19話 通過
アクセルが鎧の騎士と戦う中、ローリエは、デイジーと共に泉の前にいた。
戦場の音は聞こえるほどの距離で、しかし、向こうの邪魔にならない程度の位置だ。
「デイジー、私はここで何をすればいいの?」
ローリエはまず聞いた。
協力するには何をすればいい、と。
するとデイジーは泉の水を指さした。
「この水に触れてほしいんだ」
「水に? でもそうしたら、変な動きを見せるわよ」
先ほどのように、弾かれてしまうだろう。
そういうと、デイジーは、
「ああ、それが必要なんだ。この槍を直すには」
と、こちらを見てきた。
デイジーが手にしているのは、先程アクセルから投げられた槍。
穂先が砕けてしまっているが、鱗のようなものが新たに付けられている。
「どういうこと?」
「オレたちが触れても水は動かないが、君が触れると動く。つまりローリエが触れた水には、大量の魔力が含まれることになる。俺が普通に水を浸かっても意味が無いんだ」
言いながら、デイジーは水に触れた。
何も起こらない。
魔力が含まれている反応すら見えなかった。
「そこから推論するに、神域の泉を有効活用できる状態に持っていけるのは、精霊種だけなんだろう。だから――ローリエ。君が触れた水が必要なんだよ」
「……それはつまり襲ってくる水で武器を修復するってこと?」
言うと、デイジーは頷いた。
「そうだ。水に浸して、この槍に魔力を吸収させつつ清める。それで槍の修復は完了するんだ」
「確かに、さっき弾き飛ばされた時に触れて分かったけど、別に固体化してるわけじゃないから。水として使う事は出来るだろうけど……捕えなきゃいけないわよね」
こちらの言葉に、デイジーは難しそうな表情で頷いた。
「ああ。そこも頼めるか? 槍を直すためにオレは集中しなきゃいけないから、他の事に意識を割けない。少なくとも二分間は動けない。だから、任せることになるけれど……」
言葉の途中だが、ローリエは頷いていた。
「当然。やるわよ。ここまで付き合って貰ったんだからね」
そもそも、自分の依頼で来てもらったのだ。
何もしないで、何も出来ないで見ているだけ、で終わらせる訳にはいかない。
……自分に出来ることを最大限やるのが、精霊姫の務めよ。
だから、ローリエは立ち上がる。
「ローリエ、大丈夫なのか?」
「座ってたら、踏ん張りが効かないからね」
車椅子から降り、杖を突く。
足は曲がらないが、力は入る。
「それに、ちょっと水があれば、精練出来るって訳じゃないんでしょ?」
「あ、ああ。そうだな。大量にあればあるほど、この槍は強くなると思う」
「なら、なおさら降りるわ」
さっきは、少し手が触れただけで、水が立ち上がり触手が弾いてきた。
……手が触れた程度であの量が動くなら……
思い、力任せに足を進め、
「……さあ、来なさい!」
泉に一歩を、踏み入れた。
その、瞬間だ。
【天罰覿面・強制排除】
同じような声が響き、
――ボコボコッ!
音を立てて、泉が、動いた(傍点:動いた)。
先ほどとは比べ物にならない太さで、八本の水の柱が、沸き立ったのだ。
思った通り、沢山の水が動いてくれた。
「……しかしこれは、まるで龍ね。ウロボロスを思い出すわ。いえ、今回は首が八本だから八岐大蛇かしら」
一本一本が、首をもたげるようにして、うねっている。
そして、これから行われるのは当然、
「――!」
軽率に触れた自分の排除だ。
水の柱が、鞭のように襲い掛かってくる。
八本すべてがこちらを向いている。だから――
「捕えちゃえば水として使えるでしょう! ――【構築展開 巨獣の首輪】」
ローリエは杖で思い切り宙を叩いた。
刹那、その空間に、巨大な光の枷が生まれた。
それは、精霊姫という街一つを管理できる職業者故の強大な魔力に加え、そこから更に鍛え上げたローリエだからこそ、放てる魔法だった。
その枷は、八本の柱をまとめて捕え、締め上げて、水面に倒した。
根っこや先端はうねったままだが、締め上げたところは動かすことが出来ないようで、
「これだけの水があれば、充分よね、デイジー!」
「おうよ!!」
デイジーは背後に、倒れた水の柱に向かって走り出す。そして、
「行くぜ、【錬成:精練強化――神槍】……!!」
手にしていた槍を突っ込み、呪文の詠唱を始めた。
同時、槍に泡のような青い光が集まっていく。
穂先から石突までを包み込んでいく。
デイジーはそれを凝視しながら、呪文を紡ぎ、魔力を込め続けている。
それを二分間。
終わるまで、自分は柱を押さえ続けるだけだ。
やる事は単純だ。
だけれども、
「……く……」
水の触手が暴れはじめた。
少しでも力を抜けば、光の枷が、弾かれそうなほどに。更には、
【天罰・強制排除!】
【天罰・強制排除!】
【天罰・強制排除!】
繰り返し虚空から声が響く。
もはや騒ぐ、といったほうがいいか。
頭の中で、がなり立ててくる。が、
「知った事じゃないわよ……!」
ローリエは歯を食いしばりながら、ドン、と杖を突き、魔力を込め直す。そうだ。
「神様がやりたいようにやってくるんだから――こっちだってやりたいようにやってやるわ……!」
散々ここまで試練だ何だと、こちらに無茶を吹っかけてきたのだ。
ならば、こちらだって無茶な事をやってやるのだ。
「意地の張り合いなら、私の得意分野なんだから……!」
ぐぐ、と杖を握る手の力が籠る。
その力は、枷に伝わり、水の柱首根っこを抑え込んでいく。けれど、
「――!!」
水の柱の暴れ自体は止まらない。そして、前方から、
――バキン
という音がした。
水の柱の中部。
そこがら暴れて、周囲に体を叩きつけたことで、湖底が割れたのだ。
そして、うねり暴れる水の柱は、割れた岩や砂利にも勢いを与えた。
その勢いで岩や砂利が、湖上に弾丸として撃ちあがり、吹き飛んでくる。
方向は、自分とデイジーの方。
「く……! 【構築展開:光塁」
ローリエは、咄嗟にデイジーの前に立ちふさがり、光の防壁を張った。
己の魔力で構成された光の壁は、尖った石や、砂利を弾いていく。
しかし、ギリギリだ。
水の柱を抑え込むために魔力のほとんどを回している為、壁が脆くなっているのだ。
それでも、彼女が詠唱している間は、守らねば。
その思いで光の壁を維持していた。その時だ。
――バアン!
と、これまでで一番大きな音が鳴った。
それは、再び水の柱が暴れた事によるもの。
そして割れたのは湖底であるところと、かけらが吹き飛んでくるまでは同じ。しかし、
……大きい!
飛んでくる石は、もはやかけらというサイズではなく。
砲弾のような大きさで、吹き飛んできたのだ。
豪速だ。
ガン、という音が響き、光の壁が打ち抜かれた。
……このままだと、デイジーの方へ……!
それは、瞬間の判断だった。
光の壁を抜け、俺の胸元の横を通過しようとする石の砲弾。それに、
「まだまだあ!」
ローリエは、己の手のひらを叩きつけた。
構築魔法は使えなかったため、ただ魔力で強化と硬質化を施した、素手だ。
それを石の砲弾の前に立ちふさがらせた。
――ガッ
という鈍い音と共に、岩と素手が激突した。
直ぐに、皮膚が裂けたことは分かった。
ある程度は硬質化している、結局は皮膚と肉だ。
尖った石にぶつければ、当然の結果だ。けれど、それでも、
……素通りなんて、させないわ……!
岩を砕くことに成功した。
鮮血と、石の破片が舞う。
これで、致命的な弾丸ではなくなったはずだ。けれど、
しかし、僅かな礫としては残ってしまう。だから、
「デイジー!」
注意の為に、声を飛ばした。
しかし、背後にいるデイジーは動かない。
群青色の水の中に沈む槍をひたすら見つめ、両手を前に掲げ詠唱を続けていた。
【錬成:神槍の構造強化 精霊魔力:充填強化 神魔力:充填強化――】
例え、つぶてがデイジーの額をかすっても。
血が噴き出ても。
デイジーは、呪文を止めることもなければ、槍から目を離す事もしない。そればかりか、
「はは……凄いぞ! 泉の魔力、神の魔力をどんどん吸い込んでいく……!!」
目をきらめかせて、笑っている。
痛みすら感じてないかのように。
……とんでもない集中力……。
ぞっとするほどの力がその目と、その手には籠っていた。
そして、数秒。
「は……完成だ……!!」
デイジーの執念と集中力の含まれた呪文の詠唱は終わった。
「直ったぞ、親友……!」
槍が、完成したのだ。




