2話 見えるもの
光る道に連れられて俺たちがやってきたのは、本棚が壁一面に並べられた一室だった。
中央には大きなベッドがあり、その横にはこれまた大きな白色の椅子が置かれている。フットレスト付きの、足を軽く延ばせるタイプの長椅子だ。
淡い緑と白を基調とした、落ち着いた部屋だ。
「ここがローリエの部屋か」
「ええ、玉座の間の裏手にあるのよ。さ、貴方達は周りのソファに適当にかけて」
大きな椅子の周りにあるソファを手で案内しながら、ローリエは光る道に乗って、白い椅子の前まで動くと、
「ふう」
ぽすっと身を投げ出すようにして、半回転させ、座った。
そして、改めて、こちらへ向き直る。
そのまま、俺たちが全員ソファに座ったことを確認すると、
「全員到着したし、【構築解除】っと……」
杖で光る道を叩くと、数舜の時をもって、道は掻き消えた。
「これでよし、と。……さて、それじゃ、説明だったわね」
そしてひと息ついた後、ローリエは杖を椅子の脇に置いて、口を開いた。
「ああ。君の病について――というか、パルムさんが話したいと思ってたこととかもまとめて聞かせてくれるか」
「そうねえ。……口で何と言おうとも、見たら分かりやすいと思うから。まず見せるわね」
そう言って、彼女は靴を脱ぎ、着用しているドレスの、足元の裾を捲った。
服で隠れていた場所から、外にさらされるのは、すらりとのびた細い脚。
だが、ただの脚ではない。
「これは……」
両足の足先から、膝までが足が、透明な石のようになっていた。
まるでクリスタルのような質感を持っている。
その状態が、膝の肌色の肉から連結しているのだ。見れば大腿部の一部もクリスタルのようになっている。
「義足、じゃあないよな。この状態は」
一応の確認をするように言うと、ローリエはこくりと頷いた。
「足の結晶化。これが私が今患っている病――もしくは、呪いというべきかしら。これでも、普通の肉の脚なのよ。削れたら血は出るしね」
ぽんぽん、と結晶化した膝を軽く叩きながらローリエは言う。
その音すら硬質だ。
音からして、柔軟性のかけらもない。
見れば、膝も殆ど曲げられていない。
「……これまでずっと、まともに歩いていなかったのは、このせいか」
言うと、ローリエは僅かに目を見開いた。
「あら……歩けないのは、気付かれていたのね」
「そりゃあ、な。会ってから今の今まで、彼女がまともに歩く姿を、見た事がなかったし」
そもそもここに来るまでだって、一歩や二歩、杖を突いて歩きはしたけれど、その歩き方は体重のほとんどを杖に乗せて歩く変則的なものだった。
そして、ここまで来るのだって動く歩道を使っての移動だ。
何らかの理由があるのは、分かっていたが――
「こりゃあ、あんまり見た事のない症状だぜ、親友」
「ああ。俺もこんなのを見たのは初めてだ」
デイジーの言葉に俺も同意する。
魔法で焼けたり、凍らされたりすることは間々あれど、結晶化させるような病や呪いは、目にしたことがない。
強いて似たような表情を上げるなら石化くらいだが、それにしたってこれは異質だ。
「いつからだ?」
「以前の大戦で、精霊界に攻めてきた魔王軍の幹部――というか魔人にやられてね。そいつらは倒して追い払ったけど、戦後の後遺症というやつかしら」
魔人の仕業か、と、俺は内心で目を細める。
……奴らは、魔法や呪いの改良――というか、改悪に手を染める事も多いからな。
こんな奇妙な症状を引き起こしてくる呪いを使って来てもおかしくは無いだろう。
「なるほど。スタートは分かった。それで、時期的には結構前だが。治療は試みたのか」
俺の言葉に答えたのは、ローリエの隣に座ったパルムだ。
「はい。医療ギルドの牡丹さんから、呪いを緩解する薬を頂けていたので。ある程度は抑えられていました。そして――治療法も分かっております」
その言葉に続くように、ローリエは話す。
「ここには、精霊都市の代々の記録があるんだけど。そこに、同じ症状になった者と、治療方法が記述されていたわ」
彼女は、自分の座る椅子の背後にある本棚に視線をちらりと向けながら、
「『【精霊神の泉】にて、身体を清める事で、その身に巣くう呪いを祓うことが出来る』とね」
〇
話を聞いていたデイジーは、出てきた情報を頭の中で整理した上で、その場で気になったことを聞いた。
「んーと、ってことはよ。ローリエの脚は、治療法は分かっても、治せなかったのか?」
その言葉に、ローリエは小さく頷く。
「ええ。治療法は存在する。でも、精霊神の泉までは遠い上に、『厄介な道のり』があってね。私の足が動かない事には、どうにもたどり着くのが困難だったのよ」
「ですから、まずは医療ギルドの治療を受け、足が動くようにしてから、行く手筈だったんです。牡丹さんの診断では、『現時点であれば呪いを弱め、歩けるまで機能を回復させることは可能だ』という話でしたから」
パルムが追加してきた言葉に、なるほど、とデイジーは納得する。
確かに足が動かなければ、移動もままならない。
であれば、距離的に遠い場所に行くのは難易度が高い。
「そーなると、一応、治す見通しは立っていたの、のか」
「はい。……ウロボロスの襲撃で精霊道が封鎖され、医療ギルドの治療を受けられなくなる、という事態が発生するまでは、ですね……」
パルムはわずかに目を細めて、ローリエの脚を見つめた。
「ここ数か月で、姫様の病状は一気に悪化したんです。ほんの数か月前までは、足先だけだった結晶化が、もうこんなところまで進んでいますから。……以前、アクセルさんに届けて貰った薬ではもう抑えられなくなってしまっているんです」
「ああ、こっちに来るとき、牡丹さんから渡してほしいって言われてたの、ローリエ宛の薬だったのか」
アクセルの言葉に、パルムは、肯定を返す。
「はい。薬ではもはや抑えられぬほどに、姫様の身体に巣くう呪いは進行している、というのが現状です」
その言葉を聞いて、デイジーは、ううん、と頭の中で思考を回す。
進行性の呪いというものはこの世界に数多く存在するし、錬金術師として何度か関わったこともある。
だから、
「パルム。このまま呪いが進むと、もしかして、お姫様の全身が結晶化するのか?」
予想を口にして問うと、パルムは深い息と共に首を縦に振った。
「医療ギルドの、牡丹さんの見立てでは、呪いの仕組み的にそうなりそうだ、と」
深刻そうな表情のパルム。
ただ、その横にいるローリエは、今までとそこまで変わらない表情で、
「まあ、十数年くらい掛かるらしいけどね。全身に回るまでは。すぐ死ぬって訳じゃないって牡丹からは言われてるわね」
言いながら、椅子の前に置かれたテーブルの上で杖を軽く振る。
すると、テーブルの上にティーセットが現れた。
そして、更に杖を振ってティーポットを動かしながら、何ともなしに言ってくる。
「そんなのだから、時間がそこまで切羽詰まってるわけじゃないから、そこまで焦らなくても良いってパロムには言っていたのよ。ウロボロスっていう大きい問題を解決しなきゃいけなかったしね」
「ですが姫様。そのウロボロスが倒されたのですから、もう治療に移って良いはずです。そして、唯一無二の治療法において、アクセル様は、非常に心強い方になるはずです」
「まあ、確かにそうだろうけれどさ……」
ローリエとパルムのそんな言葉に、アクセルは、ふむ、と相槌を打った。
「――つまり、話を聞いた感じだと。俺たちへの依頼は、ローリエを、その精霊神の泉とやらに運んでいくってところか?」
その言葉に、パルムは力強く頷き、
「仰る通りです……! 協力を、お願いできますでしょうか……」
絞り出すような声と共に、依頼をしてきた。
それに対し、アクセルは、悩むこともなく、
「ああ、協力くらい全然させてもらうさ。精霊都市で世話になっているんだし、お返しはさせて貰いたかったからな」
「親友の言葉に賛成だ。オレも力を貸すぜ」
迷うことなく放たれた言葉に、まず反応したのはローリエだ。
「良いの? 詳しい事を聞く前に、そんなことを言ってしまって」
わずかにトーンダウンした口調で言ってくる。そんな彼女に対し、アクセルはそうだな、と頷きを返し、
「詳しい話を聞いても、結局、何が出来るか、何が出来ないかを考えるだけだからな。結局、世話になってる君に協力したいというのは、俺の中で確定しているから。構わないさ」
その言葉に、ローリエはわずかに目を見開き、そして、少し安心したのか、
「そう言ってくれるのは、有難いわね」
口元を緩めながら、そう言った。
そして、そんな彼女の横では、パルムが非常に嬉しそうな表情をしており、
「あ、ありがとうございます……! で、では詳しい事の説明を――どこからしましょうか。姫様!」
「だから落ち着きなさいって、パルム。……そうね。ここからはまた別の話で長くなるから、まずはお茶でも飲みながら話しましょう」
ローリエは苦笑しながら、先程から手元で準備していたティーポットからカップにお茶を注ぎながらそう言うのだった。
最近、裏サンデーで、「叛逆の血戦術士」という作品の漫画原作を始めました。是非、そちらも読んで頂けると嬉しいです。




