1話 精霊界でのお話
――病に蝕まれている姫の命を救ってほしい。
精霊界で暮らすために用意された客間の一室で、精霊ギルドの長――パルムからその言葉を聞いた俺は、
「それは……どういうことだ?」
まず、そう問い返していた。
深刻そうな表情をしたパルムは、こちらの言葉に小さく頷いてから口を開いた。
「姫様は現在、難病に侵されておりまして。本来であれば直ぐにでも治療をしなければならない状態なのです」
「ふむ……治療、か」
俺が顎に手を当て頷いていると、
「パルムがそういうってことは、親友に手伝えることがあるってことなのかー」
俺の肩に座るカーバンクル――錬成の勇者デイジーがそんな質問をした。
「はい。その通りです」
そのやり取りに、なるほど、と思いながら、俺は考える。
……運び屋である自分が治療の役に立つ病気など、あまり想像は出来ないが……。
難病と言っていたし、病そのものに、何らかの特徴があるのだろうか。だから、
「病って言うのは具体的にどういうものだ?」
「それは――」
パルムが答えようとした。
そんな時だ。
「こら、パロム。何を先走って話しているのよ」
部屋の入口。パルムの入室後、開けられたままであった場所から声がした。
見ればそこには、杖を突いて立っている少女がいた。
「ひ、姫様」
精霊姫であるローリエだ。
「全く。アクセル達に精霊道の修復状況を伝えに来ようと思ったら……。いきなりそんなことを話したら、びっくりさせちゃうじゃないの」
ローリエはわずかに呆れるような息を吐きながら、パルムに言う。
「す、すみません。ウロボロスが倒れた今こそが好機だと思いまして」
「それはそうかもしれないけど。一応、アクセル達にも事情があるんだから。精霊道の封鎖は、結構な問題なんだし」
そう。ウロボロスを討伐したが、彼の魔獣によって、精霊界はかなりのダメージを受けた。 人間界へと通じる道も、その影響によって通れなくなっている。
だから、現在は精霊界の人々が修復・復旧作業を行っており。こうして時折、ローリエから連絡を受けることもあった。
「今のところ修復は順調に進んでるわ。まだまだ掛かりそうだけどね」
「毎度報告してくれて助かるローリエ。……ただまあ、それはともかく、だ。君に命の危機があるって聞いたが……それは話せることか?」
精霊道の修復作業も確かに重要な事だが、それ以上に深刻そうな話題を先程得たばかりだ。
だから、張本人であるローリエに聞くと、彼女は、ふう、と一息し、
「そうね。別に隠す様な事でもないし、ね。話せるわ」
そこまで言ったローリエは、しかし、周囲をきょろきょろと見て。
「でも、ここじゃ場所が良くないわね。防音魔法は掛けてあるけど、そこまで厳重じゃないし。音も漏れるし。……隠すことでもないけど、無駄に広めるような事でもないから」
確かに、この客間は大きな通路に面している。
人通りはそこまでないが、気になるのだろう。
「だったら、場所を変えるか」
「そうね。私の部屋で話しましょう。そこでなら問題ないから」
「了解だ。……でも、君の部屋っていうと、どこにあるんだ?」
精霊界に来てから、ローリエの部屋には行ったことがない。だから聞くと、彼女はこくりと頷き、
「そうね。案内する――というか、今、道を作るわ」
「道?」
「ええ。――パルム。そっちの、窓を開けて頂戴」
「は、はい」
ローリエに言われて、パルムは客室の奥につけられた大窓を開いた。
外から風が流れ込んでくる。
あけ放たれた窓を見て、ローリエは言葉を放った。
「構築展開・自立駆動歩道」
同時、手にしている杖で、コツン、と床を叩く。刹那
――シュイン
と、ローリエの足元を起点に、光のラインが走った。
光のラインはそのまま、窓の外まで突き進むと、緩やかな螺旋を描いて上へ上へと延びていく。
それを見て、俺の肩に乗っていたデイジーが声を放った。
「これは……魔力で出来てるな。錬金術とは違う物質生成魔法だな」
「ええ。デイジーの言う通り。この街の中に設定したポイントまで自動で運んでくれる、魔力で構築した道よ」
こんなふうにね、と、ローリエは杖をひと叩きする。
すると、光の道に乗っている彼女の身体がすうっと動き出す。
いや、正確には、道が動き、彼女を動かしている。
姿勢はそのままで、俺たちの近くまで寄ってきたのだ。
「こんな感じで動いてくれるのよ」
「へえ、面白いな」
加速するための術式とはまた違う感じのする魔法だ。
「勝手が良さそうな魔法だなあ、これ」
「ええ。便利よ。発動条件は結構あるけどね。……ともあれ、みんな乗って」
「おう。じゃあ、お言葉に甘えて、と」
光の道に乗る。
足裏に不思議な浮遊感がくるが、しかし、すぐに反発力を寄越してきて、安定感が出た。
転ばないようにするための補助だろうか。こういう所でも便利だな、と思っていると、
「じゃあ、行きましょう。私の部屋に」
ローリエは杖で、光の道を小突いた。
それだけで、俺たちの身体は、ローリエの小さな背中に付いていくように運ばれていく。
そうして、光る道の動くままに宮殿の上層へと向かっていくのだった。
最近、裏サンデーで、「叛逆の血戦術士」という作品の漫画原作を始めました。是非、そちらも読んで頂けると嬉しいです。