第四章 第七話(4)『第二獣能』
麝香牛の人牛騎士。
その連撃は途絶える事がなかった。あれだけの巨躯にも関わらず、体力も持続力も桁違いだ。相当に錬磨されているのだろうが、それだけではない。
「あの牛の鎧獣騎士。ありゃあどー見ても、〝特級〟だぜ。俺達やガグンラーズ同様な」
〝特級〟。
鎧獣には、その鎧獣がどの程度の性能と品質を有しているか、格付けが行われる。その際、それぞれに等級が割り当てられ、その中で最も高位なのが〝特級〟。
一級から以下は、生物界の序列に準じるのだが、特級のみ、別格とされた。
即ち、生物界の序列に該当しないほど、優秀な鎧獣だという事。
最も高品質な鎧獣に対して贈られる、最高位の格。
それを見極める分かり易い例の一つが、鎧獣騎士時における獣能であった。
通常、獣能とは肉体の一部を増強・変異させるものなのだが、ごく稀に超異能とも呼べるほどの変異を遂げる獣能がある。このセンティコアがそうであり、例えば四本の腕が生えるティンガル・ザ・コーネなどもそうだ。そのような異能とも呼べる獣能を使う鎧獣は、まず間違いなく特級であると言ってよかった。
リッキーは、センティコアが、当初、ただ角が巨大化するだけの獣能だと思っていたのだが、そうではないと知り、敵が特級であると言ったのである。
止めどない連撃。
それもそのはず。ただ連続して攻撃する手を休めないのではない。
爆散する角が、破壊を余剰に引き起こし、容易に防御を解けなくしているのだ。
やがて、固い守りの隙間から、わずかな綻びが見え始めた。
ガグンラーズから、光る何かが飛ぶ。
血?!
ネクタルの光粉が混じった鮮血が、僅かな糸をひいている。
かすり傷にも満たないほどの、僅かな切れ目。だがそれは、絶対的な防御が見せた、明らかな綻びの兆し。
このまま敵の爆散する角の獣能が続けば、いずれ手傷は増していくに違いない。
ガグンラーズが持ち堪えるか、それとも敵の体力が尽きるか。
「カッ! 噂の〝絶対防御〟もその程度か! 脆いなァ!」
敵はまだまだ余裕の様子。対するガグンラーズは微動だにしていない。
亀のように両腕を固く閉ざし、まるで手も足も出ないようだ。
「カハハハッ! 主席官というのはこの程度か。やはり覇獣騎士団なぞ恐るるに足らんという事よ! このまま俺のとっておきで、一気にカタをつけてやろう!」
ベネデット=センティコアは、吠えながら一度距離を置いた。
間断ない連撃の、はじめて出来た空白の刻。
それゆえに、不気味以外の何ものでもない。
手を休めたのは、ほんの僅か。
センティコアは、大刀〝岩石断ち〟を下段に構えると、勝利を確信した声で告げた。
「俺の獣騎術。――その奥義だ」
その場で足元の大地に、一際勢いのついた獣能を叩き込む。
隕石が飛来したかのような、今までで最大規模の爆散が発生。
一瞬で牛闘士の姿が掻き消えた。
獣能である両角が、ある一定の威力にまで達して、はじめて使える大技。
土砂で姿を消し、そこから四方に体を捌いて、あらゆる角度、方向から上中下段の大刀を繰り出す。同時に、両角による連撃も行う。一度直撃すれば、回避不能の嵐のような攻撃。
かつてこの技を受けて、破壊出来なかったものなど存在しない。
今は灰堂騎士団の拠点となった、アクティウム王国のサン・トリエステ大聖堂を破壊した一つも、この技だ。しかも今回の威力なら、街の一角さえ変容させてしまえるほどではなかろうか。
連撃がはじまる直前――。
ベネデットは何かを耳にした。
それが何なのか。
彼は後になって気付くのだが、この時は初動をかけた自身の動きを止める事が出来ず、ただ、脳裏に一瞬、嫌な予感が走った事しか認識出来ていなかった。
――〝白毛盾〟
技の第一撃目。
それがホワイトライオンに当たったのと同時に、人牛の巨体は倍する勢いで後方に弾け飛んだ。
街の外壁が、有り得ないほどに吹き飛び、今宵最大の轟音が響き渡る。
吹き飛ばされたのは、センティコアの方。
だが、吹き飛ばされながら、何が起こったのか、全く理解出来なかった。
瓦礫に埋もれた上半身をかろうじて起こし、火花の散る視界で懸命に状況を確認しようとする。
やがて粉塵が吹き払われ、ベネデットは驚愕した。
ホワイトライオンの体。
全身が鎧そのものになったように、硬質的な、金属めいた姿に変容している。
まるで、ガグンラーズそのものが、フル・プレイトの鎧のように――。
覇獣騎士団の授器の部分は、鎧に変化した体表の上に重なるようになり、純白の優美なタテガミは、今や房で固まり、レリーフに描かれた獅子のタテガミのようであった。
ベネデットは気付いた。
「第二獣能だと……!」
苦しげに漏れた声は、誰に対して言ったものか。
だが、それに答えたのは、金属製の白獅子騎士となった、ルドルフ=ガグンラーズであった。
「ああ」
「それが真の、〝絶対防御〟だと言うのか……」
「ああ」
修練を重ね、ある一定の域にまで達した鎧獣騎士のみが顕現する特殊能力。
それが獣能。
しかし、ごく稀にではあるが、達人の域とも呼べるほどの研鑽と修練の果てに、もう一つの獣能が顕われる事があるという。
それが、第二獣能。
実は覇獣騎士団の主席官は、皆、この第二獣能を発動できるほどの達人である。それが主席官になる条件ではないのだが、皆が皆そのような達人で構成される内、現在は暗黙の了解で、第二獣能の発動が、主席官である条件のようになっている。
そして伍号獣隊のルドルフも、当然その例に漏れはしない。
第二獣能
〝白毛盾〟
ガグンラーズの第二獣能は、体毛の特殊硬化。全身の体毛が鱗のように収斂し、硬化された筋繊維と相まって、さながら全身鎧のような姿へと変化する。
こうなった時のガグンラーズは、まさに絶対不破の盾そのもの。
動きはほんの少し繊細ではなくなるものの、防御力との引き換えと考えれば、取るに足らぬほどだ。
その硬度は、最硬度と言われるゾウやサイすら遥かに凌ぎ、いかなる攻撃も彼を破る事は不可能と言われている。
更に恐るべきはそれだけではない。全身鎧となった彼の体毛は、敵からの攻撃を受けると、反応して、それを跳ね返してしまう。
相手の威力そのままに。
いわゆる反応装甲とも呼べる代物であり、それがどういう原理なのかは分かっていない。
だが、センティコアが弾き飛ばされたのは、紛れもなくこの体毛の鎧によるものであった。
攻撃は最大の防御ならぬ――
「防御こそ、最大の攻撃だ」
瓦礫からまだ抜け出せないセンティコアを前に、ルドルフは厳かに告げた。
見ると、センティコアの腕は、有り得ない方向にねじ曲がっている。
今度こそ、決着はついたようだ。




