17話 嵐に飛び込むもの
エドガーは、部下のギルド員と共に、無数の紫色の竜巻の相手をしていた。
「く……こんなに、強力な竜巻を乱発できるとは……」
竜巻を何度か爆風で吹き飛ばした。
けれど、直ぐにまた生み出されてしまう。
紫の砂で、じわじわとこちらの水分と魔力は奪われつつあるのに、延々終わらない。
そもそも標的が見つからないのだ。
「この……!【ウインド・バースト】……!」
適当な竜巻に爆風をぶち当てても、中には誰もいない。
「く……隊長、こっちも外れです……!」
他の班員も打ち込むが、やはりどこにいるかが絞れない。
そうしている内に、どんどん削られている。
既に自分以外の探索班は、まともに立っていられる状態ではなくなっていた。
「……ぐ……ぅ……」
そしてエドガーも、ふらつき、今にも膝を付きそうなほど弱らされていた。
竜巻が強力なだけではなく、こちらの攻撃が効いているようにも感じられない。
その事実を含めて、エドガーたちは追い詰められていた。
それが分かっているからか、
「はは、やはり人間は、この程度か」
アメミットの、煽るような声が時折り響いてくる。
こちらの戦意を折ろうとしているのか、とても楽しそうだ。
「やはり、コカク様は警戒しすぎだったのかもしれないな。いや、それとも我が強くなり過ぎたのか……まあ、どちらでもいいか。そろそろ終いだ」
その言葉が聞こえた瞬間、周囲にあった竜巻が一か所に集まり、大きくなった。
「ぐ…………まだ、強くなるのか……」
そして、大きな竜巻は、こちらへと迫ってくる。
探索班の面々が、魔法を撃ちこむも、
「隊長……! これは、爆風では対抗できません……!」
竜巻は弱りもしない。
そのまま、こちらを飲み込もうと進み続けてくる。
「さあ、貴様らは乾いて、我が爵位を飾る戦功となるがよい……!
竜巻の奥からは、アメミットの声がした。
近くにいるのに、見えない。
手も届かせることが出来ない。
その思いに口惜しさが募り、
「くそ……何か……もう、手はないのか……」
目の前に迫る竜巻を前に、エドガーが歯をかみしめた。
その時だ。
「まだ二人分、手は残ってるぞ、エドガー」
「――!?」
目の前に降りてきた一振りの熱風が、巨大な竜巻を断ち切った。
いや、それは風ではなく、
「アクセル殿……!?」
舞い降りたのは、頂戴な剣と共に、炎のような熱気を纏うアクセルだった。
「竜巻の観察が終わったからな。――魔人討伐にも協力しに来たぞ、エドガー」
●
俺の声に、エドガーは震える声で反応して来た。
「魔人……どうして、そのことを」
「上で観察してるときに、ちょっと耳に挟んだ奴がいてな」
剣を肩に担いながら上を指差す。
「上……というと」
エドガーがその指の動きを追った瞬間、
「お待たせ!」
バーゼリアも着地した。
「やっぱりご主人は早いなあ。やっぱり速度ばっかり早くても、上手く降りられないし。難しいなー」
「気にするな。俺が素早く降りられたのも、降下速度を与えてくれた君のお陰だ、バーゼリア」
竜の巨体で地面に激突すると衝撃が大きすぎる為、毎回、俺だけが先に地面に降りているだけだ。
早さだけが問題なわけではない、などと思っていると、
「こ、この竜が、バーゼリア殿、なのですね……。件の、勇者時代の相棒である……」
隣でエドガーが驚愕の表情を浮かべていた。
そういえば、エドガーは竜形態は初見だった。
とはいえ頭の回転は速いようで、直ぐに理解しているようだ。
切り替えが早くて有り難い。
「さて、バーゼリア。それじゃあ作戦通り、後ろの保護は任せたぞ」
「はーい! 任せて!」
人の姿に戻ったバーゼリアはそのまま、背後に怪我人を運んでいった。
それを横目で確認しつつ、俺は先程まで竜巻があった地点を見る。
落下の勢いで切り裂くと同時、地面へ放った衝撃で、砂がはじけ飛んでいる。
だから、見えていた。
砂に半ば身を隠すようにして立ちながら、驚愕の顔を浮かべる、虫人の姿が。
「我が嵐を断ち切るだと……?」
目を細めてこちらを睨んでいた。
「あの虫人が魔人でいいんだよな、エドガー」
「は、はい! そうです、アクセル殿!」
そんな声を聞いて、魔人は俺の目を見て、そして背後にいるバーゼリアを見て頷いた。
「アクセル……そうか。貴様が……竜騎士アクセルか」
●
目の前に降り立った、人間と竜を見て、アメミットは、口元を緩ませた。
「そうか。はは、そうか! 貴様が我が主の、魔人の敵か! 竜騎士アクセルよ!! ――よくぞ、この紫風卿アメミットの前に現れてくれたな!」
「進んで敵になった覚えはないけどな。あと、元竜騎士で、今は運び屋だよ、アメミット。間違えてくれるな」
「貴様こそ、我は紫風卿アメミットだ。爵位を忘れるな、運び屋アクセルよ」
そう。大切なのは爵位と、戦功だ。
今、目の前にいるのは、倒せば大手柄となる極上の獲物だ。
「ここで貴様を倒せば、……私は更なる称賛と爵位と力を得られる……!! ――故に、ここで死ね!」
だからこそ、アメミットは即座に全力を出す。
右腕に魔力を込めることで、大量の紫の砂と、渦巻く風を作り出す。
それを見て、アクセルは眉を顰めた。
「紫の竜巻、か。……エドガー、この魔人が、今回の嵐の原因ってことで、いいのか?」
「あ、ああ。本人は、そう言っていた。奴の右腕が、巻き起こしているみたいだ……!」
「そうか。なら、嵐もこの魔人も、両方どうにかしなきゃいけないな」
そんな事を言いながら、アクセルは剣を構えた。
どうやら、剣一本でこちらと相対するつもりのようだ。
先ほど、落下して来た時に見えた速度と力には少し驚かされたものの、
「戯言を! 貴様ごときに、我が嵐を止められるものか! 我が竜巻と嵐は土地神すら飲み込むのだから!」
自分にはこの腕がもたらす砂と風がある。
負ける筈がない。
「お前の嵐がどうかは知らないが……俺には青空が必要だし、街の人達も曇り空には辟易してるみたいなんでな。だからお前を止めて、綺麗な空をこの地に運ばせて貰うぞ、アメミット」
「やれるものならやってみろ! ――【紫風の竜巻】(ファランクス・トルネード)!」
アメミットが唱えると同時、彼の周囲に竜巻を引き起こされた。
「いけ、我が竜巻よ!」
それを指の動きで操り、アクセルに向けて放つ。
ギルドの連中を削り取った竜巻の弾丸だ。
だが、それだけでは、先ほどアクセルには回避されるかもしれない。
だからアメミットは更に動く。
「――【透・風塵斬】(クリア・ブレイド)……」
竜巻の轟音に声を隠すようにして唱えた。
放たれるのは、竜巻の合間を縫うような軌道の風の刃だ。
……そう、不可視の刃だ。
風に色は無い。
故に、見える事もない。
『嵐の腕』の力に慣れていく中で会得した、大きな力の一つだ。
……初見の、見えぬ一撃だ。避けられまい。
ギルドの人間に使って、地面が血に汚れる様を見せては、感づかれるかもしれない。
いずれ来る強敵の為に、ここまで隠していた技だ。
……当てられる。
このまま行けば、竜巻をよけようと体を動かしているアクセルの身体に直撃する。
そう思っていた。なのに、
――ィン……!
という音と共に、風の刃ははじけた。
アクセルが、己の前に構えた剣によって防御したからだ。
……防いだ、だと……?
風の刃の強度はそこまで高くない。
それ故、アクセルの剣と打ち合えば、勝てずに消え去ってしまう。
それは分かっている。驚くべきは、
……どうやって防御したか、だ……。
いや、恐らく、偶然だ。
たまたま剣を構えたところに斬撃が行っただけに過ぎない。
……そうだ。見えないのだから、防げない筈だ。
奴は運が良かった。
そう思えば、対処は簡単だ。
「――【透・風塵連斬』……!」
今度はそんな偶然が起きない程、更に多く撃てばいい。
更に、今回は斬撃だけではなく、
【透・風塵連打』」
打撃も混ぜた。
風のハンマーだ。
当たれば、人間の身体程度ならば、打ち砕ける。
これも不可視だ。
……そして風の刃よりも強度は高い……!
相手の武器を折るほどまでには行かないだろうが、弾き飛ばすくらいは出来る。
致命に至るルートを増やしたのだ。
打撃や斬撃がそのまま当たればよし。
打撃が武器に当たり、弾いた隙に、斬撃が当たるでもよし。
不可視の攻撃に慌て、竜巻に切り刻まれても良し。
とにかく当たれば良い。
そう思って、連続で打ち放つ。
「もはや運でどうにかなると思うな……!!」
これだけ打てば、確実に食らうはずだ。
数秒後には、奴の身体は血に染まっている筈。
そう思って打ち続けた。だが、
「なるほど。随分と賢しい技を使うじゃないか」
目の前で起きたのは、自分の想定とは異なっていた。
「な、に……?」
アクセルは風の斬撃と打撃、そして竜巻の間を縫うようにして、防御する事も無く、こちらへ突き進んでくるのだ。
……ば、馬鹿な……!
攻撃は視認できない。
砂埃で幾らかは判別できるかもしれないが、全てが全て見える数でもない。なのに、
「何故抜けられる!?」
「生憎と、嵐と向かい風は散々相手にしてきたんでな。元々風なんて見えない物だが……その通り道を肌で感じて見切るのは、慣れてるんだ。……こんな風にな」
近寄られた。
そして、アクセルはそのまま、剣を振り上げてくる。
このままでは斬られる。
「ぐ……【風壁】……!」
咄嗟に風の壁を前面に作り、下段からの剣に対抗する。が、
「遅い……!」
剣は止まらず逆袈裟に振り切られた。
「ご……ふ……!」
風の壁のお陰で切断は免れたが、打撃は貰い、くの字に体が折れて、衝撃から吹き飛んでしまう。だが、
……まだ、だ!
負けてはいない。そうだ。
「まだ、私の嵐は残っているぞ! 【紫風の竜巻】!」
吹き飛ばされながら、アメミットは右腕を振り下ろした。
――バフッ!
瞬間、アメミットとアクセルの間に、幾つもの竜巻が生み出された。
……この隙に、竜巻に身を隠せば――。
また攻撃を再開できる。
そう思っていたのに、
「そこだ」
自分が隠れている竜巻を狙ってアクセルが突っ込んできた。
そして、そのまま、竜巻を断ち割ってくる。
「ぐ……」
咄嗟に後方に飛び退いて、剣はかわせた。が、
「……!」
アクセルの目は、明らかにこちらを捉えていた。
「な、何故、だ……」
不可解だった。
竜巻により、自分の身は隠せていた。
向こうからは視認できなかったはずなのに。
……明らかに、奴は、こちらの居場所が分かっている。
そんな確信を持った攻撃だった。
「貴様、何故、我が見えていないのに補足出来る……!」
「風を見切るのは慣れていると言っただろう? 風の中に隠れて物理的に見えなくても、空気の流れで分かるさ」
「流れ……!?」
「お前がいるところだけ、風の流れが淀んでいる。実物が見えなくても居場所は分かる。……こんなのは俺だけが出来る事じゃない。戦闘慣れしている奴ならすぐに分かる事だ。――魔人アメミット……お前、対人戦にあまり慣れていないな?」
「――ッ!!」
アクセルのセリフに、アメミットはギリ、と口を鳴らした。
……人間如きが、我を、コカク様の力を受けた我を見下してくるなど、あってはならない……!
自分に力と期待を与えてくれた主すら見下されている。そんな強い不快感がアメミットを襲った。
その不快は怒りの言葉と変わって、放たれる。
「貴様は今ここで殺す。この腕の名に懸けて、我は貴様の首を、戦功としてあげるのだ……!!」
そして怒りのままに、アメミットは腕を振るう。
「――【紫風の大嵐】……!」
それは、己の身体を核とし、命と魔力を消費し続ける事で発生させられる大竜巻。
半径数百メートルに及ぶ、天災規模の捨て身の技だ。
「この技を、風を読んで避けられるものなら避けてみろ! 干乾びるまで追い続けて、背後の人間もろとも、バラバラにして、吸い尽くしてやる!」
●
アメミットが引き起こした、今までで一番大きな竜巻を前に、俺は剣を構える。
「確かに避ける意味がない広範囲攻撃だな」
ちょっとやそっと体を動かしただけでは、確実に当たるだろう。
背後には、負傷したギルドの人々がいる。
彼らがこの嵐を食らうのは危険だ。だから、回避という選択肢はない。それに、
「この竜巻の中に確実にいてくれるっていうんなら、好都合だな」
アメミットの居場所はこの中だ。
居場所が分かるならば、あとは、そこに当てるための技を使えばいいだけなのだから。
「――アメミット。お前に全てを薙ぎ払う、竜神の羽ばたきを見せてやる」
一本の剣を腰だめに構え、俺はスキルを発動する。
「【双頭竜の牙】(ドラゴン・ダブル)」
瞬間、手にしていた剣がぶれた。
剣にまとわりついた魔力が、その刀身と柄を直下に再現したのだ。
再現された剣は、実在の剣と動きを共にする。その動きすら重なる剣を腰だめに構えたまま、俺は大きく身を捻る。
そこから打ち出すのは、東方の剣士から教わった技術を竜騎士の技として改良した、一振りの剣と二つの刃による薙ぎ払いの一撃。
昔、大空にて、向かい風の中、飛び込んでくる敵軍を切り払う為に編み出した。
大きな風に立ち向かう技――
「【竜神の葬送剣】(ドラグニール・ストーム)」
言葉と共に、アクセルの腕から、斬撃が放たれた。
竜巻によって視界が塞がれているようと、関係なく。
重なる魔力の刃は振られた延長線上を全て、薙ぎ払う。そして――
「……!?」
竜巻ごと、アメミットの体を切り裂いた。
「なんで……主の……爵位の力が、このような、人間に敗れるなど……ぉ…………」
そして、そのまま掠れるような声を上げて。
竜巻ごと体を断たれたアメミットは、その場に倒れ伏すのだった。




