17話 策
神の化身たる鎧の騎士を前にして、俺は剣を構えて数歩を歩いた。
「毎回毎回、神域に来ると、神を殴ってる気がするが。そうしなきゃいけない風習でもあるのかね」
鎧の走りは、一段と加速し、もはや突進というべき速度になってこちらへ来る。
剣は既に肩に背負うように構えていて、近寄りざまに切ってくるだろう。容赦が無いのは分かっている。だから、
「【龍撃】からの【龍剣】。二連接続……!」
最初から全力だ。
俺は思い切り横薙ぎに剣を振るい、鎧の騎士に斬撃をぶち込んだ。
――ギイン!
という音と、響きが手に跳ね返ってくる。鎧の騎士が横腹で、ガードもせずに受けたのだ。
「――!」
周囲に、衝撃波が飛ぶ。
龍のウロコを砕き切るためのスキルの連結。それをぶち込んだのだから必然だ。
そして、その衝撃と斬撃を受けた鎧は、数メートルを吹き飛ぶが、
「【良い……!!】」
地面に着地し、跳ね返るようにして、肩の剣を振るってきた。
大上段からの一撃。
俺はすぐさま剣を引き戻し、頭上へ構えて、相手の剣を受け流す。
同時、相手の身体を眺めるが、
「傷がつくけど……それだけか」
鎧の腹には、白い線が少しついただけ。
先の接続技は、斬撃と衝撃を相手の内部に留める仕組みになっている。
故に、放たれた衝撃の強さに比べて、相手は吹き飛ばないし、だからこそ、その破壊力は高いものだ。
だというのに、
「かなり硬いな……!」
切れることもないし、砕ける事もないようだった。
というか、この手ごたえは、
「鎧も、この剣と同じ素材か」
持っている剣が似ているという事から予想もしていたけれども、鎧も同質のようだ。そう思って呟くと、
「【良い眼だ、人の子よ】」
鎧の騎士の兜は、にやり、と笑って、再び剣を横薙ぎに振るってきた。
「誉めてくれてどうも」
その剣を受けながら、俺は思う。
……同じ硬さゆえに、削ることは出来るが、刃がそもそも通らない、か。
胴体への斬撃は効きが悪い。
丸みを帯びているから、なおさらだ。ならば
「次だ」
鎧の騎士が大上段から剣を力任せに振るってくる。
その剣の腹に、合わせるように、俺も剣を振る。それだけで、
――ドン
と剣は空振りし、地面へと突き刺さった。
そして鎧の騎士の身体は前のめりになる。
視界に見えるのは、鎧の背部。そして膝の裏だ。
「……【龍撃】!」
間接部を狙って、俺は打撃を放った。
龍の爪を砕ける打撃だ。
――ズガン
先ほどよりも重い、衝撃音が響いた。
「【狙いは、良い】!」
鎧の騎士は膝をつくことすらない。
そればかりか、地面に突き刺さった剣を、横に振るってきた。
「なるほど、足の関節を狙っても同じか」
俺は、一歩バックステップを踏み、鎧の騎士の横振りを回避する。
そして、思うのは、
……どう砕くか、だな。
斬撃の威力を上げてみるか。
ただ、そもそも、この剣で、刃が通らない相手に撃って、効果があるかは、怪しい
……思えば、以前、龍神を相手にしたときもこんなことを考えていた気がするなあ。
あのときは、武器が通じなかったからか、封じられたかで、何故か素手で殴る羽目になった。
そんな記憶がある。
……あの時の記憶があれば、突破口にはなったかもしれんが……
ないものは仕方ない。
あるものでどうにかしなければ。
……現状の装備で、神剣と同質の鎧を砕く、か。
以前、スキルの重複発動で、槍を自壊させたことがある。
故に、神剣であろうと、それと同質で出来た鎧だろうと、負荷を与えれば破壊が可能なのはわかっている。
けれど、
……撃った時、俺の武器も壊れるだろうな……。
やる価値はある。
だが、一撃で倒せなかったら、その次の手がなくなりかねない。
そんな賭けをするのは、最終手段だ。
だから今は、
「柔い所がないか、試すか」
呟きながら俺は剣を打ち込んでいく。
久々に、思い切り剣を振るえる相手に、少しばかりの興奮を得ながら。
†
アクセルと鎧の騎士の剣戟を見たデイジーは、思わず呟いていた。
「おいおい。マジか。親友と互角で打ち合うのかよ」
浮かぶのは驚きの感情だ。
これまで、こんな光景はほとんど見た事がないのだから、当然ではあるのだが。それが自分で分かっていてもなお、驚いてしまっていた。
「防戦一方というわけではないのに、アクセルは攻めあぐねているというか、途中で攻撃を止めてる、わね……」
隣で見ているローリエも、自分と同じく目を見開いている。
高速で流れるように動く中で、アクセルが不自然に動きを澱ませることがあるからだろう。だが、その理由は分かっていた。
「ああ、有効打になるものがねえんだ……」
鳴るのは金属音ばかりで、切断の音が聞こえない。
アクセルの剣はそこいらの金属は勿論、龍のうろこだって切り裂けるというのに。
「……あの鎧は相当にかてえぞ……」
「みたいね。スプライトの時に見たあの剣とは比べ物にならないくらい、アクセルが魔力を込めているのに、刃が通ってないもの……」
ローリエの言う通り、アクセルは数種のスキルを使用したり、組み替えたりしながら、攻撃を繰り返している。それでも、通らないのだ。
「あの硬さだと、俺たちの魔法でも結果は同じだな」
「魔力だと通りが良いって訳じゃなさそうだし。というか、かなりレジスト性能も入ってるわよ、あの鎧」
だから、余計な魔法の援護は、逆に邪魔になるだろう。だから出来ない。
その上、
「……あの鎧の騎士、オレたちの方も、狙ってやがるな」
「そうね……殺気というよりは、戦意だけど。視線を送って来てるわね」
こちらに踏み出そうとすると、アクセルが出ばなを挫くように打撃してくれている。
そんな風に、アクセルが機先を制し、抑えてくれているからこの程度で済んでいるが。
……隙あらばこちらに切りかかる雰囲気だぜ。
それをビリビリ感じていた。
「このままじゃ、不味いわよ」
この状況を、ローリエはそう評した。
デイジーとしても、それは分かっていて、
「ああ。体力が続く限り親友は打ち合うだろうけどよ……」
互角であるが、それはつまり今のままでは勝てないということだ。
自分たちが援護をしたところで、結局は有効だがないのは変わらない。そうなると、
……親友はきっと、分の悪い賭けを行ってしまう……。
アクセルは、竜騎士時代のスキルを、自分の身体の負担を無視して使うことが出来るし、行ってしまう可能性がある。
何せ、神からの槍を砕いた実績があるのだ。勝機としては、ゼロではない。むしろ、期待さえできてしまうものだが、
……だが、危険すぎるし、確証のない賭けだ。
避けられるなら、避けたいし。
他に方法があるなら、そちらを選択したい。
アクセルに頼りっぱなしで、任せっぱなしなど、親友のやることではないのだから。
……であるならば、考えろオレ。
今のうちに、この時間で打開策を考えねばならない。
自分たちができることはないか。
デイジーはアクセルと鎧の騎士の動きを凝視した。
何かしら、突破口は無いか、と。
視線の先では、音よりも動きが先に来る剣の戦闘が行われている。
その中で起こる剣戟の衝撃が飛び、泉に風圧として着弾する。
――バアン
という水が飛沫となって跳ね上がる音がした。
水はそのまま宙を舞い、再び泉に戻っていく。
それを見た瞬間だ。
「あ……」
一つの答えを、思いついた。
それは、一瞬のうちに頭の中で熟考され、そして、声としてデイジーの口から放たれた。
「親友! その剣以上の強度がある武器があれば、アイツをどうにかできるか?!」
その問いに対し、アクセルは剣を打ち合わせながら、声だけを返してくる。
「可能だ! だが、アテはあるのか」
その問い返しにデイジーは言葉と頷きで返す。
「ああ! 親友の槍を直すんだ! この神域の水を使って!!
その言葉に、アクセルは動きを止めることはしない。
相手の攻撃を打ち払いながら、視線の端で、こちらを見て、
「出来るんだな」
出来るのか、という疑問ではない。
出来るんだな、という信頼の言葉が来た。
だからデイジーは信頼にこたえるために言葉を返す。
「勿論だ。槍の調整は精霊の泉での精練を残すのみ。そして、ここだって精霊界の泉としての魔力を感じるからな。――ただ、見立てではローリエの協力は必須ではあるけども」
「私の?」
「ああ……ちょっと無茶なことをするが――協力してくれるか」
ローリエの言葉は直ぐに来た。
「ええ。頼まれるまでもなく、何でも言って。そもそも私の為に、ここまでやって貰ってるんだから。私の力は幾らでも貸すわ」
即決即断がこの場では有難い。
そう思いながら、デイジーはアクセルに再び声を飛ばす。
「だから、親友! オレを三分間、集中させてくれ! 親友に武器を作る時間をくれ!」
そして、その声の返答は、
「なら、頼んだぞ」
アクセルが輸送袋から槍を取り出し、こちらへ投げると同時、
「――【龍驀】(ドラゴン・タックル)」
鎧の騎士へ突撃し、自分たちから一気に距離を離すという形で成されるのだった。
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