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2015年/短編まとめ

手と手を合わせて幸せ

作者: 文崎 美生

学生と社会人なら学生の方が楽だったかも知れないけれど、社会人の方が自由度は高い気がする。

でも、やっぱりそこら辺は個人差があるので、絶対とは言えない。

俺としては、社会人の方がいい、かな。


部活に掛けた三年間でそのままプロ入り。

元々そっちでしか生きていけないと思っていたから、どうってことないけれど、社会人って感じはあんまりしない。

好きなことをして生きていけるってのは、スゲェことだと思うし、俺はそれに感謝している。


それなら、学生でも社会人でも一緒だろ、と思うが、俺にとって重要なのはそこじゃない。

もっと大事なのは――。


「ただい」


「おかえりなさい!」


ガチャガチャとドアノブに鍵を差し込んで、扉を開けながら帰宅の挨拶をすると、被せてきた。

家に帰ると明かりがついていて、出迎えられることが凄く嬉しいと気付いたのは、コイツと暮らすようになってから。

毎回被せてくるのは何とかして欲しいが。


キッチンから出て来て、わざわざこちらに顔を見せるソイツは、満面の笑みを見せる。

帰ってきたんだなぁ、と一気に自覚する瞬間だ。


「ただいま。……つか、それ俺のエプロンじゃね?」


靴を脱いで部屋に上がると、キッチンに引っ込んだソイツが鍋を見ていた。

その背中は遠い記憶の母親を呼び起こすような感覚がしたけれど、だぼだぼした黒いエプロンのせいですぐに薄れてしまう。


相変わらずの癖っ毛を一つに結い上げたソイツは、お玉片手に振り返って笑った。

眉も目尻も下がった幼い笑顔は、俺が学生の頃から好きなものだ。


「似合う?似合う?」


「いや、ずるずるじゃん」


ははっ、と笑いながら部屋に戻って着替えに行けば、背中にブーイングが飛んでくる。

ここで似合ってるって言ったら、調子に乗るからなぁ。

いや、乗ってもいいけど可愛過ぎて手ぇ出しちゃうし。


一気に疲れが吹っ飛んだ。

荷物を寝室に置いて、学生時代に来ていた学校名が入ったTシャツを引っ張り出す。

首元がヨレてきてるのを見て、時間の流れを感じるのは、確実に歳をとっているからだろうか。


着替えて戻れば、食卓にはしっかりと夕食が並んでいて、ソイツはドヤ顔。

んふふ、なんて笑い声を漏らしながら、後ろに手を回してエプロンを外していた。


「今日のもバッチリだよ」


絶対美味しいから!と何故か張り切っているけれど、いつも普通に美味しいから問題ない。

何に対して張り合っているのかは分からないが、俺もソイツに習って食卓に着く。

いただきます、声を揃えて手を合わせるこの瞬間が好きだ。


ただいま、を言えば、おかえり、と返ってくるのも、明かりの点いた家が待っていることも、出来立ての飯にありつけるのも、一緒にそれを食えるのも、全部全部社会人になってから手に入れたものだ。

ソイツは目の前で、子供みたいに目をキラキラさせて俺の感想を待っている。


「ん、美味いよ。今日のも美味い」


「んふふ、でしょでしょー?」


成人した今でも子供みたいなソイツを、永遠という形で手に入れられるようになるには、大人になるしかなかった。

社会人になって、自分で稼げて、安定して、こうして当たり前の生活の中にソイツがいる。

社会人だから出来たことだ。


そう思うと、やっぱり社会人がいい。

学生の頃は学生の頃で楽しかったけれど、これからも絶対に傍にいられる、そんな自信の持てる今がいい。

幸せってこういうのを言うんだろうなぁ、って思う。


「俺さぁ」


「ん?」


「お前と結婚して良かったわ」


食事の手を止めて、咀嚼すらも止めて俺の顔を見るソイツは、元々真ん丸な目を更に真ん丸くしていた。

どんだけ目が乾いてんだよ、と言いたくなるくらい瞬きをしてから、口の中のものを飲み込んだソイツは、俺の方に両手を伸ばしてくる。

白く細い手に輝くそれは俺が選んで贈ったもの。


目の前のソイツは、あの日と同じように今にも泣きそうな笑顔を見せる。

それは痛々しいものじゃなくて、今目の前にある幸せを噛み締めているような愛おしい顔。


「当たり前じゃん」


「当たり前だな」


夕食を挟んで笑い合う。

指輪を付けたソイツの手に、同じ指輪を付けた俺の手を重ねると、その輝きが増したような気がしなくもない。


笑いながら涙を零すソイツを、俺はこれからも愛し続けるし、ソイツも俺を愛し続けるに決まっているんだ。

これからしわくちゃになっても、俺達はこんな風に泣き笑いしながら手を重ねるんだと思う。

きっと、そうだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この話を一言で表すとしたら 初心忘るべからず ですかね。 高校生や大学生の頃の おかえり の無い日常にならないように日々の幸せを守る努力が必要ってことですね! ところで続きはまだかのぅ?…
[良い点] 幸せそうです。 [一言]  誰もが永遠の愛を誓って結婚するのに、半数近く離婚するのはどうしてでしょう。
2015/11/23 10:53 退会済み
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