5話
宮殿の一角。
周囲を遮るような壁の中に、その温泉はあった。
数十の岩を組み合わせて作った浴槽に、なみなみと乳白色の湯が溜まっている。
そんな温泉に俺とデイジーは、ゆったりと浸かっていた。
「この温泉、人間界のよりも、数段魔力が豊富だな、親友」
「ああ。パルムさんが言うには源泉かけ流しらしいが、贅沢な事だ」
人間界の精霊都市でもそうだったが、こういった自然の魔力が含まれた湯に浸かれる機会は中々ない。
「昔はオレも錬金術で魔力入りの入浴剤を作ろうとしたり、最近だと商業ギルドが、温泉の元とか売りに出していたけども、やっぱ違うなー」
パシャパシャとお湯を体に掛けながらデイジーは、言葉を零す。
「確かになあ。身体が回復している――というよりは、調子が整っている感じがあるな」
精霊界の温泉という、特殊な環境だからかもしれないが。
――なんだか体の動きがスムーズになったような気がするな。
動き続けていると知らず知らずの内に、身体がゆがむことがあるけれど。それすらも正してくれている。
そんな感覚を味わっていると、
「なあ親友……向こうの服、光ってるぞ」
俺の近くまで泳いできたデイジーが言った。
「うん?」
デイジーが指さした方向には、脱いだ服を入れたカゴがある。
そこが、今まさに輝いていた。
その光には見覚えがあり、
「あ、レベルアップか」
そう。レベルアップの光だ。
俺の服のポケットに入っていたスキル表が輝いている。
どれどれ、と俺は一端湯舟から上がり、カゴの中のスキル表を取ってみた。するとそこには、
【条件――精霊界の水中行動距離規定突破――条件達成。《運び屋》レベルアップ】
【スキル取得 水面歩法グレード1】
と光る文字が刻まれていた。
「精霊界でも親友のレベルアップ速度は変わらずにすげえんだなあ」
背後でデイジーが、水面にぷかぷか浮きながらそんなことを言ってくる。
「まあ、運び屋になって精霊界に来たのは初めてだし、初体験な事も多いからだろうな」
などと思いながら、俺は新たに得たスキルの説明を読む。
【水面歩法 グレード1――水面を一日十秒だけ、歩くことが出来ます】
「おお、結構凄いのが手に入ったぞ、デイジー。水面を歩けるんだってよ」
今までとは、また色合いが違うスキルだ。
「うん? でも、親友は竜騎士時代、普通に水面を走ってなかったか」
「走ってたな。でも竜騎士時代は魔力の足場を無理やり作ったり、複数のスキルを駆使していたから結構面倒だったんだよ」
そして、スキルの重複は、身体にかなりの負担をかける事でもあった。
竜騎士時代は、無理やりな使い方をしていたのだ。けれど、
「運び屋はそんな複雑な事をしなくても進めるんだから、かなり良さげなんだよ」
「確かに、スキルの同時使用って、割と頭が疲れるし手間も掛かるか。その手間を抜いたうえで、十秒あれば……親友ならかなりの距離を進めるだろうしな。普段使いする分には問題ないのか」
「そうそう。海を渡るとかは無理だけどな。これで運び屋として出来る事や、行けるところが増えると思うと、ワクワクしてくるよ」
今まで輸送袋の拡張などもされて嬉しかった。その上、こういった移動範囲を拡張してくれるスキルというのが来てくれるのだから、これまた新鮮な嬉しさがある。
そう思う俺を見てか、デイジーは微笑していた。
「親友は本当に、どこまでも成長に貪欲だなあ」
「出来ることが増えると楽しいからな。貪欲にもなるさ」
「はは、親友らしいや。オレも出来ること増やしていきたいところだなあ……ん」
言葉の最中、デイジーは身震いした。
「うん? どうしたデイジー」
「あ、いやあ、この温泉はなんだか、入ってると感覚が妙に鋭敏になってきてな。くすぐったさが来たんだが――」
と、言った瞬間だ。
「――うお……?」
デイジーの身体――正確には胸元のクリスタルが光りはじめた。
青と黄色が混じったような、そんな光はクリスタルからあふれ出て、やがてデイジーの身体を包み込み、そして――
――ポン
という軽い音を立てて、煙となって弾けた。
そしれ、煙の中から現れたのは――
「あらら」
黄色い髪の毛と、カーバンクル特有のクリスタルを胸元を携えた、少女だった。
「――人間の姿になっちまったよ、親友ー」
先ほどの獣状態と同じような声が、少女の――というかデイジーの口から発せられた。
「カーバンクルの人化、か。その姿を見るのは久しぶりだな」
カーバンクルは、バーゼリアのような竜と同じく幻魔生物だ。
故に、条件次第では人化することが可能になる。
カーバンクルの人化条件は幾つかあるが、
「今回は、高濃度魔力の吸収のせいだなあ、これ」
「みたいだな。以前の魔王大戦時は、君に魔力を集めて儀式魔法を使った時とか、ちょくちょく見ていた気はするが」
「ああ。最近はそんなことは無かったからなあ。俺もこの姿を見せるのは久しぶり過ぎて、何だか恥ずかしいぜ」
デイジーは自分の身体を眺めながら言う。
中々こういう機会でもないと、見られるものでもないし。そもそも彼女自身、見せたがりという訳でもない。
だから、人間形態を見せてくるのは、本当に昔ぶりだったりするのだが、
「身体の動かし方に支障はなさそうか?」
「うーん」
俺の問いに、デイジーは、一旦身体を湯舟に沈めた後、立ち上がり、湯の滴る手足を動かして見せてくる。
「問題はないぜ。でも、一度こうなると、しばらくこの姿で発散させないとなあ……」
「そうだったな。切り替え、難しくなるんだったな」
「うん。無理やり戻ることも出来るんだけどな――」
言いながら、デイジーは己の胸に手を当てる。
それだけで、光に包まれた。
そして、彼女の身体は徐々に小さく、更にはもともとのカーバンクルの姿に変容していく。
やがて光が収まり、カーバンクルの姿が見えてくるが――
――ポン
と、軽い音と共に、光と僅かな水蒸気が放たれ、人の姿になった。
「こうなるよなあ。魔力の濃い水の傍にいるだけで、直ぐに、戻っちまう。……精霊界そのものが、魔力が豊富だから、元々こうなるのは時間の問題だったけど、この温泉で大分、加速した感じあるな……」
バーゼリアのような竜種と、カーバンクルの身体構造や人化過程は異なっている。竜種は比較的、容易に人と竜を行き来することは出来るのだが、カーバンクルは違う。
「この分だとこの世界にいる限り、戻れない気がするぜ」
「となると、精霊界にいる間は、切り替えつつやっていくしかないみたいだな」
「だなあ。ある程度発散が済めば、一時的に戻れるし。この身体も、割と取り回しっていう面では便利だしなあ。親友の肩とか胸に収まれないのは凄く名残惜しいが」
デイジーは己の手足を見た後で、俺の胸元を見てくる。
「流石にその姿でポケットの中は無理だな」
「分かってるよ。でもま……この姿の方が、手足も長いし、長物を調整するときは楽だな。人化している時の方が、魔法の威力も強まるしさ」
カーバンクルは、獣の状態だと、魔法のコントロール能力に長けているのだが、人化すると、威力の方が強まる事が多い。
デイジーにも、その法則は当てはまっているようで、
「うん。この際だ。親友の槍の調整は精霊界でやろうと思うよ。出力も上がるし」
「そうか、その辺りは完全に任せるよ」
そもそも武器の調整は、詳しいデイジーに一任したほうが効率が良いだろうし。
「りょーかい。それじゃあ……この姿で、もう一回温泉楽しむか! 親友とこの姿で風呂に入れる機会も、なかなかないからな」
「ああ、ゆっくりしようか」
そうして俺たちは、パロムが呼びに来て、デイジーの人形態に驚いて声を上げるまで、温泉を漫喫するのだった。
最近、裏サンデーで、「叛逆の血戦術士」という作品の漫画原作を始めました。そちらも読んで頂けると嬉しいです。
また、竜騎士運び屋の、小説6巻が、明後日20日に発売されます。是非、お手に取って頂けると嬉しいです。




