第28話 初のサポートと経験値の生きる場所
始原生林までの道のりとして、俺達は簡素な土の道だけが通っている、草原地帯を歩いていた。
あまり人も向かわないという事で、街を出発して直ぐの地点でも草原に隠れていたゴブリン、スライムなども出てくるのだけど、
「この辺で消耗するのもアホらしいし、最初はサクサク進んじまおうか」
スターライトの面々は軽々と片付けながら進んでいく。
武器が届く範囲から切り捨てていくという感じだ。
一応、魔物を倒したことで落ちる魔石などの素材を拾うのはサポーターの役目なので、定期的に拾っていくのだけれども、あくまで足を止めないで、ながらで拾っていくだけだ。
今は、それくらいしかやる事が無かった。
基本的に始原生林を目指して歩くだけである。
そんな中、魔物もあらかた片付けて暇になったからか、ジークが話しかけて来る。
「どうだいアクセルさん? 今のところ出番はあまり作ってないけれど、手ごたえが無さ過ぎて不満だったりしないかい?」
半ば茶化すようなセリフに、俺は苦笑して返す。
「手ごたえが無いのは悪い事じゃないし、消耗しないのは良い事だろ。今回の仲間が強くて本当に助かっているよ」
「はは、そう言ってくれるのはありがてえ。でも、俺達なんてまだまだだぜ、アクセルさん。上には上が沢山いるからよう」
そんなジークの声に、周囲のメンバーも乗ってくる。
「そうっすよねえ。魔王大戦に顔を出した時とか、とんでもない強者が多くてびっくりしましたからねえ」
「一個のパーティーとして戦わせて貰ったんだけど。中々に凄い戦場だったわねえ」
「そういえば、ドルトのおっさんから聞いたけど、スターライトの人らは魔王大戦に参加してたんだっけ。前線に出ていたのか?」
聞くと、スターライトの面々は首を振った。
ただ、その表情には懐かしそうな笑みが浮かんでおり、
「出たって言っても俺っちたちは、最前線では無かったっすけど。それでも色々と化物を見たっすね。あと、そんな化物をなぎ倒す勇者も」
「ああ、勇者たちは凄かったよなあ。敵集団を切り裂いては、吹き飛ばして。未だに思い出すたびに震えが来るし、オレの憧れになってるくらいだ」
「リーダーは勇者たちに憧れて、最近になって剣や槍を装備し出したくらいっすからねえ。元々大剣一本だったのに」
「い、いいんだよ。こういう武器も使ってみたかったんだから」
照れくさそうな表情をしながらも、ジークは腰に取り付けた長剣を抜いて、近寄って来たゴブリンを切り捨てる。
殆ど見もしないでの一撃だ。結構、使い慣れているようだった。
「最近って割には使い慣れているんだな、その剣」
「まあな。と言っても、大型魔獣にはまだ使えないんでな。あくまでそれなりに動かせているってだけだよ――っと、適当に動いて笑っていたら腹が減ったな。アクセルさん、軽食か糧食はあるか?」
ジークは剣に付いた血を振り払い、鞘に納めながら言ってくる。
なんだかんだ言って、もう数十分は歩いている。腹も減る筈だ。
「ああ、物資の中にあったはずだな。……ほい」
だから、俺は輸送袋の中から、紙袋を取り出す。
《ミーティア》の印が刻まれた物だ。中には緑の野菜と肉が挟んだパンが入っている。
「ミーティアのサンドイッチか。ありがてえ。薬草も入ってるから良い感じに体が癒されるんだよな」
「おお、美味そうっすねえ。俺も下さいっす、運び屋の旦那」
「あ、私もー」
「了解。じゃあ、どんどん出すから受け取ってくれ」
メンバーは、歩きながら受け取ったサンドイッチを頬張っていく。俺とバーゼリアもついでに、頂いておく。
パンは小さく、一口二口で食べきれてしまうものだが、具材が多いため、中々に満足感のある軽食だ。そんな事を思いながらサンドイッチを飲み込んでいると、
「……そういえば俺達、ミーティアに古龍の鱗が落ちてきた理由を調べたけど、分からなかったっけなあ」
同じくサンドイッチを食べ終えたジークがそんな事を言い始めた。
「うん? ジーク達、そんな調査仕事もしてるのか?」
「まあ、魔王大戦に少しばかり関わっていたからな。で、その大戦が終わった直後辺りに落ちてきたモノだからよ。簡単な調査で良いって言葉もあったんで、引き受けたんだ」
「でも、古龍なんて星の都に来たことがないって事しか分からなかったんすよねえ。古龍の目撃者もいなかったし」
上位罠師が昔を思い出すように言ってきた言葉に、ジークは相槌を打つ。
「そうなんだよなあ。でまあ、結局さ。戦争の終わり際だし、上空で死にかけの古龍が飛んでいたのかもって話になったんだ。竜は死にかけると、鱗を落とすからな」
竜は体を負傷すると、体を軽くして使うエネルギーを減らすために、自らの鱗を落としていく習性がある。だから彼らの推論はそこまで大きく間違っている訳ではなさそうだが、
「ジーク達は竜の習性を知っているって事は、戦った事があるんだな?」
「まあな。前線に出てたわけだし。……ただ、勘違いして貰いたくないんだが、古龍とは戦ってないぜ? 古龍は本当に化物だったからよ。会ったらどうにか逃げるしかないからなあ」
「数は少ないっすけど、戦場で一度見た時はマジでチビるかと思ったっすねえ」
「というかリーダーはいつになく頭から汗を拭きだして、いつも以上に光らせていた記憶があるわね」
《上級魔女》が懐かしむように言うと、ジークは頭を掻いて、ぶすっと唇を尖らせた。
「仕方ねえだろ。竜はやべえんだから。鱗を削っても、魔力のある物を食いまくって鱗を形成するから、ガードはかてえし回復力も半端ないし。古龍レベルになったら、上級魔法以外は全部弾かれるんだから、そりゃ焦るっての。お前だって焦っただろうが」
「そりゃあね。逃げ一択しか思い浮かばなかったわね。今なら多少は通じるかも知れないけれど――まあ、それを試す前に、相手をするべき方々が来たわね」
言いながら上級魔女は自らの杖を引き抜く。
彼女だけではない。スターライトのメンバー全員が、真剣な表情になる。
そんな彼らの視線の先には、敵意を向けて来る魔獣たちがいた。
グレイワーウルフだ。数は八体。
俺たちの目の前をふさぐように立っていた。
「始原生林も近くなってきたことだし、来ると思っていたけどな。結構珍しい奴らが出てきたもんだな」
「うん? こいつら、この前も見た事があるんだけど。珍しい部類の魔獣なのか?」
俺が聞くと、ジークはグレイワーウルフから目を逸らさずに頷いた。
「普段は始原生林の奥にいるんだが、巨大魔獣の発生で中小の魔獣は街側に追い出されているみたいでな。で、餌を求めて人間を狙っているんだが、街は防備が完璧だってこいつらなりに分かっている。だからここら辺をうろついて、街の防衛網から離れた人間を狩ろうって算段をしているんだろうさ」
呟きながらジークは腰から長剣を引き抜く。
「まあ、俺達からすると楽な相手だが……気を抜く気はねえ。アクセルさん達は、後ろでサポートを。そして……お前ら、準備はいいな!?」
「おう!」
ジークの掛け声に、メンバーたちは一斉に声を返す。そして、
「行くぞ!」
始原生林直前の戦いはスタートする。
●
戦いはほんの数分で決着がつきそうだった。
というのも、スターライトの《上級魔女》が初手で一気に魔法を連発したことで、魔獣たちが半壊したからだ。
更に魔法は打ち続けられ、そして体勢の崩れた魔獣たちを、他のメンバーが各個撃破していた。
「スターライトの人たち、結構強いねえ」
「ああ、やっぱり熟練の戦闘職って感じがするな」
ただ、やはり、戦闘の代償が無いという訳でもない。
魔法を連発していた《上級魔女》は、僅かに肩で息をしている。魔力をそれなりに消耗したのだろう。だから、
「はい、魔力ポーションだ。使ってくれ」
サポート役として、輸送袋からポーション入りの瓶を取り出して渡すと、
「え? あ、ありがとう運び屋さん。ちょうど欲しかった所よ」
上級魔女は一瞬驚いたように俺を見た後でポーションを飲み干した。
これで彼女の魔力は全快だ。
「ふう……でも、どうして私の魔力消耗が分かったの? 確かに三割ほど使っていたけれど、【消費率隠蔽】のスキルがあるから、外側からは消耗率は見えない筈なんだけど」
「魔法を使いまくって肩で息をしていたからさ。見たままだよ」
「え? 私、魔力不足を敵に悟られないように、魔力が半分になるまでは顔にも体にも出ないようにする訓練もしていたし、今も実行していたのだけど……ええ?」
首を傾げているが、まあ元気そうなので放っておいても良いだろう。
残りの敵はもう残り少ないし。
……サポート役としては、今は、交戦中のメンバーを見るべきだろう。
そう思って目に入ったのはジークだ。
彼は腰に付けていた長剣を今回も使っているのだが、
……ありゃ。刃こぼれしそうになっているな。
刀身にわずかな歪みがある。
だから俺は輸送袋の中から一本の長剣を取り出しながら、ジークに走り寄り、
「代わりの武器だ。受け取ってくれ」
柄の方をジークの方に向けて突き出した。
「アクセルさん? 何を言ってるんだ」
ジークは眉を顰めつつも、勢いよく俺が出したその剣を片手で受け取りつつ、今まで持っていた武器でグレイワーウルフの攻撃を払った。その瞬間、
「――」
今まで使っていた方の長剣の刃が限界を迎えた。
大きなヒビが中央に入り、大きく欠けてしまう
「――おお!? あ、あっぶねえ。武器がイカれてやがった!?」
言いながらもジークは新しい剣でグレイワーウルフを切り裂いた。
驚きつつも戦闘できるのは流石は熟練者というべきか。
「た、助かったぜ、アクセルさん……。で、でもどうして剣が折れるって分かったんだ?」
「いや、見てれば少し歪んでいるなって分かるだろう?」
「……使っていた俺が分からなかったレベルの歪みを見て判別したのか……!?」
目を見開くジークであるが、とりあえず新しい武器を手にさせたので、これでジークも問題ない。次は、
「――上位罠師の棒も消耗してるな。おーい! 柔らかく放り投げるから取ってくれよ、《上位罠師》さん!」
「え、ええ!? わ、分かったっす!?」
そんな感じでサポートをしながら戦闘をする事、数分。
魔獣共はあっという間に片付いてしまうのだった。
●
「あとは魔石を拾って終わりっと」
魔獣たちの骨を横目にしつつ俺は、転がった魔石を拾いながら、自分の仕事について考えていた。
……今回の戦闘でサポートらしい仕事を初めてしたけれど、どうだったかねえ。
なんだか驚かれることが多かったし、あまり上手くいってなかったかもしれない。
だがまあ、それならそれで今後に生かすとして、まずはスターライトに感想を聞いてみよう。
そう思って、草原地帯に座って一息吐いていたスターライトの面々に近づいていったら、
「あの、アクセルさん? アンタ、この手の随伴仕事って初めてなんだよな?」
ジークから開口一番に、そんな事を言われてしまった。
「そうだけど……やっぱり、感じが良くなかったか?」
初めての仕事だから手探りでやっていたのだけれど、ダメだったろうか。
ならば修正しなければ、と思っていたら、
「いや、そうじゃないんだ。逆だアクセルさん。すげえ良かった。というか……今まで輸送職に何度もサポートして貰ったけど、その中で一番やりやすかったんだ……」
そんな答えが返ってきた。
「え、マジで? 大丈夫だった?」
「大丈夫も何も大助かりだよ。なあ、お前ら」
「ええ。こんなにも私たちの動きに合わせるというか、私達以上の速さでサポートして貰えた事がないからね」
「そうっすね。武器を取りやすいように投げ渡してくるとか、普通のサポート役じゃしないし、そもそも出来ないっすけど、運び屋の旦那には出来ちまって。お陰で全然体力も消耗してないっすわ」
予想以上に好評だったようだ。
有り難い。初仕事でここまで評価を貰えるとは思わなかった、と安堵の息を吐いていたら、
「あのさ、アクセルさん。サブマスターが初仕事だって言ってたけど、随分と手慣れているようにも見えたけど。何か前職でやっていたのか?」
ジークが真剣な表情で、俺に問いかけてきた。
その内容に、俺は少しだけ考えた。
結果、一つだけ思い当たったことがある。
「あー……少しだけ、色々な人の面倒は見てきた事はあるかな」
竜騎士時代は猪突猛進な勇者たちの面倒を見てきた。
今は俺の隣でにこにこしながら魔石を拾っている猪突猛進な竜王の面倒も少しだけ見てきた記憶もある。
だいたい、何も言わずに敵陣に突っ込む輩も多かったので、そいつらを相手にして、何を求めているか察する経験も少しは役に立っているのかもしれないな。
「人の面倒を見てきただけで、これか。すげえな。運び屋としてはこれが初の随行仕事だってことは事実なんだし、末恐ろしいぜ。そして……それ以上にありがてえサポートだよ、アクセルさん」
そう言ってジークは歯を見せる笑みを浮かべてくる。
「アクセルさんのサポートを味わってみて、俺の目もサブマスターの目も曇ってなかったことを確信したぜ! このままよろしく頼むわ」
「おう、分かった。この調子でやらせて貰うよ」
そうして、俺達は始原生林までの道のりを、足早に進んでいく。
その結果、予想していた時刻よりも早く、始原生林までたどり着くのだった。
続きは明日に




