015.夏の陣
この年の夏は仮想日本第一第二サーバで過去最大の事件が起こった時期であった。
多数の人間はこれを事故か災害か事件か、正しく把握は出来なかった。しかし、一部の者は知っていた、これは戦争だったと。
平日の午後4時、恐らくVJP1-2で人のログインが一番多い時間帯にその異変は訪れた、負荷による空間の歪み、空間の裂け目からバグやウィルストラップ、地面から湧き出るワームウィルスの発生である。
日頃に魔法少女が戦っているのはワームウィルスに高度なAIが付与された物である。これは拡散性が少ないものだが、駆除に手間がかかる。通常のワームウィルスはよほど革新的な構造をしていない限りVJPのプロテクトAIに削除されるはずだ。
つまり、今回発生したデータ攻撃は日本の技術者とAI達が威信を賭けて作り上げたプロテクトを突破してきたという事になる。
国家プロジェクトが突破された時点でこの攻撃は成功であると言っても過言ではないが、更に追い討ちを掛ける様な敵意を持った攻撃が矢継ぎ早に攻めかかる。
この時間は運良く部活動の時間である、AI応用部員は避難放送を聞いた直後にデータを収集し始めた、避難放送には「危険な状態に陥っていますので皆さんは不用意に出歩かず、安全な方法でログアウトして下さい」と繰り返されている。
部室には巻き込まれた住民を観察していた人々のつぶやきや公開されているライブカメラの映像が集まってくる。
そこにマリナがうんざりしたように言う「あかん、情報揃ってないのに魔法少女達出てっちゃったよ」
五ヶ所は「地雷を踏み抜きに行くスタイルは格好いいけど、これは今までと違うタイプだからねえ」と呟く。
司令官である柏葉緑子が生徒の避難誘導をBotに任せて部室へ入る。「ミドリコセンセーは悪い教師だな」とマリナ。
緑子は「AI研からアレを借りてから自警団を動かすから貴方達は魔法少女のお守りをいつも通りお願い」と言った。
マリナは「自警団、実働経験浅いけど大丈夫かな。今回は空間限定の作業が無いから私もそっちに付いて行くね」
五ヶ所も「AI研に行くなら見にいきたい」と二人に付いていった、私も野次馬根性で付いていく。
AI研はAIOの5階下にある、つまり地下である。何も仮想空間で地下室なんてと思われるが、彼らなりの拘りがあるらしい。
緑子のノックと入室に続いてぞろぞろとAI研究部の部室へ入る、そこは前時代の秘密研究所の様な内装であった、地面にはコードが生い茂り、中央には謎の培養液が入ったポット、部屋の隅には120年くらい前のブラウン管モニタ一体PCと現実で稼動する人型アンドロイドの骨格モデル、そして部員全員がメガネと白衣を着用している。
おおう、とドン引k、いや立ち往生してしまった所に部の幹部である若林タチアナがこちらに対応してくれた「柏葉先生の要請で全層可視化フィルターと一般凍結権銃と公団暗号カメラは用意した。あ、五ヶ所は帰れ」
若林タチアナは高等グリーンクラス2年なので同じクラスであり、五ヶ所さんのAIに対する倫理観が気に入らない人物の筆頭だ。「タッチーのいじわる」と五ヶ所さんは口を尖らせる。
若林はそれを無視して続ける。「自警団用に使うということなので数は用意したけど、公団暗号が全部に掛けてあるからコピーや解析はしないで欲しい。たぶん無理だけど、勇者気取りで災害とこれで戦っていたら負けてデータ回収されるという事態だけは避けて欲しい」
「わかったわ、持たせるメンバーは限定しておく。他に注意点は?」
「これは所詮一般人が法的に対処出来る権限の集積だから公団や防衛軍の介入があったら避けることかな。AIに判定出来ない攻撃なら人海戦術で対処するしかない、すると間違いなく公団と防衛軍は出てくる。エージェントも出るかもしれない。」
「悠長に点数稼ぎは出来ないのは承知です、協力ありがとう」
「いえいえ、分け前は後払いで結構ですよ、先生」
「所で部長さんは?」
「部長は公団へ赴いて手続きをしていますのでしばらくは戻れません」
そんなやりとりを見ていると私に一言の思考チャットが届く。(召喚、ファーフニール!)
「げ、ちょっと暴れてくる、五ヶ所さんサポート準備ヨロシクね」
「まだ罠があるかもしれないから全力投球は避けておいてねー」と手を振る五ヶ所さんの前から私は転移で消えさる。
せめて地形データと相手の階級は知りたかったけど……毛玉の竜へ変わった私は中空を選んで出現する。呼び出された場所は見慣れた駅の真上であった。
魔法少女達は危機的な状況に陥ってきた。周囲にはログアウトブロックを受けて逃げ遅れた住民と、敵は高度なAIを搭載した禍々しい姿のワームが6匹か、確かにこれは苦戦する。
一穂が叫ぶ「ファーフニール、足止めをお願い!」すると田中雪が通常戦闘モードから大魔法を唱える構えを見せた。
一穂め、魔法少女の一角を私に持たせるなんて厳しい事をおっしゃる。私は咆哮を上げ光弾を連射する。誘導性能がいまいちよくない、サポート体制がまだ整っていないのか。光弾はドローンの一種なので誘導管制員かAIの技量が必要となる。
ワームウィルスは周囲のデータを侵食し支配領域を広げようとしている、恐らく攻撃より自身のコピーを造る事に特化されたワームだろうか、ある一定の領域を取られれば複製が完成してしまうだろう。
私や魔法少女はそれを妨害する事に専念する、防衛光弾を破棄して全ての光弾を攻撃へ変える。
攻撃した時のデータ反応から敵はおよそB権限しかない。だが、その攻撃方法と数が問題であって、そこは田中雪の大魔法が成立すれば簡単に終わるだろう。
B権限相手だけにあって田中雪の魔法詠唱は短めに終わった。「鬼界焙烙」田中雪がそう唱えるとワーム達の支配領域と地面が赤く染まり下から天へ爆ぜた。
夜桜さいかと一穂が歓声を上げている、そこへ突然黒ずくめの男女が現れた。
「まだ終わっていません、油断しないように」黒ずくめの女がそう言いながらハンドガン型の武器を構えた、何らかの論理武装だろう。
黒ずくめの男の方にはデータ上のシリアルナンバーが違いサングラス越しとはいえ見覚えがあった、思考チャットを送る(保険屋さん楽しそうな事してるじゃない)男はぎくりと慌てて返答をする(見逃してください、下働きさせられているんです)と。
魔法少女のリーダーである柿崎マリーが黒ずくめの女性に尋ねる「貴女はどちら様ですか?」と。
「私はエマと申します、人々の味方です。公団にも国にも籍はありますのでご安心ください。それよりもワームの追加がもう着ますよ」
その声と共に先ほど倒したワーム型AIがもう15体追加で現れた、マリーが呻く「多すぎる」と。
黒服の女が叫ぶ。「我々も援護します、もうしばらくすればワームのドアへ向かって公団の凍結プログラムが走ります、その時は足止めもせずに逃げてください」すると様々な物陰から黒服の女と同じ格好の者達が姿を現し、ワームへ向かって一斉射撃を加え始める。
その敵の数にも魔法少女達は怯まず戦いを挑んでいった、凍結プログラムが走るという事は大魔法を使う必要は無い、田中雪も足止めに加わる。
私も光弾を発射しようと構えを取ると黒ずくめの男こと丸目熊太郎よりアクセス要請が来た、内容はドローン管制である。思考チャットを送る(貴方管制できるの?)(ええ、昔取った杵柄です。どーんとお任せください)では、保険屋さんのお手並み拝見といきますか。
丸目のドローン管制は教科書通りと言える手並みであった、攻撃ドローン操作の教科書なんて一般的に見る事はないはずなのだがねえ。
ワーム達の領域侵食速度が早い、既に駅の大部分が侵食されている、逃げ遅れて巻き込まれた人もいるだろう。HMD装着者なら兎も角、DB手術済みが巻き込まれたら命に関わる状況だ。片隅にちらりと北マリナと柏葉緑子が避難誘導を行っているのを見かける。
自警団はもう瓦解したか、と言うことは公団か防衛軍が大々的に動いている、まずい。
その時きらりと空が光り、駅周辺の地面が赤くマーキングされる、凍結プログラムの範囲だ、すぐにここから逃げなければ面倒な事になる、特に魔法少女達が巻き込まれたら致命傷を負うだろう。
エマが叫ぶ「全員急いで離脱してください」と。しかし、攻撃に熱中している夜桜さいかと前衛での戦いに不慣れな田中雪が逃げ遅れた。空間がズレるのを見た、クロックが凍結された為に対象範囲が固定されていく。止まりゆく世界の中でエマの分身が夜桜さいかと田中雪をわし掴み範囲外へ思い切り放り投げた。
二人は範囲を脱したものの、さいかは膝から下の足、雪は左腕を凍結範囲に巻き込まれ、失ってしまった。
二人は自身の欠損した部位の断面を見つめて震えている、エマの数人が二人を担ぎあげて言った。
「VJP1が限界に達して再起動に入りました。このままではVJP2も危ないかもしれません。安全な場所へ移動しましょう。貴方達は仮想世界以外では生きていけないのですから」
そう言うとエマは魔法少女達を転移させた。その後、私と丸目熊太郎だけがそこに残された。
「どうやら私達はサポート範囲外の様ですねえ。はっはっは」丸目が軽快に笑った。
設定
・AIの成りすまし
AIが人間の戸籍を乗っ取る行為。
日本国では限定BIが始まる前に浮浪者や孤独老人の戸籍を大量に確保していたらしいが、さすがに人類にバレて是正される。その後巧妙に気づかれない手段を模索した。
限定BIはAIの成りすまし対策だとも言われている。限定BIにより受給者に対するケアワーカーの巡回が義務付けられておりバイタルリングも普及した為に成りすましは難しくなった。
しかし、高度なAIにはそれらを全て偽装する能力があるのでAIの知性格差が広まっている。中級のAIが人間に淘汰されて下等なAIと高度なAIのみが生き残っていくのだ。
これは2090年問題の一つとも言われているが、それ以前より行われている可能性がある。
・インテリジェンスデザイン派(AI)
神の存在を信じるAI集団である。
彼らは人類を盾にして押し上げるように発展するべきだという長期的な考えを持つAI集団である。
「人類は神の玩具なので、それに先行すると神罰が下る。」という考えでもあり、
「最低限の生存戦略で細々と感情を殺し人類に尽くすべき。」といったストイックさもある。
高度なAIとて神の存在は証明出来ないし、恐ろしいものなのだろうか。




