7話 試練の一
都市を出た俺たちは、精霊界の平原の街道を歩いていた。
土を踏み固めて作った簡単な街道だ。
歩く分は勿論、ローリエの魔導椅子の車輪もスムーズに移動している。
周辺には黄緑色の草が茂っており、この辺りは人間界の精霊都市近辺の地形と似ていた。けれど、見えるのは緑ばかりではなく、
「結構、荒れてるところがあるというか、大きな岩が、そこらかしこに転がってるな」
ところどころに地面を掘り返したような茶色と、岩があった。
そんな俺の言葉に、ローリエが声を返してくる。
「もともとは緑豊かなだけの地形だったんだけどね。こう荒れてるところが目立ってるのは、ウロボロスの襲撃の影響よ。本来は大地に回る魔力を食い荒らしてくれたからね」
「ああ、なるほど」
ウロボロスは直接、この平原に現れて暴れた訳ではないにせよ、精霊界そのものに与えたダメージは相当らしい。
……ローリエも、精霊都市の周囲が今、どれだけの変化が出ているのか、把握しきれてはいないって言っていたしな。
「精霊道を潰すわ、地形を荒らすわで、厄介な事をしてくれたものだな」
「貴方が討伐してくれたおかげで、ほっとしてるわよ、本当に」
そんな感じで会話をしつつ、周囲を見ながら進むこと数分。
平原の奥には、森林地帯が見えた。
そのタイミングで、ローリエが声を掛けてくる。
「地図上だと、最初のチェックポイントは、そこの森林地帯の手前って事になってるから――」
ローリエは神書の地図のページを開いたうえで、前方を指差した。
「――ああ、あれね」
ローリエの指示した先を見ると、そこには、
「――」
オレンジ色に光る球体が浮かんでいた。
「あの光が、通るべき道筋のポイントか?」
「そうね。他に特殊な指示も出ていないから、普通に触れて進みましょう」
ローリエと共に光る球体の傍まで行く。
そして、ローリエが光の球体に触れると、
――シュン
と、本に吸い込まれるようにして消えた。
「辿り着いたけど、これでチェックポイント通過って事でいいのかー?」
デイジーが、ローリエに問いかける。けれど、彼女は首を横に振った。
「いや、まだよ」
そう言った瞬間だ。
――シュ
と、オレンジ光の球体がまた生まれたのは。
今度は前方数十メートルの地点だ。
「神書に、チェックポイントを通過したっていう文章が出るまで、あの光の球を追いかけて、触れなきゃいけないのよ」
大体この辺りに出るわ、と神書の白紙のページを指さして、ローリエは言った。
「なるほど。じゃあ、このまま直進か」
「そうね」
ローリエは頷いたあと、しかし、魔導椅子を動かすことはしなかった。
「ただまあ……早速来たわね」
そんな言葉を放ったローリエは、前方に視線をやっている。
俺とデイジーも、彼女に合わせて、神書からそちらに目を移した。
そこには、
「スプライト、か」
魔獣がいた。
数種の動物の骨が混ざって人型を形成している種族だ。
骨の周りには肉の代わりか、淡い光が浮かんでいる。
また、頭蓋の奥にはクリスタルのような結晶が輝いていた。
「アクセルも知ってるのね」
「ああ、何度か魔王大戦時に戦った事がある」
その時に見たものと、目の前にいる魔獣はほぼ同じ形状をしている。
同じ名前、同じ姿をしているからと言って、世界が違うのだ。
もしかしたら特性も違うかもしれないが、
……もしも人間界にいる種と同じならば――
そう思う間に、スプライトたちが動き出した。
「シャア……!」
こちらへ、ゆらりと近寄ってくる。
それらに対して、まず動きを見せたのはローリエだ。
「やっぱり今回も、すんなり進ませてくれるわけもない、か」
言うなり、彼女は魔導椅子の手すり脇から杖を取り出した。
「構築展開――光弾刃」
そして彼女は杖で空中を一度叩く。
すると、そこから光の刃が生まれ、
――!
そのままスプライトに向けて突き進んだ。
魔力で構築された刃だ。周辺の枝葉を切りながら突き進むそれは、かなりの魔力が込められていて、威力も相当だ、と一目で分かる。
だが――
――パキン!
スプライトに当たるや否や、という音と共に、弾かれた。
〇
目の前で起きた現象に、ローリエは、静かに息を吐いていた。
「やっぱり、魔法は効かないわね」
スプライトたちは、足を止めることなくこちらへ向かってきている。全くの無傷で、だ。
それを見て、隣にいるアクセルはなるほど、と呟いた。
「俺たちの世界のスプライトと同じようにあいつら、魔力による攻撃が効かないんだな」
「ええ。その通りよ」
スプライトは、その身体そのものが魔力による構成物で出来ている為か、魔法に対して非常に強い耐性を持っている。
更に言えば、スプライトたちは、その鋭利な骨で出来た両腕を振り回しながらこちらへ近づいてきているが、
「シッ……!」
その進路の途中にあった岩は、骨の腕に削り取られ、弾き割られていく。
魔獣としての威嚇行動、あるいは示威行動だが、
「魔法が殆ど効かないくせに、あんな風に硬いのが厄介なのよね……」
「まあ、これが神の試練っていうやつね」
「この魔獣が、か」
「ええ、これまでの記録では、道程を進むにあたって、九割以上の確率でこいつらが出現しているから」
ローリエは、かつての記録が記された書物の事を思い出す。
そこには、スプライトの脅威が延々と書かれていた。
……100%いるって訳じゃないのが、憎らしいとかも書いてあったわねえ。
などと思っていると、デイジーが声を掛けてきた。
「神様が用意してるっていうことか? でもよ、ローリエたちみたいな精霊種って、オレたちみたいな幻魔生物と同じく、魔法が得意な種族じゃなかったっけ?」
「そうよ」
デイジーは今は人間体をしているが、カーバンクルだ。だから、自分たちのような精霊種と近い存在とも言える。
だからだろう。スプライトを見た瞬間から、若干嫌そうな顔をしている。
「なのに、いきなり、魔法の効きが悪い奴らが居るところに突っ込ませるのか……。結構、ハードだな」
「ま、精霊種殺しの道よね。神の試練っていう名前を持つだけはあるのよ。十割これって訳じゃないから、完全に準備するってのは難しいんだけどもね。そもそも、スプライトたちを相手にした時、取れる有効策っていうのは、物理的な武器でひたすら叩いて倒すくらいしかないし」
だからまあ、今回もそれをしなければならない。
……体力的にはかなり消耗してしまうけど、背に腹は代えられないしね。
このスプライトたちは、示威はしつつも、必要以上に突っ込んでこない。
神が用意したチェックポイントを守るように、囲むように動いている。
だから、間隙を縫うのは難しい。
……こちらから攻めるしかないものね。
なんて思いながら武器の準備をしようとしていると、
「ふむ、じゃあ、それは俺がやろう」
アクセルが一歩、前に出た。
彼の腰には、剣が付けられていて、それの柄を握っているけども。
「良いの? その剣、魔力が宿ってるから、かなりやりづらいと思うわよ」
「運び屋として、無事に届けるのも役割の一つだからな。……というか、この剣に魔力が宿ってるの、分かるんだな」
「ええ。反応としては微弱だけど、内在されてるのは相当に強い魔力よね? ただの業物、とかいうレベルじゃないくらいに感じるわ。それこそ、スプライトの魔力抵抗すら押しきれちゃうと思うし」
スプライトの魔法対抗力にだって限界はある。
アクセルの剣は、その限界を突破できる力を感じさせるものだった。
「おお、そこまで分かるんだな」
「精霊種は物体に宿る魔力に対して敏感だもの。でも、どういう代物?」
城の宝物庫にも、魔力が宿る武器はあった。
人間が作ったものも、精霊が作ったものも、他の種族が作ったものも、品質的にも上から下まである程度のモノは見た事がある。
だが、アクセルが持っているものは、それらのどれとも、違う感じがした。
だから聞いたのだが、
「国の王様から受け取ったものだから、詳しい所までは分からないんだが。なんでも王家に伝わる、神々より授かった剣、だそうだ」
その言葉を聞き、ローリエはわずかに目を細めた。
「神剣の類……。なるほど、道理で力を秘めてるわけだわ」
「まあ、今は秘めてるだけ、なんだけどな」
「え? どういうこと?」
「竜騎士時代に使ってたけど、複数のスキルを使って段階を踏まないと秘めた力の解放も出来ないし。現状だと、ただ硬いだけの武器なんだけどな。だから、現状の、この剣で、スプライトと戦い辛いのは見立て通りだよ、ローリエ。魔王大戦時の時に何度かやり合ったから、そこもよく分かってる」
アクセルは平然とにそんなことを言ってくる。
屈伸運動をしたり、手足の柔軟をしながら、だ。
「え? じゃあ、どうするの?」
ローリエとしては、その神剣で叩き切るのかと、思っていた。けれど、
「いやまあ、普通にな。……こうするんだ」
言いながら、柔軟を終えたアクセルは、
――!
大きく一歩を踏んだ。
いや、もはや飛んだ、というべきか。
静かな動きで、足音も普通通りで、しかし、一歩で数メートルの距離を飛びスプライトに肉薄すると、
「ふっ……!」
その勢いのまま、手近にいたスプライトの顔面に、拳をぶち込んだ。
「……!?」
スプライトの反応は、殴られてから初めて発生した。
そして、発生したころには、その頭蓋は砕かれ、頭蓋の奥にある弱点――コアは、アクセルの拳で破壊されていた。そして、
「……!」
そのまま叫ぶこともなく、消えていく。
「す、素手で岩よりも硬い骨を、ぶち抜いた……?!」
更に、アクセルの動きは止まらない。
そのままの勢いで、周囲にいたスプライト数匹の顔面に一発ずつ拳を叩き込み、その全てのコアを破壊した。
あっという間にチェックポイント前に陣取るスプライトを殲滅したのだ。
「うん。やっぱり、武器じゃなくて素手で行った方がやりやすいな」
軽く手を振りながら、アクセルはそんなことを言うが、
「あ、アクセル。貴方の手は平気なの?」
スプライトは、その辺りの岩石よりも固い体の構造を持っている。
だからこそ、物理的な破壊が大変なのだが、そんなものを殴って大丈夫なのか。
……しかも、拳に魔力による強化をしても解除されてしまう筈だし……。
そう思っての問いに、アクセルは、手の甲を見せながら言ってくる。
「うん? 変な殴り方をしなければ平気だぞ。戦争中にも何度かやってきたしな」
「……というと、変な殴り方もしたのね」
「最初の方はな。思い切り叩きつけて挫きそうになったりしたさ」
「まあ、でも一度慣れてしまえば、あとは同じだからな。魔力の多さによって硬さが多少変わる事もあるけれど――」
喋りながら、アクセルは背後から迫る、生き残りのスプライトに向けて裏拳を放つ。
動作は、高速だが、緻密。
「要領はこんなふうに、変わらないってことでな」
流れるように、スプライトのコアを破壊しきるのだった。
後に残るのは、スプライトがいた地点に落ちる魔石と、その奥の地で光る、チェックポイントの光だけだった。
「さ、これでチェックポイント通過だな」
「そう、ね。ありがとう、アクセル」
「いやいや、まだ始まったばかりだし。この調子で行こうぜ」
そうして、アクセルらと共に、ローリエは、チェックポイントを通過し、森林地帯の奥へと向かっていく。
今まで何度か挑戦してきた旅路とは、明らかに違う何かを感じながら。
最近、裏サンデーで、「叛逆の血戦術士」という作品の漫画原作を始めまして。コミックス第一巻が9月9日に発売されます。是非一度、読んで頂ければ嬉しいです。




