7話 考古学ギルド
俺たちが入った考古学ギルドの建物の中は、商業ギルドの支部より少し大きい程度の広さをしていた。
そして、入って直ぐの広間には、よく見る形の受付用のカウンターがあったが、それ以外にも、『古代遺物調査・買取』や、『探索班カウンター』などの掛札が掛けられた、いくつものテーブルが存在していた。
どうにも、考古学ギルドの中で、細かな部門分けがされているらしい。それぞれのカウンターに職員はついていたが、着ている制服も違っていた。
皆好奇心が強いのか、そういった職員たちにチラチラと目を向けられつつ、奥にある会議室に通された俺たちは、中央に置かれたテーブルについていた。
「改めて、ご挨拶させて頂きます。私はこの考古学ギルド長――正確には、研究部門の班長を務めます、ミカエラ・グレイスと申します」
ミカエラは俺たちにお茶をサーブしたあと、静かに礼をしながらそう言った。
なんでも考古学ギルドは遺跡の発掘や、探索などを担当する探索班と、研究・解析を担当する研究班の二部門で構成されていると聞いていたが、彼女はその内の後者らしい。
「ああ、ご丁寧にどうも。俺は運び屋のアクセルだ。こっちは仲間のバーゼリアとサキとデイジーだ。まあ、この三人の事はもう知っているようだが」
そう言うと、ミカエラは少し驚いたように目を見開いた。
「貴方が……噂の、幾人かの勇者様とパーティーを組まれている、空飛ぶ運び屋のアクセルさんなのですね。この街に来ている、との話は聞いていましたが……」
「ああ。ちょっと前にな」
「なるほど。そうだったのですか。会えて嬉しいです。私の友人である騎士団長――シドニウスからも、色々と手紙による話は聞いていたので」
シドニウスと懇意にしている考古学ギルドのメンバーがいるとは知っていたけれど、どうやらこの女性がそうらしい。
「ということは、デイジーさんも、アクセルさんのお仲間だった、ということなんですね」
「おうよー。だからこの街にいたんだぜ」
「そうだったのですか。久しぶりに会えてうれしいです。デイジーさんにも」
ミカエラは口元を緩めて微笑んだあと、しかし、ふう、と深い息を吐き、
「しかし、それでも……驚きましたよ。まさか皆さんのように、この紫嵐の中を素肌丸出しで来る方がいらっしゃるだなんて……。しかもそれで平然としていらっしゃるなんて」
そんな事を言ってくる。
「えっと? そんな、驚くような事なのか?」
この街は、基本的に暖かい。
天候的には曇りが目立ち、晴れ間などは殆ど見たことがないのだが、湿気は少なく基本的に気温は高いままである。
だから、素肌を出す服装をしている者が多く見られた。
俺たちよりも数段、露出が多い服の人々もいた気がしたが。
何を驚く事があるのだろう、そう思って聞いたら、
「そうですね。この砂嵐は普通ではないので……っと、ああ、丁度いいところに。あれをご覧ください……」
そう言って、ミカエラが指を差したのは、会議室にある窓だ。
その窓からは、大通りの一角が見えた。が、
「……砂嵐が凄いな」
先ほどまで綺麗だった大通りは、今や砂の風に覆われていた。しかも、ただの砂では無い。
「紫色をした砂の嵐か。確かに普通じゃないな」
「はい。だから紫嵐と呼びます。そして、その特異性は色だけではないのです。少し見づらいですが、大通りの手前側にある溝をご覧いただけますか」
言われたポイントを見る。
そこは、大通りの地面に小さく出来た溝だ。
そこには、赤々とした林檎がひとつ転がっていた。
おそらく、先ほどの慌ただしくしていた行商人が落としたものだろうか、などと思っていると、
「あれ? 何か色が変わっていくよご主人」
「ああ。というか……しなびていってないか……?」
林檎が見る見るうちに変色していた。
腐敗、ではなく、枯れていく、と言った表現が正しいだろうか。
あっという間に、水分が奪われていき、一分もしない内に干からびてしまった。
「……あれは、なんだ、ミカエラさん? 普通じゃないよな」
「はい。この紫色の砂嵐――我々は紫嵐と呼んでいる風は、あのように、水分が持っていってしまうのです」
「砂に変な色が付いているだけの嵐、じゃないんだな」
「はい。水分と魔力を奪うという特徴を持った、魔法の砂による嵐です。我々は、砂の色から『紫嵐』と呼んでいます」
ミカエラの言葉に、デイジーは首を傾げた。
「待ってくれ、ミカエラ。オレが前にこの街にいた時は、こんな奇妙な砂嵐、起きてなかったよな?」
普通の砂嵐くらいはあったけどさ、とのデイジーのセリフに、ミカエラは肯定を返して来る。
「はい。私たちからしても、数か月前から発生し始めた現象でして。考古学ギルドの力をもって、調査した結果、紫嵐が砂漠の方から来ている事と、水分と魔力が奪われる事が判明したんです。一度発生したら最低でも半日は続く事も。……皆さんも、今、窓から軽く手を出せば、その影響は実感できるとは思います。試してみてください」
「んじゃ、ボクがやってみるー」
言われ、窓の近くにいたバーゼリアが少しだけ、窓を開けた。
砂っぽい風が僅かに吹き込んでくる中、バーゼリアは腕を少しだけ窓の外に出す。が、
「んー? ちょっと分かり辛いかも……。これ、水とか、魔力とか、吸われてるのかなあ」
と、首を傾げていた。
そんな彼女に対し、サキが半目を向ける。
「竜王ハイドラ……貴方は感覚器官が鈍いところがありますね……。ほんの僅かですが魔力の散逸が見られます。……かなり集中して見ないと分かりませんがね」
「ええ? ホントなの、リズノワール? ……って、あー、言われて見れば少し肌が渇いてきた感じ、あるかも。脱水されてる感覚、出てきたかも!」
そんなバーゼリアの反応に、ミカエラは苦笑する。
「林檎とは違って生物はステータスという加護を持つので、耐性力がありますし、魔力による抵抗も自動でなされます。それに砂漠と違って街中にいるのならば、防護結界もあるので、ある程度は耐えられます。……そして見た所、皆さんなら、相当な時間耐えられそうですし、街にいる限りは紫嵐なんて平気だったでしょうから。その反応でも仕方ないですね。私たちはすぐに乾きと脱力感を得てしまうので、皆様の状態は驚くべき事ではあるのですが」
「ああ、だからミカエラさんとか、ギルドの職員さんとかは、最初にあった時、ビックリした様な目をしていたのか」
説明されて分かった。
けれど、同時に、危険性も分かった。だから、
「といっても、あのままいたら体調を崩すかもしれない状況になるところだったんだな。教えてくれて、ありがとう、ミカエラさん」
礼を言うと、ミカエラは気恥ずかしそうに微笑んだ。
「いえ、助け合うのは当然ですから。以前から砂嵐は起こっていましたけど、魔力を奪ってしまう砂嵐が出現し始めたのは最近ですし、このギルドの研究班の調査によって効果が分かったのも、ごくごく最近ですから。考古学ギルドから発信して、皆で注意し合うようにして貰っているのですよ。――まだ調査中であり、情報の伝達も完璧には出来ないので、『紫色の砂嵐には気を付けるように。紫色の曇り空に出会ったら室内に行くように』とだけは伝えて欲しいと。……今回も同じ事をしただけなんです」
なるほど。商業ギルドで言われていたのもその結果だったのか。
彼女たちの調査のお陰で、自分達も早く動こうと決められたと思うと、何とも有り難い事だ。そう思っていると、
「それで、本日はこの紫嵐の中、どんなご用件だったんですか?」
お茶を一口飲んで落ち着いたミカエラが、そんな事を問うてきた。
「えっと……そうだな。簡単に言うと考古学ギルドが持つ素材が欲しいって話なんだが……」
こっちはこっちで説明がややこしい。だから、
「とりあえず、神林都市のシドニウスから、ギルド長にあったらまずこの推薦状と手紙を渡してくれ、と言われていたんで、渡しておくよ」
折角、そうしたほうが楽だろう、とシドニウスが手配してくれたものだ。まずは使わせて貰おう、と俺は手紙と推薦状をミカエラに手渡す。
その手紙を見て、彼女は頬を緩ませた。
「まあ、この文字の書き方は……間違いなくシドニウスからの手紙ですね。――拝見します」
「細かい話も、そこに乗っていると思う。何かあったら、質問とかしてくれ」
「はい。ありがとうございます。それでは、少々お待ちを」
そうしてミカエラが手紙と推薦状を広げて、下まで読むまで、数十秒と掛からなかった。
「なるほど……元竜騎士の勇者であられたアクセルさんの……槍の補修に使う素材提供などの協力、ですか。どんな素材が必要なんですか?」
そんなミカエラの言葉に、答えるのはデイジーだった。
「あ、素材についての詳しい部分は修理を担当しているオレが今答えるが――槍の補修は半ばまで進んでいてな。そこから更に治すために、貴重素材の『陽鱗』が欲しいんだ。あと『古代鍛冶場』も借りたくてさ。確か、それも考古学ギルドが古代遺跡の中から接収していただろう? それを少し貸して貰おうと思ってさ」
「っ……陽鱗に、古代鍛冶場、ですか……」
デイジーの言葉に対し、ミカエラは顔を僅かにゆがめた。
「その表情を取るって事は、協力は難しい……のか?」
「あ、いえ、その、そういうわけではなく。むしろシドニウスら神林都市の方々をお救い下さった勇者様たちの依頼として、喜んで協力させて貰いたい……とは思うのですが……」
そこまでいって、ミカエラは話しづらそうに言葉を選んで、しかし口を開いた。
「状況的に無理な部分がございまして」
「無理とは?」
「陽鱗や、古代鍛冶場というのは、『探索保管庫』という特別な倉庫に置かれているのですが、そこを開ける権限を持つ担当者が今、行方不明なんです」
「行方不明? 何かあったのか?」
聞くと、ミカエラは頷きと共に、静かに答え始めた。
「ええ……。権限を持っているのは、当ギルドで砂漠地帯や、そこにある遺跡の探索を担当する部門の長――探索長なのですが……もう数日前に街を経ったっきり、戻って来ていないのです」
「それは、確かに行方不明というか、遭難ってことか」
「はい。昨日、緊急念文で、『パートナーの蛇神様と砂漠にて、行動不能。帰還不可』とだけ送られてきました。が、それっきりなのです」
「生きてはいるのか。というか、蛇神様というのは?」
「考古学ギルドに協力して下さっている土地神様です。様々な古代魔法に精通していて、この街では奉られてもいるんですよ。古代魔法の中でも、特に防衛技術の方に精通されていて、街を守って下さっているのです」
土地神、という言葉にバーゼリアが、え、と声を上げた。
「土地神……っていうと、神様の血を分け与えられた土着の幻魔生物だよね? そんな存在と、一緒に行動してるの?」
「はい。というか、今回の調査は、砂漠を住処に持つ蛇神様の方から、協力をお願いされた方なので。奇妙な砂嵐が起きてるから一緒に調べて欲しいと」
「ああ、なるほど。土地神の方から依頼があった訳か」
土地神は、神から血を与えられた分、人よりも強力な能力を保持している事が多い。
俺も戦時中、幾度も出くわした事があり、それを彼ら自身から聞いて知った。
それ故、彼らは普通の人間よりも多くの仕事をこなせる。
だがそれでも、出来ない事はあるもので、自分の力だけでは目的達成が困難だと判断した場合、人に依頼を出すこともある。
……土着の土地神ならば、地元住人とのコミュニケーションも取れていただろうしな。
「大抵の場合、土地神は、人を守る様に動く性質を持っているけれど、その蛇神様とやらも、そうだったんだな」
「はい、蛇神様は砂漠の知識に明るく、そして自ら街の為に動こうとする……言ってしまえば少し献身的過ぎる性格でして。本当はもっとご自愛頂きたいのですが……」
と、少し寂しそうな顔をしたあと、ミカエラは首を横に振って、話を続ける。
「ともあれ、そんな蛇神様に甘えてばかりもいられないですし、考古学ギルドのもう一人の代表者である探索長と共に調査に入った、というのが数日前の事でした。彼は――《探索長》は上級職としての力量がありますし、これまで何十、何百と砂漠の調査をこなしているので、心配はしていなかったのですが……」
「今回来た念文の文章を考えると、二人とも戻れなくなった、と」
「今のところは、その確率が高いです」
ミカエラは神妙そうに頷いた。
話を聞いている限りでは、その探索長の力にはかなり信頼を置いていたようだ。それだけに、今の表情を見るに、ショックはそこそこ大きいようだ。
「原因は不明なままですが……しかし、彼が持っていった水の備蓄量や、魔力回復薬、そして今回の砂嵐を考えると……リミットは今宵から明日まで、というところでしょう。ですから考古学ギルドの人員と、ギルドで雇った冒険者の中から砂嵐に耐えられる人材を選抜して、捜索はしているのですが……」
「見つかっていない、と」
ミカエラは頷いた。
「この砂漠に吹く、紫の砂嵐に耐えうる実力者は、あまりに限られているのです。緊急念文を送れたという時点で、捜索ポイントは絞れているのですが……人手が、あと少し足りていなかったのです」
そこまで言った後、ミカエラは目を伏せた。
そして、意を決したようにこちらを見てきた。
「……そして、アクセルさん。勇者の皆さん。話の流れで、同情を買うような真似をして、しかもあなた方の目的を盾にするようで申し訳ありません。ですが……あなた方の砂嵐耐性を見て、依頼をさせて頂きたい事があります。――お願いします。救助を手伝ってくれませんか?」
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