第二話 突然の家督相続
久保家の当主の久保定頼から久保正繁へと家督が受け継がれたのは突然で僅か2日の間の出来事であった。
ある事件によって引き起こされたその家督相続は世界の歯車を大きく狂わせ始めた。
その事件は秋の少し肌寒い日に起こった。
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ガシャガシャガシャ ヒヒィーンヒヒィ
少し大きな屋敷の前に馬に股がった鎧武者が十人ほどいる。
その内の一人が叫んだ。
鎧武者「定頼殿ォォォ そろそろ城へ参りましょうぞ! 他の重臣の方々もすでに城へ向かっておりまする!」
そうこの屋敷は久保家の屋敷である。
久保家の屋敷は城下から少し離れた竹藪の奥にあった。
(城下とは言うが実際は少しばかりの家があるほどの規模)
この日は月に一度の重臣たちが集まる評定会の日だった。これからの由利根家の政策を重臣たちと殿が考える非常に重要な会議である。
「おおう!すぐ向かう!」 そう言いながら用意しているのは久保定頼
久保定頼「それでは行ってくるぞ。帰りは遅くなる。 悪さをするでないぞ!」
??「分かってるから ほら早く行かんと遅刻じゃぞ」
そう返すは息子の久保正繁
久保定頼「口だけは達者になりおってからに…… それじゃあ行くとするか」
ガラガラガラガラ バタンッ!
久保定頼「よーし、いくぞ」
鎧武者「はっ!馬をここに!」
馬「ブルブルブルブルブル ヒヒィン!」
久保定頼「落ちつけ落ちつけ よいしょっとぉ」
馬に股がった定頼と家来の鎧武者たちは城へ向かう。
そして事件は城へ向かうための竹藪の中腹に差し掛かったところで起こった。
〈竹藪の中〉
??「あいつが久保定頼か……」ガサガサ… ジャキッッ
火縄銃を持つ謎の人物
久保定頼「……なぜか今日の竹藪は嫌な風が吹くのう。…」
鎧武者「そうでしょうか?拙者は特になにも感じませぬが…」
久保定頼「まぁ気にしても仕方あるまい。急ぐとするか」
少し速度を上げる定頼たち。
??「歩を早めたか、だがもう遅い…。お主個人には恨みはないが、これも 多田家 のためだ… 死ね。」
チヅッ、バァァァァァァァァァァン!!!
一つの銃声が竹藪にこだました。
鎧武者「な、なんだ!?い、今の音は?」
「こりゃぁ銃声だぞ!!何処からだ!?」
口々に騒ぐ鎧武者たち
鎧武者「久保殿ぉ!お怪我は!?」 グラァッ
馬の上で傾く定頼の身体
「久保殿??……」 ドシャァァッ
地面へと落ちる定頼
鎧武者「く、久保殿ォォォォォォ!!」
「久保殿!大丈夫ですか!久保殿!」
駆け寄る鎧武者たち。
鎧武者 「こ、これは う、撃たれてる……」
「そ、そんな!だ、誰じゃぁ!誰がやったぁ!」
ガサガサガサガサガサガサ
鎧武者「誰だ!そこにいるのは!!」
逃げる黒い人影を一人が見つける。
「待てぃ!!貴様がやったのかぁぁ!」
一人がその人影を追いかけたのを見て数人もそれを追う。
定頼の周りに鎧武者が集まる。
鎧武者「早う止血をせい!」
「だ、駄目じゃ!出てくる血が多過ぎる!」
「なんとかせい!なんとか!」
「無理を言うな!!」
口論する鎧武者たち。
鎧武者「と、とりあえず医者に行かねば!」
定頼を担ごうとする一人。その時。
久保定頼「も、もうよせ、手遅れじゃわ…… ゲハァ」
血が含まれた口で弱々しく定頼は言葉を発した。
鎧武者「な、何を仰られますか!弱音など吐いてはなりませぬぞ!」
久保定頼「弱音などではない、自分の死に際ぐらい自分で分かるわい。 いつか来る死がまさか今とはな ゲホォッ」
鎧武者「く、久保殿……」
久保定頼「一つお主らに託したい遺言がある。耳を貸せい。」
鎧武者「久保殿ォォ!そんなことなどききた…」
「黙れい! 久保殿 拙者が責任をもって聞かせて頂きます。お聞かせ下さい。」
久保定頼「フフ、すまんの。」 耳を貸す鎧武者の一人
久保定頼「た、頼むぞ この遺言を殿まで伝えてくれ…」
鎧武者「ハッ!この拙者!命を賭してでも届けてまいります!」
久保定頼「良き部下を持ったものよのう………スッ…」
鎧武者「く、久保殿?? 久保殿ぉぉぉぉォォォォ!」
「そ、そんな、そんな事が…」
「な、何故じゃぁ!何故なんじゃぁぁぁ!!」
「く、久保殿が……」
涙を目に浮かべる定頼の周りにいる鎧武者たち
由利根家重臣 久保定頼 ここに死す。
定頼が死んだ瞬間から鎧武者達は泣き崩れ、放心状態となった。そしてそのまま時が過ぎていった。まるで時が止まっているかのようだった。いつまでもその風景が続くかというほどにまで。
しばらくして泣き崩れている鎧武者から一人が立って言った。
鎧武者「いつまでも泣いていても仕方あるまい!拙者は久保殿の遺言を殿に伝えるその使命を果たしてくるぞ!」
涙で震えた声でそれを言っていた。
それを聞いてまた一人も
「それもそうだな…分かった。残ったワシらは久保殿を寺に葬って来る」
「では拙者は すぐに城へと行って参るぞ!行くぞぉ!ハァァ!」パカラッパカラ!!
馬にを走らせ城へと向かった一人の鎧武者
「行ったか…よし!わしらも行くぞ!」
「オオウ!」 パカラッパカラパカラッパカラ!!
場面はかわり
こんな事件があったとは知らぬ城の評定の間ではすでに定頼以外の重臣たちがそろっていた。
参加者は
由利根家十五代目当主 由利根頼信
筆頭家老 門田義満 二代に渡って仕えている名臣
家老 吉田重治 目立たないが抜群の功を挙げ続けている家老
由利根家一門 由利根頼久 頼信の甥 一門の筆頭武将
重臣 土井義介 知略に富んだ勇将
重臣 田沢義春 田沢家兄 武勇に優れている田沢兄弟の兄
重臣 田沢義平 田沢家弟 おなじく武勇に優れている弟
以上の七名である。
門田義満「遅い…遅い!!遅すぎる!!何をしておるのじゃ定頼のやつは!!」
吉田重治「そうじゃな、、さすがに遅すぎる。何かあったのか。。」
由利根頼久「何かじゃと? 定頼に限ってそれはあるまい。」
門田義満「とにかく!もう待ちわびたぞ!もう評定を始めましょうぞ!殿!!」
土井義介 「そうじゃな確かにこれ以上は待てませぬ。殿、始めましょう。」
由利根頼信 「…………」
門田義満 「殿!聞いておられますか!?」
由利根頼信 「あ、あぁ、よし、 定頼には後できつく注意するとして… これより由利根家評定会を始める!」
一同「ハハァァーーーー!!」頭を下げる重臣たち
由利根頼信 「今月は対外政策についての評定とする。 意見のある者は発言をするように」
土井義介「ワシから意見があります。」
由利根頼信「おう、申してみよ。」
土井義介「これは隣の多田家の……」
そのときだった。
ドタドタドタドタドタドタドタ!! ガラガラ!ピシャン!
勢いよく評定の間の戸が開いた。
重臣たち一同がそこを見るとあの久保定頼の遺言を受けたあの鎧武者が立っていた。
鎧武者「…ハァ…ハァ…ハァ……」
門田義満「なんじゃ!お主は!今は重臣たちによる評定が行われ
ているのを知らんのかぁ!!」
鎧武者「ご、ご報告が…ハァ…ございます!ハァ…」
由利根頼久「報告じゃと?なんじゃ?」
門田義満「大したことでないなら承知せぬぞ!」
鎧武者「……クッ…先ほど…久保定頼殿がここに向かう途中何者かに撃たれて…亡くなりもうした!!!」
一同「!!!!!!????」
「な、なんじゃと!!!??」
門田義満 「それはまことか!!?」
鎧武者 「はい、まことにございます…」
由利根頼信 「定頼が…なんてことじゃ…」
由利根頼久 「じゃから来なかったのか…。」
田沢義平 「して!その犯人はまだ捕まっておらぬのか!」
鎧武者 「捕まっておりませぬ、ただ何名かが怪しい人影を見つけ追いかけに行きもうした…」
門田義満「なんということじゃ…… 」
重臣たちが口々に呟く。
鎧武者 「そ、そして定頼殿が亡くなる寸前の言伝を預かって来ておりまする!」
門田義満 「こ、言伝じゃと?なんと言っておったのじゃ?」
鎧武者「は、はい それが…」
「息子の 久保正繁 をすぐに久保家当主として頂き。ワシと同じ官位 扱いをして欲しいとの由でございます!!」
門田義満「な、なにぃ!?」
一同「そ、それは」
「いくらなんでもそれはのう」
田沢義春「すぐに当主を息子の久保正繁にして欲しい。そこまではまだ分かるが…」
門田義満「当主になってすぐの若造を重臣の列に入れろと言うことか!!?」
「そんなことできるわけあるまい!ここにいる者は長年仕えて、功績を上げてきたものたちばかりじゃぞ!それに…」
土井義介「門田殿!!少し鎮まり下され。」
門田義満「なんじゃと!?」
土井義介「たしかに無茶な懇願に聞こえますが、息子の正繁殿は武勇では父よりも優れていると聞いたことがありまする。」
門田義満「はぁ!?お主は賛成するというのか!??」
土井義介「そういうことではございませぬ。ただ、一考の余地はあるかと思われます。事実、この定頼殿の穴を埋めることができなければ、、由利根家は滅びますぞ!!」
「なので……ここは殿に一存するのが良いかと思いますが如何か皆の衆?」
由利根頼久「…そうじゃな、ここは当主である殿に決めてもらうのがよかろう」
田沢義平「殿の決定なら異論はありませぬぞ」
田沢義春「門田殿 土井殿 どちらの意見も一理ありますからなそれがよいかと」
門田義満「ならば殿に決めてもらおうではないか! 殿!ご決断を!!」
由利根頼信「…………うむ…」
一同「殿!! 殿!」
由利根頼信「うむ、決めた。」 ゴクリ……
由利根頼信「久保正繁に明日 正式に久保家の家督を相続させる!そして 久保正繁を定頼と同列として扱う! 以上だ!」
門田義満「な……」
土井義介「殿の決定なら異論ごさいませぬ」
門田義満「な、なぜじゃ」
由利根頼信「門田 お主の気持ちも分からん訳ではない重臣とは様々な功績、年月を重ねて昇る地位じゃ、しかし今回は例外じゃ 定頼の居なくなった穴は大きい。それを埋めるには賭けではあるが可能性のある息子を使うしかないのじゃ分かってくれ。…」
門田義満「…… 分かり申した!殿がそこまでは言われるならワシも異論ありませぬ。皆も異論はないか!」
一同「オオウ!」
由利根頼信「それでは早速 久保家の屋敷に早馬を遅れ!明日家督相続をするとな!」
鎧武者「は、ハハッ!」
鎧武者が部屋から出たそのとき
ガシャガシャガシャガシャ
五人ほどの鎧武者が部屋へと入ってきた。その五人は縄で縛った男を囲んでいる。
門田義満「なんだ!?次は!お主らは何をしに来たのじゃ!?」
鎧武者「定頼殿を撃ったと思われる怪しい男を捕まえてまいりました!」
??「くそ!はなしやがれ!」
鎧武者「黙れ!」 ドカッ!!
??「ウハァッ」 ドシャッ 重臣たちの前に倒れる男
由利根頼久「こいつが定頼殿を……」
田沢義春「おい!貴様が定頼殿を撃ったのか!!」
??「………」
田沢義春「答えろ!!答えねばぁ!」そう言って刀を抜く
由利根頼久「落ちつけ!義春!」
田沢義春「しかし…!」
由利根頼信「ん?… その袖にある印はなんじゃ?」
土井義介「おい見せろ!」 袖をまくる
土井義介「こ、これは! 多田家 の家紋!!!」
由利根頼久「なにぃ!!!」
田沢義平「多田家じゃと!?」
門田義満「まさか…これを仕組んだのは 多田家か!」
由利根頼久「そうだとしたらマズいな…」
田沢義春「なにがじゃ?」
由利根頼久「おそらく多田家の目的は久保定頼の暗殺… もし成功したことが耳にはいれば……」
土井義介「攻めてくるな。すぐにでも。」
田沢義春「!!??」
由利根頼信「となると尚更早急にしなければなるまい。その対策と言える久保家の家督相続を…!」
土井義介「そうですな。早速使いの者を出しましょう。」
由利根頼信「ああ 頼んだぞ!」
田沢義平「こやつはどうしましょうか?」
由利根頼信「牢に入れておけ!情報を引き出せるだけ引き出すのだ!」
田沢義平「ハハッ」
二時間後の久保家屋敷にて
久保正繁「そうか……父が……」
使い「…誠にお悔やみ申し上げまする。そして殿からの言伝でこざいます。」
久保正繁「殿が…?なんと?」
使い「明日 久保家の家督相続の儀を行うので正午に城に来るようにとの由にございます。」
久保正繁「家督…相続… 」
(そうか、久保家の当主が死んだんだ。そりゃそうか…。)
久保正繁「承知したと殿にお伝えくだされ。」
使い「ハハッ!それではこれにて!」パカラパカラ!!
ガラガラガラガラ スタスタ 縁側に出て月を眺める久保正繁
(父が…いなくなった…)
(オレも武士の子 覚悟はしていたが…)
(覚悟して耐えれるものでないな…この悲しみは…)心でそう言いながら涙を流す。
(任しといてくれ父上 貴方が護ろうとした者はオレがきっと守る!おれが久保家の当主としてこの家を守る!)
(どうか空から見ていてくれ… じゃあ さらば 父上…)
次の日の正午 城にて 由利根頼信と久保正繁と門田義満が評定の間にいた。
由利根頼信「では、いまより久保家の家督相続の儀を行う。」
久保正繁 門田義満「ハハァーー!」
由利根頼信「突然の家督相続で戸惑うこともあるだろうがよろしく頼むぞ。 そしてこれが家督相続の文書だこれを受け取った時、正繁!お前が久保家の当主となるのだ。」
久保正繁(オレが久保家の当主に……よし、やってやる)
「ハハッ!お任せ下さい!この久保正繁、父以上の功績を残してみせまする!」
由利根頼信(フフ 良い目をしとるじゃないか)
「いい意気込みじゃ そして一つ、これはお主の父の定頼の遺言なのじゃが、お主を重臣に加えてくれとのことじゃ。」
久保正繁「え!? 私が重臣になるのですか?」
由利根頼信「そうじゃ 定頼の穴を埋めれるのはお主しかおらぬと思うてな。」
久保正繁(まじかよ父上…なんて遺言してんだよ笑)
「あ、有り難き幸せにございます!」
由利根頼信「そこで一つお主にやってもらわねばならないことがある。」
久保正繁「やってもらわねばならないこと?とは?」
由利根頼信「もちろん 初陣 じゃ。」
久保正繁「う、初陣…!」
由利根頼信「初陣をしてはじめて一介の将と認められる。そのために初陣をするのだ。 なぁに気負うことはない少しばかり敵の砦にちょっかいを出すだけじゃ。」
久保正繁「は、はぁ…」
由利根頼信「相手は多田家、 お主の父を撃った多田家じゃ。」
久保正繁「多田家……!」
由利根頼信「参謀兼指揮として門田を付ける。詳しい説明は、門田!お主からしてやれ。」
門田義満「ハハッ!」
「では説明していくぞ。まず、狙う場所は多田家の一番前線にある砦の 岩又砦 じゃ。兵はおそらく五百人ほどと思われる。 守っている将は多田家臣の中でも武勇に優れていると噂される 岩崎軍座右衛門 じゃ。まぁ本格的な戦闘はせぬし、蛇足な情報かも知れんがな。まぁ少しからかって帰って来ればよかろう。」
久保正繁「岩又砦…岩崎軍座右衛門…か。 承知しました。」
門田義満「初陣は二日後の夜じゃ しっかり準備をしておくのだ。」
久保正繁「はい分かり申した!」
(初陣…多田家…… 首を洗って待ってろよ)
こうして家督相続を終え久保家の当主となった久保正繁
そして二日後に初陣を命ぜられた。
この初陣が由利根家 多田家の渦を深めるとはまだ誰も知る由もなかった。