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最強職《竜騎士》から初級職《運び屋》になったのに、なぜか勇者達から頼られてます  作者: あまうい白一
第四章

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2話 砂漠の街で

お待たせしました。更新再開します。

朝、砂塵都市『エニアド』の一角にある酒場の露店カウンターには、三つの人影があった。


「二人とも、知ってるか? 最近、魔人や魔獣の活動が増えているんだとよ」


 その内の一つである小型ハープを携えた男は、隣にいる杖を背負った青年と、カウンターの向こうで料理を作っているエプロンを着た中年男性に話しかけていた。


「あー、私も、何だか最近そんな噂が出回ってるのを聞きましたねえ。一応、この辺りでも、サンドスライムが微妙に増えているとか聞きましたよ。マスターも気を付けてくださいね」

「そうそう。この街、中心部から結構距離あって、魔獣の襲撃があっても助けにくるのが遅くなるからさ」

「おうよ。でもまあ、多少の魔獣が来ても、オレが片付けるさ」


 エプロンに隠れているが、彼の腰には一本の剣が装備されているのが見えた。

 その剣を撫でる様子を見て、ハープを持つ男は頷く。

 

「流石は戦争経験のある剣士がマスターの店だ。頼りになるぜ。……っと、頼りついでに、酒もくれ、マスター。歌う前に喉を潤さねえと」

「あ、こっちにもお願いします。最近天気が悪すぎて気分が良くないですから。酔って、心の中だけでもよくしておきたいので」

「あいよ。……あ、でも、酒の在庫なくて注文中なんだから、ペース落とせよ。オメエさんら常連に飲みつくされたら、他の客に振る舞う物がなくなるからよ」


 その言葉に常連と言われた二人は苦笑する。


「りょーかいだ。……そういや、噂の話を続ける様でなんだが、空飛ぶ運び屋って知ってるか? どうやらこの街に来てるらしいんだけどよ」

「なんだそりゃ? 空飛ぶ運び屋――って何かの劇団名か?」


 店主は首を傾げたが、隣にいた杖の青年はハープの男に頷きを返した。


「あ、私は聞いたことがあります。凄まじい逸話を持った、輸送袋を抱えて飛び回る運び屋の話ですよね。確か、その名前が『空飛ぶ運び屋アクセル』。ギルドや、近くの宿場町でも話されていましたよ」

 

 どうやら自分と同じような話を聞いていた者がいるらしい、と杖の青年のセリフに、ハープの男も頷きを返す。


「だよなあ。なんでも、盗賊や魔獣を圧倒的な力で始末しているらしいぜ。大型魔獣であるグレイワーウルフの集団を追い払ったり、何なら倒しちまったとかって話まである奴らしいぜ。それがこの街に来てるらしいんだよ」


 あまりに突飛な話過ぎて記憶に残っている。そう思いながらハープの男は喋っていたのだが、


「あれ? そんな話でしたか? 私の方では、音よりも早く走る運び屋だって聞きましたぞ? あと、街を飛ぶように自由自在に突き進む風のような人、って話もありましたな……」


 杖を持った青年からはそんな言葉が来た。


「んん? なんか情報が錯綜してるな。人違いか?」

「でも、私が聞いたのは『空飛ぶ運び屋』についてで間違いないですし。空飛ぶ運び屋が二人いるなんて話は聞いた事がないですし。全部、同一人物がやった……ってそんなこと、あり得るのですかね?」

「いや、さすがに……無いと思いたいんだが。一応、信用できる情報筋だったんだよな……

「同じく」


 などと言いながら、カウンターの二人がうーんと首を傾げていると、


「いやいや、オメエさんら。盛り上がってるところ悪いが、ちと、待ってくれ」


 そんな声が店主から掛かった。



 目の前で客が話していたことを聞いて、店の店主は苦笑と共に声を発していた。


「横合いから聞いていただけだけどよ、おかしくないか」

「ん? おかしいって何がだ、マスター?」

「だって《運び屋》……なんだよな? 話に出て来ている人の職業は」

「ああ。輸送袋を持ってるから、他の上級職じゃない事は確かだと思うぜ」

「ええ、そこはどの噂に置いても違いはなかったですから」

「――なら、当然のように思うんだけどよ。運び屋の能力で空を飛ぶことなんて、出来ないだろう?」

「まあ、確かに」


 運び屋というのは、非常にステータスが低い。輸送袋というスキルは便利だけれども、その低さをカバーするためにあるようなもので。到底空を飛んだりすることは出来ない。


「速度についても、上級輸送職の《公儀飛脚》ならともかく、運び屋だぜ……? 音より早くとか、きついだろう」


 ましてや、戦闘なんて、と、店主は己の剣を見ながら言った。

 

「……盗賊やそこらの魔獣を相手にして運び屋が勝つとか、難しいだろう。しかも、グレイワーウルフの集団だって? オレも何度かやりあった事があるが、タイマンでやって一体倒すのが精いっぱいだった位、強かったんだぞ?」


 自分も、グレイワーウルフとは出会った事がある。一体や二体なら、魔法具を使えばある程度ステータスが低くても戦えるかもしれないが、集団は無理だ。それくらい奴らは手強い。 

 そんな店主の言葉にハープを持つ男も、ああ、と頷きを返してくる。

 

「だな。あの魔法を使う狼共はパーティーを組まないとやってられない程度には強いからな。ってことは、戦闘についての話は尾ひれの部分なのか?」

「といっても、私はそれなりに金をとる代わりに、信用できる情報源から聞いたのは間違いないですよ?」

「それは自分もだぜ。情報屋たちが、一斉に嘘を吐くなんて思えないんだがなあ……」


 ううむ、と三人が首をひねっていた。

 その時だ。


「ちょっといいかい。そこのカウンターにいる剣士さん」


 店主は、客たちの向こうから、声を聞いた。


「ん、剣士ってオレのこと――」


 おそらく自分に向けられた声だろうか、と思って顔を上げて言葉を返そうとしたが、


「――か?」


 思わず、驚いた。なぜなら、顔を上げた先に立っている、腰に輸送袋を携えた男が、直径数メートルの巨大な樽を肩に担いでいたからだ。 そして、その巨大な樽を平然な顔で持っている彼は、こちらを向かって笑いかけながら問うてきた。


「ここって、『砂場のオアシス』って名前の酒場でいいんだよな? 店主さんが剣士をやってるっていう」


 何気なく、気楽な、声に無理の一つさえ感じさせない声だった。


「あ、ああ、そうだ、な。オレが店主をやってる、店だ」

「そっか。なら、これ、商業ギルドからの届け物だから、受け取ってくれ」


 そう言って、柔らかな動きで彼は樽を降ろした。

 軽々と、しかし丁寧なしぐさで、だ。

 その瞬間、とぷっ、と中から液体が揺れる音がわずかに響いた。そして樽に張られたタグを見るに、


「こ、これは……さっき商業ギルドに注文したばかりの酒樽じゃねえか……」

「だから俺が運んできたんだ。商業ギルドから、店主さんに渡してくれって依頼を受けてな。魔力の樽に込められた特性酒、でいいんだよな? 変質が怖いから、輸送袋に入れないでほしいっていう条件の」

「あ、ああ、間違いはねえ。……品質も、変わってねえ」


 店主は樽の上部にはめられた透明な板から中身を確認する。

 品質の異常があれば、即座にこの板の色が黒ずむ。だが、目の前にある樽の板は明らかに透明なままだった。いつも通り、店で出している酒だ。それは間違いない。けれど、

 

「こ、腰に輸送袋を付けてるってことは、アンタ運び屋なんだよな?」

「ん? そうだけど、さっきも言ったけれど、条件だったから使ってはないぞ?」

「あ、いや、それは見ればわかるからいいんだが、どうやってこんな重い物を……」


 この大きな樽にはたっぷりと液体が詰め込まれている。

 当然重さも相当あり、それなりの職業を持った大の男が数人がかりで持ち運ぶものなのに、目の前の運び屋は肩に担いでいた。

 時折り手伝いを頼むがゆえに重さを知る、目の前にいる常連客二人も分かっているようで、明らかに目を見開いているし。明らかにおかしい、そう思って聞いたのだが、


「ん? まあ、重さはそこそこだったけれど、商業ギルドの人から持ち方のコツを聞いていたからな。この街の樽には下の方に取っ手があるからそこ掴むとやりやすいって。だから上手く運べたんだよ」

「も、持ち方って。重さは変わらんぞ……?」

「え、ええ。というか私たちも手伝った時、どんな持ち方をしても、体を壊しかけましたし……。運び屋の方が、持てるなんて……」


 常連二人はさらに驚愕していた。そうだ。目の前の彼は運び屋なのだ。

 あまりに、自分たちの想定とはかけ離れている。

 などと店主が思っていると、 


「まあ、品質に問題なくてよかったよ。んじゃ、こっちの依頼書にサインも頼む」


 そう言って、彼は商業ギルドで発行された依頼書を手渡してきた。先ほど自分が【定型念文】で伝えた依頼文が並んでいて、完了次第サインすべきものである。だから、店主は書きながら、しかし頭に浮かんだ疑問をこぼしていく。


「あ、あのよ。急ぎで頼むとは言ったが、まだ注文の念文を出して十分と経ってねえぞ!? ここから商業ギルドまで行くには、どうしたって十五分以上はかかるし、しかもあんな重たいものと一緒だってのに……ど、どんな速さをしてるんだ、アンタ……」

「ん? あんまり早くは来てないぞ。まだこの街にはあんまり慣れていないからな。ただ、一直線・・・に来ただけだ」

「一直線、に……?」

「そうだ。……っと、サインありがとう、店主さん」

「え? ああ、こ、こちらこそ、早く届けてくれて、助かったよ、運び屋さん」


 そこまで言った店主は、ふと先ほど聞いた話を思い出していた。

 

「……あ、あのよ。つかぬことを伺うが、アンタはまさか、『空飛ぶ運び屋』のアクセル……さんか?」

「ん? ああ、一応、名前はアクセルで、『空飛ぶ運び屋』とも呼ばれたりはするみたいだな。――じゃあ、荷物も届けたことだし、そろそろ俺は戻るよ」


 そう言って依頼書を懐にしまった運び屋アクセルは、


「――」


 一息で、風と共に視界から消えた。


「……え?」


 姿は見えなくなった。ただ、彼の声が上方から聞こえてきて、

 

「それじゃあな、店主さんー」


 見れば、運び屋アクセルは、空中にいた。

 そのまま、近場の建物の屋根に着地し、更に高く飛んで、彼方にある商業ギルドの方に飛びさっていった。 その姿を見て、ぽつりと、店主は言葉をこぼした。


「なあ、二人とも」

「なんだい、マスター」

「さっきのさ。「おかしくないか?」って言っちまったやつ。あの台詞は訂正するぜ……」


 その言葉を聞いて、常連客二人も頷いた。


「ああ、俺も、尾ひれのついた噂かもって言った事は、訂正した方が良さそうだと思ったよ」

「ですね。何というか、凄い運び屋が、この街に来ていたんですねえ……」

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