13話 帰り戻る
ミカエラはエニアドと砂漠を繋ぐ道に隣接した見張り小屋の中に、デイジーと共にいた。
「サキさんとバーゼリアさんの帰還予定時刻まで数十分……。アクセルさんの帰還予定時刻までには、まだ数時間ですか……」
ただでさえ紫嵐により視界が悪くなっている中、暗くなってしまうと方向感覚も何も分からなくなる。
また、装備している霊水の量もこの砂嵐の中では制限時間と等しくなる。
だから、探索には帰還予定時刻を定めていた。
誰が一番早く帰って来るかは分からないけれど、
……とにかく無事に帰って来て下さい……。
そう思った時だ。
「あ! ミカエラ、見ろ! 来たぞ!」
デイジーが声を上げて指を差した。
声に従ってそちらを見ると、そこには、
「アクセルさん……!?」
アクセルが、物凄い速度でこちらに来ているのが見えていた。
また、一時間も経っていないというのに。
……いやでも、あの速度を出せるのであれば、もう探索ポイントに行けていたのは分かります……。
それくらいの、人間離れした速度なのだから。
迷った、とかではない限り、確実にポイントにたどり着いた筈だ。
……そうであるならば、帰ってきた理由は、水を消耗したか、あるいは目的を果たしたか、です……。
そんな事を思いながら、ミカエラはデイジーと共に小屋を出る。
「おーい、こっちだ、親友!」
小屋の外でデイジーは手を振りながら声を飛ばすと、アクセルはこちらに気付いたらしい。
そのまま走りの速度を維持したまま、小屋の前までやってきた。
「デイジーに、ミカエラさん。ここで待っていてくれたのか」
「ああ、まあやる事は今後の話し合いだからどこでも出来たし、ここで待っていた方が帰還してくる人も確認出来て丁度いいって事でな。街の近くで何かあったらすぐに出られるし」
「そうか。有り難うな、二人とも」
デイジーと喋るアクセルの口調は、先ほどと殆ど変わっていない。
あれほどの速度を出して、一時間近く砂漠の、しかも砂嵐の中にいたというのに疲労や乾きすら見えていない。
凄まじい事だ。だが、それ以上にミカエラは思う。
「礼を言われるほどの事はしていませんよ、アクセルさん。……よくぞ、無事に帰って来てくれました……!」
「ああ。……ただまあ、帰って来たのは俺だけじゃないけどな」
「というと、まさか――」
「ああ、依頼はしっかり果たしたぞ、ミカエラさん」
そうして、彼は輸送袋を地面に置き、取り出し口を大きく開けるのだった。
●
輸送袋の中で揺られる事、十数分。多少回復したとはいえ、消耗の激しいエドガーは、目を瞑って横たわる姿勢でいたのだが、
「着いたぞ、エドガー」
エドガーは、そんな声と共に輸送袋から外に出された。
「う……?」
まず感じたのは、砂漠で浴びたものよりも数段弱い風だ。
色々な建物や結界などにぶち当たり、勢いが落ちると、この程度の風になる。街にいた時に、よく浴びていた物だ。
……着いたとは、ひょっとして……。
思いと共に、エドガーは目を開けた。
すると、そこには見知った街が見えた。それだけではない。
「探索長! 無事ですか!?」
見知った人が目の前にいた。
それは街のギルドでずっと待ってくれている筈のギルドの同僚である、ミカエラだ。
「あ……ああ。どうにか、な」
「良かった……。今、《医者》が来ます。蛇神さまと共に診察を受けながら、病院に行きましょう」
どうやら細かく手筈を整えてくれていたようだ。彼女に対し、分かった、と頷きながら、エドガーは目を擦って改めて周りを見た。
夢ではない。しっかり自分の故郷であるエニアドが、目の前にある。
「帰って、これたのか……」
「そのようですね、マイヤーズ。まさかもう一度、この風景を拝めるとは思いませんでした」
言葉を零すと、隣から蛇神の声が聞こえた。
見れば、彼女はその体を、アクセルの手によって輸送袋から出されていた。そして、
「よし、これで運搬完了だな。二人とも、体調は大丈夫か?」
蛇神の身体を出し終え、輸送袋を腰に戻したアクセルは、地面にへたり込むこちらに対し屈んで声を掛けてくれた。
そんな彼を見て、
「あ、ありがとう……」
エドガ―は思わず、泣いた。
あれほど欲していた水を入れたせいもあってか、涙は止まらなかった。
諦めまいと気を張っていた気持ちが一気に解けたように。
「本当は、もう無理だと思ってた……。もう一度、この街を見れるなんて……」
「アクセルさん。私も、マイヤーズも、助けてくれて、ありがとう……!」
「良いって。これが運び屋として受けた依頼だったんだからさ」
●
エニアドと砂漠を繋ぐ道に《医者》を含めた、病院の職員、そして考古学ギルドの職員達が到着したのは、すぐの事だった。
テキパキと診断され、担架に乗せられて運ばれていくエドガーや蛇神を見送っていると、
「うあー。やっぱりご主人だったー」
「く……全力を出しましたが。遅かったですか……」
背後からそんな声が聞こえた。
振り返ると、バーゼリアとサキがいた。
「おー、お帰り、二人とも」
「ああ、有り難うご主人。でも、その言葉はボクが言いたかった……!!」
「夫からお帰りを言われるのも良いですが……くう……もうちょっと修練を積まないといけませんね、私も……」
二人して何やら両手を握ってプルプルしている。
競争ではないのだから、そんな事は気にしなくていいのだが、向上心があるのは良い事なので、放置しておこう。そう思っていると、
「ともあれ、見た感じでは依頼は、アクセルが解決した様ですね」
「グレイスが説明してた人が運ばれてるし、なんか、考古学ギルドの人たちも嬉しそうだしねー」
二人は周囲を見ながらそう言った。
どうやら彼女たちは来るなり直ぐ、状況を理解したらしい。
「本当にアクセルは凄いですね。私たちより早く動いて、そしてきっちり仕事をこなすんですから」
「俺の担当ポイントに探し人がいたってのは分からなかったんだし、そこは運だろう。砂漠を探すのが仕事だったんだから、皆、きっちりやったのは変わりないさ」
そう。今回はたまたま、行動が噛み合っただけなんだから。依頼を頑張ってこなしていたというのは皆同じだろう。そう思っていると、
「あ、ご主人。胸、胸! いつもの来てるよ」
バーゼリアがこちらの胸を指し示しながらそんな事を言ってきた。見れば、確かに胸ポケットに入れているスキル表が光っている。取り出して広げると、
【感情輸送完了 条件達成――運び屋レベルアップ】
【スキル取得 グレードEX2.2 拡張性200%アップ 伸縮率100%アップ!】
と、いつもの文字が見えていた。
「おー。ここでもレベルが上がったか」
やはり新しい街で新しい刺激を受けると、レベルも上がりやすいようだ。
「やっぱりご主人の成長、早いなー。ボクも見習わなくちゃ……!」
バーセリアもそれに応じて刺激を受けているようだし、良い事だ。
そんな風に、俺がサキやバーゼリアと喋っていたら、
「皆さん、この度はありがとうございました」
ミカエラがこちらに来て、頭を下げてきた。
「危険な依頼を受けて貰ったばかりか、同僚を救って頂いて、本当に感謝するしかありません」
「いやまあ、依頼を受けたのは俺たちの意思だから気にする必要はないって」
エドガーが助かったのも、結局本人が頑張って砂嵐の中で粘ったからだし。
「やれたのは、それこそ運び屋として、街まで運んだことくらいさ」
「ですが、私たちには出来ない事でしたから。それをやって頂いたのですから、礼を言うのは当然です」
微笑と共にミカエラは言う。
「このお礼は必ず。考古学ギルドの全力をもってさせて頂きます。デイジーさんとも話しましたが素材供与などの件も、状況が落ち着きましたら、改めて連絡をさせてください」
「おう、了解だ。そこは良いようにやってくれると助かる」
「はい。そして一先ず、今できる簡単なお礼として考古学ギルドご用達の酒場に、祝宴の席を設けました。依頼達成の酒宴と言う事で、名物も沢山用意しましたので、参加して貰えれば嬉しいです」
「おお、そりゃありがたい。結構運動したからな」
砂漠を走っていて、霊水はあったから喉は常に潤っていたけれど、腹は別だ。
「それじゃあ、メシを楽しませて貰うとするよ、ミカエラさん」
「はい。是非、楽しんでいってくださいませ」
そうして、俺たちは考古学ギルドによる祝宴に参加し、ギルドの職員たちから感謝と祝い、そして美味しい食事を受け取るのだった。
●
暗闇の中、大きな玉座がひとつ照らされるように存在していた。
そこには、人間のような姿をした黒い靄のようなものが座っていた。
フワフワと形を変える靄は、人であったり、翼を持った獣であったりと幾つか姿を変えたあと、
「コカクだ。既に、来ているね? 紫風卿アメミット。私の騎士よ」
そんな声を発した。
やや高めの、よく通る声だ。
すると、コカクが座る玉座の前に、一人の人影が現れた。
「は、ここにおります、コカク様」
アメミット、とコカクに呼ばれて答えたのは、引き締まった人間の身体と、昆虫を合わせたような容姿――虫人の姿をした男だった。
アメミットはその蟻に似た頭の一部から、軋ませるような声を発する。
「お待ちしておりました、コカク様。経過の報告に参りました」
「ああ、分かっている。順調かな?」
「無論です。この地に背任されて修練の時を頂いたお陰で、コカク様から頂いた、卿の位と力を存分に扱っています」
アメミットは己の右腕を見ながら言う。
彼の腕は紫と黒が入り混じった皮膚をしており、左の腕よりも一回り大きくなっていた。
「――先日も我が紫風の嵐に近づいてきた人間と、土地神らしき存在は、弾きだしました。今頃、野垂れ死んでいるでしょう」
アメミットは笑みをもって言う。
「力の扱いにもなれました。あとは、このまま予定通り、神が遺した遺跡と、街を順次破砕していくだけです」
「そうか? それならよいが……あまり警戒は怠るな? 例の運び屋が、砂塵都市にいると聞いた」
そう言うと、アメミットの顔が真剣なものになった。
「元竜騎士と言われる、空飛ぶ運び屋アクセル、のことでしょうか。四君の一人、憑虎君ベイン様を倒したという」
「そうだ、どういうからくりかは分からんが、私の同輩の憑虎君をやっている」
「まさか彼を倒せる存在がいるとは……。しかも、あの……不死身のベイン様を」
そう。彼はこと対人戦に置いては無類の強さを誇っていた。
大地にいる限り死なない上、生物に対しては効果的な毒を持っていた。
大地から離れると回復能力は落ちるものの、近接戦闘技術や、肉体そのものも頑強だった。
なのに、滅びた。
「予想外だったよ。とはいえ、計画に殉じたのだから、彼も満足だろう。『大地ではなく木の上に住んでいる神林都市が嫌いだ。だから楔を打ち込んでやった』と心から嬉しそうに言っていたし。残る三君も奮起していることだしね。……ともあれ、運び屋には気を付ける事だ、アメミット」
言うと、アメミットは大きく頷きを返してきた。
「はい。そこは注意していますが……我が拠点は、彼奴らのいる街から離れていますからね。やすやすと関われる距離ではありません。今のところは問題ないかと。そも、頂いた力で紫嵐を起こしている限り、私の姿を見る事も出来ないでしょう。奴がどんなに強い能力を持とうと、見えなければ当たりもしませんから」
アメミットは己の右腕を大切そうにさすって微笑する。
「力を己のモノとした今、僅かな時間を除けば風を起こし続ける事は可能ですからね。砂と風の中で私を見つける事は、ただの人間には出来ないでしょう」
「ふむ……それならいい。警戒しつつ、事を成していけ。万が一、倒せそうならば倒してしまってもいい。その時は、君に更なる爵位――力と称賛を与えよう」
その言葉を聞いてアメミットは目を輝かせた。
「はっ……! ただ、まずは既にある力で戦功をあげる事に集中します」
「ああ、それでよい。……しかし竜騎士の勇者……いや、今は運び屋のパーティーか。奴らは、一体どうやって憑虎君を倒したのやら……」
考えても分からないというのが今の状態だ。そして――もう一つ分からない事がある。
それは、
「元竜騎士の勇者であろう、空飛ぶ運び屋、アクセル。……奴は、どうして運び屋なぞやっているのだろうな?」
運び屋は初級職だ。
元々勇者をやっていた者からすれば、比べ物にならないような職だ。
「騙り、の可能性もあるのではないでしょうか。元勇者の部分か、運び屋になったという部分かは分かりませんが」
「輸送袋を持っている時点で、運び屋であることは間違いないのだけれどもな。……前者の勇者を騙っているかどうかは確認は出来ていないが……仮に本人だとして、あの戦争のあとパッタリと姿を消した勇者アクセルが、何故運び屋なぞやっているのだろうな……」
結局はそこに疑問が舞い戻る。
「神が、あの、下界の生物を見て笑っているだけの奴らが、勇者という有用なコマから、竜騎士という職業を取り上げるとは思えんが……」
「奴らからすれば、神が認めなければ転職も出来ませんからね」
強大な力を持っている方が、神達を楽しませる可能性が大きくなる。だから、むざむざ力を減らす真似を認めるとは思い難い。
だのに、そうなった。
「神と親しい人間はいるし、多少の願いを聞いて貰う事は出来るだろうが……それでも勇者というコマを手放すほど、神は寛容ではあるまい」
「一体何をしたんでしょうね。神を脅しでもしたのでしょうか?」
「人間がか? そんな事をすれば死ぬだけだ。生きている以上、それはあるまいよ」
神と人の間には力の差がある。
それこそ絶大なものだ。
「ああ、分からん。……本人に直接尋ねられれば早いのだがな……」
そうしてしまうのが一番手っ取り早い。けれど、
「……そう簡単に答えはせぬでしょう」
アメミットが諫めてくる通り。
素直に答えを言うとは到底思えない。
「……ただ、気になる事は確かだ。勇者関係の情報を含め、こちらはこちらで情報収集と調査を続けるとしよう。私の騎士、アメミットよ、そちらは任せた」
「はい。仰せのままにコカク様……!」




