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銀月の狼 人獣の王たち  作者: 不某逸馬
第一部 第四章『黒き獣と灰堂騎士団』
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第四章 第七話(3)『魔王双角爆砕』

「さすが主席官といったところか。だが、正直、予想以上というほどではないな」


 負け惜しみなのか、軽口なのか。

 圧されているのは自分なのに、余裕の態度を崩そうとしないベネデット。声には、笑いの色さえ含まれている。


「そうか」


 しかし相手の挑発も、ルドルフにとっては無関心。もともと感情を表にあらわさない気質なだけに、戦いともなれば、それは不気味にさえ映る。そして味方にとっては、この上なく頼もしく見えるものだ。

 

 チッ。


 相手の余裕とも見える対応に、ベネデットは舌打ちを禁じ得ない。しかし、こちらが感情任せに攻撃をしては元も子もない。構えなおした大刀を胸元に寄せ、溜め(・・)の姿勢に移ったベネデットは、一拍前より低い声音で告げた。


「本気でやらしてもらうぞ」


 今までが本気ではないって……?

 あれだけの動きで、未だに本気でない事に、ドグは僅かに背筋が凍った。

 これ以上激しい攻防ともなると、街の風景さえ変えてしまいかねないように感じられたからだ。

 だが、ドグの感嘆も当然の事。

 リッキーやカレルでさえ、ベネデットの実力には驚くしかなかった。

 おそらく一国の騎士団、その中の筆頭か、団長級の腕前。少なくとも、覇獣騎士団ジークビースツであるなら、間違いなく次席以上の実力だ。


 全員が固唾を飲む。

 

 再びベネデットが仕掛けた。

 巨体が真っ直ぐ直線上に突進。地面スレスレの跳躍。

 蹴った大地が、爆発したように土を巻き上げる。

 初手を上回る速度。そして同じように、剣を交える直前で、大地が爆ぜた。

 辺り一帯は、巻き上げられた土砂が嫌というほど降り注ぐ。


 ドグはすぐさま上を見た。

 同じ手数?――

 いや。

 そこにセンティコアの姿はいない。


 金属音。


 視線を戻すと、どうやって移動したのか――、いつの間にか背後に回ったセンティコアの攻撃を、ガグンラーズが左腕の剣盾ランタンシールドで受けた瞬間だった。

 しかし、大刀の一撃は囮。剣を振るった勢いで、懐近くに飛び込んだセンティコアは、湾曲した角をしゃくり上げるように突き上げた。今度はそれを、右腕の円盾バックラーで受けるガグンラーズ。

 だが、さすがの防御も、ゼロ距離の角突撃アンシュトゥルムの勢いを全て相殺する事は出来なかったようだ。体を僅かに宙に浮かし、体勢を崩す。


 ――ここだ!


 連続の手順は、全て相手の体軸を崩すための布石。

 この白獅子の隙のない防御は、二つもある盾のせいばかりではない。

 如何な攻撃にも柔軟に応じる堅固でしなやかな体軸こそ、奴の防御の要だと見抜いたベネデットは、これを崩す為に連撃を繰り出したのだ。


 ――くらえ!


 声に出して命じる。



魔王双角爆砕サタニックブンブンヘッド



 超近接距離での獣能フィーツァー

 リッキーは瞬時に思い出す。

 奴の獣能フィーツァーは、かつて一度この身に味わっている。

 あの角が巨大化し、途轍もない威力となって攻撃するのだ。あれをまともに食らっては……!

 しかし、ベネデットは気付いていた。同時に、ホワイトライオンが低い声で呟いたのを。

 己の声と攻防の激しさで誰も気付かなかったが、彼だけは至近であったが故、確かに耳にした。



鉄筋アイゼン・マハト



 爆発が起こった。

 マクデブルク砦襲撃のときと同じだ。

 センティコアの巨大化した角が振るわれ、その威力で先ほど以上に地面が破壊される。


 暗夜と霧に、更なるベールを纏わせるように、濛々と土煙が立ち昇る。砂埃が激しすぎ、いくつかの松明が消え入るそうに揺らいでいた。思わずむせ込むドグであったが、両者がどうなったのか、そちらの方が遥かに気になる。

 両目を凝らし、土煙が収まるのを待つと、案外早く、視界が開けて来た。

 風が出て来たからだ。


 霧とともにゆるりと払われた砂埃の中、そこには巨大化した角をボロボロにさせたセンティコアの姿があった。

 それに対峙する形で、無傷のガグンラーズもいた。


 ――無傷?! どうして?


 驚いたのは、敵であるベネデットと、ドグの両名。


 ガグンラーズの体表は、先ほどよりも光沢を帯び、心なしか膨張しているように見受けられる。


「これが噂に聞く、〝絶対防御〟の獣能フィーツァーとやらか……」


 思わず声に出して呟くベネデット。

 ルドルフ=ガグンラーズは、防御の姿勢を解きながら、それを悠然と肯定した。


 獣能フィーツァー鉄筋アイゼン・マハト〟。

 弟、カレルの駆る雪豹〝ベルヴェルグ〟が、骨を硬質化させる獣能フィーツァーなら、兄であるルドルフのホワイトライオン〝ガグンラーズ〟の獣能フィーツァーは、筋繊維の硬質化。

 しかも、筋肉としての柔軟性は一切損なわず、ひたすら弾性と瞬間的な硬化能力だけを高めたものだ。

 ベルヴェルグの獣能フィーツァーが文字通り〝肉を斬らせて骨を断つ〟のなら、ガグンラーズは、〝肉さえも断てない〟最硬度の能力。全身を破壊不能の鎧と化してしまうのだ。

 それゆえ、この白獅子と剣を交えた者は、皆、この獣能フィーツァーを〝絶対防御〟として怖れたという。


 その絶対防御たる体表に防がれ、センティコア自慢の両角も、ボロボロに剥離し、痛々しい姿を晒している。既に勝負は、決したかのようにさえ思われた。


「その角、もう使い物にならんようだな」


 抑揚のない声で、ルドルフが言った。

 これ以上の争いは無用と言わんばかりのような口ぶり――誰もがそう感じたであろう。

 しかし、ベネデットは、再び――嘲笑わらった。


「何が可笑しい?」

「カカカカッ――もう勝ったつもりか、白獅子の? たった一度。ただの一度防いだ程度で、もう勝ったと?」


 笑い声と共に体を揺らすベネデット=センティコア。

 体が揺れる度、更に角から大小様々な欠片が剥離していく。


 ――?!


 そこで、リッキーが気付いた。

 おかしい。

 ガグンラーズに防がれたとはいえ、あのボロボロ具合はあまりにも大仰に過ぎる。

 まるで、日焼けした皮膚が次々に剝けていくような――。


 見る間に、センティコアの両角は、先ほどのような巨大な威容を取り戻していた。

 いや、先ほどのようではない。先ほどより、更に一回りは大きい。


「さァ、仕切り直しといこうか、白獅子の!」


 再び巨大角が猛然と振るわれる。ガグンラーズは、それを正面から受ける。


 爆発。


 いや、角が飛び散る。ガグンラーズの体表に弾かれたのだ。その勢いで、更に地面が爆ぜる。

 だが、センティコアは躊躇する事なく、再び雄牛の果敢さで、頭を振るった。


 ――!


 目を見張ったのはまさにその時。

 今この瞬間、瞬きするような短い間に、角が全くの元通り、巨大な姿で復元されていた。

 飛び散る欠片。

 その度に大地がめくれ上がる。


 ――奴の、あのジャコウウシの獣能フィーツァーは、角がデカくなるって事じゃねェのか? 何度でも修復する角って事かよ?!


 リッキーは、己の不明を恥じた。同時に、多少安堵もした。

 いくら何度でも修復されようが、この程度でガグンラーズの〝絶対防御〟が破れるはずもない。

 いつかは相手の体力も尽き、そうなればあの獣能フィーツァーもそこで打ち止めだ。


 だが。


 見ると、ジリジリと圧されているのは、ガグンラーズの方。

 しかも、周囲に齎す被害は、更に激しさを増し、リッキーらにも角の欠片が礫のように飛来して来た。


 ――違う。何度でも修復する角じゃねェ。


 リッキーは気付いた。同時に、カレルも。

 何という恐るべき獣能フィーツァー。おそるべき使い手。


「気付いたか、リッキー」

「ああ」


 そのやりとりを聞いたドグが、「何だよ?」と尋ねる。


「あの牛の鎧獣騎士ガルーリッター獣能フィーツァー。あれは、デケェ角でも、蘇る角でもねェ。〝爆発する角〟だ」

「へ? 爆発?」

「正しくは爆発なんかじゃねーんだろーが、角が敵に当たると、巨大化した際に増えた分が、ものスゲー勢いで、辺りに飛び散るよーに出来てやがんだ。あの角、ただ威力がスゲーんじゃねェ。角そのものが、爆発してるみてーに、爆ぜてやがる」


 牛の角は、骨が変化した角芯と呼ばれる芯の部分に、皮膚組織や角質で出来た角鞘と呼ばれるもので覆われ、形成されている。センティコアの獣能フィーツァー魔王双角爆砕サタニックブンブンヘッド〟とは、この角鞘部分を、四方八方に礫の勢いでまき散らし、その威力で相手を攻撃する能力であった。爆散した角は、その度に瞬時に生え変わるので、何度も攻撃が可能であり、いわば巨大化とは、砲撃の弾を充填しているようなものであった。


「これだけではないぞ」


 攻撃しながら、器用にベネデットは言う。


「この〝魔王双角爆砕サタニックブンブンヘッド〟は、攻撃すればするほど威力が増すように出来ている。一度より二度、二度より三度。生え変わるたびに角質が硬化するように出来ているのだ」


 その言葉通り、ガグンラーズは二枚の盾と硬化した体で、爆散する角を防いでいるが、動きがとれるどころか、更に身を硬くしているようだ。


「さぁ、俺は何発〝角〟を当てた? 十発か? もっとか? そら、どうした? 主席官エアスター


 角の合間に、大刀も巧みに繰り出す猛攻。

 見ているリッキーらからでは、隙さえ見当たらない。


「何てヤローだ……。チクショウ! 俺が鎧化ガルアン出来てりゃあ――!」


 助太刀出来ない我が身に地団駄踏む思いのリッキーだったが、その言葉にカレルが敏感に反応した。


鎧化ガルアン出来てれば、何だというのだ?」

「あ? だーっら、加勢出来るっつーに決まってんだろ。いちいち聞くな」


 まなじりを吊り上げ、カレルは不快げにリッキーを睨みつけた。


「――貴様こそ、我が兄を愚弄するな」

「何だと?」

「兄、ルドルフがこの程度で圧されているだと? こんなもの、危機でも何でもない」


 絶対の守護者に対する、絶対の信頼。

 だが傍目には、今にも均衡が崩れそうにさえ見える。

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