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最強職《竜騎士》から初級職《運び屋》になったのに、なぜか勇者達から頼られてます  作者: あまうい白一
第四章

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15話 方々での話し合い


 保管庫の一角にあるテーブルを会議場にして、ミカエラは話を始めていく。


「まずエドガーと蛇神様から報告を受けて、それを纏めた結果、紫嵐に対して、幾つかの調べるべきポイントが見えてきました。それについて――ギルドに居なかったアクセルさんたちもいるので、紫嵐調査の経歴も合わせて、順を追って説明させて頂きます」

「ああ、頼んだ」

「まず紫嵐が発生してから数か月、調査を繰り返していた所、砂漠の一角に、紫嵐が殆ど止まない地帯がある事を発見しました。」


 ミカエラは同じテーブルに付く、アクセルやデイジーといったギルド外の人間の表情を見ながら話していく。

 

 ……ちゃんと伝わっているでしょうか……。

 

 疑問に思っている事があったら、直ぐにでも対応できるように構えながら、説明を続ける。


「そして今回の調査で、その紫嵐が止まぬポイントを、エドガーと蛇神様に長期的に観察してもらった所、そこの紫嵐は一定周期で、始まっては収まっているということが判明しました。そして、数日に一回に数十分だけ、止んでいる時間があるということも。昨日病院で受け取った報告書にそう書いてありました」


 エドガーは病院に担ぎ込まれてからずっと回復治療を受けていたが、その間にも報告書を書いては渡してきた。それを使って、ミカエラも、ギルドの研究班や探索班と会議を続けていたのだ。 

「ここまで、合っていますね、エドガー?

「ああ、だが……止んだ数十分で、そこの調査を始めようと踏み込んだ結果が、負傷に繋がった」

 

 エドガ―の言葉に蛇神も賛同した。


「マイヤーズの言う通りです。何もなかった砂地から、いきなり幾つもの竜巻が現れて吹き飛ばされた上に、黒い杭のようなものを撃ちこまれるという、明らかに防衛的な反応がありましたね」

「それについても報告書にありましたね。……その竜巻の中の一つには、人影のようなものがあったとも」

「はい、私を軽々飲み込む大きさでしたが、空まで届くような高さでは無かったので旋風と言った方が良いかも知れませんが。ともあれ、竜巻の中に、何かがいたのは、私もマイヤーズも確認しました」


 蛇神とマイヤーズが同じような人影を見た。幻術に掛かっていたとかでない限り、それは確実にあったものだ。

 

 ……蛇神様は土地神で、幻術に対しては強い耐性を持ちますし……

 

 エドガーが幻惑や混乱の魔法を受けたりしていても、蛇神まで受けるとは考え難い。というか、そこまで強力な幻術を掛けられる相手だったら、二人を精神的に殺せていただろう。


 そういう意見が、研究班の会議でも出た。

 そして、ギルド内部の結論は、既に出ていて、


「その何か、を突き止めるべきだと、考古学ギルドとしては判断しました。ですから、次に紫嵐が収まる時間帯に合わせて、考古学ギルドの戦闘部隊と共に再度調査をする事になりまして。――本日の十六時頃に、再調査がスタートします」

「今日やるのか。会議には時間をかけるが、動くのは昔通り早いな、ミカエラ」

「おほめ頂きありがとうございます、デイジーさん。といっても、紫嵐が始まって数か月たっていますから、大分時間を使っているのですけどね。……本当に今、ようやくチャンスが巡って来た感じではあります」


 そこまで言って、ミカエラはアクセルと、彼にくっついているバーゼリアの方を見た。


「ここでアクセルさんとバーゼリアさんに話を戻しますが、やって欲しい事というのは、竜巻の届かない高空から、そこのポイントを観察して貰う、というものです。地上部隊の調査に合わせて、ですね」

「高空から観察? そりゃ、またどうして?」

「エドガーと蛇神様が観察した情報によると、竜巻は高さはあったものの、どうにも地面から巻き起こっているようで。上空からならば中がどうなっているのかも確認できる可能性が高い、らしいです」


 二人から貰った情報を統合して計算した限りでは、あっても五百メートルは超えない程度の高さしかない、との数値が出た。


「当然、地上部隊としても、竜巻を消して、中にあった人影を確認する計画でありまして。しかし、方法は幾つかあった方がいいとも思いまして」

「つまり、空と地上の二点から、多角的に調査をしたい、と?」

「はい。数か月間砂漠を調査し続けて、やっと見つけた手がかりですから。ここの調査に力を注ぐべきだ、というのが考古学ギルド全体が会議して、出した結論になったのです」


 ただ、それと同時に、確実なものはあまりない、ともミカエラには分かっていた。

 確実なのは、紫嵐が起きる事。紫嵐の止まぬ地帯がある事。そこの竜巻に人影が見えた事。

 それが、本当に紫嵐を止める事に繋がるかどうか、そこは完全な推測に過ぎない。

 

 分かっているからこそ、ミカエラは言う。

 

「無論、確たる証拠はないですし。仮定と推論が多すぎるとも思います。もしも計算した数値よりも高い竜巻が起きれば、高空からのチェックは、危険になります。ですが……それでも、出来る事は全てしたいのです……。お願い、出来ますでしょうか?」



「なるほどなあ……。俺としては別に構わないんだが、バーゼリアはどうだ?」


 元々雲の上に行く予定だったのだ。

 そこに用事が幾つか足されたくらいでは問題ない。

 

 ただ、それはそれを決めるのは、実際に飛ぶバーゼリアだとも思う。

 だから聞くと、バーゼリアは力強く頷いた。


「勿論、ボクもオッケーだよ。砂は苦手だけど、竜巻くらいだったら何度も対応して来たし。落ちる様な飛び方もしないから。ご主人のサポートありなら、もっと問題なく飛べると思うし」

「ああ、分かった。――うん、こっちはオーケーだ、ミカエラさん」


 言うと、ミカエラは安堵の息を吐いた。 


「良かった……。では、依頼をさせてください。この街から曇り空と嵐を取り除ける可能性を見つける、調査の依頼を」

「了解だ。それじゃあ、お互いの目的の為――青空を取り戻す為に、動いていこうか」

「はい!」


 その日も、アメミットは、玉座に座るコカクに対して報告を行っていた。

 

「昨日に引き続き、本日もお越しいただきありがとうございます」


 玉座には、昨日とは少しだけ形が異なり、より人型に近づいた靄が座っている。


「礼はいらない。連絡の為の魔力が余っていて、警戒すべき対象がいる。必要があるから行っている事だよ、私の騎士アメミットよ」

「は……」

「それで、どうだ? 運び屋がいるということで、今日も報告を貰っているが、動きはあったか?」 

「目立った動きはありません。昨日砂漠に入って来たのは分かりましたが、こちらに近寄る事も無く戻りましたし。向こうもこちらも、お互いに視界に入っておりません。砂漠に打ち捨てたギルドの人間は拾われてしまいましたが……」

「ふむ、なるほど。接敵はしなかっただけ、良い事だね」


 こちらの言葉に対し、コカクは何やら顎に手を当て頷くような仕草を見せる。

 それに対し、アメミットは悔し気な視線で、玉座を見る。


「ギルドの……神の使徒である人間を殺しきれなかったのに、良い事、なのでしょうか……」

「別に殺害する事が最終目的ではないだろう?」

「それはそうですが……。コカク様。このまま、緩やかに苦しめていくだけで、良いのでしょうか? もう、あの憎らしい街を滅ぼしに行ってもよいのではないかと思うのですが……」


 アメミットとしては、もう既に十分な被害を、街にもたらしたと思っている。

 数か月間、悪化する天候の中で暮らさせたのだ。

 そろそろ大分弱っている者も増えた筈だろう。

 

 攻め入るタイミングではないのか。そう思ってコカクに問うと、

 

「ふむ……アメミット。キミは、神の使徒たる人間への復讐心と、戦功を焦る気持ちが強いようだね。前々からそうだったようだが

「はい。緩やかな弱らせは大分出来てきたので、そろそろ滅ぼしたく思います。折角爵位という力を頂いたのに、何も功を挙げられておりませんので」


 そう言うと、コカクは静かに首を横に振った。


「あまり逸るな、アメミット。むざむざこちらから、人間の土俵である街に顔を出してやる必要などないのだ。街は奴らの本拠地で、力を蓄えている可能性だってあるのだからな。神にすがる弱き者らだが、甘く見てはいけない。――奴らがこちらに来たら、こちらの土俵に入ったときに、そのまま引き込んで圧殺すればいいのだから。それまで待てばいい」


 それが出来る力を持っている筈だ、とコカクは言ってくる。


「は……確かに与えて頂きました……」

「そう。だから、じっくりやっていけばいいのだよ」


 そこまで言って、しかしこちらの表情を見たからか。

 コカクは笑みを浮かべる。


「……まあ、そこで我慢をした分を、街を離れた人間どもに、攻撃として加えていけばいいさ。もう、その腕から発せる風を、使いこなせているだろう?」

「はい……。有り難くも頂いた時間で、力は馴染みました」

「ああ、それでいい。キミはいずれ、もっと大きな力を渡して、私の仕事に協力して貰いたい。今の仕事は、その全段階だ。だから――確実な成果を出してくれると嬉しいよ、私の騎士、アメミットよ」

「は……!」


 言葉を受けてアメミットは思う。

 こちらが無礼にも行ってしまった提案をしっかりと考えてくれて、その上、期待するような言葉までくれる。

 

 ……既に力も頂いているのに、身に余る光栄だ……。


 この人の期待に答えるためにも、功をあげなければ。

 そういう思いが、アメミットの中でどんどん強くなっていく。そんな感情を得ながら、アメミットは、コカクに対するこの日の報告を続けていくのだった。



 昼過ぎ。紫の曇り空が未だ掛かる中、

 

「さて、そろそろ予定時刻だな」

「よーし、頑張るぞー」


 俺とバーゼリアは、考古学ギルドの裏手にある開けた庭に立っていた。

 

 そろそろ飛行を行うタイミングだからだ。

 順番としては陽鱗に日光を当てるための飛行、そこから休憩をはさみ、十六時ジャストから、砂漠のポイント観察をこなす、というものになっていた。

 

「アクセルさん、バーゼリアさん。紫嵐の色にそっくりな雲ですから、お気をつけて下さい」 


 隣には、ミカエラもいて、心配の声を掛けてくれていた。

 

「ああ、勿論、注意しながら行くよ。あと、広い場所を貸してくれてありがとうな。バーゼリアは飛ぶ時、結構な衝撃があるからさ。手加減はするけど、広い所じゃないと危ないし」

「いえいえ、竜王が飛ぶさまを見せて頂けるのですから、敷地を貸すくらい何てことはありません」

 

 ミカエラは微笑したあとで、やはり心配そうな表情になり、

 

「飛んだ後も、何かあったら直ぐ戻られてくださいね? あと、霊水も必要でしたら、何時でも言ってください」

「ああ、お気遣いありがとうよ。でもまあ、霊水はこれで問題ない位しっかり貰ったさ」


 俺の腰には、ミカエラから貰った水のボトルが一本付いている。


「霊水は、本当にそれだけで、良いのですか……?」

「ああ。この前、紫嵐の中の砂漠を渡って自分の使う水の量が分かったからな」


 正直、輸送袋に大量に入れていく必要はない。 


 ……ほんの一口飲んだだけで、あとは他の事に使ったからなあ。

 

 紫嵐の中の砂漠を横断するのに一口と言うのを基準にして、紫の雲を抜けるというチャレンジに対する安全。

 そしてバーゼリアが飲む分も考えて、持っていくべき水の量を想定したら、これで充分すぎるほどだった。

 

「エドガーから、アクセルさんは水を殆ど使っていなかったと聞いていましたが、改めて耐久力が凄まじいと思えますね。先ほど出た、砂漠慣れしている探索班ですら、ボトルを担ぐための背嚢をもっていましたし」

「ああ、そういえば、結構な重装備で言っていたな」


 午前中のうちにエドガーたちは、エニアドを出発していた。

 十六時の観察に余裕を持って挑む為だという。


 早めに付いたら、出来る所まで調査は進めておく、とも言われた。


「因みに、エドガー達は、もう道程の半分くらいは進んだ、との連絡が来ました。こちらも予定通りです」

「おお、そっちも順調なんだな」

「ええ、『皆が皆、アクセル殿のような速度を持っていればよいのですが、自分達はそうではないので。せめてアクセル殿に遅れないように行きまする』とも言ってましたが」

「はは、主目的は探索班の調査なんだから、気にしなくていいんだけどな」


 俺たちの観察はあくまで補助という位置づけなのだから。 


「まあ、遅れないように動いてくれてるんだ。俺たちも早めに動いていきたい所だし、――そろそろ準備はいいか、バーゼリア」

「勿論だよー。――【変身】」


 言葉と共に、バーゼリアは竜の姿に変わった。


「竜王バーゼリア……。王都からもたらされる魔法映像などでも見ましたが、本当に美しいですね」

「わあい、褒められちゃった。ありがとう、グレイスー」


 グレイスに称賛され、バーゼリアは竜の身体で嬉しそうにしている。

 飛ぶ前にテンションが上がっているのは良い事だ。

 

 ……バーゼリアの力は、大分、感情に引っ張られるしな。

 

 そう思いながら、懐の内ポケットを確かめる。

 そこには、布と紐で固定した陽鱗が収められている。

 

 雲の上に突き出たら、これをしばらく日光に当てて、色が変わるかどうか確かめるだけだ。

 

 ……蛇神の話では、二分くらい当てれば、良いって話だったな。

 

 服の内ポケットに固定して入れた陽鱗を改めて確かめた後、俺はギルドの建物の方を見た。

 そちらには、デイジーと、ようやく起床してギルドにやってきたサキがいる。

 

「んじゃ、二人ともちょっと行ってくるわ」

「ああ、俺は古代鍛冶場を使って、出来る限りの修復をしておくぜ。サキも魔法でサポートしてくれるって言ってるから、大分早く進みそうだし」

「ふふ、夫の得物を元気にするのは妻の務めですもの、協力なんて当然のことですよ。ええ、何でもしますとも」

「まあ、何というか、良いようにしてくれると助かるわ。陽鱗が青くなったら、直ぐにこっちに戻ってくるよ」

「頼んだぜ、親友!」


 仲間達に声を掛けた後、俺はバーゼリアに乗っていく。


「わあ、なんだか、この姿勢になるの懐かしい気がするよ!」


 バーゼリアは身を震わせながら、楽しそうに言う。


「確かにな。神林都市からは基本、歩きか馬車だったからな」


 お互いに病み上がりと言う事もあったし、途中途中の宿場町を楽しむという目的もあったし。大分ゆったりとした移動だった。

 

 それはそれで楽しい事だし、今後も続けていきたいとは思うが、こうしてバーゼリアに乗るのもまた、楽しい事だと思う。


 ……輸送袋の中は空だから、過去輸送は全て、竜への騎乗スキルへ回せるしな……。

 

 そう思いながら俺はバーゼリアの首筋を撫で、合図を出す。


「よし。それじゃあ、久々に楽しく飛ぶか」

「うん! じゃあ、行くよ……」


 バーゼリアの掛け声とともに、竜の身体がふわりと浮いた。そして、

 

「――!」


 一回の強力な羽ばたきで、天高く舞い上がった。

 街を見下ろせる高さすら超えて、空へと突き進む。

 


 考古学ギルドの中庭で、ミカエラは空を見上げていた。


「これが、竜王の飛行、ですか」


 彼女だけではない。

 職員たちも、空を呆然とした表情で見ていた。


「す、すげえ音だった……」

「あ、ああ。初めて見たけど、こんなに、とんでもない加速なのか……」

 

 たった一度の羽ばたきだったのに、未だ中庭の空気は震えていた。

 本当に凄まじい力をしていると思う。けれど、

 

「デイジーさん。これで、手加減されているんでしたっけ……」

「そうだぜミカエラ。これ以上強くしたら、建物がやばいからな。大分、大人しく出来ている方だ」

「色々とアレですけれど、竜王ハイドラも成長していますよね」


 近くにいたデイジーとサキがそんな事を言ってくる。

 

 なるほど、勇者パーティーと言うのは本当に規格外だ。

 

 バーゼリアも。そして、それになんなく乗っているアクセルも。

 

 今や豆粒ほどの大きさすら見えなくなったアクセル達を見て、ミカエラは深く息を吐く。

 そして、両の手で自らの頬を軽くたたく。

 

「よし。アクセルさん達に負けてられませんよ、皆さん。私たちも、私たちに出来る事をしましょう」

「は、はい! 了解です、研究長!」




 考古学ギルドを飛び立って、数十秒も経たない内に、俺たちは雲の高さまで達した。

 

 近くで見ても紫色の、異様な雲だ。しかし、

 

「突っ込むよ、ご主人」

「おうよ」

 

 恐れることなくさらに加速して突っ込んだ。

 水で出来た薄い膜を突き破るような感覚が体に来る。

 

 しかし、それだけだ。全く問題ない。 

 お互いに、喋る余裕すらある。 


「ん……少し雲が分厚いかな……!」

「ああ、でもバーゼリアなら行けるだろう?」

「当然! ご主人の期待に答えるよ!」


 そして、そのまま、俺たちは雲を突き抜けた。その先に見えたのは、

 

「ふわあー、青い空が綺麗だねえ」

「ああ、懐かしい景色だ」


 薄い青と白を混ぜたような色が、前面に広がっていた。

 雲抜け、成功だ。


「しばらくこのまま飛んでくれ。日光が当たるようにな」

「了解ー」


 バーゼリアに注文を出しながら、俺は懐から陽鱗を取り出す。

 そのまま、日光を当てようとしたのだが、


「おっと……?」


 鱗模様の付いた白いインゴットは、途端に萎れて、ぺちゃんこに潰れてしまった。

 

「この現象は……蛇神様が言っていた加護切れって奴か」


 砂漠から離れると、萎れて潰れて使い物にならなくなる、と蛇神は言っていた。

 保管庫に潰れた陽鱗の実物もあったので見せて貰ったが、それと同じ感じだ。


 どうやら空は、土地神の加護の範囲外らしい。

 

「まあ、空には空の土地神がいるくらいだしな。何となくは想定していたけど、こうなったか」


 陽鱗を懐にしまい直しながらつぶやくと、眼下のバーゼリアがふるふると震えた。


「あー、やっぱ思いつきじゃ、駄目だったんだね……。無駄な時間使わせちゃって、ごめんね、ご主人ー」


 申し訳なさそうに言ってくる。


「気にするな。元々、上手く行けば儲けものって位のチャレンジだったんだからさ」


 俺はバーゼリアを撫でながら、更に言葉を続ける。


「しかも無駄じゃないさ。しっかり、分かった事があるしな」

「え? どういうこと?」

「気付いてるか、バーゼリア? 乗ってもうそろそろ三分は経とうとしているけれどさ……まだ、大丈夫そうなんだよ」


 言うと、あ、とバーゼリアが声を上げた。


「それって、ボクに乗れる時間が増えたってことだよね。最初の方は一分くらいしか一緒に飛べなかったのに。凄いや! 最初期の倍以上だよ、ご主人!」 

「ああ、過去輸送を使ってはいるが、大分、長く乗れるようになったみたいだぞ」


 それが実際に体感出来た。

 それだけでも、今回飛行した意味はあったのだ。

 輸送袋の中身次第ではあるけれど、移動する時は、これまで以上に楽が出来るだろう。


 運ぶものは昔のスキルだけれど、結構成長出来ているようだ。


「やったやった! ご主人と二人きりで飛べる時間が増えて嬉しいなあ! 空でデートとか出来ちゃうよ!」


 バーゼリアもバーゼリアで、上機嫌だ。元気も戻ったらしい。ここまで喜んでもらえると、こちらとしても有り難い。

 

「まあ、感覚的には五分以上、乗り続けるのはキツイ気もするけれど……とりあえず、慣らす意味も込めて、ゆっくりと下に降りるか」

「うん! 砂漠の観測を控えてるしね。もう一回ご主人と飛べるの、嬉しいなあ……!」 


 そうして、俺とバーゼリアは久々の飛行を味わいながら、下界へと戻るのであった。




 エドガーは、予定した通りの道を進み、目的の地点までたどり着いていた。

 目の前にあるのは、紫色の嵐の幕だ。

  

 街に来る紫嵐とも、そして砂漠の中央で味わう物とはくらべものにならない圧力を感じるモノだ。

 中に入れば即座に脱水と脱魔力を食らうか、そもそも風に耐え切れず吹き飛ばされるか。

 その位強大な嵐が目の前のポイントにとどまっていた。


「エドガー隊長。ここが、紫嵐が最も強く、そして止まぬ地、ですか」

「そうだ。正確には、止まない訳では無かったがな。……そろそろだ」


 エドガーは懐中時計を見ながら言う。

 時計は、十六時を指していた。すると、

 

「――」

 

 先ほどまであった禍々しい色をした嵐が、段々と薄れて来ていた。

 

「エドガー隊長。紫嵐が……」

「ああ、来たな。止むタイミングだ」

 

 止むときはごくあっさりしたもので。

 紫色の幕は、あっという間に掻き消えた。

 

 そして紫嵐が晴れて見えてきたのは、砂で出来た窪地だ。

 浅いすり鉢状になっている砂地が見える。


 ……戻って来たぞ。


「探索班。調査の準備を開始せよ。配置に付け」

「はっ!」


 そして同行していた探索部隊と共に、窪地へと足を踏み入れる。

 瞬間、

 

「――!」


 まず、旋風が発生した。

 地面から舞い上がる様な渦巻く紫色の風が、窪地に幾つも現れる。

 

「こ、これが、隊長の言っていた防衛反応、ですか」

「ああ、この風はまだまだ大きくなるぞ。――だが怯むな。ここが勝負の三十分なのだから」

 

 これが紫嵐の原因である確証はない。

 けれど、原因ではない、という証拠もない。

 

 ……どちらにしろ調べる価値があるものだ。

 

 少なくとも調べれば、白か黒かだけは分かる。

 それだけで調査するだけの意味がある。


「気合いを入れて、慎重に行くぞ」

「了解です!」


 先日の二の舞は踏まないように。

 しかし勇気をもって。

 

 エドガー達は進んでいく。



 アメミットは、風の中から、近づいてくる人間たちを見ていた。

 

 ……絶好の好機が来た……


 先日、打ち払った者も含め、神に首を垂れるギルドの人間たちがこちらに来ている。  

 コカクの言う通りだ。

 待っていたら転がり込んでくるとは。

 

 ……ああ、今こそ、主に捧げる戦功をあげるチャンスだ……。


 脆弱な人間が相手だ。

 必要以上の警戒をする必要もない。

 

 むしろ、ここで待ちを選んで戦功を逃すような真似は恥だ。

 

 ……ここは我のホームグラウンドなのだから。

 

 地の利はこちらにあるのだ。


 ……コカク様より与えられた爵位と力が馴染んでいないというのが、一つ不安要素ではあったが……それも最早ない。


 修練により完全に身に着けた。

 力を得て、地の利を得て、好機を得た自分が、人間に後れを取る筈がない。


「コカク様は、卑小なる私に力を与えて頂き、その上、修練の時間まで下さった」


 なのに、何の成果もあげずにいられる訳がない。

 戦功をあげなければ。


 頂いた力をに報いねばならない。


 力を与えて貰っておきながら挑まないのは恥だ。


 ……勇者の姿も見えぬしな。


 警戒対象は周りにいない。

 たとえいたとしても、勇者が強大な力を持っていると言えども、こちらが見えはしない。

 補足出来なければ、怖さも無い。


 ……故に、行けると判断する……。


 まずは手始めに、無謀にもこちらに近寄ってきたギルドの人間を滅ぼそう。

 その思いと共に、アメミットは動き出す。


「さあ、神に尻尾を振る人間ども。そろそろ干からびる時間だ……!」


 歯を見せるとともに、アメミットは動き出す。

 力をものにした自分の成果を、恩人に見て貰う為に。


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