第29話 予想を超える化物たち
始原生林の中に入ってしばらく奥に入ったところで、俺達は大型魔獣の痕跡を見つけた。
直径数メートルはある樹木が、根元からなぎ倒されている、というものだった。
「さて、今回の獲物はこれを追っていけば出会えるんだが……もうあそこに見えてるな」
俺たちの視線の先にいたのは、イノシシのような頭と体を持ちながら、二足で歩く巨体だ。
依頼書にも情報が載っていたけれど、
「あれが巨大化したっていうギガントロル、でいいんだよな」
「ああ、その通りだぜアクセルさん。……報告通り倍くらいにはデカくなってやがる」
全高は四メートルほどで、体格も丸々とした状態だ。
片手には棍棒代わりか、なぎ倒した大木を一本もっていた。ただ、
「……あれ、武器を持ってない方の腕が血塗れだな」
片手から血が滴っていた。明らかにギガントロルの腕の皮膚が破けて出血している。
ギガントロルの皮膚にはかなり固い。樹木をなぎ倒すくらいでは殆ど傷もつかないというのにどうしたんだろうか。
「依頼書の情報によれば三体いるって事だし、喧嘩でもしたのかもな。あいつらのパワーなら皮膚も破けるだろうし、拳に魔力を込めて殴るのも得意だから。ギガントロルの肌には物理耐性は合っても、魔力に対する防護力は殆どないからな。中級魔法でも貫けちまうほどだ」
笑うように言いながら、ジークは呼吸を整えていく。
「……まあ、ただ、喧嘩をするって事はそれだけ、気性が荒いって事でもあるんだが」
そして背中に付けていた大剣をするりと構える。そして、俺に向かって小さく声を掛けて来る。
「今から奴の不意を打つから、戦闘はほぼ一瞬で済むと思うけど、もしも長引いたら、アクセルさんはサポートを頼む。そして、出来るだけ接近は避けてくれ。あいつの一撃は強力だから……手が空いていたら、物資の中にある武器でも投げて援護してくれればいい」
どうやらこちらを心配してくれているようだ。有り難い、と思いながら俺は頷く。
それを見て、ジークはにかっと笑った後、深く息を吐く。
「ふう……今回は奴の胸元にある心臓を狙うから、俺たち前衛が打ち払って後衛が魔法で貫く。上位罠師は周辺を見回って、増援が無いか確認してくれ」
「分かったっす」
「巨体相手に時間をかけるのは手間だから、素早く終わらせるぞ、お前ら……!」
「――おう!」
●
スターライトの面々は、ジークの言葉を合図に、それぞれが走り出した。
「――ギ!?」
突然集団で現れたジーク達に、ギガントロルは驚きの表情を取った。
だが、瞬時に敵意を露わにして、棍棒を振って来た。
重たい大木が、まるで小枝の様に軽々と振るわれてくる。しかし、
「不安定な体勢から放たれた一撃なんて、こわかねえさ!」
力は乗り切っていない。
ジークは向かって来た棍棒を、大剣で打ち払った。
さらに返す刀で、腹をぶん殴る。
「グギ……!!」
強靭な皮膚は大剣でも切り裂けない。ただ、それでも衝撃は伝わり、ギガントロルの胸元はがら空きになる。いつも行って来た電撃戦の必勝パターンだ。
「さあ、あとは魔法だぜ!」
「分かってるわよリーダー。上級氷魔法……!」
上級魔女が杖を振ると、巨大な氷の杭が生成され、射出された。
氷の杭は風を切りながら、ギガントロルの胸元に向けて突き進む。
……この威力なら、貫いて、終わりだ……!
ジークは今までの経験から確信に近い思いを抱きながら、氷の杭を見やった。
そして氷の杭はそのままギガントロルの胸に当たって――
――カシャン!
貫くことも、突き刺さることなく砕けた。
「えっ!?」
ギガントロルは仰け反りつつも、しかし健在だ。
魔法に弱いギガントロルが上級魔法を食らったというのに、どういうことだ、と思いながらジークは敵の身体を見た。
そして、気づいた。
「こいつ……胸元に何か付けてやがる!?」
イノシシの様な茶色い毛の下に、黒く煌めく石の様な物が取り付けられていた。
それは、ジークには見覚えがあるもので、
……まさか、古龍の鱗だと……!?
ミーティアで見た、あの硬質な鱗が、何故かトロルの胸元を守っていた。
武器を持っているんだから、防具を付けてもおかしくはないとは思うものの、
「そんなヤバイ鱗、どこで手に入れやがった、こいつ……」
そうして歯噛みした瞬間。
「ガアアアアアアア!」
仰け反りから姿勢を取り戻したギガントロルが、棍棒を魔女に向けて投げつけた。
豪速だ。
「――っ!」
不安定な姿勢から投げられた棍棒を魔女は後退することで回避した。しかし、地面を吹き飛ばすような衝撃で魔女は吹き飛ばされる。
「ヤロウ……!」
棍棒がなくなり素手となったギガントロルの足に、ジークは大剣を叩き付ける。
硬質な皮膚に弾かれるが、その威力でギガントロルの姿勢はわずかに崩れる。だが、
「リーダー! あぶねえ!」
目の前のギガントロルは、足への攻撃を気にすることなく、拳を振りかぶっていた。
そして、ジークに向けてそれは、振り降ろされる。
「やべえ……!」
かわせるタイミングではない。
大剣で身を覆うのがやっとだ。
だが、殴打の衝撃は伝わり、確実に骨は持ってかれると予想が出来る一撃だ。
……畜生……イレギュラーに慌て過ぎた……!
傷はポーションを呑めば回復する。ただ、痛みは覚悟しなければ。
だから歯を食いしばり、衝撃に備えようとした。
その瞬間、
――ズドン
トロルの胸元に、凄まじい勢いで金属の槍が叩き込まれた。
「え?」
ジークの背後から来た槍は、命中と同時、その衝撃に耐えきれず砕けた。
しかしその威力は、ギガントロルの胸元に張り付いていた鱗も砕き、防具下にあった表皮すら割いていた。
そして、その衝撃を受けたギガントロルはその巨体を、仰向けに倒した。
――チャンスだ。
目の前の現象に思考が直結した。更に、
「ジーク、トドメは頼んだ!」
背後からの声に背を押されて、体が動き出す。
「お、おう!!」
素早く大剣を振りかぶり、全体重を込めて、胸元を貫いた。
その一撃は、ギガントロルのコアを確実に砕くもので、
「ぐ、グガアアア……!」
断末魔の声と共に、ギガントロルは完全に動きを止めた。
「はあ……はあ……どうにかなった、か」
倒したギガントロルの上から降りつつ、ジークはまず息を整える。
そして、槍が飛んできた方向を向く。そこには、輸送袋を片手にしつつ、数本の槍を肩に引っ掛けた状態のアクセルがいて、
「その槍……さっきの声といい、アクセルさんが、投げて、くれたのか?」
「ああ、離れたところから援護してくれって注文だったからな。念のため、二の槍三の槍と取り出していたけど、一発でえぐれて良かったよ」
ジークの問いかけに、アクセルは何てことないように頷きながら答えてくる。
「しかし、ご主人の投擲でも貫通しないって、巨大化したギガントロルは本当に固いんだねえ」
そして、彼の隣にいるバーゼリアも平然とした表情で、アクセルに話しかけていた。
「ああ、力が変な形に掛かって槍も壊れちまったしな……。ジーク、サポート役の仕事としては大丈夫だったか?」
アクセルは真面目な表情で聞いてくる。
「え? あ、ああ、勿論だ。十分すぎるくらいの働きで、すげえ助けられたよ」
「そうか? その評価が貰えたんだったら良かった。しかし、この槍で貫くためにはもうちょっと上手く回転を付けて投げる必要があったかなあ」
アクセルはそんな事を呟きながら、槍を輸送袋に戻していく。
そんな彼を見て、ジークは改めて周囲の皆に聞いた。
「なあ。さっき槍を投げたのは、本当にアクセルさん何だよな」
「ええ、そうよ。私もこの目でしっかり見たわ」
「オレも見た。槍を出したと思ったら、すげえ異常なスピードで、槍を投げてたよ……」
スターライトのメンバーから次々に驚きの感情が含まれた報告が来る。
それらを聞いて、ジークは、ある事実を実感した。
自分たちも戦闘職だ。
勘で喋りたくはないけれども薄々ながら感じていた事を、ジークは思わず口にする。
「あのさ。アクセルさんは多分……いや、確実に、俺達よりも強くね?」
ジークの言葉に、スターライトの他のメンバーも一様に頷いた。どうやら思っていたことは同じらしい。
元々、アクセルという男がただの運び屋では無い事は分かっていた。
能力的にも、高いという事も見ていれば分かった。
……けれどこの人は一体なんなんだ……?
能力が高いというだけでは説明がしきれない、おかしな存在を見ているような、そんな気がした。更には、
……昔、感じたことがあるような雰囲気を纏っている気も、するような……。
そんな思いを抱いてアクセルを見た。その時だった。
「り、リーダー! こっちに来てくれ!」
上位罠師の声が響いた。
その声で、ジークの意識が一気に切り替わる。
自らの身を瞬時に、姿勢を低くし、
「大声出すんじゃねえ……! まだ二体、獲物は残ってるんだぞ……!」
周囲を警戒しながら、声の方向を見た。
するとそこには、焦りに満ち満ちた顔をした上位罠師がいて、
「そ、それどころじゃねえんすよ! 早く、こっちにきて欲しいっす!」
「うん?」
今まで聞いたことが無いほど慌てた声に、ジークは首を傾げる。
警戒心の強い罠師が大声を出しているということは、それだけの何かがあるのだろう、とジークは彼の後を付いて行く。
連れていかれたのは、始原生林の奥地。
先ほど戦闘した場所から少し離れた、始原生林の樹木が広範囲にわたってなぎ倒された場所だ。
そこで、ジークは見た。
「これは、……ギガントロルの頭と骨?」
大きな口で、胴体を丸々齧られたような状態で。
巨大な魔獣の骸が二体分、転がっている光景を。
そろそろ第一章クライマックスです。続きは明日に。




