第23話 第一印象による勘違い
「アクセルさんが荷物の受け渡しをしている間、さっきの大型魔獣が戻ってこないか、念のため私は周辺を見回っておくわね」
「あ、じゃあ、ボクは反対側を見ておくよー」
「ああ、よろしく頼む、マリオン、バーゼリア」
そんなやり取りをした後、研究所の門をたたいて待つこと数十秒。
研究所の門が開くなり、出てきたのは白衣を着た少女だった。
いや、背丈はかなり小さいが、程々に長い耳と、やや大人びた顔立ちを見るに、恐らくドワーフの女性だろう。
そんな彼女は俺の顔を見上げてくるなり、
「この度は、魔獣を追い払って頂き、ありがとうございました!」
深々と頭を下げてきた。
「まあ、仕事の一環だからな。ところで君はここの研究所の人でいいのか?」
尋ねるとドワーフの少女はばね仕掛けの人形のように頭を上げた。
「ああ、申し遅れました。わたくしは当研究所の所長である、ノノアと申しますです」
ノノアと名乗った彼女は、胸元につけた名札をアピールしてくる。確かにそこには、魔獣研究所・代表、との文字が刻まれている。
「代表者が直々に挨拶してくれるなんて光栄だな」
「いえいえ、それだけのことをして頂いたので当然なのです。魔獣の件では助かりました。遠巻きながら窓の方から見ていただけでもその強さ、伝わりましたですよ。グレイワーウルフが魔法を打ったと思ったら、いつの間にか跳ね返しているなんて、あんな高速度での戦闘は初めて見ました」「そうか? まあ、俺としても早々と戦闘が終わってくれて助かったが。……でも、どうしてあんなに、グレイワーウルフ共が集まっていたんだ?」
大型獣がこんな平原に出てきたうえに、建物をぐるぐると取り囲むなど、あまり見た事が無い光景だ。だから、今回の一部始終を見ていただろうノノアに尋ねてみたのだが、彼女は難しい顔をして首を傾げた。
「それがですね。今回の出来事はわたくし共と致しましても予想外でして。始原生林から出てきたと思ったらこちらに寄って来まして。すぐさま職員ともども所内に立てこもりましたが、こんなところまで大型魔獣が来たのは、初めてなんです」
「つまり、理由は分からないと?」
「はい。かの魔獣の王が……魔王がいた時代を考えても、こんな例はありえませんでしたし。研究所の意見としては、生息地である始原生林で何か異常が発生しているという可能性が高いということになりましたです」
「なるほどなあ」
俺は研究所から遠く離れた場所にある、始原生林を見やる。
背の高い木々のお陰で、かなりの距離があるここからでもよく見えるが、
……ここから見ても、内部で何が起こっているかは分からんな。
まあ、それこそ、この辺りはノノア達、魔獣研究所の人々の領分だ。ただ、何か問題が起きたら困るし、警戒だけはしておくことにしようかな、と思っていたら、
「そういう訳ですから。今後はアナタも、始原生林の方に調査に行かれたりするときはお気を付けください」
「ん? ああ、まあ、俺にそんな依頼は来ないと思うけれどな」
「いえいえ、ここまで強いお方ですから。絶対にそういう依頼も行きますとも。いや、本当に。連絡をしてからほんの数分だというのに来て頂いてありがとうございます……」
再びぺこぺこしてくるノノアだが、何だか話がずれている気がする。
「うん? そんなに急な依頼だったっけ? 依頼書を送って貰った時にはそんな事は書いてなかったと思うんだが」
「依頼書? 念文による緊急連絡だった筈ですが……」
「……ええと?」
おかしい。そんな緊急的な依頼だという記載は絶対にされていなかった。
どうなっているんだろう、と首を傾げていると、
「あの、失礼ながらお聞きしますが。アナタは、今回緊急で依頼させて貰った戦闘職の方ですよね?」
ノノアも疑問するような表情で俺に聞いて来た。そこでようやくわかった。
さっきから微妙に話がかみ合わないなあと思っていたのだが、どうにも勘違いをされていたようだ。
「いや、俺は輸送職だぞ」
「え?」
ノノアは明らかに戸惑いの視線を俺に向けて来る。
「えっと……何をおっしゃっているのですか?」
「いや、だから俺はこの研究所に荷物を届けにきたんだよ。……これがその荷物な」
そう言って、俺は輸送袋から複数の金属で出来た箱を取り出していく。
さらには二十程の革袋も追加で取り出す。これらが、研究所の依頼で運んできたものだ。
「で、あとは、このサジタリウスに来た依頼書に受領印かサインをくれればOKだ。というわけで、はい」
荷物を出した俺は、ノノアに一枚の紙を手渡す。今回貰った依頼書の写しだ。
それを見たノノアはゆっくりと俺の顔を見た後で、紙に視線を落とし、また再び俺の顔を見て、
「ええええええええええええええええ!?」
素っ頓狂な大声を出して、飛びのいた。
「ゆ、輸送職の、サジタリウスの方だったんですか……!?」
「だから、さっきからそう言っているだろう? 輸送職の運び屋だって」
俺が輸送袋を見せてアピールすると、ノノアはフルフルと体を震わせ始めた。
「あんな、大型魔獣を追い払った方が非戦闘系の輸送職……? そ、そんな現実があり得るなんて事が――」
「――それが、あり得るのよ、所長さん。だから落ち着いて」
明らかに気が動転しているノノアに対して、冷静な声を聞かせたのは、ゆったりとした動きで、こちらの方に歩み寄ってくるマリオンだった。
その横にはバーゼリアもいる。
「お、マリオン。戻って来たのか。それに、バーゼリアも」
「うんー。ただいまご主人ー」
「周辺は大丈夫そうか?」
「ええ、敵影は無いわ。だから、しばらくは安心して良いと思うわよ」
マリオンの意見にバーゼリアも同意する。
「こっちもマリオンと同じくー。問題なしだよ。なんだか大声が聞こえたから、気になって戻って来たけど、どうしたの?」
「いや、魔獣に囲まれたから、戦闘職を呼んでいたらしいんだが、俺達をその戦闘職と勘違いしていたらしい」
そんな俺の言葉を聞いて、マリオンは納得したように頷く。
「ああ、うん。何となくさっきの大声を聞いて状況は察していたけど、そうだったのね。……まあ、ウチと懇意にしている所長さんなら、輸送職の戦闘を知っているから、そんな勘違いをしても仕方ないけど。でもまあ、頭の回転は早い人だから、そろそろ気を取り直すと思うわよ。ね、所長さん」
マリオンがそう言って声を掛けると同時、うつろだったノノアの目の焦点が合い始めた。
「あ、は、はい。大丈夫です。……マリオンさんがいらっしゃるという事は、本当にサジタリウスの輸送職の方なんですね。あの戦闘の光景を見ると、とても、信じがたいですが……」
「そんな事を言われてもな。……ともあれ、荷物の方はこれで大丈夫だよな?」
改めて荷物の方を見せて聞くと、彼女はこっくりと頷く。
「え、ええと、はい。大丈夫です。しっかり依頼した荷物、全てが来ています。ありがとうございます」
そして渡した依頼書にサインをして、俺に戻して来る。
これにて依頼は完了できたようだ、と思っていると、未だに驚きが残った表情でノノアがマリオンに声を掛けていた。
「あのお、マリオンさん。この方は、新しく入られた方なのですか?」
「ちょっと違うけれど、ここにいるアクセルさんとバーゼリアさんは、サジタリウスの仕事で活躍して貰っているのは確かね」
「そうなんですか……。輸送だけじゃなくて戦闘もあんなレベルでこなせる人がいるんですね……。しかも星の都という場所に」
俺を見ながらノノアはそんな事を言ってくる。
「まあ、最近移り住んだばっかりの新人なんでな。以後よろしく頼む。でもまあ、俺の場合は戦闘をこなすって言っても、あくまで副次的なもので、仕事は運び屋だから。そこのところも宜しくな」
そのセリフに、マリオンも深い頷きを返して来る。
「そうね! 因みに、このアクセルさんという彼が運び屋として例外なだけだから、その辺りは所長さんも理解して頂戴? 絶対に他の運び屋さんに同じことを頼んだりしないでね」
「ええ! わ、分かっておりますとも!」
ノノアは慌てた様に首を縦に振った後、俺の方に体を向けた。
「それでは改めて。アクセルさん、この度は荷物の輸送と、魔獣の追い払いを、ありがとうございました! またお仕事を頼ませて頂ければ幸いです」
「ああ、またな、ノノア所長」
そんな感じで俺は、魔獣研究所の所長と知り合いになりつつ、どうにか平和に、高難易度の依頼をクリアできたようである。
続きは明日に。




