003.午後の活動
私にとっては午後の授業がつらい、理系は生身だった頃に嫌と言う程学んだ、生きる為と良い待遇を受けるには必要不可欠だっただった。
顔を動かさない感覚カメラを一穂に視点を向けると、何やら悩みながら授業用のタブレットではなくハンドタブレットに書き込みをしている様だ、恐らく部活関係だと思う。
五ヶ所さんを見るとやはりBotになっている様子だ、授業が退屈過ぎるので五ヶ所さんへコンタクト要請を飛ばすとすぐにパーソナルメモリへの招待状が来た。
どうやら同志は私にサボる事を促しているらしい、しかも既に学園内にすら居ない。
さて、自分の席を五ヶ所さん製Botに設定にして五ヶ所さんのパーソナルメモリへ飛ぶアクセス経路を確認、ふわりと体から魂が抜けるといった古典的感覚を受ける。その刹那、私の魂は空間に掻き消える。
これは自己暗示様のアニメーションであり儀式でもある、慣れてる人は心の用意無しで飛ぶ事が出来るらしいが、私はそれを緊急時にしか使わない。
たかが偽薬されど偽薬、心臓はもう無いけれど心臓に悪い気がするし、心にはダメージは未だに受けるだろうから配慮する、自愛とは無縁だった過去から、これからの自分の為に。
短い転移、その後世界が開けると、そこは白と空色の美しい風景だった。
てっきりいつもの五ヶ所さんのリアル部屋をミラーリングしたお世辞には綺麗と言えない場所に通されて、よくわからないアジアンティーを出されると思っていたのだけど。
はて、五ヶ所さんが見当たらないので声を掛けてみる、他人のパーソナルスペースのなので私の権限が少なくオブジェクト全サーチ表示等の行為が出来ないのだ。
「五ヶ所さんや、学園を抜けたら天国に来てしまった様だけど、ここは何処? 間違いなく将来私の行く所では無いよここ。」
と声を掛けると、五ヶ所さんの声がわりと近い場所から聞こえる「ちょっと進んでみて足元見てちょーだいな。」
五ヶ所さんは少し前の足元に居た、白い風景、その雲に向かってうつ伏せである。
質問をしようとする前に「下界を見てるの。」と返答があった。
私はまたかと思いながらマネしてうつ伏せになる。視界の先では小さいものが争っている。よく見ればそれが人の形をしているとわかる。
私は呆れと感心をこめて言う、「また神様をしているのね、貴方のご先祖様の遺産が尽きる時に終る哀れな世界の」
五ヶ所さんは語気強く答える。
「終らない為の努力がVJ2(仮想日本第二サーバ)での活動よ、全ては自己満足の世界の為、新天地無き人類に出来る事はもう小さな神になるしかないの。でも、神様としての最低限は全うしたいものよ。」
「この下界の人間? 私にはかなり高度見えるわ、まるで本当の人間の様に」
「これは人間とあまり変わりない良く出来たAIよ、一定時期に「天啓」のささやきを与えて文明化もさせているの」
「何の為に?」
「この実験は自己満足の世界でもあり、タイムマシンでもあるらしいの。」
「歴史を紐解くという夢を叶える為の残酷な人間史を繰り返している訳ね、酷い子。所で46億年分前から作っているの?」
「いや、紀元前1万年スタートだよ。それと確かに創造主は間違いなく酷い子な自覚があるよ」
「天啓ってどうやって与えてるの? それ以外の介入は?」
「天啓は与えたい人間の耳元でその本人の声でアイデアを囁くのよ。直接的な介入は紀元前2000年以後はしちゃいけないと説明書に書いてたわ、それは一応守ることにしているよ」
しばらく二人は無言で下界を眺める、目下の人々は争い、命を奪い合い、燃やす。だが、生みも育てもする。
ふと疑問になって私は尋ねる。
「飛行機とか発明しちゃったらここって丸見えじゃないの?」
「いや、さすがに人に神様は見えないよ、そういう設定にしてるから」
「私たちの世界も「これ」の延長だと思う?」
「同じだと思うけど、それを信じない為に学を積み上げる涙ぐましい努力はしているみたいね」
「この世界のエンジン(基幹部分)は新しいものに見えるけど、何かしら」
「最近、私の情報網にかかった新しいエンジンで、産地が斉なのかアメリカなのかロシアなのかわからないのよね」
「神も知らないエンジンで生まれた人々は可愛そうね」
「彼らが神からの解放運動を始めたら何か検討するよ」
「滅亡エンド以外の良い方法を考えないといけないわね」
「我々の世界も神様がメモリ確保出来なくなったら滅んでしまうのかしらねえ、ビッグクランチの原因は神様の容量不足!」
と言った後にすっと五ヶ所さんは立ち上がりいつの間にか出現したティーセットでお茶を淹れ始める。
彼女自身のログインは生身を通しているので接客のつもりで用意したのでしょう。
「カフェイン効果否定派ではなかったよね。お茶でもいかが? 赤松さん」
「ありがとう、お砂糖も付けて頂けると嬉しいわ」
そういうサービスもあったなと五ヶ所さんは納得し「電子嗜好品を楽しめるのだけは羨ましいわ、その体」と心にも無い妬みを送ってくる。
「人間を確信する為に生身を捨てない、私にはその選択肢すら無かったからパーフェクトフレッシュ(無改造体)もちょっと羨ましいと思うわ」
「科学が進んでも生まれの差は無くならなかったみたいだからね、甘い生まれで申し訳ない」
「予定調和として全ての場所に人は辿り着くと思えば何も私は甘いも辛いも思わないわ」
「さすが、本当に死に掛けた人が言うと説得力ありますわ」
「死に掛けたのか死んでいるのかもわからないのよ、今の私は」
「予定調和の答えは死? それとも志和さんみたいな?」
「その倫理的問題が今世界の焦点なのだと思うわ。リアル、バーチャル問わずにね」
「お陰で志和さんはトラブルに巻き込まれ我々は振り回されると」
「一穂が振り撒く引力が無ければ、貴女も神様なんて遊びは続けられないわよ」
「稼がないといけませんからね、さすがに掛け持ちの神様は懐が厳しいわ」
お茶をご馳走して貰って悪いと思いながら五ヶ所さんに私は尋ねる。
「倫理問答より、私の新しい修行場のセッティングをして頂けるかしら?」
五ヶ所さんは待ってましたと空間コンソールを出現させデータを参照する。
「では、授業の終わりまでこのオリジナル仮想世界をプレイして頂きましょう、サポート無しでね」
「楽しみにしてるわ、タイトルは?」
「ファーフニールVS大怪獣」
人物
五ヶ所みれい 戸籍上27歳、学生2周目である。苗字は仮想家族の物で現実での姓は別にある。
第103女学院高等部2年グリーンクラスAI応用部所属
種族は生身の人間
奇人である、先祖代々こんな性格の子が生まれるらしい。
趣味は先祖の遺産で仮想世界構築。
母方の祖父母と曽祖父がVR中毒だったらしい、その母方の祖母は生存している。
設定
メカナリー派(人類)
肉体を機械に挿げ替えて超人へ至る道を目指す思想。
脳まで機械化するかしないか派の溝は深い。
統一規格の為に遺伝子操作後の機械化であるハイブリット派は異端とされる。
難病治療や延命の為の機械化はこの思想に含まれない。
ジーンリッチ派(人類)
後天的遺伝子操作やスーパーベイビーを良しとする思想。 なお、難病治療や延命の為の遺伝子改良にこの思想は含まれない。
過酷な環境適正能力、超人計画、人類脱却等で協力し合っている。
異端として、愛玩生物に対する知性付与がある。
現実日本
少子高齢化と人口減少によりインフラは最低限、 限定BI及びAI発展の為にサービスは機械化が進んだ、 人口の一極集中も進んでいる。 その原因には人口密集地へ公団のデータセンターが出来たり、天災や格に対する防護シェルターの密集普及がある。高層建築ブームは去り、地下開発が進んでいる為に山岳部の開発が進んでいる。 無論、AIによるほぼ無人のプラントが開発してる。
都市部は警察パトロールドローン(PPD)と、野生動物及び野良AI探索ドローンが飛び交う、人の外出はあまりなく、国民総ヒキコモリと言っても過言ではない。
食料はよく流通する規格品や輸入品(アメリカや大陸は飽食を捨てていない)以外あまり手に入らない。
電力は核融合炉が稼動している。 公団や一部の大企業は量子コンピュータを持っている。 一部の学術機関は既に地下へ移転した。 HMD普及率は98%、残り2%は人間嫌いか本当の天然主義者。 軍事予算は増大しているも無人兵器が大半。
日本人は自発的にディストピアを作り出した、と国外からの評価。