第30話 飛来する威力
首から上と骨だけが残されたギガントロルの残骸を、ジークはスターライトの面々と観察していた。
「ねえ、リーダー。こいつらが、今回倒すはずだった獲物、でいいのよね?」
「ああ、大きさ的には間違いないが……見事に骨ごと食いちぎられているな。しかも争った後までありやがる」
ジークは、ギガントロルの残骸周辺を見やる。そこには、必要以上に削れた地面があり、ギガントロルが使っていたであろう棍棒が、ちぎられたような状態で転がっていた。
そして改めてジークはギガントロルの骨に目をやる。
「丁度、魔力が溜まっている心臓を一口でやられたって感じだ。小型の魔獣が、デカイ魔獣に食われている時に、こんな有様になるのは見た事があるが……この巨体相手に出来る奴がこの始原生林にいるなんて話、生まれてこの方、聞いたことがないぞ……」
始原生林を開拓するために、魔獣研究所は年に数回、調査を入れている。
その報告は何度も受けているが、こんなデカブツを食えるような輩が出た事は一度も無かった。
そして、目の前の戦闘現場を観察していると黒く光る石の様な物体がいくつも転がっているのが分かった。
それは、先ほども見たモノで、
「古龍の、鱗……か。まさか、マジでこの始原生林にアレがいるのか……?」
状況証拠的に考えれば、いてもおかしくはない。
大戦時に、ミーティアに鱗を落としてきた頃から、ずっと今までこの始原生林に潜んでいた可能性はある。
……その上、魔王大戦の影響もあって、魔獣研究所の定期調査は、ここ数カ月はなされていない。
そんな事実に、ジークは警戒を保ったまま、いつでも動き出せるように周囲を気を配っていると、
「リーダー。こっちにやばいもんが転がってます……! 古龍の抜け殻っす……!」
「なんだと……!?」
上位罠師が再び、慌てたような声で報告してきた箇所に行ってみると、そこには、黒い鱗の塊があった。
それも竜の手足のような立体を保った物が、だ。
大きさは先程のギガントロルの倍ほどもある。そんな抜け殻がある意味を、ジークは知っていた。いや、彼だけではない。
「これは、竜が体を治す時に行う脱皮だな」
隣に来たアクセルも、その鱗の抜け殻を見て、そう呟いた。
「……アクセルさんも知ってるんだな。瀕死の竜が体を回復する時に、こういう残骸が残るって事を」
空を飛べなくなった程傷ついた竜は地上に降り、そのまま動かず、周辺の魔力ある物を食べることで回復を図る習性を持つ。
そしてある程度体が回復した時、鱗を再生成するために、一度、古くなって体にこびり付いた鱗を剥がすのだ。
その結果、こういう抜け殻が出来上がるのだが、
「でもさ、ジーク。この竜は中途半端な直り方をしているみたいだぞ。抜け殻がほんのちょっとしかねえし、ここらへんは血だらけだ」
アクセルは、抜け殻の中に血の塊が大量に残っている事を指摘した。
「そう……だな。アクセルさんの言う通り、完治したのならば、綺麗に全身分の鱗だけが残る筈だ。けど、こいつは出血しっぱなしだ」
そして、鱗の抜け殻から血の跡は点々と続き、樹木のなぎ倒された地点が終わる辺りで途切れていた。
「これは、飛んだって事、なのか」
「みたいだな。ジークの見てるその辺り、羽ばたきの跡が見えるし。血の乾き方から見るに、結構前に飛び去ったのかもな」
なるほど。そうなると、この竜は体を直しきらないまま、どこかに飛んでいったようだ。
……もしも近くに潜んでいるのだとしたら、自分たちスターライトが、これだけの巨体に気づかない筈がないもんな。
その考えに至り、ジークはわずかに息を吐き、緊張を解こうとした。だが、すぐに別の考えが頭をよぎった。
「待てよ? こいつは、中途半端に体を治したって事は、まだ、魔力のある生物を食い足りていない筈だ」
古龍は、戦闘欲にあふれた猛獣だが、頭が悪い訳ではない。
瀕死で体が動かない時はともかく、巨大な魔獣を食らって脱皮するほど回復した今、体を治すために効率的な行動をとる筈だ。
……始原生林に住んでいる魔獣をちまちまと食べるよりも、もっと楽に、大量の魔力が集まる場所に行くはずだ。
嫌な予感がした。
ならばここ以外に考え着く餌場は、とジークがそこまで考えた時だ。
「り、リーダー! た、大変よ!」
上級魔女が声を飛ばしてきた。
見れば、彼女は青ざめた顔で、口元を震わせながら、言葉を続けた。
「今、サブマスターから念話が来たわ。星の都の上空から、竜が襲って来たって……!」
どうやら、悪い予感は的中してしまったようだ。
●
「――ォォォオオオオオオオ!」
星の都の中央。
ボロボロな灰色の鱗を纏った古龍が吠える姿を、マリオンはサジタリウスの店の前で見ていた。
「まさか、この街に竜が突っ込んでくるなんてね」
「ああ、ワシも想定外で心臓が口から飛び出そうだ……」
血の気の引いた表情で無理に笑みを浮かべる彼女の横には、ドルトもいた。
彼も眉をひそめて、街の建造物を手当たり次第に壊して、魔道具を口に含んでいく竜を見ている。
「カウフマンさんは念話の方で、連絡はし終わったの?」
「勿論。方々に救援信号と援軍を求められるだけ求めたよ。マリオン君は、避難誘導をしていたみたいだが……進んでいるかね?」
「とりあえずやったけど、逃げ遅れもいるからね。コハクには救助に行かせたわ。今はまだ、戦闘職の人たちが、時間を稼いでくれているしね」
竜の周辺には幾人もの戦闘職がおり、各々が攻撃を加えていた。
だが、そのどれもが通じない。
ところどころ鱗に穴が開いているように見える竜なのに、殆どの魔法や武器が弾かれていた。
「……これから私も、援護戦闘に入るつもりだけど、あれ、強すぎじゃない?」
「体を修復中とはいえ、古龍だからな。戦争の後遺症が残っていてくれたおかげで、動きも大分鈍くなっているようだが……」
「はは、あれで鈍くなってる? 悪い冗談ね。魔法の研究所の結界をぶち破るわ、上位の戦闘職を軽々とあしらって、食べようとしているっていうのに」
今はまだ、戦闘している者の数も多い。
重傷を負っても、すぐに回収するサポーターがいるから、人的損失はしていない。けれど、されるがままである事に変わりはない。
「全く、ワシも最前線にいた時に古龍を見たが、恐ろしさは変わらんな。幸いにもまだ、死人は出ておらんが。……この街には魔王大戦時でもこんな輩はこなかったのだから、それを踏まえると現状はまだ幸運だともさ」
ふう、と呼吸を整えながら言うドルトに対し、マリオンは御状箱の中身を確認しながら聞く。
「それで、増援はいつくらいに来るかしら?」
「近くにる勇者や英雄クラスの戦闘職が来ると思うが、まあ、しばらくは掛かるだろう。だから、今はワシたちだけでどうにかしなければならないのは、確定だ」
「そうね。このままだと街の殆どを破壊されるから、どうにか倒すか、追い払うくらいはしないとね。――竜の弱点は首の逆鱗だっていうから、あの巨体を掻い潜って、頑張って狙うわ」
マリオンは御状箱から一振りの短剣を取り出す。
身体強化と硬化の魔法が付与された、自らが持つ、最上位の武装だ。
「そうか。では、ワシも大戦時、武闘派商人と呼ばれたころを思い出して、必死に戦うとするか」
ドルトも懐から鉄甲を取り出し、拳に就ける。そして深く息を吐き、
「それじゃ、行くわよ、カウフマンさん。国と都市を守る十二ギルドのマスターとして、防衛戦を開始するわ……!」
「ああ!」
そして、星の都の対古龍戦は開始された。
●
「星の都に戻るぞ!」
「ああ!」
報告を聞いて直ぐに、スターライトの面々の意思は固まった。
ここから全力で走って、星の都に救援として駆けつける。
それしかやれる事は無い。ただ、
……どう頑張っても、三十分はかかる距離だ……。
その間に街がどれだけ破壊されるか。また全力で移動し続けて、戦える体力を残せるかどうか分からない。
……それでも、星の都のピンチだ。
皆の助けになれるように、早く戻らねば。
その気持ちだけが頭の中にあった。そして、焦りつつも、走り出そうとした。その瞬間、
「皆、待ってくれ」
焦りで頭がいっぱいな自分たちに、冷や水を被せるかの如く冷静な声が、背後のアクセルから響いた。
「なんだ、アクセルさん!? 言っておくが、止めてくれるなよ? いくら古龍がいるのだとしても、俺達の故郷だ! 戦わないわけにはいかねえんだ!」
振り返りながらジークは言った。その言葉に、アクセルは頷きを返して来る。
「止めしないさ。ただ……ジーク、アンタ達はとにかく、早く戻れればいいんだよな?」
「ああ! 勿論だとも!」
「オーケー。なら、俺たちに任せてくれ。速度優先で、あんたらを運ぼう」
「俺らを、運ぶ……?」
アクセルの言葉に、ジークは疑問の表情を浮かべた。
だが、それを気にすることなく、アクセルは隣のバーゼリアに声を掛けていて、
「それじゃ、バーゼリア。行くぞ」
「うん、体を戻すね。それじゃあ、――【変身】」
そう言ったバーゼリアの身体が、赤い光に包まれる。
そして、瞬く間に、彼女の身体は変わっていき、やがて、
「竜になった……だと?」
赤と金の鱗が煌びやかに光る、一体の竜へと変身した。
「こ、この竜は。俺っち、戦場で見た事あるっすよ……?」
「え、ええ、私もよ。これは、不可視の竜騎士が駆っていた、赤金の竜王じゃないの……」
そこにいたのは、かつて見た憧れの英雄が駆っていた美しい竜の姿。
忘れもしない。勇者の相棒。そして、そんな存在がいるという事は、
「あ、アクセルさん。アンタはやっぱり、名前だけじゃなくて。本物の……!!」
ジークは驚愕と共に、改めてアクセルの方を見た。すると、
「とりあえず、荷物はここに置いていけばいいかな……」
彼は輸送袋を逆さにして、がさがさと中身を地面に出していた。
それはここに来る時に輸送袋に入れていた荷物類で、
「――あ、アクセルさん? な、何をやっているんだ?」
奇妙な行動に訝しみながら問うと、アクセルは輸送袋を振って中身を出しながら真面目な表情で答えてきた。
「スペースを作ってるんだ。空きが出来たら、スターライト全員が輸送袋の中に入れるからな」
「ゆ、輸送袋の中に、俺達が、入る?」
あまりに突飛な言葉に目を丸くしていると、アクセルは隣のバーゼリアの背中に目をやって頷いた。
「バーゼリアは一人乗りでな。全員を連れて行くのに一番いいのが、この輸送袋の中に入って貰う事なんだ。中でも呼吸は出来るし、ちょっと窮屈だけども、小さな個室みたいになっているから安心してくれ。ちゃんと俺が実際に顔を入れて確かめたしさ」
「は、はあ」
「あと、この中に入っても声は通じるから、街に行きながら作戦会議するぞ」
「作戦……っていうと?」
聞くと、輸送袋の振り降ろしを止めたアクセルは、真剣な表情をこちらに向けて来た。
「依頼には無いけれど、古龍が出たんなら仕方がない。――ここからの仕事は魔獣じゃなくて竜退治になる。その為の、作戦だよ」
そして、英雄と共に。
彼らは街へ舞い戻る。
続きは明日に。




