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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第四章『黒き獣と灰堂騎士団』
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第四章 第七話(終)『解毒』

 夜鳴き鳥が、何処かで哭いていた。

 体が微かに冷えている。草葉に触れた指先の冷たさで、そうと知った。どうやら木の根にもたれかかっているようだった。

 あれ? どうして眠ってたんだろう?

 頭に靄がかかったように、意識の前後が分からない。

 確か、イーリオを追いかけて、森の中に入って……。そこまで思い出したシャルロッタは、重たい瞼を力なく開いている自分に気付く。視界が暗いのは、眠っている最中なのではなく、ここが夜の森の中だからだと思い出す。

 そうだ。イーリオの所に行かなきゃ。

 そう思った時、視界の隅で、ぼうと明かりが二つ、目に入った。

 いや、明かりは最初からそこにあった。彼女の意識がまだ不分明なだけだ。

 頭を一つ強く振ると、自分の正体をしっかり保とうとする。

 すると目の前に、明かりの一つが近付いてくる。明かりはランプ。手にしているのは、レレケだった。

 どうして? 何でレレケがいるの?

 まだ思考が追いついてこない。レレケはシャルロッタのすぐ側まで近寄り、彼女に微笑みかけた。


「余計な事をすればどうなるか……分かっているな」


 もう一つのランプから声がする。シャルロッタには聞き覚えのない、男の声のようだった。


「分かっているわ。別れの挨拶だけよ」


 レレケは振り向きもせず――彼女にしては珍しく――苛立たしげに返答する。

 再びシャルロッタに微笑みながら、ゆっくりと優しく、抱きしめる。

 シャルロッタは訳が分からない。


「……レレケ?」

「みんなによろしくね」


 少し声を大きくして言った。まるでわざと聞かせるかのように。

 直後、早口で耳元に囁く。


(聞いて。〝毒〟の原因は水よ。どの水が安全かは、コレを使って)


 言うと同時に、首に回した手から、シャルロッタの襟元に何かを捩じ込む。


(泡立ったら、その〝水〟は毒よ)


 普段ならくすぐったいと言って身をよじる所だが、何故かこの時ばかりは、シャルロッタも我慢しなきゃいけないと直感した。


(必ず、必ず戻るから。イーリオ君達に、そう伝えて)


 レレケが何を言っているのか、理解出来なかった。だが、そんなシャルロッタを知ってか知らずか、レレケはゆっくりと抱きしめた腕をほどくと、


「――みんなに、伝えてね(・・・・)


 と言った。


「行くぞ、レナーテ」


 男の呼びかけに反応して、レレケは立ち上がり、そのままそちらへと戻っていく。


「レレケ……?」


 シャルロッタの呼びかける声にも今度は応じず、そのまま闇夜の森へと消えていく。

 どういう事か、シャルロッタはまるで分からない。だが、レレケが大事な事を伝えようとしたのだけは朧げに理解出来た。

 襟元をまさぐると、そこには革袋が一つ。掴んだ感触から、中には粉が入っているのだと分かった。

 レレケが伝えようとしたのは、この革袋か?

 違う。

 それだけじゃない。とても嫌な予感がしたシャルロッタは、この革袋と、今聞いた事を、すぐに伝えなきゃいけないと感じ、重い体に鞭を入れるように、ずるずると立ち上がった。

 誰に伝える?

 そう、イーリオだ。イーリオにすぐ会わなきゃ。怪物の元に向かった、イーリオに。



※※※



 夜が白みつつある。

 夜明けにはまだ早いが、この夜はそれだけ長かったという事だ。

 まさか自分が、使徒たる自分が、こんな所で敗残の恥辱を嘗めなければいけないとは。

 悔しさよりも怒りがこみ上げてくる。勿論、己に対してだ。その意味でも、ベネデットは生粋の武人であったと言えるだろう。勝負において、敵を恨むよりも、まずは自身の力量をば重視するあたり、武人としての誇りある血が流れていると言えた。が、それはここまでの話――。


「虜囚の辱めは受けんぞ」


 明後日の方向にねじ曲がった腕の痛みに耐えつつ、もがくように立ち上がろうとするベネデット=センティコア。だが、片膝をたてた瞬間、そのまま突っ伏す形で、前のめりに倒れる。

 どうやら膝も砕けているようだ。それも、中のベネデットごと。


「その状態で何イキがってんだ? てめーにそんな権利はねーよ」


 ガグンラーズの後方に控えるリッキーが、吐き捨てるように言う。


「てめーには聞きてー事がヤマほどあんだ。タダで済むと思うなよ」


 まるでチンピラのような台詞に、横のカレルが思いっきり顔をしかめる。「ンだよ?」と、視線に気付いたリッキーが言うが、説明する事さえ億劫に感じたのか、カレルは何も言わず、残った隊員達に指示を出した。ガグンラーズが取り押さえ、この人牛の鎧獣騎士ガルーリッターを捕縛するためだ。


 だが、うつ伏せに倒れつつも、上半身だけで再び身を起こした人牛は、ボロボロになった授器リサイバーを地に落としながら、それでも何とか立ち上がる。

 驚異的な肉体、いや、精神力と言えるだろう。


「俺は灰堂騎士団ヘクサニアの騎士。だが、その前に、女神オプスに仕える、信徒の一人よ。貴様ら異教の輩におめおめと捕まり、敵に利するような事を吐くと思うか?」


 ボロ雑巾のような全身を奮わせて、吠えるように叫ぶ。


 ――いかん!


 ルドルフは直感した。

 瞬時にセンティコアを取り押さえようと、駆け寄ろうとする。

 だが、人牛の次の挙動は、それよりも早かった。


 纏った獣の鎧の中。ベネデットは奥歯の更に奥に仕込んだ、隠された丸薬を噛み砕く。普段は出てこない仕掛けになっているものだ。そして直後――


「〝黒き母〟よ、永遠たれ!」


 絶叫が掻き消されるように、人牛の全身が、びくびくと痙攣を起こして倒れる。

 ガグンラーズが駆け寄るも、痙攣は既に末期症状。

 焦げるような音をたてて、人肉の生臭い匂いが立ち昇る。

 やがて空気の抜けた風船のように、人を象ったジャコウウシは、毛穴という毛穴から大量の血をこぼして萎んでいく。干涸びた木乃伊のようになった姿は、やがて歪に崩れていった。

 中にいたベネデットが、服毒自殺したのだ。

 それはマクデブルク砦に夜襲をかけた、猿の鎧獣騎士ガルーリッターと同じ最期であったが、ここにいる一同が目にするのは初めて。

 いくら捕虜になるのを拒んだからといって、まさかこのような自決の方法を取るとは……。


 全員が、その狂信的な凄まじさに、戦慄を覚えざるを得ず、暫くは、誰も一言も声を発する事が出来ずにいた。だが、呆然としている最中、まず最初に口を開いた言葉は、ルドルフの「蒸解ディゲスティオン」であった。

 白煙と共に、ホワイトライオンと騎士の姿に戻ったルドルフに、一同は我に返る。そして、誰よりも冷静な彼は、実弟に向かって尋ねた。


「何であれ、まずは一から順を追って説明してくれ。……だがその前に、残った騎士団の、動ける人間を、全員集めるんだ。街のこの状況を、何とかする事が先だ」


 騎士団の長らしい、的確な指示。それもそのはず。辺りは、ガグンラーズとセンティコアの激闘により、地形さえも姿を変える、天変地異のような惨状を呈していたからだ。

 カレルは「はっ!」と即答すると、隊員への指示を改めた。


 ルドルフは、自身の汗ばんだ鳶色の髪をひと撫でし、近寄って来たリッキーに尋ねる。さすがの伍号獣隊ビースツフュンフ 主席官エアスタールドルフでも、今の一戦は、相当の激闘であった事が、その挙動一つで伺い知れる。

 彫りの深い顔立ちにも、うっすらと汗の玉が浮かんでいた。


 カレル同様、鼻梁はまっすぐで力強く、眉の太さや彫刻のように整った面差しは、高貴な出自である事を端的に物語っている。

 カレルに比べると力感のある顔立ちは、武を修めた貴族といった風情だ。

 長髪とはいかないまでも、長めの巻き毛は涼しげで深みのある鳶色。瞳は深海のような蒼をしていた。



「いえ……、オレらが居んのは、陛下からの密命なんスよ……。まァ、コイツが関係してるのも、多分、間違いないでしょーけどね」

「陛下の?」

「それも説明しますよ」


 その時、呆然としていたドグが、彼らの会話を耳にして、自分が何を為そうとしていたかを思い出す。


「リッキーの兄貴! 俺、行きますから!」


 シャルロッタを追いかけようというのだ。

 もう、行く手を阻む悪魔のような騎士はいない。ならばとばかりに駆け出そうとするドグであったが、リッキーはそれに待ったをかける。


「待て! 鎧獣ガルーもなしに行くってのか?!」

「んな事言ってる場合じゃないでしょ! このままじゃあ――」


 リッキーの制止も聞かず、駆け去ろうとしたドグであったが、森の向こうから、何かの影が動くのを認め、思わず足を止める。


 リッキーもそちらを向いた。


 叢を掻き分けて出て来たのは――。

「面白い!」


「これからどうなるの?! 続きが気になる」


と思っていただけたら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願い致します!


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何卒、よろしくお願い致します。

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