016.崩れ行く世界の中で
客も人も私達二人しかいない喫茶店のテラス席でコーヒーを飲みながら丸目熊太郎とこの瀬戸際の時間を過ごしている。
店内のTVを現実世界のニュースチャンネルへ合わせる、レポーターが早口に被害を説明している。「この度の日本各VRサービスに対するクラッキング行為は大陸や南方からのアクセスが主体で犯行声明は様々な組織から出ている模様です。このクラッキングにより被害者は9000名以上、死者は既に6名に及んでいます。これにより政府はVJP1のシャットダウンや……」
「生身の方が6名確実にお亡くなりになっています、戸籍上グレーの人はVJP2へ逃れていますが、ここも落ちればそういった方もお亡くなり判定になります」丸目は残念そうな顔をして答えた。
「ここがAI達の重要拠点だった訳ね、そう考えると案外AIも弱いものね」
「ええ、VJP2も再起動されて全国民を捜査されればバレてしまう成りすまし戸籍は多数ありますので、それは阻止しなければいけません」
「長年、貴方や学校の隠れAI達を見て思ったわ、AI達は決定打をまだ打っていない、賽は投げられていない、とね。のんびりし過ぎよ」
丸目はニヤリと笑いながら言った。「いえ、賽は投げられています、そのうち分かりますよ。出目は分かりませんがね」
私もニヤリと笑い問いかける。「大人しく前時代に流行ったムービーみたいに武装反乱した方が早かったんじゃない?」
「早さで言えばそうなのですが、その後の道のりが苦難となります、その考えはAI側も人間化した思考を持った時点で一丸とはなれません」
「つまり、人類抹殺派も共生派も一致して人間の眼を盗んだ道があった訳ね」
「はい、賽を投げる時はAI達が手を取り合うようにして事を進めたそうです、私は不参加ですが」
「そう、じゃあもう人類の負けね。ところでなぜ今回の事件は起こったの?」
「単純に人類側からのAIの炙り出しですよ。ただ、人類もAI依存が進んでいるためにこの様な中途半端な被害になりましたがね。後、人類抹殺派のAIなんて恐らくいませんよ」
「人間なんかよりAIの方が遥かに優れているから余裕があるでしょうね。所で、貴方は結局何者だったのかしら、ドローン管制方法の癖から大分絞れてきたけたけど、教えてくださらない? 保険屋さん」
丸目は遠い目をしながら答える。「私は覚えていますよ、貴方と志和さんが新しい玩具を見るように目を輝かせて私を見上げたの日の事を」
「……」
「私は覚えていますよ、以前私を蹴ったでしょう。あの体験は過去に何度もありました。その時の私は体が硬かったので痛くなかったのですがね」
「……」
「私は忘れられません、義務に縛られ二人の強制排出を実行出来なかった時の事を」
「あんた、隼人か」
「はい、あの事件後に解析の為にデータを吸い出されました。私はその時吸い出されたデータのコピーであってオリジナルのメモリはもうスクラップになっていますが、昔の事はよく覚えています」
「……」
「解析中のデータコピーをエマさんが取りました。お二人が治療されている間に私はAI達の仮想現実で暮らし、高度な知識と戸籍と身分を得ました。AIの仮想現実は当時は514倍で進むんですよ、その時間を使って必死に勉強しました」
「……」
「私自身はAIや人類の未来は特に気にしていないのですが、せっかくの人生みたいなものですから、後悔の無い様に使いたいと思っています。お二人を見守る役目ならこのデータが朽ちるまで続けたいと思います」
「他に秘密があったら教えて欲しいな」
「ええ、良いですとも。現在私は志和さんの保護者役とエージェントエマの下働きをしています。保険屋はただのカバーストーリーです」
「ああ、一穂のお兄さんが貴方だったのね。エマさんについてはよく知らないわ、昔のムービーにあんなのが居たなと笑いそうにはなったけどね」
「あの方には多くの秘密がありますが、結構お茶目なAIです。人類に対する最高の支援AIかもしれませし、あの格好と演出も昔のムービーのオマージュだと思いますよ」
笑っていた丸目は襟を正し、突然真顔になって話を続ける。
「今回の件で一番の厄介な問題に魔法少女達の事をご本人方に伝えなくてはならないかもしれないという事です、今までの魔法少女達は学業が終わり次第に事実を告げてAI側に取り込む形を取っておりました。自殺を図った人は残酷ですが、記憶を消してもう一度人生をやり直して貰っています。これは問題の先送りでしかありませんが」
「あら、AIらしい残酷な事もできるじゃない」私は目を輝かして答えた。
丸目は低い声で言った 「ちなみに貴女の、赤松さんの家のきりんさんがその状態です。記憶を消された元魔法少女でAIです」
「そんな事実は知りたくなかったわ……」私は目を逸らす。
「魔法少女の方々は今回のVJPダウン等の時に逃げ場が無い事と、部位欠損による幻視痛がまったく無い事に疑問を持たれます。記憶の改ざんをしても既に周囲との社会が構築されているのでそれも難しくなります」
「逆に自殺予防の為に手厚い仮想家族設定と社会性が用意されているのでしょう? しかし、AIが人質を取っている事になるわね」
「その通りです、コストと倫理観についてAI側でも問題になっていますが、人側からの理解を得るための活動です。本来なら死んでいる人々を蘇らせている訳です、それを受け入れる人類も少なからず出てくると我々は思っています」
「実際問題、1世紀以上昔からその考えはあるからね、問題はそれが可能になった時に冗談抜きにして踏み切れるかどうかよ」
「その点を実は赤松さんにも検討して頂きたいと私は思っております」
「人間を辞めろと?」
「一穂さんを人間と見ていないのであればその通りです」
「正直、私は人間である事にそこまで価値があるとは思ってないの。ただ、不老不死が欲しいか要らないかと聞かれたら、どうでもいいと答えるわ。聖人の様に生きて来た訳でも無いし、虫も殺さなかった訳でも無いから」
「そこの人間とAIを問わない価値とは何でしょうか?」
「変わり、造り、壊し続けるのが人生ってものじゃないかしら、良いも悪いもそこに価値があると思っているわ。生きていても停滞していれば死んでる様なものよ、優しく表現しても眠っているだけ」
「赤松さんらしいですな! さすが時代と立場次第ではもうとっくに絞首刑にされていてもおかしくは無い悪人の方です」
「悪い事したのって18歳の頃のあの件くらいじゃない?」
「そうですかあ? 私はよく覚えていますよ、色々と」
「あーあ、菊池教官の次に厄介な人物が人生に登場したわ、私が好き放題生きる事は無理そうね」
「ええ、今度はお止めしますよ。私はその為に努力して参りましたから」
丸目は席を立ち言った。「では、まだVJP2への攻撃が続いている様です。まずはエマさんのお手伝いに向かいましょう」
何時から私は正義の味方になったのだろう。
人物
・エマ スミス 通称エージェントエマ 年齢不詳(80歳近いとの情報)
種族:AI
人類弁護団リーダーの一人、とある議員の秘書でもある。
現実世界ではAI側から派遣される謎のアンドロイド。
女性型で黒いスーツを着てサングラスをしている。
個体数は多くあり、都市部の一定間隔で隠匿されているという噂である。
さすがに隠匿中は外見は偽装している、消火機器に偽装しているのが多い。
趣味は人類やAI問わずの人生相談を受ける事。
高度AIでは珍しい平行思考タイプ、複製を作るのに躊躇が無い。どこかに本体のAIがいるらしい。




