16話 砂塵
複数の竜巻が一斉に動き出す。
その動きに一番に気付いたのはエドガーだった。
「気を付けろ! 紫の竜巻が動いてるぞ!!」
渦巻く風が、移動を始めた。
全てがこちらに向かってくる。
「隊長! どうしますか!」
「落ち着け。どこかの旋風の中に人影があるはずだ。それをまず探す……!」
人影がある。
それは前の調査で分かっている。
……ただ、傷を喰らって倒れていたわけではない。
調査とは積み重ねだとエドガーは思う。
得られた結果と事実と分析を積み重ね、それを纏めて使えるようになった時、それは状況を変える力となる。
それは今回も変わらない。
「ああ、見つけたぞ……!」
そう。前回、傷を貰った時に、人影のあった竜巻の大きさは、しっかりと記憶していた。
他に比べて、少しだけ大きな、右方の竜巻。
その中に、確かに影は見えていた。
この風の中だ。矢や弾では、弾き返される。
物理的な武装はあまり意味を持たない。
だから、そういった装備は持って来なかった。代わりに
「分析して、対応できる魔法と布陣を用意してきた……」
この『竜巻』は空からではなく地面から巻き起こっている。
発生源は地面にある。
それは以前喰らって分かっている。故に、
「地面ごと、吹き飛ばしてやればいいはずだ……! 総員、右方の竜巻に集中砲火!」
「了解――【ウインド・バースト】!」
近くにいた部隊と共に、放つのは風系の中級魔法だ。
本来は、爆圧を引き起こし、物を吹き飛ばす魔法だ。一発の威力もそこそこではあるが、それを一か所に集中して、複数で放てば効果も変わり、
「――」
竜巻に対抗するような、爆風が巻き起こった。
砂塵が巻き上がり、視界が塞がれ、しかし風の舞う中なため、一瞬でクリアになる。
そして、爆風の効果は目に見えて現れており、
「やった! 竜巻が止まったぞ!」
こちらに向かってきていた竜巻が、消えていた。
そればかりか、大きさも小さくなり、今にも消えそうなほど弱まっていた。
「対応できているぞ!」
「はは、調査と追求がモットーの考古学ギルドに、考えさせる時間を与えた事を後悔させてやるぜ!」
班員たちは、威勢よく声を上げる。
やったことは全員の力を合わせて、竜巻を一つ止めただけであり、結構な重労働ではあるが、
「ああ、いけるか。これなら……」
と、エドガーが言葉を零しながら、もはや消えゆく竜巻を見た。その時だ。
「ほう、我が風の一部を止めて、しかも見つけてくるか。中々やるようだ」
竜巻の中に見えていた人影が、声を発したのは。
●
砂埃が晴れ、竜巻も消えた状態で、初めて見るその姿は、
「虫人……だと!?」
この辺りではあまり見ない、虫と人が混ざった様な種族だ。
他の街でならともかく、少なくとも、エニアドでは十数年、見た覚えはない。
虫人にとっては、あまり向いていない環境だからだ。
しかも、虫人の右腕は、不気味に肥大化しており、特徴的な見た目をしている。こんな姿を見逃すはずがない。
一体いつから、この砂漠にいたのか。
しかも何故、竜巻の中にいたのか。
「貴様、一体……何者だ……!」
問うと、虫人はまず目だけで笑った。
そして、蟻のような頭をギ、と開き、
「我が姿を垣間見た褒美に教えてやろう。我は魔人、紫風卿アメミット。覚えておくと良い。貴様らの人間と、神を干からびさせるモノだ……!」
その言葉に、探索班はたじろいだ。
「ま、魔人だと……!」
「この地にも現れていたのか……。しかも、なんだあの不気味な腕は……」
その声に、アメミットは声を上げて笑う。
「はは、この美しさが分からぬとは、人間らしい……。ならば、その身をもって美しさを味わうといい。我が主より頂いた、爵位の証『嵐の腕』を……!」
言った瞬間、肥大化した右腕から、紫の砂と風が、凄まじい勢いで噴出した。
「な……!?」
それはあっという間に渦をまく風となり、アメミットの周囲に旋風として出来上がっていく。
「その紫の砂も、竜巻も、嵐も。貴様の仕業か……」
「正解だ、弱小なる人間よ。……さて、私の休息明けの、最も弱き風に対応したのも良い抵抗だったな。二つの正解に対し、二つの褒美を、我が力を見せよう」
言葉と共に、アメミットの腕から発せられる風が、更に強まった。
ほんの一息で、周囲一帯に幾つもの竜巻が生まれる。それも、
「ばかな……。さっきのよりも数段大きいぞ……」
そう。直径、数十メートルはあろうか。
そんな竜巻が自分たちの周囲に幾つも出来上がっている。しかも、それだけではない。
「さあ、一つ目のプレゼントだ。【砂塵弾】(サンド・ブラスト)」
アメミットの言葉と同時、複数の竜巻から黒い棒が、射出された。
「総員回避!」
エドガーはとっさに身を横飛びさせながら、叫ぶ。しかし、
「ぐおっ……」
「す、すみません。避けきれなかった……」
何名かの班員が、食らってしまった。
手や足に黒い石のような杭が突き刺さっている。
「この杭は……土地神様を撃ったモノ……! やはり、あれも魔人の技だったのか……! ――あたった物は動けなくなる前に下がれ! 内部から魔力を吸い取ってくるぞ!」
怪我人を下がらせながら、しかし、そこでエドガーは見た。
「さあ……ここからが本番だ」
アメミットが、その姿を竜巻に隠していく様を。
「に、逃げる気か……!?」
「何を馬鹿な。貴様らに美しい腕を晒す価値がないだけだ」
竜巻の中から声だけが聞こえてくる。
が、もはやどこにいるか、視認は出来ない。
「く……もう一度、近距離で風を魔法を撃ちこめば……!!」
だから被弾覚悟で、竜巻に近づき、魔法を放とうとした。が、
「おや、そんなに我が風に触れたいのか。ならば、もう一つ褒美だ。それもくれてやろう。――【風塵弾】(ストーム・ブラスト)」
周囲にある竜巻そのものが動き、ぶつかって来た。
本来は突風でしかない筈の竜巻。しかし、魔人のそれは、性質が異なっているのか、
「ぐおお……!?」
衝突した瞬間、硬い岩石がぶつかってくるような感触があった。
そしてその威力により、エドガーは吹き飛んだ。
「ぐ……なんだ、これは……。竜巻の形をした物体のようだ……」
「隊長! この竜巻、今までのモノと違います。硬度が高くて、風の魔法が通りません!」
見れば、班員の幾人かが、魔法による風の刃や、爆圧で攻撃していた。
だが、その全てを、竜巻は弾いていた。
炎や氷を撃ちこんでも、それは同じ。
風とは思えない硬さが、そこにはあった。
「おや、どうした。触れたかったのではないのか」
そして、ほくそ笑む声だけが、どこからか反射して飛んでくる。
「さあ。まだまだ続くぞ。貴様らが干乾びるまで。この魔人アメミットの褒美を、遠慮なく、受け続けるがいい」
●
十六時になる少し前、俺達は既に空にいた。
予定時刻より少し早いが、遅れるよりはいいだろう、と規定のポイントの上空まで飛んでいたのだ。
時間的にも問題なく目的地を目指していたのだが、到着手前で、俺たちは気付いた。
「ね、ご主人。下の方、見えてる?」
「ああ、観察の為に注目し続けていたが――もう戦闘が始まってるみたいだな」
「うん……。竜巻が、考古学ギルドの人たちを襲っているね」
観察の為に、下方に注意し続けていた事で、直ぐに分かった。
既に戦闘は始まっているのだと。
「それと、少し聞こえたんだけど、魔人……とか何とか言っているね」
「流石、耳がいいな、バーゼリア。そして……ここでも魔人案件か」
魔人の出現が増えているとはギルドや街の人々から聞いていた。
噂レベルだったり、全てが全て確定した情報というわけではないのだが、しかし、そういう話が出回っているのは分かっていた。
……そして、今回はこういった街から離れた場所にも、出ていた、ってことか。
まだ確定した訳ではない。けれど、その単語を聞いたのであれば、警戒はすべきだし、
「魔人が相手で、ギルドの人たちを襲っているなら、どうにかしないとな」
既に竜巻を上から観察するという依頼は、一応果たせている。
竜巻の中に、虫人らしきものがいるのも、そしてそいつがギルドの人々を攻撃しているのも見えている。
状況を見るに、のんびりはしていられない。
「いつも通り、ご主人が攻めている間、ボクが後ろを守るよ」
「ああ、頼む。ここから一直線に迎えるか?」
この位置からならば強襲は狙えるはずだ。
「勿論。……でも、下手に動くと風の影響が危ないから、全速力で降りて良い? 物理的な乗り方じゃ、絶対に落ちちゃう奴になると思うけど」
不安そうな口調で言ってくるバーゼリアを、俺は撫でる。
「平気さ。過去輸送でスキルの切り替えをしていけば問題ない」
過去輸送の枠が複数あれば、ある程度の騎乗スキルを使う事が出来る。
竜王である彼女に三分以上乗れるということは、そういうことだ。
「――じゃあ、久々にコンビで降りよう、ご主人!」
「おうよ」
過去輸送を使い呼び出すのは、一つの合成スキル。
戦闘用ではなく、体を保護するわけでもない、
……単純に、竜王に乗る為のスキルだ。
それを使った。
「【竜心同体】(ドラゴンズ・コネクト)」
瞬間、俺の身体とバーゼリアの身体は密着し、離れなくなる。それが分かるのか、
「このスキル、ご主人に抱きしめられるみたいで好きなんだよね……!」
バーゼリアは嬉しそうに言った後、
「それじゃ、加速を与えるよご主人! ――【竜炎の逆落とし】」
音すら追い付かない速度で、バーゼリアと共に、降下した。