005.自称保険屋の話
本日の五ヶ所さん訓練プログラムはなかなかにハードであった、
今や現実より耐久性と運動性が格段と上がった状態の私だが、本当にギリギリを攻めて来る難易度である。
サディストの才能があるのに気がついてるのかしらこの娘、昔からこれだわ
疲れている私を横目に五ヶ所さんは「そろそろ終業時間だから戻ろっか」と飄々と言う。
私は言う「今日はサディストの部活を早めに切り上げて下校するからよろしくね」
五ヶ所さんは「え?」と首を傾げた。
終業後は暗くなるまで大体の生徒が部活なりアルバイトなりで時間を使う。
塾や家で勉強する、と言った生徒は少なくともこの学校では聞かない。
一穂が終礼後にこちらへ歩いてきて言う「今日の部活はどれくらいかかりそう?」と、
終礼中にメッセージなりで送れば良い事をこの子は律儀に直接伝えようとしてくる、マメだなあ。
「今日は難しい話が無いから一穂の部活終了に合わせるよ」
「そうなのー、私の部活も特に無いから、1時間後に一緒に帰ろうよ」
「うん、わかったわ。帰る時にそっちへ転移するから普段通りにね」
「うん、またね恵子さん」
一穂が振り返り歩くのを見届けて私は部室へ歩いて向かう、転移も出来るが夕焼けに照らされた中庭を見ながら歩くのが結構好きなのだ。
部室の押し戸をくぐる「カランコローン」
*
その男は保険屋、丸目熊太郎と名乗った。
「ええと。遺言状、私は身寄りがいない為に死亡時には財産を全て指定した児童施設へ寄付して頂きたく思います。脳死の場合は保険金から生命維持を1年かけた後に安楽死を望みます。職場復帰不能な重症時には社会復帰よりも学業の続きをしたいと願います。志和威人」
うさんくさいその中年はわざとらしく手を広げる。
「とまあ現在、彼はここの最後の文面に該当する状況になりまして。複雑な結果ですので彼個人で完結して貴方とは無関係でも良かったのですが……あ、文面はこちらです」
妙に丸い字で書かれている時代錯誤の遺言状が目に入る。
少し考る、良い予感はない。
「ジヴン ニ アニ ア デキアスカ?」声帯を使わない発声は未だに難しい。
思考チャットに頼るのも良いが、機械音声の使い方も覚えなければいけない。
待っていましたと思わんばかりに大アピールをしながら保険屋(?)はマイクを掴み。
「この遺言状に貴方方の上司とその更にお上が感動しまして、ええ!」
保険屋(?)歌う様に!
「彼の遺言執行を兄弟同様なバディ(相方)であった貴方に一任したいと上司の方が上申しそれが許可されました」
「アノアロ! マルナギシヤゲッタナ!」
禿頭おじさんの笑顔が記憶に浮かぶ、菊池教官め。
「落ち着いてください赤松さん、これで助かる人が大勢いるんですよ」
誰が得するんだろうなと真面目に考え込む。
畳み掛ける様な勢いでマイクへしがみつき保険屋は続ける。
「国家最大プロジェクトを身を挺して守った英雄は今、と調べられて情けな悲しい状況だと困る人が多いんです」
プロパガンダの材料かよ。
「と、言う訳で私は貴方方の遺言執行のプロモーターも兼ねます。あ、別にきびしーく監視する訳じゃありません。ただ幸せな生活を送っていただければ結構ですので、はい」
ベタ過ぎる、国家情報局大丈夫か?
あ、それとと続けて「貴方に拒否権はございます。保険金も下りますし確かご家族もいらっしゃいましたね。メカナリー(機械化人)で実社会へ復帰も可能です。」
保険屋はフフッと笑い「退職金で貴方に命じられた賠償金も完済できていますしね」と言った。
こっちは返答にも苦労してるのでまとめて喋って欲しい。
「ヨォテン イッテ クエ」
仕方が無いと言った感じで苦渋の顔を作る保険おじさん。
「イチ、貴方は実生活に復帰できます、メカナリー体ですが、そして「相棒」にはそれが出来ません。ソフトウェア面で保険該当外です」
ううん、と咳払いをして。
「フタツメ、管理された仮想日本でなら彼の最後の文面の行使が可能でございます。これは保険とは別の特別なケースです」
この男、民間では無く……
少し尖った調子で続ける。
「そしてミッツメ、志和さんは国家機密技術の対象となるのでお目付け役が必要です、貴方方の上司とお上はお目付け役に貴方を推薦し、私も派遣されました」
最後にはねっとりとした発音で。
「ヨッツメェ、貴方のメリットとして承諾すれば仮想日本1級住民権が賜ります。規定の障害保険金はエン(現実通貨)でもモン(仮想通貨)でも受け取れます」
オールドファッションスーツの襟を正して今度はそっけなく男は続ける。
「メカナリー化してお金貰っても現実ではフツーの生活ですよ。貴方には是非VJP、しかも第二サーバで豊かな生活をして欲しいものです。貴方の遺言状の内容が陳腐だっただけに儲け物だと思いますよ?」
現実日本、生まれてまとも見た事は映像のみだ、面白みの無い監視社会と退行した市街、そこに魅力は感じない。
それに、あいつの最後の言葉は今も思い出す。
お前と死ぬのも悪くない、か。
私は答える。「ワルク ナイ ハネシ」
小躍りする保険屋は「でしょう! かなり良い待遇ですよ、状況次第では今後貴方方の様な人が大勢出る、かもしれませんので」と言い、満面の笑みで手を広げる。
「幸せに暮らしてください。もう一度国の礎となる為に。付きましては承諾のサインが必要なのですが貴方の現状が……」
設定
・仮想日本第一サーバ
公団仮想運営部が管理する江戸時代を意識した仮想日本である。
観光地及び文化、芸能、発明、科学、修学の為に存在する巨大VR世界。
日本国籍やパスポートがあれば入れる。
法律が現実並みに厳しいのでよく「リアル江戸時代」と揶揄される。
主に感覚HMDのユーザーが多い、DB手術済みの人はお金持ちや訳ありなので大体が第二サーバで暮らしている。
人間に偽装したり、死人の戸籍を乗っ取った成りすまし犯罪者やAIが結構いる。これが今の大きな社会問題のひとつだ。
・仮想日本第二サーバ
日本の豊かな時代をこれでもかと詰め込んだ設定の新しいめな公団製仮想日本。
通称「黄金時代」
恐らく人口400万人程度、NPC100万体、HMD、DB対応。
住民件を取るには数多くの国民点か、恐ろしい額の円(通貨)か、コネが無いと不可能である、観光も基本的に許可されていないので、外国人は滞在パスポートを高いお金で買うしかない。
DBユーザーが多いので食べ物や嗜好品の信号データが多用に売られている。
地形データはVJP1のデータを流用しているので意外とバグがあったりする。
VJP2にも人間に偽装したAIは結構いるらしい。