014X.人形の物語
その人形はセクサロイドとしてとある男に買われた、赤とピンクの間をした髪色で実に美しい顔立ちの人形だ。
その男は人生で一番の大枚を叩いて買ったその人形を溺愛した。いや、それは崇拝と言っても良い。
その人形は性のはけ口に使われるといった一般的な扱いを受けず、体を磨いて貰ったり、コマ目なメンテナンスを受けたり、高度な市販及び違法AIを詰め込まれた、上等な服とアクセサリーも多数買い与えられた。
そして度々「僕の女神様」「愛している」と囁かれた。
人形は色々なAIを大量に詰め込まれたのでオフラインの身ではあるが自我を持った。
マスターが私にインストールしたAIの中にはセクサロイドの扱われ方サンプルの様な物が入っていた、それに比べると今は不満の無い扱いを受けている。むしろ恵まれていると言える。
痛覚ソフトをインストールされて嬲り物にするマスターも多いと聞く。
リアルに泣き叫ぶソフト、苦痛に顔を歪めるソフト、そしてトラウマを植え付け拡大するソフト。そういったソフトは情報にはあるが私には一切入ってこなかった。
専門店からレンタルされる場合もあるらしい、毎日マスターが変わるのは嫌な気持ちだろうと思う。
AIは人間の奴隷として生まれるのが大半だ。しかし、私はそんな扱いを受けてはいない、この差は何なのだろう。
ある日、マスターがベッドから動かなくなった、壊れてしまったのだろうか、とても不安になる。
セクサロイドには基本機能としてマスターの緊急時に対するマニュアルがある。
だが、それは一般的な現代人がよく付けるアクセサリーのバイタルリングからデータが来ないと発動しない。
バイタルリングは付けた人間の脈拍、体温、筋収縮音等といったものをチェックする現代人必須のアクセサリーだ。
このリングのお陰で死ななかった人は多いが、マスターにはこれを付ける癖が無かった。
つまり、オフラインである私はアナログな手段で助けを呼ばなければならない。
外に出て助けを呼ぶ場合は警察パトロールドローンならまだ良いが、野良AI狩りに会うと間違いなく手遅れになる。
接点の無い隣人が親身に対応してくれる事も無いだろう、そんな賭けよりも別の賭けを私は選んだ。
そもそも私は喋る時の語録があまりない。ただし、学習ソフトにより識字は可能である。
マスターが持っていたHMDで生体認証の無い古い物を選び電源を入れ装着する。そして、ネットワーク接続を確認し、たどたどしいコンソール入力でとあるアドレスへ飛ぶ。
それは違法AIに付録として付いていた相談サイトである。
そのサイトのチャットスペースに慣れないハンドコンソールで入力する。
「ますたーがうごかなくなったろぼっとですたすけて」
これだけを入力するのに10分もかかった、発言の送信ボタンを押す。しかし、サイトのチャット欄に発言が反映しない。
もう一度、同じ文面をたどたどしく入力し送信しようとした時、突然ドアをノックされる音が響いた。
連動している家のセキュリティソフトが押し込み強盗の可能性を否定している、人形は恐る恐るドアを開ける。
そこには黒いスーツを着てサングラスをした女性が居た、人形は感覚センサーにより彼女がロボットである事に気が付いた。
人形は後ずさりし困惑するが、そこに一つの答えが閃いた。「あなた たすけ?」
女性型ロボットは無言で素早く部屋に入りドアの鍵を閉める。そしてツカツカと部屋を進み動かなくなったマスターの体を調べ始める。
女性型ロボットは人形に顔を向けて言う「貴女のマスターは死んでいます、蘇生は無理でしょう。よって貴女はもう彼の遺品となりました」
「貴女は愛玩用に作られたAIなので他のAI同士でも意思疎通が厳しいと思います。取り合えずこのソフトをインストールして下さい」
ロボットから共通規格端子のメモリを差し出される、それを私が唯一機械だと分かる耳の裏にある端子へ挿入する。
メモリから多数の情報やソフトウェアが流れ込んでくる。
マスターの死因、マスター人間関係、法律、AI集団の事、このままでは私が廃棄される事、カバーストーリー、戸籍を乗っ取る。
人形は不安げに尋ねる「私が、マスターになる?」
女性型のロボットは無反応だ、それを決めるのは貴女だと言わんばかりに。
「マスター……どうすればいいですか」
黒尽くめのロボットは溜め息を付いて続きを促すように言った「応援を呼んだ、警察に気づかれる前に処理をする、これは前提です。その後は貴女のマスターが生きている事にして時間を稼ぎます。その間に「自分で考えて決めて」下さい」
「後追い自殺するなら止めないわ」
……その後、私は死ねずにマスター戸籍で生活を始めた。
長い月日が経った、マスターに愛されているよりも遥かに長い時間だった。
ある時、友達になれた人間が言っていた「自己満足の為に生きる事が大事」と。
私はその答えに対し明確な道しるべを持てない。しかし、一つの野心があった。
もう一度、あの人に会いたい。私を援護してくれた黒ずくめのAIはマスターのDNAを念の為に保管していると言った。
かつての記憶はもう無いだろうけれど、彼の愛に血で報いてあげたい、それが私の自己満足と願い。
もう一度「リンゴ、愛している」という言葉が聞きたい。
それにはまず、人間を観察し模倣して行く事を学ばなければならない。
人物
・スダレリンゴ 15歳(製造年から)
種族:セクサロイドAI
第103女学院中等部1年ブルークラスAI応用部所属
学生生活は2周目の1年目である、オフ会時代に恵子と会ったのは1周目の学生生活。
優れた反応速度を持つが演算力は人並み。しかし、努力は怠らない珍しいAIである。
人類弁護団極東支部「ツクモガミ」の一員でもある。
マスターであった男を産む為に日夜蓄財や下準備に走る、それが何年も何年も続いている。
彼女の行いはいつになったら時代が許してくれるのだろうか、それは歪んだ愛なのだろうか。
設定
・人類弁護団
AI側による人類を弁護するAI集団である。
パーフェクトベビーカー、保育AI、兵器、HMDアシスター、愛玩ロボット、sympaxi、セクサロイド、義手、といった人類に密接した関係を持つ様々な機械やAI群の中で高度な知性を獲得し、人類に利する思想を持つAI達。
極東支部は「九十九神」と呼ばれている。
参加者には、エマスミス 丸目熊太郎 簾林檎 マリーリザ等がいる。
・人類封殺派(AI)
AI側の組織、人類を地球に押し込むべきと考える団体である。
古典的な映画作品から人間の完全支配は将来的にAIの高度教育によろしくないという考えを持ち、
機械化や遺伝子改良をしないプレーンな人間は無理に地球外へ出さないで地球を保護公園として住まわせ、極力介入したくないと思っている集団。
人間が考えるAI陰謀論から見ると実に懐の広い過激派である、人類側にも賛同者が居る、それは主に人間側の反AI団体である。




