12話 砂と煙にまかれるように
紫の砂が吹きすさぶ砂漠の中に、一粒の光があった。
それは、蛇の形状をした白い光の壁で作られた空間だ。
白い光の壁に、嵐は紫の砂は打ち付け続ける。
しかし壁は一切砂を通さない。
光の蛇の中は、凪の空間が広がっていた。
その中に、一人の男が仰向けで倒れていた。
「すみ……ませぬ、蛇神様……」
動きやすそうな服装に、幾つもの探検用具を身に着けた彼は、乾ききった唇でそんな言葉を吐いた。
唇を開く力を出すだけでやっとというような風体で、彼は虚空に向かって言葉を放つ。すると、
「お気になさらないで下さいな探索長マイヤーズ。私は私に出来る事をしているだけです」
彼――エドガー・マイヤーズの隣でとぐろを巻いていた、白い蛇が人語を返した。
倒れる彼よりも十数倍は長く、大きい体躯を持った、大蛇だ。
「です……が……自分のために、余計な魔法を使わせて……しまっています……。怪我を、しているというのに……」
エドガ―は言いながら、僅かに顔を傾け、蛇神の尾を見た。
綺麗な白い体の先、尾の部分は黒い杭のような物を打たれて折れ曲がっており、乾いた血がこびりついている。
骨折と出血のあとだ。
砂漠の奥地を調査中、紫の砂で出来た竜巻が幾つも出来ているのを発見した。
紫嵐の発生源かと調査している最中、この黒い杭が吹き飛んできたのだ。
今は、砂漠の風で乾いてしまったが、しかし重い怪我であることは変わりない。
「この怪我は、紫嵐に近づきすぎた私の迂闊さが招いた自業自得です。謝る必要はありません。アナタの持っていたポーションで大分回復できましたしね。むしろ、アナタの脱水と脱魔力による症状の方が危険なのですよ」
蛇神は諫めるように言ってくる。
そう。自分達は確かに傷を治して街に戻ろうとしたが、思った以上にダメージが深く、動けなくなってしまった。
どうにか二人して救助ポイントまでたどり着いたが、それが限界だった。そこから何時間だろうか。何度も何度も紫嵐を受け続けていた。
……蛇神様がこうして、自らの魔力を消費して古代魔法の結界を張ってくれているから、今は持っているが……。
吹きすさぶ風は結界によって止められている。けれど、紫の砂による脱水と脱魔力は結界の中でもじわじわとこちらを追い詰めてくる。
既に霊水もポーションも使い切っている。
体は乾ききり、口を動かしても唾液すら出ない。
視界はぼやけ、体が重い。
……絶望的な状況だ。
しかし、それでも、諦めるわけにはいかなかった。何故なら、
「折角、紫嵐の手がかりをつかんだのですから、貴方は生きなければなりませんよ
「そう……ですね……」
そう。紫嵐の調査が始まって何カ月か経って、ようやく見つけた情報がたくさんある。
砂漠の奥地にある紫嵐が吹き続ける地帯。
そこを観察し続けて得られた結果を街に伝えれば、この奇妙で凶悪な嵐を止められる一助になる。
……エニアドを、自分が育った街を守らねばならないのに……。
諦めるわけにはいかない。
それでも、やれる事は助けを待つだけという状況に心が折れそうになる。
意識を手放してしまった方が楽になるのではないか、という気持ちに対し、乾ききった口の中で歯をかみしめ抗っていた。
そんな時だった。
「……む?」
隣にいた蛇神が声を上げた。
「どうか、なさいましたか?」
「向こう、何かが、来ています……」
蛇神が視線で指示した方向をエドガーも見る。
白い光の壁で守られた中からは、いつも紫の砂が吹きすさぶさまが見えていた。
けれど、今、自分の視界にあるのは、
「なんだ……あの、突き抜けてくるような風は……」
そう。風に流されている砂の方向を変えるような何かが、そこで動いていたのだ。
……竜巻? いや、そんな動きではない。あれは……見たことがないぞ……?
この砂漠では初めて見るモノだった。
やがて、その風は、方向を変えた。
こちらの方に向かってくるようになった。
「こっちに来ます……!」
蛇神も目を見開いている。
一体、何なのだろうか。そんな疑問は、数秒で解決した。
「ここにいたか! 見つけたぞ、お二人さん」
風から聞こえてくる男の声によって。
●
砂漠の中を走ること十数分。
俺は探索ポイントにはたどり着いていた。
そこから数分程、周りを見ては走ってを繰り返した。
……そしたら何やら白い光が見えたから、着てみたが……。
どうやら正解だったらしい。
恐らく結界であろう白い光の壁の中には、一人の男と大きな白蛇がいたのだ。 それはミカエラに聞いた情報と適合している。
「白い大蛇と、短髪の男……。うん、ミカエラが言った通り。君たちが蛇神様と、考古学ギルドのエドガーでいいんだよな?」
壁の中に向かって放った問いかけに対し、答えたのは仰向けに倒れる男だった。
「あ、ああ……き、貴公は、誰だ? どうやってここに……」
「救助を依頼された、運び屋のアクセルだ」
その言葉を聞いて、男と白蛇が反応した。
「運び屋で、アクセルの名……?」
「まさか……吟遊詩人が謳っていた、空飛ぶ運び屋ですか?」
「そういう名前で呼ばれる事もあるな。考古学ギルドのミカエラに依頼されて救助にきた。……それで、どっちが張っているのかは分からないが、この結界の中に入れてもらってもいいか? 触れて良いのかも分からないんで、近寄れないんだ」
「あ、は、はい、どうぞ。【許可します】」
白蛇の言葉によって、俺は結界の中に入ることができた。
そのまま、エドガ―に近づいていくと、彼は顔だけをこちらに向けて、言葉を放ってきた。
「な、なるほど。噂通りに、屈強な運び屋だ。だから、この過酷地にも来られたというのか……ごほっ……」
少し喋っただけで、彼は咳き込む。
乾いているのが一目で分かる。
彼だけではない。
……蛇神さまも、大分鱗が干からびてるな……。
先ほどからエドガーも蛇神も脱水しているのが分かっていた。
だから、俺は輸送袋をの中から二本の管を取り、二人の前に出す。
「――とりあえず、霊水を持ってきた。飲めるか?」
「はい。ありがとう、ございます……」
蛇神は管を加えて水を飲み始めた。
それだけで、乾燥していた鱗に段々とうるおいが戻っていく。
蛇神の方はまだ問題無さそうだ。けれど、
「す、まない……少し、無理そうだ……」
ぷるぷると震える手で、エドガーは管を手に取ると口にくわえたが、吸い込む力も残っていないようだ。
だから、俺はもう二本、管を出す。
そして、エドガーと蛇神の身体に掛けていく。
霊水はかけた傍から、二人の身体に吸収されていった。
「かたじけ……ない」
「良いさ。とりあえず、これで飲めるまでに回復しよう」
霊水は掛けるだけで脱水症状と脱魔力症状を回復する事が出来る。
ミカエラに教わっていて良かった、と思いながらそのまま掛けていく。
時間にして数十秒だろうか。
「……ありがとう、空飛ぶ運び屋殿。大分、良くなった」
エドガーは身体を起こせるまでに回復した。
どうやら、危機的状況は脱したようだ。
「良かった良かった」
「ああ、しかし、水を使い過ぎてしまった、かもしれない……」
「そうか? まあ、そこは仕方ないさ。とりあえず、あとは街に戻るために、輸送袋にある水の残量を確かめるから、ちょっとそこで待っててくれ」
そうして、俺は輸送袋の中身を確かめに入るのだった。
●
輸送袋の中を見る運び屋アクセルのセリフを聞いて、蛇神は思った。
……ああ、救助出来るのは、片方、でしょうかね……。
来たのは、それなりに体格がいいとはいえ、噂に謳われる凄腕とはいえ、たった一人の《運び屋》だ。
彼の体格では運べて人間一人、といったところか。
……自分のような大柄な体は運べないでしょう。
脱水から回復したとはいえ、自分もエドガーも、自力で満足に動く事は出来ない身体なのは変わりない。
だから、砂漠を運んで横断してもらう必要はある。けれど、体格的にそれは不可能だ。
……それが分かっているから、彼は、私に大目に水を与えてくれたのでしょう。
有り難い気配りだ。
これから砂漠を戻らなきゃいけないのに、大量の水を使わせてしまった。
今輸送袋を見ているのだって、街までの距離と消費する水の量を考えての事だろう。
自分に水を使わなければもっと安全に帰れたのに、しかし、それでもここに自分を残していく事を気遣ったのだろう。
……人の子は、異形たる私を心配してくれる。本当に有り難い。
だから、ここに残される事に、何ら恨みはない。
けれど、自分がここに残らねばならぬことに、どうやらエドガーも気付いてしまったようで、
「蛇神様……」
まだ回復しきっていない体で、悲し気な瞳でこちらを見上げていた。
救助という希望の光が見えて先ほどまで喜んでいたのに、
……全く、顔に出やすい人の子です……。
そのような顔をするなんて勿体ない。
そう思いながら、蛇神はエドガーに言葉を掛ける。
「――先においきなさいマイヤーズ。アナタがまず、助かるべきです」
その言葉に、エドガーはそれこそ絶望した様な表情を浮かべた。
「へ……蛇神さま……! ですが……それでは貴女様は……!
「構うことはありません。私は、下級なれど神の血を持つ者。人よりは頑丈です」
「そんな馬鹿な。もうお身体も、魔力も消耗されているというのに……!」
「ですが、アナタよりは確実に長時間持ちますし――なにより、私よりもはるかにギルドの人間に対して説明が上手いでしょう。それに、アナタがここに残っても、私は喜べません」
これは感情ではなく、実務的な話だ。
このまま居残っても、エドガーの為にやってやれる事はない。
助かれる機会が来たのだから助かるべきだと、蛇神は思う。
「……気を病む必要などありません。我々土地神は、人を助け、人を守るために、神の力を与えられているのですから」
「蛇神様……!」
エドガーは何も言わずに、うつむいた。
「己の無力のせいで……申し訳ありませぬ……」
頭を下げ、食いしばりながらそう言う。
どうやら、納得はしてくれたらしい。
……自分の意思に反する事であろうに。
有り難い人の子だ、とそれを見ながら思いつつ、
「もし、そこの運び屋のアクセルさん。そう言う訳で、よろしくお願いできますか?」
蛇神は、輸送袋の中を確認した跡、しばらくこちら黙って見つめていた運び屋に声を掛ける。
自分たちが出した、助かるべきはどっちかという結論を彼に伝えるために。
すると――
「さっきから何を話していたのかちょっと分からないんだが……二人とも街まで運びたいから、もう少し動かないでいてくれるか? 寸法をもうちょっとだけ測りたい」
アクセルは真顔で、そんな事を言ってきたのだ。
「は?」
「え?」
「うん。よし、OKだ。大体分かった」
そして彼は頷くと、輸送袋をもって、
「――これくらい出せば、余裕で入るだろう」
勢いよく降った。それだけで、
――バッ
輸送袋の中から大量の水が振りまかれた
それはもう、雨のように、結界の中の乾いた空間を潤した。
「なあっ!?」
「何をしているのですか!?」
あまりの行動に、エドガーと共に蛇神も慌てたように声を発した。けれど、
「何って、輸送袋の中の水を減らして空間を作ってるんだよ。正直、使って貰ってなお、大量に入ってたからさ。これだけ出しても、全然入ってるんだけどな。というか、蛇神様を入れるには、もうちょっと出さないと駄目だな」
アクセルは更に水を振りまきながら、そんな風に自然体で答えてきたのだ。
「わ、私とマイヤーズであれほど、消費したというのに、まだまだ、これほどの水を持っていたというのですか……!?」
「何という容量……。これほどまでに鍛え上げた輸送袋を貴公は持っているのか……」
「鍛えたっていうと微妙だけどな。ともあれ重かったり、救助の邪魔になる時は、霊水はその辺に撒いて帰ってくればいいと、ミカエラさん言われていたからな。その通りにさせて貰ったから、二人とも問題なく入れると思うぞ」
その言葉に、蛇神はエドガーと顔を合わせた。
そして、同時にアクセルの方を向いて、問いかける。
「入れる……とは……?」
「まさか、その輸送袋で私も、エドガーも運ぶと、いうのですか?」
「ああ、勿論だ。最初に言っただろう。救助で来たと。――依頼通り、二人ともしっかり、街まで運ばせて貰うよ」




