第22話 輸送が優先 戦闘はさっくり
星の都の北門から出てしばらくの所に、魔獣研究所は存在している。
始原生林からやってくる魔獣たちの研究を行っている、国営の機関だ。
そこへ俺たちは星の都から向かっていた。
「風の都へ向かう街道とは違って、こっちは魔物や魔獣のにおいがあるね、ご主人」
「まあ、比較的街に近いし、開拓済みだから、魔物の数は少な目だけどな」
とはいえ、存在しているのは確かだ。
スライムなどの魔物も、少数であるがウロウロしている。なので、道中は気を抜くべきではない。
そう思いながら魔獣研究所へ向かうための草原を歩き続ける事しばらく、
「あの白い建物が魔獣研究所よ」
俺たちは目的の建物が見える位置までやって来たのだが、そこで俺はある異変に気付いた。それは、
「なあ、マリオン。なんかあの建物、魔獣に囲まれてね?」
白い建物の周辺を囲むように、十数匹の魔獣がウロウロとしているのが見えた。
「……本当、ね。しかもあれ、グレイワーウルフじゃない。氷系統の魔法を乱発してくるから、始原生林でも、結構危ない方に入る部類の大型獣よ」
マリオンの言う通り、あのグレイワーウルフという灰色の毛並みと角を持つ巨大な狼は、かなり知恵が回る。魔法言語を使いこなし、エサとなる獲物に対して普通に使ってくる。
当然、人間もその獲物の一つなのであるが、
「なんであんなところをウロウロしているんだ?」
魔王の命令があった時代ならともかく、野生のグレイワーウルフは始原生林から出て来ることなど殆ど無い筈なのだが。
「魔獣研究所ってああいう風に魔獣たちを集めてるって訳じゃないよな?」
「え、ええ。あんな大型獣を沢山集めているなんて話は聞いたことが無いし、今まで見た事がないわ。そもそも魔獣を集めるだなんて危険な事をやるんだとしたら、先んじて私たちのギルドに連絡が来るはずだし」
となると、あれは意図的に魔獣たちを集めている訳ではないということなのか。
だとしたら、一体何が理由なんだろう、と考えていると、マリオンが足を止めた。
「あれ? どうしたんだ、マリオン」
「いや、あそこまで大型魔獣がいるとなると、荷物の輸送の方をどうしようかと思って」
「え? とりあえずは、アイツらと戦って、適当に追い払ってから届ければいいんじゃないのか?」
「あ、アクセルさんはまず、追い払う方向に発想が行くのね。普通の輸送職は、どうやってあの群れを回避していくかってなるのだけれど……」
「回避って、あそこまでウロウロされているときついだろう」
大型魔獣というのは、基本的に人の事を餌として見ている。そして大きな音を鳴らしても驚いて逃げる事はほぼ無い。
だからこうなった以上、落ち着いて目的地に行き、荷物を受け渡しするには戦った方が楽だと思って言ったのだが、
「その考えは戦闘も出来る上級職がやるものなんだけれどね……。いや、まあ、初級職離れしているアクセルさんとしては正しいのかもしれないけれどね」
マリオンには吐息と共に何かをあきらめたような笑みを浮かべられてしまった。
まあ、でも、一部の輸送職の考えとそこまで違ってはいないようなので良しとしようかな、と思っていると、
「……っと、狼共もこっちに気づいたみたいだぞ」
グレイワーウルフ達の視線がこちらに向いた。
完全に魔獣共の間合いに入っていたようだ。
「ああ……こうなったら仕方ないわ。覚悟を決めて、戦いましょうか。私もあの数になると、フォローできるか怪しいのだけれど、……でも頑張るわ」
「おう、了解。バーゼリアも大丈夫か?」
「ボクもオッケー。さっさと追い払っちゃおう」
そうして戦意を確認した後、俺達は改めて研究所に近づいていく。
それだけで、グレイワーウルフの何体かがこちらに向かって走り寄ってくる。しかも、その筋骨隆々とした体の周辺には氷の槍が幾本も浮かんでいた。
「あれは氷魔法の【アイスランス】か」
「ええ、当たると軽傷じゃすまないから、気を付けて――」
マリオンが言い終える前に、
「グアアアア!」
ワーウルフの叫びを発端として、複数の氷の槍が一塊となって、弾丸の様な速度で放たれた。
水平軌道で、俺達の頭を吹き飛ばすコースで吹っ飛んでくる。
「ま、不味い! アクセルさん! 避けて!!」
マリオンは慌てて頭を引っ込めさせようとしてくるが、
「ああ、大丈夫。あれくらいなら、避ける必要もない」
「え……?」
俺は、手にしていた輸送袋の口を開けて、水平軌道で飛んできた氷の槍を袋の中へと入れ込んだ。
そしてそのまま体を回転させ、
「お返しだ」
輸送袋の中身をぶん投げる様に。
氷の槍を打ち返した。
こちらに向かって来た以上に速度が乗った氷の槍はそのままグレイワーウルフに突き進み、
「ッ――!?」
ドズン、という音を立てて、狼たちがいた地点に氷の塊がぶちまけられた。
結果、数匹のグレイワーウルフが纏めて吹き飛び、二体ほどが倒れたまま動かなくなった。
そしてその死体は光のように掻き消え、魔石となって転がっていく。
「……」
そんな光景を見た、残りワーウルフたちはお互いの顔を見合わせ、
「……グ、グアアアアア!」
慌てた様に体を翻し、俺達の前から去って行った。
完全に戦意は折れたようだ。
「よし。終わったな。じゃあ、仕事に戻るか」
俺は輸送袋の口をしめつつ、頭を押さえて伏せていたマリオンに言うと、
「……あの、アクセルさん? なんで大型魔獣を追い払っておいて、そんな平常運転なの?」
「え? いや、そりゃただ、相手が撃ってきた氷をそのまま投げ返しただけだし。特段、変わったことはしてないだろ」
輸送袋を有効活用して、運び屋らしい戦いも出来たと思うし。そう告げると、
「いや、あの普通の運び屋は、あの氷の弾丸は、見切れないというか。私でも回避動作が精いっぱいだったんだけど!? そ、そもそも、あんな輸送袋の使い方、初めて見たわよ! いや、魔法を取り込める輸送袋が無い訳ではないけれど! まさかそのままお返しするなんて、どうなっているの!?」
マリオンは声の音量を大きくしながら言って来た。
「え? でも、お返しした方が便利だろ? こっちの魔力や武器を消耗しないで済むしさ」
「普通の運び屋はそこまでの膂力で打ち出せないわ……。打ち出してもあの距離まで狙うのは難しいし……。むしろ良く当てられるわね、アクセルさん」
「投擲技術は少しだけ持っていてな。戦闘職時代は、槍とかハンマーとか、武器投げの練習をよくやっていたんだよ」
竜騎士時代は空中戦が殆どで、武器を投げて発動させるスキルがあったのだが、武器の回収が面倒だった。
だからせめて落下地点は予想しやすいように、そして外さないようにとスキル関係なしに、モノを投げて当てる練習をしていたのだ。
それがまさか、運び屋の段階になっても役に立つとは。
何でも練習しておくものだなあ、と思っていたら、
「なんというか、……アクセルさんの戦闘を初めて見たけれど、うん。確かに、これは、カウフマンさんが一目以上置くというか、置かないとダメなレベルだったわね……。アクセルさんは毎度毎度、本当に予想以上の事をしてくれて飽きないわね……」
苦笑い半分、そして楽しそうな笑い半分といった表情をマリオンは見せて来る。
……見ていて飽きないとか、前に勇者達にも言われたっけなあ。
褒め言葉と捉えていいのかは分からないけれども。まあ、嫌悪的に見られていないのであれば良いか。
「ともあれ、これで輸送を妨げるものは無いんだし。さっさとモノを運んじまおうぜ、マリオン。また魔獣共が集まって来ても嫌だしさ」
「え、ええ、そうね。行きましょうか」
そうして、ハプニングはあったものの、どうにか、問題なく初仕事はこなしていけるようで、
「……まさか高難易度、しかも大型魔獣とか言う異常があったのに、私の助けが要らないくらいあっさり行くなんて。ホント、とんでもない人だわ……!」
などという、マリオンの興奮した様な声を聴きつつ、俺は魔獣研究所の門を叩くのだった。
続きは明日に。




