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最強職《竜騎士》から初級職《運び屋》になったのに、なぜか勇者達から頼られてます  作者: あまうい白一
第四章

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17話 嵐に飛び込むもの


 

 エドガーは、部下のギルド員と共に、無数の紫色の竜巻の相手をしていた。

 

「く……こんなに、強力な竜巻を乱発できるとは……」


 竜巻を何度か爆風で吹き飛ばした。

 けれど、直ぐにまた生み出されてしまう。

 

 紫の砂で、じわじわとこちらの水分と魔力は奪われつつあるのに、延々終わらない。

 そもそも標的が見つからないのだ。

 

「この……!【ウインド・バースト】……!」


 適当な竜巻に爆風をぶち当てても、中には誰もいない。

  

「く……隊長、こっちも外れです……!」

 

 他の班員も打ち込むが、やはりどこにいるかが絞れない。

 

 そうしている内に、どんどん削られている。

 既に自分以外の探索班は、まともに立っていられる状態ではなくなっていた。

 

「……ぐ……ぅ……」


 そしてエドガーも、ふらつき、今にも膝を付きそうなほど弱らされていた。

 

 竜巻が強力なだけではなく、こちらの攻撃が効いているようにも感じられない。

 その事実を含めて、エドガーたちは追い詰められていた。

  

 それが分かっているからか、

 

「はは、やはり人間は、この程度か」


 アメミットの、煽るような声が時折り響いてくる。

 こちらの戦意を折ろうとしているのか、とても楽しそうだ。


「やはり、コカク様は警戒しすぎだったのかもしれないな。いや、それとも我が強くなり過ぎたのか……まあ、どちらでもいいか。そろそろ終いだ」


 その言葉が聞こえた瞬間、周囲にあった竜巻が一か所に集まり、大きくなった。


「ぐ…………まだ、強くなるのか……」


 そして、大きな竜巻は、こちらへと迫ってくる。

 探索班の面々が、魔法を撃ちこむも、

 

「隊長……! これは、爆風では対抗できません……!」


 竜巻は弱りもしない。

 そのまま、こちらを飲み込もうと進み続けてくる。


「さあ、貴様らは乾いて、我が爵位を飾る戦功となるがよい……!


 竜巻の奥からは、アメミットの声がした。

 

 近くにいるのに、見えない。

 手も届かせることが出来ない。

 

 その思いに口惜しさが募り、

 

「くそ……何か……もう、手はないのか……」


 目の前に迫る竜巻を前に、エドガーが歯をかみしめた。

 その時だ。

 

「まだ二人分、手は残ってるぞ、エドガー」

「――!?」


 目の前に降りてきた一振りの熱風が、巨大な竜巻を断ち切った。

 いや、それは風ではなく、

 

「アクセル殿……!?」


 舞い降りたのは、頂戴な剣と共に、炎のような熱気を纏うアクセルだった。


「竜巻の観察が終わったからな。――魔人討伐にも協力しに来たぞ、エドガー」


俺の声に、エドガーは震える声で反応して来た。


「魔人……どうして、そのことを」

「上で観察してるときに、ちょっと耳に挟んだ奴がいてな」


 剣を肩に担いながら上を指差す。

 

「上……というと」


 エドガーがその指の動きを追った瞬間、

 

「お待たせ!」

 

 バーゼリアも着地した。

 

「やっぱりご主人は早いなあ。やっぱり速度ばっかり早くても、上手く降りられないし。難しいなー」

「気にするな。俺が素早く降りられたのも、降下速度を与えてくれた君のお陰だ、バーゼリア」


 竜の巨体で地面に激突すると衝撃が大きすぎる為、毎回、俺だけが先に地面に降りているだけだ。

 早さだけが問題なわけではない、などと思っていると、


「こ、この竜が、バーゼリア殿、なのですね……。件の、勇者時代の相棒である……」


 隣でエドガーが驚愕の表情を浮かべていた。

 そういえば、エドガーは竜形態は初見だった。

 

 とはいえ頭の回転は速いようで、直ぐに理解しているようだ。

 切り替えが早くて有り難い。

 

「さて、バーゼリア。それじゃあ作戦通り、後ろの保護は任せたぞ」

「はーい! 任せて!」


 人の姿に戻ったバーゼリアはそのまま、背後に怪我人を運んでいった。

 

 それを横目で確認しつつ、俺は先程まで竜巻があった地点を見る。


 落下の勢いで切り裂くと同時、地面へ放った衝撃で、砂がはじけ飛んでいる。

 だから、見えていた。

 

 砂に半ば身を隠すようにして立ちながら、驚愕の顔を浮かべる、虫人の姿が。


「我が嵐を断ち切るだと……?」


 目を細めてこちらを睨んでいた。

 

「あの虫人が魔人でいいんだよな、エドガー」 

「は、はい! そうです、アクセル殿!」


 そんな声を聞いて、魔人は俺の目を見て、そして背後にいるバーゼリアを見て頷いた。


「アクセル……そうか。貴様が……竜騎士アクセルか」



 目の前に降り立った、人間と竜を見て、アメミットは、口元を緩ませた。


「そうか。はは、そうか! 貴様が我が主の、魔人の敵か! 竜騎士アクセルよ!! ――よくぞ、この紫風卿アメミットの前に現れてくれたな!」

「進んで敵になった覚えはないけどな。あと、元竜騎士で、今は運び屋だよ、アメミット。間違えてくれるな」

「貴様こそ、我は紫風卿アメミットだ。爵位を忘れるな、運び屋アクセルよ」


 そう。大切なのは爵位と、戦功だ。

 今、目の前にいるのは、倒せば大手柄となる極上の獲物だ。

 

「ここで貴様を倒せば、……私は更なる称賛と爵位と力を得られる……!! ――故に、ここで死ね!」


 だからこそ、アメミットは即座に全力を出す。

 右腕に魔力を込めることで、大量の紫の砂と、渦巻く風を作り出す。

 それを見て、アクセルは眉を顰めた。

 

「紫の竜巻、か。……エドガー、この魔人が、今回の嵐の原因ってことで、いいのか?」

「あ、ああ。本人は、そう言っていた。奴の右腕が、巻き起こしているみたいだ……!」

「そうか。なら、嵐もこの魔人も、両方どうにかしなきゃいけないな」


 そんな事を言いながら、アクセルは剣を構えた。

 どうやら、剣一本でこちらと相対するつもりのようだ。


 先ほど、落下して来た時に見えた速度と力には少し驚かされたものの、


「戯言を! 貴様ごときに、我が嵐を止められるものか! 我が竜巻と嵐は土地神すら飲み込むのだから!」


 自分にはこの腕がもたらす砂と風がある。

 負ける筈がない。


「お前の嵐がどうかは知らないが……俺には青空が必要だし、街の人達も曇り空には辟易してるみたいなんでな。だからお前を止めて、綺麗な空をこの地に運ばせて貰うぞ、アメミット」

「やれるものならやってみろ! ――【紫風の竜巻】(ファランクス・トルネード)!」


 アメミットが唱えると同時、彼の周囲に竜巻を引き起こされた。

 

「いけ、我が竜巻よ!」

 

 それを指の動きで操り、アクセルに向けて放つ。

 ギルドの連中を削り取った竜巻の弾丸だ。

 

 だが、それだけでは、先ほどアクセルには回避されるかもしれない。

 

 だからアメミットは更に動く。

  

「――【透・風塵斬】(クリア・ブレイド)……」


 竜巻の轟音に声を隠すようにして唱えた。

 放たれるのは、竜巻の合間を縫うような軌道の風の刃だ。

 

 ……そう、不可視・・・の刃だ。

 

 風に色は無い。

 故に、見える事もない。

 

 『嵐の腕』の力に慣れていく中で会得した、大きな力の一つだ。

  

 ……初見の、見えぬ一撃だ。避けられまい。


 ギルドの人間に使って、地面が血に汚れる様を見せては、感づかれるかもしれない。

 いずれ来る強敵の為に、ここまで隠していた技だ。

  

 ……当てられる。


 このまま行けば、竜巻をよけようと体を動かしているアクセルの身体に直撃する。

 そう思っていた。なのに、


 ――ィン……!

 

 という音と共に、風の刃ははじけた。

 

 アクセルが、己の前に構えた剣によって防御したからだ。

 

 ……防いだ、だと……?

 

 風の刃の強度はそこまで高くない。

 それ故、アクセルの剣と打ち合えば、勝てずに消え去ってしまう。

 

 それは分かっている。驚くべきは、

 

 ……どうやって防御したか、だ……。


 いや、恐らく、偶然だ。

 たまたま剣を構えたところに斬撃が行っただけに過ぎない。 

 

 ……そうだ。見えないのだから、防げない筈だ。

 

 奴は運が良かった。

 そう思えば、対処は簡単だ。

 

「――【透・風塵連斬』……!」

 

 今度はそんな偶然が起きない程、更に多く撃てばいい。

 更に、今回は斬撃だけではなく、

 

【透・風塵連打』」


 打撃も混ぜた。

 風のハンマーだ。

 

 当たれば、人間の身体程度ならば、打ち砕ける。 

 これも不可視だ。

 

 ……そして風の刃よりも強度は高い……!

 

 相手の武器を折るほどまでには行かないだろうが、弾き飛ばすくらいは出来る。 

 

 致命に至るルートを増やしたのだ。

 

 打撃や斬撃がそのまま当たればよし。

 打撃が武器に当たり、弾いた隙に、斬撃が当たるでもよし。

  

 不可視の攻撃に慌て、竜巻に切り刻まれても良し。

 

 とにかく当たれば良い。

 そう思って、連続で打ち放つ。


「もはや運でどうにかなると思うな……!!」


 これだけ打てば、確実に食らうはずだ。


 数秒後には、奴の身体は血に染まっている筈。

 

 そう思って打ち続けた。だが、


「なるほど。随分と賢しい技を使うじゃないか」


 目の前で起きたのは、自分の想定とは異なっていた。

 

「な、に……?」

 

 アクセルは風の斬撃と打撃、そして竜巻の間を縫うようにして、防御する事も無く、こちらへ突き進んでくるのだ。


 ……ば、馬鹿な……!

 

 攻撃は視認できない。

 砂埃で幾らかは判別できるかもしれないが、全てが全て見える数でもない。なのに、


「何故抜けられる!?」

「生憎と、嵐と向かい風は散々相手にしてきたんでな。元々風なんて見えない物だが……その通り道を肌で感じて見切るのは、慣れてるんだ。……こんな風にな」


 近寄られた。

 そして、アクセルはそのまま、剣を振り上げてくる。

 このままでは斬られる。


「ぐ……【風壁】……!」


 咄嗟に風の壁を前面に作り、下段からの剣に対抗する。が、


「遅い……!」

 

 剣は止まらず逆袈裟に振り切られた。

 

「ご……ふ……!」

 

 風の壁のお陰で切断は免れたが、打撃は貰い、くの字に体が折れて、衝撃から吹き飛んでしまう。だが、

 

 ……まだ、だ!

 

 負けてはいない。そうだ。

 

「まだ、私の嵐は残っているぞ! 【紫風の竜巻】!」


 吹き飛ばされながら、アメミットは右腕を振り下ろした。 


 ――バフッ!

 

 瞬間、アメミットとアクセルの間に、幾つもの竜巻が生み出された。


 ……この隙に、竜巻に身を隠せば――。

 

 また攻撃を再開できる。

 そう思っていたのに、

 

「そこだ」


 自分が隠れている竜巻を狙ってアクセルが突っ込んできた。

 そして、そのまま、竜巻を断ち割ってくる。 

 

「ぐ……」


 咄嗟に後方に飛び退いて、剣はかわせた。が、


「……!」


 アクセルの目は、明らかにこちらを捉えていた。


「な、何故、だ……」


 不可解だった。

 竜巻により、自分の身は隠せていた。

 向こうからは視認できなかったはずなのに。

 

 ……明らかに、奴は、こちらの居場所が分かっている。


 そんな確信を持った攻撃だった。

 

「貴様、何故、我が見えていないのに補足出来る……!」

「風を見切るのは慣れていると言っただろう? 風の中に隠れて物理的に見えなくても、空気の流れで分かるさ」

「流れ……!?」

「お前がいるところだけ、風の流れが淀んでいる。実物が見えなくても居場所は分かる。……こんなのは俺だけが出来る事じゃない。戦闘慣れしている奴ならすぐに分かる事だ。――魔人アメミット……お前、対人戦にあまり慣れていないな?」

「――ッ!!」


 アクセルのセリフに、アメミットはギリ、と口を鳴らした。

 

 ……人間如きが、我を、コカク様の力を受けた我を見下してくるなど、あってはならない……!

 自分に力と期待を与えてくれた主すら見下されている。そんな強い不快感がアメミットを襲った。

 その不快は怒りの言葉と変わって、放たれる。


「貴様は今ここで殺す。この腕の名に懸けて、我は貴様の首を、戦功としてあげるのだ……!!」

 そして怒りのままに、アメミットは腕を振るう。


「――【紫風の大嵐】……!」


 それは、己の身体を核とし、命と魔力を消費し続ける事で発生させられる大竜巻。

 半径数百メートルに及ぶ、天災規模の捨て身の技だ。


「この技を、風を読んで避けられるものなら避けてみろ! 干乾びるまで追い続けて、背後の人間もろとも、バラバラにして、吸い尽くしてやる!」



 アメミットが引き起こした、今までで一番大きな竜巻を前に、俺は剣を構える。


「確かに避ける意味がない広範囲攻撃だな」


 ちょっとやそっと体を動かしただけでは、確実に当たるだろう。

 背後には、負傷したギルドの人々がいる。 

 彼らがこの嵐を食らうのは危険だ。だから、回避という選択肢はない。それに、


「この竜巻の中に確実にいてくれるっていうんなら、好都合だな」


 アメミットの居場所はこの中だ。

 居場所が分かるならば、あとは、そこに当てるための技を使えばいいだけなのだから。


「――アメミット。お前に全てを薙ぎ払う、竜神の羽ばたきを見せてやる」


 一本の剣を腰だめに構え、俺はスキルを発動する。


「【双頭竜の牙】(ドラゴン・ダブル)」


 瞬間、手にしていた剣がぶれた。

 剣にまとわりついた魔力が、その刀身と柄を直下に再現したのだ。

 

 再現された剣は、実在の剣と動きを共にする。その動きすら重なる剣を腰だめに構えたまま、俺は大きく身を捻る。

 

 そこから打ち出すのは、東方の剣士から教わった技術を竜騎士の技として改良した、一振りの剣と二つの刃による薙ぎ払いの一撃。

 

 昔、大空にて、向かい風の中、飛び込んでくる敵軍を切り払う為に編み出した。

 大きな風に立ち向かう技――


「【竜神の葬送剣】(ドラグニール・ストーム)」


 言葉と共に、アクセルの腕から、斬撃が放たれた。

 竜巻によって視界が塞がれているようと、関係なく。


 重なる魔力の刃は振られた延長線上を全て、薙ぎ払う。そして――


「……!?」

 

 竜巻ごと、アメミットの体を切り裂いた。


「なんで……主の……爵位の力が、このような、人間に敗れるなど……ぉ…………」


 そして、そのまま掠れるような声を上げて。

 竜巻ごと体を断たれたアメミットは、その場に倒れ伏すのだった。


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