
マリオンはドルトと共に、思い切り吹き飛ばされ、地面に叩き付けられた。
息も出来なくなるほどの衝撃が体を襲い、バウンドしながら街の地面を転がっていく。
「ぐ……ぅ……」
大量の血が零れ、それを見た古龍はさも美味そうなものを見るかのような目で、こちらを見ていた。
そして緩やかに翼を動かしながら空中に浮かび、余裕を持った動きで近づいてくる。
どうやら最初に自分たちを食らってから、避難している者たちの元へ向かう算段のようだ。
……ああ、全く。戦闘系じゃないとはいえ、まさかここまで手も足も出ないなんて。悔しいわね……。
マリオンは自分の力の至らなさに悔やみを得る。
しかしそれでも、最後の一瞬まで抗ってやろうと、膝を震わせながら立ち上がる。
「……ただで、食われてやらないんだから……」
自分を口の中に居れた瞬間、短剣でも突き立ててやる。
それで時間を少しでも稼げれば、本望だ。
そんな思いと共に、近寄ってくる古龍を見上げる。巨大な牙を生やした口が開かれ、そして自分を食うために頭を近づけてこようとする。
そんな瞬間だった。
「――【竜脚】(ドラゴンシュート)……!」
そんな声と共に物凄い速度で、空から何かが降って来た。そして、
「グ、オオオオ……!?」
古龍の片翼を引きちぎった。
その一撃に、悲鳴を上げて、古龍は地面に叩き落とされる。
「え……?」
目の前で起きた、刹那の出来事にマリオンは一瞬、思考を凍らせた。
ただ、体と目は勝手に、降ってきたモノを追っていた。
空から斜めに降って来て、未だ形を残す建造物の屋根に着地した、その姿は――
「あ、アクセルさん!?」
輸送袋を担いだ、運び屋の男がそこにいた。
赤と金の鱗を持つ、竜を隣に置いた状態で。
「最高難易度の依頼を終えて、戻って来たよ、マリオン。ドルトのおっさん。……まあ、少しばかり、延長戦はあるみたいだけどな」
ちょっと戦闘が長くなったので分割します。
次回クライマックスの決着です。
続きは明日に。




